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96話「俺の人生で一番苦戦した気がする」

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 フリドール中を巻き込んだ宴会は深夜まで続き、朝日が昇る頃にようやく終わりを迎えた。
 飲んで騒いで疲れ切って、参加者のほとんどはこの場で眠りこけている。
 英雄たちは夜の内に王都に帰ってしまったけど、カエデさんの作った防寒障壁が無かったら死人が出てたぞこれ。

 かく言う俺は潰れる事も無く、仲間内で唯一酒を飲んでいなかったサウレを抱いたまま壁にもたれかかっている。
 王都へ向かう魔導列車の出発までにはまだ時間があるし、酔っ払いどもはもう少し寝かせておいてやろう。

「……ライ」
「おう、どうした?」
「……お腹が空いた」
「そういえばそうだな。何か食うモノでも残ってないかね」

 言いながら周りを見渡すが、特に何か残っている訳でも無さそうだ。
 仕方ないのでアイテムボックスに収納していた干し芋を取り出し、自分とサウレの口の中に放り込む。
 蜜漬けされた干し芋は過度に甘く、昨日の疲れをじんわりと癒してくれた。

「美味いな。さすがオウカ特製レシピだな」
「……甘い。美味しい」
「まだストックはあるからな」
「……うん」

 のんびりしながら干し芋をかじっていると、不意にサウレが顔を上げた。
 もぐもぐと口を動かしながら、じっと俺の目を見詰めてくる。
 うーん。これは、たぶん。

「ちょっと待ってろよ」

 アイテムボックスに手を伸ばし、中から作り置きしていた紅茶を取り出した。
 それを小鍋に移し、携帯用のかまどで温めていく。
 うっすらと湯気が上がってきたらカップに注ぎ、サウレへと手渡した。

「……たまに不思議になる」
「うん? 何がだ?」
「……なぜライは私の言いたいことが分かるの?」
「なんでって、いつも見てるからじゃないかね」

 何となくだけど、顔を見ていれば言いたいことは分かるし。
 出会った頃は無表情だと思ってたけど、よく見てれば結構表情が変わるんだよな。
 今はリラックスしきった表情だし、ついでに少しだけ嬉しそうに見える。

「……好き」
「こら、服の中に手を入れるんじゃない。流石に寒いだろうが」
「……私が温めてあげる」
「朝っぱらから発情するな。いいから紅茶飲んでろ」
「……じゃあ続きは夜に」

 不服そうに言いながらも、やはり表情は楽しそうだ。
 サウレもこのやり取り自体を楽しんでいるんだろう。
 それに。俺が言い訳として使っていた「用事」は全て完了してしまった訳で。
 求められたら反対する理由も無いし、その辺りの事があるからサウレにも余裕があるんだろう。
 実際のところ、近々マジで『お誘い』してくるかも知れん。
 うーん。さすがにまだ心の準備ができてないんだがなぁ。

「……今日は王都に泊まるの?」
「いや、今日は故郷まで行ってみようと思ってるよ」
「……そう。ライの故郷はどんなところ?」
「田舎だな。デカい学校がある以外は特徴もないような、小さな町だ」
「……学校? もしかして『始まりの町』なの?」
「なんだ、知ってるのか」

『始まりの町』
 それは英雄が最初に訪れると言われていた町で、ユークリア王国で正式な名を持たない唯一の町だ。
 ただ単に『町』と言えば『始まりの町』を指すことが多い。
 女神教に伝わる神話では、世界創生の際に一番最初に作られた町とも言われている。
 だからと言って何か特別なことがある訳じゃ無いんだけどな。
 せいぜいが町の規模にしては大きな学校があるだけで、その他はのんびりとした所だ。
 ただし、知り合いが多すぎるから新天地としてはあまり望ましくないけど。

「俺の育て親に挨拶に行って、それから……まぁ、説教だろうなぁ」
「……育ての親ってどんな人?」
「シスター・ナリア。元一流冒険者『戦槌』のナリアって言ったら分かるか?」
「……彼女は冒険者を引退して姿を消したと聞いていた」
「引退後に孤児院の院長を兼ねて女神教のシスターになったらしいな」

 ちなみにその孤児院育ちの最年長はオウカと俺だったりする。
 俺は途中からだから、実質一番長く居たのはオウカだけど。
 ていうか確かオウカを引き取る事になったから孤児院を始めたとか聞いた覚えがある。

「まったく、人生ってのは何があるか分からないよな」
「……その通りだと思う。でも私は、今が一番幸せ」
「ん、そうか」

 何となく気恥ずかしさを感じながら、膝に座るサウレの頭を撫でる。
 サラサラした髪の手触りが心地よく、そしてその特徴的な白髪は光を反射して輝いて見えた。
 改めて、綺麗だなと思う。
 容姿自体は幼いけど、サウレの立ち振る舞いは成熟されている。
 実際、前世の記憶があることを考えたら中身は俺より大人だろうしなぁ。
 可愛いと感じることもあれば、今みたいに綺麗だと思うことがある。
 そして同時に感じる愛しさに、思わず笑みがこぼれた。

「……ライは最近よく笑うようになった」
「あぁ、幸せだからな」
「……ライが幸せだと私も幸せ」
「そうか。サウレが幸せなら、俺も幸せだよ」
「……うん」

 温くなってきた紅茶のカップを置き、サウレがゆっくりと俺の胸元に収まる。
 人肌の温もり。柔らかな感触。花のような甘い香り。そして伝わる鼓動。
 俺もカップを置き、ほのかに赤く染まっているサウレの頬に手を添えた。
 それに応じるように彼女がゆっくりと顔を上げる。
 赤い瞳に目を奪われ、艶やかな唇に目が吸い寄せられる。
 そして、期待するように目を閉じたサウレに。
 優しく、触れるだけのキスをした。

 すぐに顔を話すと、サウレは両手で口元に触れて。

「……キス、した。ライと、キスした」

 嬉しそうに、誰が見ても明らかなほど幸せそうに微笑んだ。
 その姿にやはり愛おしさを感じて、俺も笑いながら額をこつりと寄せる。

「何度でもしよう。これからもずっと一緒に居るんだから」
「……うん。私はライとずっと一緒に居る。私はいつまでも貴方のもの」

 笑いあい、二人で身を寄せたまま、互いの顔に触れて、その体温を感じながら。
 今度は同時に顔を寄せて、気持ちを確かめ合うように深いキスとした。



「おい。だから服の中に手を入れるな」
「……欲望を抑えられない。むしろ抑える気が無い」
「だからちょっと待てどこに手を入れてるんだ、そこはさすがに」
「……待たない。ライ、好き。大好き」


 なんて言うかまぁ、一応。
 ギリギリのところで理性が勝ったとだけ言っておこう。
 俺の人生で一番苦戦した気がする。
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