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73話:「旅の終わりが見えた気がした」

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「さて、私のターンですね」

 部屋に入ってくるなり、ジュレは穏やかに微笑みながらソファーへと向かって行った。
 そのまま端の方に座ると、隣をポンポンと軽く叩いてこちらを見上げてくる。

「ライさん、お膝にどうぞ」
「上に乗れと?」
「まさか。膝枕です」

 なるほど、そう来たか。
 言われるがままにソファーに仰向けに横たわり、ジュレの膝に頭を乗せる。
 柔らかな感触が後頭部を包み込んで来て、形も良く巨大な胸が手を伸ばせば触れるほど近くにある。
 そのせいでジュレの顔が見えなくて、気恥しいけど何故だか心地よい。
 そんな不思議な感覚だ。

「あぁ、やはり良いものですね。幸せです」

 俺の頭を撫でるジュレの声は本当に嬉しそうで、今この瞬間だけを切り取れば正に聖女のようだ。
 普段はただの変態だが。

「よく分からないけど、楽しいのか?」
「楽しいと言うか、特別感がありますね。みんなで賑やかにしているのも好きですけれど、ライさんを独占するのも良いものです」

 ジュレといいクレアといい、同じような事を言うな。
 何か俺って共有財産扱いされてないか?

「ちなみにライさん、ご存知ですか?」

 優しい手付きで俺の前髪をくすぐりながら、ジュレが笑う。

「人間って額を抑えられると立てなくなるんですよ?」

 こいつ、一瞬でドSスイッチ入りやがった。

「おいやめろ、その手を外せ」
「あらあら。ただの豆知識ですよ」
「いや、腹を撫でるな。大声を出すぞ」

 優しくさわさわすんな。どことは言わないけど反応するだろうが。
 今、仰向けなんだぞ俺。

「うふふ……でも、このくらいなら大丈夫なんですね」
「……みたいだな。ちょっと意外だけど」

 言われて気が付いたけど、鳥肌が立ってない。
 我ながら線引きが分からないが、これはセーフらしい。

「私で反応してくれると嬉しいのですけれど、もうちょっと続けても良いですか?」
「……まじで勘弁してくれ」
「あらあら」

 あらあらじゃねえよ。さすがに恥ずかしいわ。

「ライさんって何気に鍛えてますよね。腹筋とか、胸板とか。つい触れたくなってしまいます」
「この間までハードな生活だったからな。勝手に鍛えられ……おい、だからそっちを撫でるな」
「ふふ。ほぉら、口ではそう言いながら、こっちは硬くなって来てますよ?」
「筋肉がな」

 変な言い方するな。本当に硬くなりそうになるだろ。
 この体制じゃ隠しようがないからマジでやめてくれ。

「ねぇライさん。ライさんからも触ってくれませんか?」
「……場所によるけど」
「触りたいところ、どこでも良いですよ」

 ジュレは妖しい声音でクスクスと笑う。
 こいつ、ドSスイッチ入ってんな。
 ふむ。ここはちょっと攻めてみるか。

 ふにょん。

「はぁんッ!?」
「ほう、良い反応だな」

 ふにふに。

「あっ……そこは、ダメぇ……」
「ジュレは敏感だな。触りがいがある」

 自分の指を噛んで堪えているようだが、優しくくすぐる度にビクンと体を震わせている。
 それに合わせて目の前の山が大きく震え、艶っぽい声が漏れるのはジュレ自信にも抑えきれないようだ。

「はぁ、はぁ……ライさん、ダメです……外には皆がいますのにぃ……はぅっ!?」
「ジュレが声を抑えれば大丈夫だろ?」

 ヤバい、ちょっと楽しくなってきた。
 荒い吐息に猫のような鳴き声が加虐心を掻き立てる。
 俺がSな訳じゃなくて、ジュレがドMなだけだと思うけど。
 それでもこれだけ良い反応をされると、もっと楽しみたくなってくる。

 尚、触っているのは脇腹だ。
 決して危ない場所ではない。

「ライさん、ダメです。今は私のターンなのですから」
「ちょっとした仕返しだ。やられっぱなしは嫌だからな」
「まったくもう……いけない人ですわね」

 ため息混じりに俺の手を掴むと、その上から指を絡めてきた。
 ふむ。どうやら俺の反撃はここで終わりらしい。

「ライさん。お伝えしたい事があります」

 優しく、穏やかで。柔らかく、熱のこもった。
 そんな、呟くような声。

「何だ?」
「お慕いしております」
「……直接的な言葉は、初めて聞いた気がするな」
「初めて言いましたから」

 俺の頭を撫でる手つきは自然で、けれど絡み合った指には少しだけ力が入っていて。
 緊張しているのは俺だけではないのだと、伝わって来た。

「答えが欲しい訳ではないんです。ただ、胸の内で溢れかえった想いを口にしたかった」

 それだけなんです、と。ジュレは笑った。

「貴方が戦いたくないと言うのであらば、私が代わりに敵を滅ぼしましょう。
 貴方が助けたいと言うのであれば、私が代わりに手を差し伸べましょう。
 貴方が私を求めるのであれば、いつでも体を差し出しましょう。
 けれど、私が折れてしまった時は。
 その時は、支えて欲しいです」

 撫でる手つきはあくまで優しく。
 語る声は何よりも甘く。

「貴方の笑顔と共に在ること。それが私の未来ですから」

 息が詰まる。或いは、胸が締め付けられる。
 上手く声が出せずに、それでも何とか心の内を言葉に変えた。

「……ん。ありがとう」

 我ながら不器用で子どものような一言に、ジュレが笑う。

「まずは過去を精算しましょうね。サウレさんも、ライさんも。そうしたら、後は幸せになるだけです」
「……そうだな。悪いがちょっと付き合ってもらうぞ」
「ふふ。仰せのままに、ご主人様」
「誰がご主人様だ」

 サウレが呼びに来るまでの間。
 俺とジュレは何を言うでも無く、静かな時を過ごした。

 本当にありがたい話だ。おかげで俺にもようやく。
 旅の終わりが見えた気がした。
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