9 / 56
9話:訓練
しおりを挟む振り降ろされた片手剣を半身になって避ける。
すると下がりきる前に刀身が斜めに跳ね上がってきた。
その腹を手甲で叩いて軌道を反らし、体が流れた隙を突いて裏拳。
しかし、円盾に止められる。
ならばと円盾を弾く為に端へフックを放つが、すぐに角度を変えて止められた。
ふむ、なかなか。だが。
無理をしたせいで体勢が崩れている。
屈み込んでの足払いで綺麗に右足を刈り取った。
そのまま回転、遠心力を活かした跳ね上げ気味の裏拳で円盾を弾き、右拳を顔面に捩じ込む。
寸前で、腕を止めた。
あぶねえ。一瞬本気だった。
「お疲れさん。強くなってきたな」
「むぅ……ありがとうございます」
悔しげなリリアの手を掴んで引き上げてやる。
武装してる割にやたらと軽いのは、革の部分鎧だからだろうか。
華奢な割に一部分の自己主張が激しいので重さの差し引きは無しだと思うのだが。女性とは不思議なものだ。
いつかのように胸元に目が行きそうになり、何気なく視線を反らす。
「ま、これだけやれりゃ上出来だろ」
「…今度こそはと思ったんですけど」
「まだ負けてやる訳にはいかんからなぁ」
新米冒険者に立ち会いで負けたりした日には、京介に笑われ歌音に殺される。
一応年長者としての意地もあるしな。
しかし、王都に着くまで盾を使った事がないと言っていたが。
既に先程のフックを止める程度には円盾を使いこなしている。
適性が有ったのか、反射速度が速いのか。
盾を持ったことで余裕が出て視野も広くなってきているし、流石は優等生と言ったところか。
一週間後は俺も危ういかもしれない。
「円盾を上手く使っているな。だが全部を受けきらなくてもいいぞ。
軌道を変えるように受け流す方が良い場合もある」
「なるほど……次に活かします」
「まぁ、俺はもうやらんが」
「えぇっ!?」
「勝てる勝負しかしたくないんでな」
それに、手甲をメインに使う冒険者なんてそう居ないし、相手が魔物なら尚更だ。
どうせ練習するなら、剣相手に慣れておいた方が良いだろう。
一番良いのは実戦だが、しばらくの間は王都を離れる事は難しいだろうしなぁ。
「剣を教えるとなると……まぁ、隼人だな。蓮樹は特殊すぎるし教えるのが致命的に下手だからな」
「ハヤトって、シンドウハヤト様ですか?」
「おう、剣士シンドウハヤト様だ。どうせ武術大会に出るだろうし、見かけたら頼んどくか」
「……なんか最近、私の中の英雄像というか、価値観が崩れてきてます」
「いや、普通の子なんだがなぁ。まぁ癖はあるが」
あのエセ関西弁に慣れさえすれば、他の仲間よりは付き合いやすいと思う。
……しかしまあ、改めて考えると濃いメンバーだな、勇者一行。
「最近、英雄様方とよくお会いしてますね……アレイさんもですけど」
「それに関しては悪かった。隠してた訳じゃないんだ。忘れてただけで」
「余計悪いです」
「……だな。すまん」
言い訳になるが、ゴブリンの軍団さえ遭遇しなければ、俺はすぐ王都から去るつもりだった。
王都に住んでいるリリアともそこで別れるつもりだったのだ。
基本的にへたれの俺が身の内話なんて出来る筈もない。
「なんて。本当は気にしてません。埋め合わせもしてくれてますし」
風に髪を靡かせて朗らかに笑うリリア。眼福だ。
「そうか、助かる」
「ふふ……でもよく考えてみると私、十英雄の半分とお知り合いになってるんですね」
「そこに俺を入れるのは止めてくれ。一般人には荷が重い」
「そんなこと無いと思いますよ、『疾風迅雷』さん?」
「ぐはぁっ!?」
いや、マジで、二十代後半の中年予備軍にその呼び名はきっついわ。
この歳で黒歴史更新中とか、かなり辛いものがある。
そもそも、俺は英雄なんかではないのだが。
二つ名なんてもの、分不相応すぎる。
「勘弁してくれ……本当、柄じゃない」
「ふふ。では代わりに、もう一戦お願いします」
「……へいよ。気が済むまで付き合ってやる」
「よろしくお願いしますっ!」
やる気十分で何よりだが、後で京介の世話になるかもしれんな、これ。
結局、三十戦ほど付き合った後、たまたま通りかかった蓮樹とバトンタッチして逃げてきた。
騎士団長が暇してていいのか疑問は残るが、本人が暇と言っていたから構わないだろう。
しかしまぁ、先程の立ち会いで何本か良いのをもらいそうになった。
リリアも武術大会に参加するようだし、いよいよまずい気がする。
俺は地力が低いからなあ、とため息を吐く。
改めて考えるまでもなく、やはり俺は英雄なんかではない。
敵を薙ぎ倒す力も、仲間を完全に癒す力もない。
身体能力自体も否戦闘系の加護を貰った仲間に負けているし、彼らのように戦闘以外で役に立つ訳でもない。
小手先の技術と培った知識で何とか誤魔化しているだけだ。
戦いは怖い。死ぬのが怖い。
根本的な所は日本に居た時のまま。
優柔不断で勇気のない一般人だ。
それでも。
「あ。亜礼、さん。こんにち、は」
仲間達に格好悪い所を見せたくはない。
ただそれだけで、頑張れる。
「楓か。今から飯か?」
「うん。そうだ、よ」
「そうか。たくさん食べて大きくなれよー」
「がんばる、ね」
「おう。たぶんリリアと蓮樹もすぐ行くと思うぞ」
「そうなん、だ。わかった」
ばいばい、と手を振る楓を見送り、ため息。
これだから王都は困る。
いつ誰と遭遇するか分かったものではないので、迂闊に気が抜けない。
ううむ……今夜辺り、憂さ晴らしに京介でも誘って飲みにでも行くか。
どこかで吐き出さなければやってられないのは、日本でも異世界でも変わらない。
……武術大会は、無事に乗り切れるだろうか。
心配事が多いが、それもいつもの事だ。
まあ、なんとかなるだろう。たぶん。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる