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61話「俺は思わず頷いてしまった」
しおりを挟む月もまだ低い時間帯。夜と呼ぶには早く、夕方と呼ぶには遅い。
そんな時間帯に、俺とサウレは家に戻ってきた。
ほろ酔い気分で中に入るが、そこにアル達の姿はない。
代わりにメモがテーブルに置かれていて、それには夕飯は外で済ませてくる旨が書かれていた。
俺達もリリーシアの店で軽く食べてきたが、夕飯には少し物足りない。
ふむ。パンはあるし、何か適当に作るか。
「サウレ。何か食べたいものはあるか?」
「……その前に、聞きたいことがある」
その言葉に振り返ると、サウレはじっと俺の目を見つめていた。
その表情は緊張のせいか、いつもより硬い。
白銀の髪を揺らし、紅い瞳を細めて、華奢で細い体を強ばらせて、心細そうに。
泣き出しそうな子どものような、そんな様子で。
ただ必死に、睨みつけるように俺を見つめていた。
「……ライは私が怖くないの?」
「は? なんだいきなり」
「……あの吸血姫が言ってた通り、私は前世の記憶がある。その前も、何百年もの間の記憶を持ち続けている。それは普通のことではない。
そして異質な者を排除するのが人間。実際に私は何度も迫害されて来た。前世での死因は仲間から背中を刺されたことによる失血死。
だから今回も、商人に騙された事に関して特に何も思っていない。私にとってそれは当たり前の事だから」
まるで川が溢れるかのように言葉を口にして、紅い眼に涙を浮かべて。
「……ライは、なぜ私を受け入れてくれるの?」
サウレはポツリと、そう言った。
はぁ……珍しく長々と喋ったかと思ったら、そんな事か。
いや、本人からするとかなり重要な事なんだろうけど。
しかし、ずっと悩んでいたとしたらあまりにも馬鹿らしい話だ。
「あのな。お前はまだ普通な方だからな?」
俺の周りの人間と言えば。
アルに始まり、ジュレ、クレア。
竜の牙の連中。オウカ食堂の関係者。十英雄。そしてさっき別れたばかりのリリーシア。
何なら故郷の皆を含めても良い。
言っちゃなんだが、揃いも揃って癖が強すぎる。
「オウカが良い例だな。あいつ、アレで自称ただの町娘だぞ」
単体で魔王軍の残党を蹴散らし、十英雄最強の二人を倒し、国中に展開しているオウカ食堂の創立者で、魔導列車を開通させ、あらゆる街の権力者と親しい。
そして極めつけに、ユークリア王国現女王様。
それが自称ただの町娘である、オウカ・サカードという少女だ。
普通とは何なのか、一度問い詰めてみたい気はする。
「アレと比べたらサウレは前世の記憶があるだけだろ?」
苦笑しながら、それに、と付け加え。
「何があろうが関係無い。お前はお前だ」
静かな部屋で発された俺の言葉は妙に大きく聞こえて、気恥しさから目を逸らした。
すると、ぽすん、と腹に軽い衝撃。
そして背中に回される、サウレの小さく暖かな手。
「……ライ。聞いてほしい事がある」
俺の服に顔を埋めたまま、サウレが呟く。
「おう。何だ?」
「……私の全てを持って、貴方を生涯愛すると誓う。
貴方の剣となり、盾となり、翼となり、あらゆる脅威を退ける。
私は貴方の……ライのものになる事を女神クラウディアに誓う」
「お前それ、男の方のセリフじゃないか?」
それが何だかおかしくて、俺は小さく笑った。
サウレが口にしたのは、結婚式で新郎が告げる言葉だ。
しかし、その言葉が何となくサウレに似合っている気がする。
て言うか。
「お前、俺と結婚するって本気で言ってたのか」
「……なんだと思ってたの?」
「いや、その……うん」
サキュバスという種族は、他種族から魔力を摂取する事ができる。
主に性行為を通じて行われるのだが、肌同士の接触だけでも、僅かながら魔力を吸い取ることが可能らしい。
ヴァンパイアと同じで嗜好品のような扱いらしいが、他者と触れ合うのはサキュバスという種族の本能なのだと聞いた。
つまりまあ。俺はおやつ感覚にしか思われてないんだろうと思っていた訳で。
「すまん。本気で勘違いしてたわ」
「……この状態で本音を話すのは良い度胸」
「ちょ、おま、服に手を入れるな!」
「……大丈夫。この体では初めてだけど、優しくするから」
「やぁーめぇーろぉー!!」
本気で抵抗すること十数分。
帰ってきたアル達によって助けられるまで、俺たちの死闘は続いた。
一応、下半身は守りきったとだけ言っておこう。
その後、サウレがアル達三人に事情を話したが、やはりと言うか簡単に受け入れられた。
クレアは若干驚いていたが、むしろ色々な知識を学べそうだと喜んでいたくらいだ。
簡単な食事を作ってサウレと一緒に食べた後、ちょうど良い時間になっていたので風呂に入ってリビングのソファに寝転んだ。
火照った体に冷たいソファが心地好い。
しかしまあ、濃い一日だったな。
サウレの前世の件は少し驚きはしたが、そちらに関しては大した感想はない。
むしろその後。愛の告白をされた時の方が驚きが強かった。
俺としては冗談というか、ただの軽いやり取りにしか思ってた居なかったのだが。
まさか本気で求婚されていたとは。
「アルの事と言い……どうしたもんかね」
一人呟いた言葉は、妙に大きく聞こえた。
今の俺にとって恋愛するなんて不可能だ。
アルやサウレ相手でさえ、どうしても拒否反応が出てしまう。
だが、それも次第に薄まっては来ている。
この体質が治った時。
俺はどうしたいんだろうか。
アルと、サウレと。どんな関係になりたいんだろうか。
頭の中がモヤモヤして考えがまとまらない。
どうしたものかと天井を眺めていると、そこにギシリと階段が軋む音が聞こえてきた。
この気配は、サウレか。
「……ライ。お願いがある」
声に応えて体を起こすと、そこにはやはりサウレの姿があった。
部屋着にしている大きなシャツを来て、何処と無く不安げな顔をしている。
先程まで意識していた事もあって、普段から見慣れた姿に妙な感覚を抱いた。
大きく開いた襟口から覗く鎖骨や、裾から見える細い太もも。
うっすらと膨らんだ胸元も、いつもより扇情的に見える。
何より、上気した肌と、潤んだ瞳。
俺はつい、吸い込まれるように見蕩れてしまった。
「……ライ?」
「あ、いや、すまん。どうした?」
慌てて返事をするが、どうにも気になってしまい、目が泳ぐ。
そんな俺の態度に不思議そうに首を傾げながらも、サウレはおずおずと言葉を発した。
「……今日だけ。一緒に、寝て欲しい」
不安そうな、しかし期待を込めた声に。
「……だめ?」
「あー……今日だけだぞ?」
俺は思わず頷いてしまった。
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