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51話「後で顔を合わせるの、ちょっと気まずいな」
しおりを挟む冒険者ギルドの裏手にある広場にて。
やる気満々なアルとゴードンさんが向かい合っている。
アルはいつものフリル満載な鎧に二メートル程の巨大な両手剣。
ゴードンさんはオーソドックスな片手剣と盾だ。
「じゃあ始めるか……魔術式起動、展開領域確保! 我が身に宿れ戦の神よ! 武具強化!」」
魔法の詠唱が行われ、彼の武器が淡い青色の魔力光に包まれる。
おお、武器を強化する魔法か。
そこそこ難しいって聞いた事あるけど、さすがベテラン冒険者だな。
確かにあれなら両手剣の攻撃もガードできそうだ。
「ほれ、いつでも良いぞ。かかってこい」
「いきます! てりゃあっ!!」
挑発に乗り、アルが両手剣を横薙ぎに振り回す。
枯れ枝を振るような速さで繰り出された一撃は、ゴードンさんの盾によって受け止められた。
金属同士がぶつかり、甲高い音が響く。
軽々と受けたように見えるが、しかしその一撃は重く、反撃には至らないようだ。
すぐに引き戻された両手剣、次は逆向きの横薙ぎ。
命を刈り取るかのような風切り音と共に迫る巨大な刃。しかしそれはゴードンさんの想定の範囲内だった。
「舐めるなよ、新米……!」
凄まじい勢いで振り払われた両手剣を、盾で上から殴り落とした。
軌道を無理矢理変えられた刃は地面へと突き刺さる。
「わわわっ!?」
「馬鹿野郎! 隙だらけだ!」
ゴードンさんが距離を詰めて片手剣を振り下ろす。
無防備なアルに向かった刃は、しかし寸前の所で引き戻された両手剣の持ち手によって防がれた。
ニヤリと極悪な笑みを浮かべて距離を離す。
「ほう、中々じゃねぇか」
「うわぁ、凄いです! ライさん、この人強いですよ!」
「おい嬢ちゃん、俺は無視かよ!?」
こっちを向いて満面の笑みを見せるアルに、肩を落としてツッコミを入れるゴードンさん。
つい苦笑いしてしまう。だが。
アルの目が光を写していないのを見て、気が引き締まった。
ヤバい。あいつ、マジになりやがった。
「あは。あはハハハァッ!!」
左手で顔を抑えて、嗤う。
その瞳に浮かぶのは狂気。
「魔術式起動、展開領域確保、対象指定! 其は何人なりや、天空の覇者! 我が身に宿れ龍の鼓動! 身体強化!!」
迸る翡翠のような緑色の魔力光。
俺も使える身体強化魔法。しかし、込められた魔力は桁違いだ。
今のアルは素手で岩を砕ける程に強化されている。
ついでにあいつ、自制が効いてない。
あのバカ、本気でゴードンさんを殺そうとしてやがる。
「私より強い人だからぁ! 殺しても良いですよねぇっ!?」
「良い訳ねぇだろ馬鹿野郎!」
緑の燐光を曳いて駆ける狂戦士。
俺の止める声も無視して繰り出される雷のような一撃は、大柄なゴードンさんを盾ごと吹き飛ばした。
外壁に激突するのを見て思わず舌打ちし、叫ぶ。
「クレア! オウカを連れてこい! サウレとジュレは手伝え!」
アイテムボックスから鋼鉄玉を取り出すと同時、サウレが影のようにアルに駆け寄った。
腕を狙い短剣を閃かせるも、するりと避けられる。
反撃の一撃を飛び上がって躱し、そのままバク宙して着地際、投げナイフを投擲。
しかし、両手剣の腹でいとも容易く弾かれた。
一瞬の硬直。その隙を突いてジュレが仕掛ける。
「透き通り、儚き、汚れなき、麗しきかな氷結の精霊。願わくば、我にその加護を与えたまえ!」
数え切れない程の氷の塊。
大気を引き裂いて間断なく飛ぶ魔弾は、竜巻のように振り回されたアルの両手剣で全て撃ち落とされていく。
砂煙が舞い上がり、彼女の姿を覆い隠した。
そして、刹那。
「えへへぇ! ライさんライさんライさん!」
緑の淡い魔力光を連れ、アルが風のように駆け寄って来た。
眼から虹彩が消え、しかし童女のような無垢な笑みを浮かべて。
岩をも切り裂きそうな勢いで斜めに斬り下ろされる両手剣。
それを、紙一重で伸びた鉄鋼の棒が受け止め、軌道を逸らした。
「もっと! 私を受け止めてください! 『殺し愛』しましょう!」
「そんな物騒な愛はお断りだ!」
叫び返しながら目潰し玉を撃ち込むが、不発。
残像を残して回避したアルが、再び両手剣を振るう。
力任せに凪いだ鉄塊を、遅延発動した鉄鋼玉が下から打ち上げる。
しかし、彼女の顔に驚愕は無い。
両手で持ち手を握り締め、張り裂けんばかりに嗤う。
「ライさん! 殺したいほどっ! 愛してますぅっ!!」
アルが全力を込めて斬り降ろす。
人間に反応できる速度を超えた一撃。
凄まじい一閃が俺の命を刈り取る寸前、その狂撃は斜め下から突き出した三本の鋼鉄の棒によって受け流された。
至近距離。吐息を感じるほど近くに、アルの狂気に満ちた笑顔がある。
「反応に困る事を叫ぶんじゃねぇよ」
言いながら、アルの額を軽く叩いた。
不意を打った一撃にアルが一歩距離を離し。
「――Sakura-Drive Ready.」
「Ignition!」
一瞬でアルに肉薄した英雄が両手剣を上空に蹴り上げる。
薄紅色の魔力光が舞い散る中、連撃。
桜色の竜巻から放たれた足払いは綺麗にアルの両足を刈り取り、次いだ後ろ回し蹴りで浮いた体を蹴り落とした。
瞬時に意識を失い、言葉もなく地に沈むアル。
その足元に両手剣が落下し、深々と突き刺さった。
「セイ。怪我人は?」
「無し。ギリギリだったけどな」
戦闘モードのオウカにため息混じりに言葉を返す。
危ねぇ。後一手遅れてたら死んでたわ。
今更ながらに冷や汗が浮かぶ。
俺の人生で五本指に入るくらいに危険な状況だったかもしれない。
さすが戦いで成り上がった貴族の長女だ。
才能の塊は敵に回すとヤバすぎるな。
「状況終了……ふぅ。で、今回は何したの?」
桜色を散らして通常モードになったオウカが俺を睨みつけて来る。
「うーん……我慢させすぎた、かな?」
日頃から湧き出る殺人衝動を無理やり止めてたし、こいつ的にはストレス溜まってたんだろうな。
たまに発散させる必要があるか。
面倒臭いやつだな、マジで。
「対処方法は理解した。悪かったな」
「おし。ところでご飯出来てんだけど」
「おう、ありがとさん」
何事も無かったかのように振舞ってくれるオウカに内心で感謝し、こちらも何事も無かったように返答を返す。
さてと。
「ほれ、行くぞアル」
「ひゃあいっ!?」
地に付したままびくんと跳ねるアルに、つい苦笑いが漏れる。
いや、起きてんのバレバレだって。
めっちゃモゾモゾしてたし。
「な、あ、えぇと、そのぉ……何も聞かなかったことにしてくださいぃ……」
「まあ、お前がそれで良いなら」
「お願いしますぅぅ……」
おお、アルが弱ってる所なんて初めて見たかもしれん。
ていうか暴走中の記憶あるのな。
「あうぅ……ちょっと、後で行きますぅ……」
「はいよ。早く来いよー」
あえて軽めな声をかけて、その場を立ち去ることにした。
なんと言うか、はてさて。
完璧に予想外の告白を受けた訳だが。
いや、距離感的には近かったし、俺も身内として扱っては居たが。
そういう感情だとは思いもしなかったな。
これはどうしたものだろうか。
後で顔を合わせるの、ちょっと気まずいな。
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