掌編まとめ(810以内の短編集)

くろひつじ

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月の無い夜の歌声に

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テーマ:月光


 深夜二時頃に聞こえてきた、囁くように響く優しい歌声。
 アパートの窓を開けると、すぐ近くから聴こえているのが分かった。
 向かいの部屋は、音大生の子が住んでるんだっけ。

 曇ってて顔は見えないけど、綺麗な歌声だ。
 けどなんでこんな時間に歌ってるんだろうか。

「ねぇ、なんで歌ってるの?」
「うわっ!? え、なんですか!?」
「叫んじゃダメだよ。さすがに近所迷惑になっちゃうからさ」
「あ……そうですね、ごめんなさい」

 謝られてしまった。素直な子だな。

「えっと……今日、歌唱のテストがあるんです。それが不安で……」
「ふぅん? 歌、上手いと思うけど」

 原曲は知らないけど、儚くて綺麗な歌声だったと思う。
 どこか艶めいていて、つい聞き惚れてしまうような、そんな歌だ。

「ありがとうございます……?」
「いや、聞かれても困るけどさ」

 何か面白いな、この子。顔もロクに見えないけど。

「ね、続き歌ってよ。聞きたいな」
「えぇと……では」

 控えめな歌声が響く。
 あぁ、綺麗な歌声だな。
 まるで弦楽器のように、心に染み入ってくる音。

 これだけ上手く歌えるのに、何が不安なんだろう。

「……ご清聴、ありがとうございました」
「こちらこそ、素敵な時間でした。また歌ってくれないかな?」
「え、あの……はい。時間が合えば」
「こっちはいつも暇だからさ。好きな時に歌ってよ」

 どうせ一日暇してるし。普段は話す相手もいないしなー。

「ふふ。分かりました」
「楽しみに待ってるよ」
「はい、ありがとうございます」

 不意に、雲が途切れ、月光が街を照らし出す。
 その拍子に見えた彼女の顔は、声に似合う美しさだった。
 あぁ、しまった。油断したな。

「……え?」

 月灯りがボクを見て、彼女は呆然と呟いた。
 違うな。正確には、、かな?

「あれ、だって、今話してたのに……?」

 うん、そうだね。珍しくボクの声が聞こえる人だったから、つい話し込んじゃった。

「また聞かせてね」

 ボクの言葉が月光の中に消えていった。
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