掌編まとめ(810以内の短編集)

くろひつじ

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小雨、うぐいす、恋の音

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小雨、うぐいす、恋の音


 冬の寒さが遠のき、春の兆候が現れてきた。
 遠くから聞こえるウグイスの声。
 梅の花が咲き、微かな香りが漂っている。
 おじいちゃんの家のこの庭が、俺は好きだった。

 田舎だからつまらないだろう、と言われるけれど、俺はここより落ち着く場所を知らない。
 長期休暇に入っては、ここに入り浸っていた。

 けれど、今日はあいにくの雨。
 小雨がしとしと降り続き、梅の香りも届きはしないだろう。
 それを残念に思いながら庭に向かうと。


 そこには、知らない女性の姿があった。


 雨が降っているにも関わらず、傘も差さないで。
 花が咲き乱れる梅の木を、黙ってじっと見つめている。


 ……え。誰だこの人。
 おじいちゃんの知り合いにしては若すぎる。見たところ20代と言ったところだろうか。
 整った顔立ち。雨に濡れた長い黒髪に、するりとした生地の白いロングワンピースは肌に張り付いていて艶かしい。

 嬉しそうな、どこか寂しそうな微笑みを浮かべて、ぼうっと梅を見上げている。

 その姿につい、見蕩れてしまった。

「あら。貴方、お孫さんですか?」

 不意に、彼女がこちらを見た。
 鈴の鳴るような声。
 言葉を返せずにいると、こちらに向き直った。

 なんだか照れくさくて、思わず目を逸らした。

「あ、あの……どちら様ですか?」
「初めまして。私は……そうね。梅の精霊ですよ」

 クスクスと、彼女が楽しそうに笑う。
 美人だけど、変な人かもしれない。
 なんだよ、梅の精霊って。
 思わず目を向けると、イタズラな顔でこちらに歩いてきた。

「そんな顔をしないで。あなたのおじいさんと知り合いだから大丈夫」
「おじいちゃんの知り合いですか?」
「そう。俳句仲間なの」

 雨に濡れた烏羽色の髪を耳に掻き上げ、覗き込むようにして体を折り曲げてこちらを見上げてくる。
 胸元が見えそうで、ドキリとした。


「ねえ、貴方のお名前を教えてくれないかしら?」


 その美しい笑顔に、俺は恋をした。
 さぁさぁと降りしきる雨。それはさながら、恋の音に聞こえて。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

silika
2021.04.20 silika
ネタバレ含む
解除

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