74 / 101
74話:「変に意識してしまいそうで先が思いやられるな」
しおりを挟むジュレが部屋を出るや否や、サウレがゆっくりと部屋の中に入って来た。
普段通りの衣装。局部だけを隠したその姿はとても官能的で、白髪に褐色の幼い外見と合わさって背徳的な魅力に溢れている。
さすがはサキュバスと言ったところか。もっとも、頭に生えた小さな羊のような丸い角が無ければただの幼女にしか見えないけど。
しかし、無表情ながらその赤い瞳は真剣そのもので、まるで今から戦いに挑むかのようだ。
「さて、どうする? 俺は何をしたら良い?」
意識しておどけてみせる。
さっきから緊張で心臓がバクバク鳴ってるから、それを悟らせないように。
サウレは普段からスキンシップが激しい奴だ。
何を求めてくるのか想像もつかない。
そんな中で、彼女はゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「……ライ。教えてほしい」
「ん? 何をだ?」
「……貴方が何を隠しているのか」
「俺が?」
呟くように言われ、首を傾げる。
「……私はライに命を捧げている。だから貴方の重荷を背負いたい」
「はぁ? 重荷って何だ?」
「……貴方の、決意を」
サウレは小さな胸に手を当てて、目を閉じた。
それはまるで、祈りのようで。
或いは懺悔する咎人のようで。
そして彼女は、張り詰めた空気の中で決定的な一言を口にした。
「……ライはフリドールで何をするつもり?」
「何ってそりゃ、ベルベットとやらを探すつもりだけど」
サウレを砂漠に置き去りにした女商人。
氷の都フリドールに居るという、その女を探し出すのがこの旅の最後の目的だ。
それが終わったら故郷に一度戻って、適当な場所で隠居生活を送りたいんだけどな。
「……ではもっと正確に聞く。ライは」
目を開き、血のように紅い瞳を向けて。
「……ベルベットを殺すのかと聞いている」
あー、なるほど? そう来たか。
「おいおい、物騒だな。そこまでする必要はないだろ?」
「……グレイの家で貴方は一度取り乱した。それは普段では有り得ない事」
「いやまぁ、アレはちょっと油断してたと言うかな」
「……違う。ライは最初から彼を」
一瞬の躊躇い。そして。
「……殺すつもりで接触した。けれど、話を聞いて誤解だと分かったから、殺さなかっただけ」
あぁ、しまったな。本当に迂闊だった。
まさかそこまで深く見られているとは思わなかったな。
ちょっとサウレを侮りすぎていたみたいだ。
「何故そう思った?」
感情が消えていく。薄っぺらい笑顔が貼り着く。
仕草は大袈裟に。それは相手を油断させる為の行為で。
そして同時に、己の気配を世界と同期させる。
ただの凡人としてその場に溶け込むように。
これが俺の本来の在り方。
これが暗殺者として培った技術。
誰にも見せるつもりが無かった、隠し通したかった姿だ。
「……私は誰よりもライを見てきたから」
対してサウレは、微笑みを浮かべていた。
「……強く、気高く、優しく、臆病で、狡猾で。そして私の愛する人は、私の為に果てしない程の憎悪を胸に秘めている」
そうだ。俺は決して許す事は無い。
俺の身内を傷つけた者を赦したりはしない。
例えそれがただの旅商人でも、戦時中の魔王軍でも。
過去に敵対した奴らは、その全てを等しく殺してきた。
『死神』
それは命を刈り取る人形に刻まれた烙印。
俺を表すのに相応しい呪われた二つ名。
今でも俺を蝕む、俺を表すに相応しい真名だ。
俺に名前は無かった。
俺に家族は居なかった。
物心が着いた頃には既に何人もの人間を殺していた。
ナリア・サカードの教会に引き取られるまで、俺はずっと暗殺者として生きていた。
そして彼女から善悪を学ぶまで、社会というものすら知らなかった。
吹けば飛ぶような軽い命をもって、尊い命を幾つも葬ってきた。
許される事は無い。赦しを求めたりもしない。
ただ、殺戮人形だった俺は。
戦いの無い平凡な生き方に、憧れた。
「サウレ。俺はな、命が平等だなんて思えないんだ」
ナリア・サカード。シスター・ナリアの様々な教え。
自身に余裕がある時は他者を助ける。
礼節を持って他人を尊重する。
己に誤りがあれば謝罪し改める。
そんな、人間として生きて行くためのルールを教えてもらった。
その中の一つ。あらゆる命が平等であると。
この世に生きる全てが尊いのだと、彼女はいつもそう諭していた。
それが俺には理解出来ず、今でも分からないままだ。
俺は身内と他人であれば身内を優先する。
悪意で満ち溢れた世界で生きる為に、その区別が必要で、それだけがルールだったからだ。
シスター・ナリアやオウカのように、全ての者を愛する事なんて出来やしない。
親しい者と、敵。俺の世界にはその二分類しかない。
そして、身内に害を成したベルベットは、敵でしかない。
それならば、俺のやることは決まっている訳だ。
だがそれは、誰にも気付かれずに済ませてしまおうと思っていたのだけれど。
「お前の敵を、俺は殺すよ。俺たちの敵は、俺が全部殺し尽くす」
戦闘は嫌いだ。痛いし、怖いし、死にたくない。
それは紛れもない真実だ。けれど。
どれだけ嫌っていても、俺にはその生き方しか出来ない。
『死神』は、死を纏って生きて行くしかないのだから。
「……だったら私は、ライを守る」
しかしサウレは俺の言葉に動じもせずに、強い意志を感じさせる言葉を口にした。
「……あらゆる敵からライを守る。貴方の命を、貴方の心を。私の愛する人は誰にも傷つけさせない。例えそれが、貴方自身でも」
もう誰も殺させない。もう罪を背負わせない。
そんな想いの込められた、決死の呟きだった。
「サウレ。俺は殺すしか能の無い化け物だ」
「……ちがう。貴方はただの人間。化け物なんかじゃない」
「違わないんだよ。俺は誰かに愛されて良い存在じゃ無いんだ」
好意を向けられた。その事が酷く恐ろしかった。
それはルミィだけでなく、アルも、サウレも、ジュレも、クレアも。
彼女達を穢してしまう気がして、触れることすら躊躇って。
俺はただ、逃げ続けて来た。
それなのに。
「違うっ!」
普段から寡黙な彼女は涙を浮かべながら、俺を見据えて叫んだ。
「私を受け入れてくれたように! 私もライを受け入れる! そして誰よりも、何よりも!」
サウレが首を振ると同時に、紅い瞳から雫が飛ぶ。
それはとても綺麗で、まるで宝石のようで。
「私はライを愛している!」
その魂が込められた叫びは、俺の芯を貫いた。
凍てついた心に熱した鉄を撃ち込むかのように。
その凄まじいまでの衝撃に、被っていた仮面が剥がれ落ちる。
その奥に秘められていた、俺の心を露出させて。
「……俺は、人形だ」
囁くように漏れた心情は、しかし。
「違う! ライは私の英雄だ!」
サウレの絶叫にかき消された。
「……俺は、殺すことしか出来ない」
「貴方は私を救ってくれた! この命も、心も!」
「……俺は。俺なんかが」
己の目から、熱い何かが滴り落ちるのが分かった。
それは留まる事無く頬を伝い、床で弾けていく。
「人間だと、言えるのか?」
「私は何度でも断言する! ライは私が一番愛する人間だと!」
断言するサウレの目には、偽りがカケラも無かった。
そうだったのか。自分の事なのにまったく気付きもしなかった。
俺は、人間になれていたのか。
追い求めていたものに、なれていたのか。
既に人間にして貰えていたのか。
「……ライは、私が守る。私たちが守ってみせる」
抱き締められた。優しく、強く。そして、温かく。
「……私たちはずっと傍に居る。愛するライの傍に、ずっと」
強い想いが込められた言葉に。
俺は、心の内を口にした。
「……そうか。じゃあ俺は、昔の俺を殺そう。サウレ達と一緒にいる為に、人間でいよう」
ようやく決意できた。
もう迷うことは無い。
俺はもう、人間なのだから。
「サウレ、ありがとな」
強く抱きしめる。その体は華奢で儚く、しかし確かな存在感があって。
これが現実なのだと、改めて理解するには十分な温度を持っていた。
「……その感謝は、行動で表すべき」
「行動で?」
戸惑う俺に、サウレは優しく微笑む。
「……愛を確かめあった二人がやるべき事は一つ。今から子作りをするべき」
「おい」
ぶち壊しなんだが。
「……冗談。それはまだ先で良い」
「お前の冗談は分かりにくいんだよ」
ぼやく俺から離れた時には、サウレはいつもの表情に戻っていた。
あぁ、本当に。敵わないな。
「……次はアルの番だから、呼んでくる」
「そうだな。頼んだ」
すっかり気の抜けた俺に対して。
「……私の未来は貴方と共に。愛してる」
今まで見たことも無いような笑みを浮かべて、サウレは部屋を後にした。
彼女のおかげで腹は決まった。
ようやく過去と決別できた。
これからは共に歩いて行こう。
俺が俺である為に。
て言うか今更なんだが、いつかは事に及ぶって事だよな。
もちろん嫌じゃないし、男として望むところはある訳だけど。
変に意識してしまいそうで先が思いやられるな。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる