97 / 101
96話「俺の人生で一番苦戦した気がする」
しおりを挟むフリドール中を巻き込んだ宴会は深夜まで続き、朝日が昇る頃にようやく終わりを迎えた。
飲んで騒いで疲れ切って、参加者のほとんどはこの場で眠りこけている。
英雄たちは夜の内に王都に帰ってしまったけど、カエデさんの作った防寒障壁が無かったら死人が出てたぞこれ。
かく言う俺は潰れる事も無く、仲間内で唯一酒を飲んでいなかったサウレを抱いたまま壁にもたれかかっている。
王都へ向かう魔導列車の出発までにはまだ時間があるし、酔っ払いどもはもう少し寝かせておいてやろう。
「……ライ」
「おう、どうした?」
「……お腹が空いた」
「そういえばそうだな。何か食うモノでも残ってないかね」
言いながら周りを見渡すが、特に何か残っている訳でも無さそうだ。
仕方ないのでアイテムボックスに収納していた干し芋を取り出し、自分とサウレの口の中に放り込む。
蜜漬けされた干し芋は過度に甘く、昨日の疲れをじんわりと癒してくれた。
「美味いな。さすがオウカ特製レシピだな」
「……甘い。美味しい」
「まだストックはあるからな」
「……うん」
のんびりしながら干し芋をかじっていると、不意にサウレが顔を上げた。
もぐもぐと口を動かしながら、じっと俺の目を見詰めてくる。
うーん。これは、たぶん。
「ちょっと待ってろよ」
アイテムボックスに手を伸ばし、中から作り置きしていた紅茶を取り出した。
それを小鍋に移し、携帯用のかまどで温めていく。
うっすらと湯気が上がってきたらカップに注ぎ、サウレへと手渡した。
「……たまに不思議になる」
「うん? 何がだ?」
「……なぜライは私の言いたいことが分かるの?」
「なんでって、いつも見てるからじゃないかね」
何となくだけど、顔を見ていれば言いたいことは分かるし。
出会った頃は無表情だと思ってたけど、よく見てれば結構表情が変わるんだよな。
今はリラックスしきった表情だし、ついでに少しだけ嬉しそうに見える。
「……好き」
「こら、服の中に手を入れるんじゃない。流石に寒いだろうが」
「……私が温めてあげる」
「朝っぱらから発情するな。いいから紅茶飲んでろ」
「……じゃあ続きは夜に」
不服そうに言いながらも、やはり表情は楽しそうだ。
サウレもこのやり取り自体を楽しんでいるんだろう。
それに。俺が言い訳として使っていた「用事」は全て完了してしまった訳で。
求められたら反対する理由も無いし、その辺りの事があるからサウレにも余裕があるんだろう。
実際のところ、近々マジで『お誘い』してくるかも知れん。
うーん。さすがにまだ心の準備ができてないんだがなぁ。
「……今日は王都に泊まるの?」
「いや、今日は故郷まで行ってみようと思ってるよ」
「……そう。ライの故郷はどんなところ?」
「田舎だな。デカい学校がある以外は特徴もないような、小さな町だ」
「……学校? もしかして『始まりの町』なの?」
「なんだ、知ってるのか」
『始まりの町』
それは英雄が最初に訪れると言われていた町で、ユークリア王国で正式な名を持たない唯一の町だ。
ただ単に『町』と言えば『始まりの町』を指すことが多い。
女神教に伝わる神話では、世界創生の際に一番最初に作られた町とも言われている。
だからと言って何か特別なことがある訳じゃ無いんだけどな。
せいぜいが町の規模にしては大きな学校があるだけで、その他はのんびりとした所だ。
ただし、知り合いが多すぎるから新天地としてはあまり望ましくないけど。
「俺の育て親に挨拶に行って、それから……まぁ、説教だろうなぁ」
「……育ての親ってどんな人?」
「シスター・ナリア。元一流冒険者『戦槌』のナリアって言ったら分かるか?」
「……彼女は冒険者を引退して姿を消したと聞いていた」
「引退後に孤児院の院長を兼ねて女神教のシスターになったらしいな」
ちなみにその孤児院育ちの最年長はオウカと俺だったりする。
俺は途中からだから、実質一番長く居たのはオウカだけど。
ていうか確かオウカを引き取る事になったから孤児院を始めたとか聞いた覚えがある。
「まったく、人生ってのは何があるか分からないよな」
「……その通りだと思う。でも私は、今が一番幸せ」
「ん、そうか」
何となく気恥ずかしさを感じながら、膝に座るサウレの頭を撫でる。
サラサラした髪の手触りが心地よく、そしてその特徴的な白髪は光を反射して輝いて見えた。
改めて、綺麗だなと思う。
容姿自体は幼いけど、サウレの立ち振る舞いは成熟されている。
実際、前世の記憶があることを考えたら中身は俺より大人だろうしなぁ。
可愛いと感じることもあれば、今みたいに綺麗だと思うことがある。
そして同時に感じる愛しさに、思わず笑みがこぼれた。
「……ライは最近よく笑うようになった」
「あぁ、幸せだからな」
「……ライが幸せだと私も幸せ」
「そうか。サウレが幸せなら、俺も幸せだよ」
「……うん」
温くなってきた紅茶のカップを置き、サウレがゆっくりと俺の胸元に収まる。
人肌の温もり。柔らかな感触。花のような甘い香り。そして伝わる鼓動。
俺もカップを置き、ほのかに赤く染まっているサウレの頬に手を添えた。
それに応じるように彼女がゆっくりと顔を上げる。
赤い瞳に目を奪われ、艶やかな唇に目が吸い寄せられる。
そして、期待するように目を閉じたサウレに。
優しく、触れるだけのキスをした。
すぐに顔を話すと、サウレは両手で口元に触れて。
「……キス、した。ライと、キスした」
嬉しそうに、誰が見ても明らかなほど幸せそうに微笑んだ。
その姿にやはり愛おしさを感じて、俺も笑いながら額をこつりと寄せる。
「何度でもしよう。これからもずっと一緒に居るんだから」
「……うん。私はライとずっと一緒に居る。私はいつまでも貴方のもの」
笑いあい、二人で身を寄せたまま、互いの顔に触れて、その体温を感じながら。
今度は同時に顔を寄せて、気持ちを確かめ合うように深いキスとした。
「おい。だから服の中に手を入れるな」
「……欲望を抑えられない。むしろ抑える気が無い」
「だからちょっと待てどこに手を入れてるんだ、そこはさすがに」
「……待たない。ライ、好き。大好き」
なんて言うかまぁ、一応。
ギリギリのところで理性が勝ったとだけ言っておこう。
俺の人生で一番苦戦した気がする。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる