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60話「改めて、俺の周りは良い奴ばかりだな」
しおりを挟むリリーシアの意味の分からない問い掛けに対し、サウレが彼女を見詰め返す。
初めて見た反応だ。怒りと驚き、あとは恐怖が混ざり合ったような。
やや分かりにくいが、そんな印象を受ける表情だ。
「……なぜ、それを?」
「私としてはむしろ気が付かない方がおかしいと思うんだがね」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてリリーシアがからかうように告げる。
「見たところ君はサキュバスだろう? しかし、その割には幼すぎる。
通常であれば五年も経たない内に成体になる種族であるにも関わらずにだ」
何処からとも無くワイングラスを取り出すと、高級そうな赤ワインを注いでいく。
血のような赤が、リリーシアによく似合っていた。
「しかし先程の臨戦態勢での佇まいは明らかに戦闘慣れしていた。あれは五歳の子どもが達する領域ではない」
ワイングラスを傾け、喉を鳴らす。
ふむ、と一つ頷き、ボトルの先をこちらに向けてきた。
……なるほど。こいつが何をしたいのか、ようやく俺も理解した。
俺もアイテムボックスからグラスを取り出すと、高価そうな赤ワインを注いでくれる。
芳醇な香りが立ち込める中、リリーシアが次の言葉を続けた。
「その戦闘経験はどこから来たのか。そして私は、君と同じ魔力性質を持つ者を知っている。あれは確か二百年前だったか。魔王の軍勢に立ち向かう冒険者の一人、名はアイネ君。白髪褐色の麗しい女性だったと記憶しているよ」
赤ワインの渋味の中に隠れた旨みと甘み。
これは良い酒だな。こんな良品を隠してたのか、こいつ。
さすが、相変わらず美食家だな。
「つまりサウレ君はアイネ君の転生体だと言う事だね。唯一分からないのは、その前があったか否か。こればかりは君に聞くしかない」
さて。これで状況証拠的にチェックメイトを宣言された訳だが。
サウレ本人に目をやると、何かを堪えるように俯いたまま、小さな拳を握りしめて黙っている。
ふむ。確かに、不自然に思うことは多々あった。
見た目とか言動とか、俺への異常なまでの執着とか。
でもまあ、どれも俺にとっては些細な事だ。
「リリーシア。その辺にしてくれ」
「おや。君は気にならないのかい? 知識欲の権化とも言われる君が?」
「俺は生きるのに必死なだけだ。それに、サウレはサウレだろ。前世なんて知らん」
ぽふぽふとサウレの頭に手をやり、苦笑する。
こいつはこいつで、何で固まってんだろうな。
その程度の話で何かを思う訳でも無いだろうに。
俺たちは仲間だ。それは何があっても変わらない。
「一応言っておくけどな。俺はサウレが嫌がることはしないし、サウレの敵は俺の敵だ」
「へえ。君は私と敵対するのかい?」
「いいや。敵対なんかしねぇよ。そんな怖い事するか」
言いながら、アイテムボックスから鋼鉄玉を取り出して、わざと見えるようにかざす。
戦いなんて、そんな恐ろしいことする訳ないだろうが。
戦いは痛いし怖い。だからやらない。
我ながら情けないと思うけど、そこはどうしようもない。
けれど、もしこいつが俺と敵対するのであれば。
「やるなら反撃される前に潰す。ただの作業だ」
感情が冷めていく。頭が冴えていく。
あらゆる行動パターンを予測、それらを摘み取る作業工程が頭に浮かぶ。
俺が戦闘なんてする訳が無い。
いつだって卑怯で臆病でただの凡人でしかない俺は。
常に先手を打って封殺する以外の道はないのだから。
覚悟を決め、そして同時に。
馬鹿馬鹿しいと感じ、つい苦笑がもれた。
リリーシアの事はよく知っている。彼女が慈悲深い事も含めて。
どうせ俺の反応を引き出す為にこんな茶番を演じたのだろうと、不満を込めたアイコンタクトを送る。
そんな俺に対して、彼女はイタズラめいた微笑みを返してきた。
やっぱりか、この野郎。
サウレの秘密を知って俺がどう思うか。
それをサウレ自身に分からせるために、わざわざこの場で推理を披露した訳だ。
相変わらず、リリーシアは優しさが分かりにくい。
「サウレ。言いたいなら聞くが、俺はどっちでも構わないからな」
「……ライ。良いの?」
「良いんだよ。お前を守るためなら、そうだな……」
俺の中で覚悟は決まっている。
しかし、そう言えば伝えた事が無かったなと思い、機会をくれたリリーシアに少しだけ感謝した。
「俺は『救国の英雄』を敵に回しても構わない」
まぁその時は多分、死ぬだろうけどな。
あの人達に勝てるとは思えないし。
だってドラゴンを一人で倒すような人達だぞ、アレ。
どう考えても勝てる訳が無いだろそんなの。
せいぜい相打ちまでしか持っていけない。
「……ライ。私はやっぱりライが好き。大好き。今すぐ抱いて」
「うるせぇ年齢詐称ロリっ子。黙って甘やかされてろ」
いきなりシリアスな空気をぶち壊すな。
てか、今思えば冒険者カードに書かれる年齢も自己申告制だもんなー。
嘘を吐こうと思えばやりたい放題だ。
お人好しで有名な冒険者が、わざわざ嘘を吐くなんて誰も思わないだろうし。
何となく緩んでしまった空気の中、リリーシアがワイングラスを置いてこちらに歩み寄ってきた。
その顔に意地の悪い笑みを浮かべて。
「おいおい、私の目の前でイチャつくとは良い度胸だね、セイ。是非とも混ぜて欲しいものだ」
「お前はお前で悪ノリしてんじゃねぇよ」
「これは心外だな。こんなにも君を愛しているのに」
「食料的な意味だろそれ」
お前の視線は怖いんだよ。
首見てんじゃねぇ。
「いやいや。ちゃんと学術的な意味と性的な意味も含まれてはいるよ?」
「うっわ、鳥肌立ったわ」
「いやはや、極めて失礼だな君は。本当に襲ってやろうか?」
「勘弁してくれ。そんな仲じゃないだろ」
クスクスと笑う彼女にツッコミを入れつつ、ワインを口にする。
ふむ。ここでしばらくリリーシアと話しながら酒を飲むのもありかもな。
どうせこの後は予定も無いし、こいつなら良い酒を出してくれるだろう。
ガラクタが置かれたソファを片付けて腰掛けると、流れるような動作でサウレが膝に乗ってきた。
リリーシアも向かい側に座り、二人でグラスを掲げる。
「愚かで儚く愛おしい人間に乾杯だ」
「じゃあこっちは、お節介焼きな吸血姫に乾杯だな」
同時にグラスを空け、小さく笑いあう。
しばらく会っていなかった事もあり、話の種は尽きない。
結局日が沈むまで、この小さな宴会は続いた。
結局のところ、言ってしまえば簡単なことで。
この程度の事は何の問題にもならない訳だ。
俺はたった一人じゃ何もできやしない。
けれど、こうやってお節介を焼いてくれる連中がいる。
それに助けられて、今を何とか生きている自覚はある。
改めて、俺の周りは良い奴ばかりだな。
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