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約束と裏切りの刃
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しおりを挟む自分の部屋に戻って、明かりも点けないでそのままベッドに倒れ込んだ。
体を丸めて、目を閉じて、うまくいかない呼吸を必死に整える。
頭の中では、ぐるぐると色んな映像が入り乱れていて、何も考えられなかった。
ただ、何に対して抱いているのかわからない罪悪感と、これからどうにかなってしまうのか、という不安。
それから――彼女に投げてしまった、あの言葉。
「……僕のどこかで、眠ってるんだ」
"綺羅"としての記憶が、まだ残っていたんだという安心感があった。
僕にその記憶が必要があるのか? と問われれば、それは違うだろう。
それでも、綺羅が僕の回りに与えた影響をこれでもかというくらい感じて、僕は内心焦っていたんだと思う。
僕は本当に、このままで――記憶のないままで、他人の善意に甘えて一生民人として生きていてもいいのか?
彼の立場が羨ましかったのかもしれない。
だから、僕がまた綺羅として生きられたら……なんて、ちょっとだけ考えてしまったんだ。
「……矛盾してるよね」
僕は綺羅じゃないんだと大見得をきってきたくせに、こんなことで悩むなんて。
疲れてるのかな。
色々なことを考えるのは苦手だ。
すぐに瞼が重くなる。
「夢だったりしないかな」
少しでも、過去に触れてしまったことが、怖かった。
「一眠りして、落ち着こう」
そうしたら、整理がつくかも知れない。
瞼を閉じれば、すぐに眠りにつくことができた。
現実から逃げるように、吸い込まれたのは夢の世界。
僕の腹の上にずしりと乗るのは、長いスカートをはいた女性の膝。
笑いかける女性の口元が、目の前に見えた。
誰かはわからなかった。
でも、こんなこと、前にもあった気がする。
「――」
何かを、僕にしゃべっている。
でも、それが何かは聞き取れなかった。
口元を歪ませて、何かを叫ぶ。
その温かい手が、僕の首元へ伸ばされた。
そう――前にもこんなことがあった。
――いつ?
わからない。
でも、首元に触れるこの手の感触を、僕は――
「――民人!!」
今度は、聴き慣れた声とともに、小気味のいいバチンという音が部屋に響いた。
左の頬にじわりとした痛みが広がる。
――目を開けて、ぼんやりと見えたのは、恵さんの姿だった。
――あの夢の女性は恵さん?
僕の首を、締めたのも?
「起きなさい、民人! あんたは、民人でしょ!?」
「恵、さん……」
よく見ると彼女は、左手に僕の貰った銃を持っていて。
目からは、たくさんの涙があふれていた。
「恵さん? どうして泣いてるんですか」
「よかった、民人、なのね」
「……恵さん?」
彼女の気持ちが読めなかった。
「……私には、やっぱり無理」
左手に持った銃を、コトリ、と地面に落とした。
夢の中の女性みたいに、僕の上に乗る彼女。
……僕を、その銃で?
「あなたは憎めないの、民人」
「恵……さん」
好きになれないと言ってみたり、嫌いになれないと言ってみたり。
そうかと思えば、殺そうとしてみたり。
「おかしいわよね、本当に、あなたたちが憎いはずなのに」
「……もう一度聞きます、どうして、泣いてるんですか」
「あなた、覚えてないの?」
「何が、ですか?」
彼女の言わんとすることが、まったくわからなかった。
「……なんでもないわ、ごめんなさい」
ぼろぼろとあふれる涙を拭って、必死に平静を装っていた。
「忘れなさい、あなたのためにも」
そう言って、無理矢理に笑う。
「僕の事、殺したかったんですか」
彼女の表情が、ぴたりと固まる。
「その銃で」
彼女は目を閉じ、ため息をついた。
「あなたこそ、こんな物騒なもの持ち歩いて」
「僕だって好きで持ってたわけじゃないです。それより、僕の質問に答えてください」
「もう、誤魔化せないわね」
「僕……いや、綺羅が、何かしたんですか」
彼女は、黙って首を横に振る。
「仕方ないわ、話しましょう」
恵さんは部屋に明かりをつけて、コップに冷たい紅茶を二人分、注ぐ。
普段はあまり使わない机に二人で腰掛けた。
紅茶の香りがほんのり漂って、心が少し安らいだ。
「昔、何があったんですか」
彼女は、紅茶を一口飲む。
「弟がいるのよ」
「そうなんですか? 初めて聞きました」
「今まで言ってなかったわね。あまり思い出したくないの」
「弟さんは、今どこに?」
「さあ。どこにいるのやら。生きてるとは思うけど、あなたより3つくらい上かしら」
すこし、安心した。
生きてるんだ。
「連絡とか、取ってないんですか」
彼女は首を横に振る。
「子供のころに生き別れたきり。もう顔もわからないわ」
「そうだったんですか……」
コップの縁をなぞりながら、軽いため息をついた。
「唯一の肉親よ。物心ついた時には孤児院にいたからね」
「……弟さんとは、どうして?」
彼女は、軽く僕を睨んで、それから目を閉じた。
「引き取られたの、瀬戸家に」
「……!」
嫌に、拍動が速くなる。
瀬戸家に引き取られたのに、消息がわからないって、どういうこと?
「どのみち知ることになるでしょうから、教えてあげる。瀬戸家が何をしてたか」
「研究、ですよね」
「そう。何の研究か、までは聞いてないみたいね」
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