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21話:テディベアと処刑場
しおりを挟む◆視点変更:遠野司◆
俺は、警察官の父と武術師範の祖父が自慢だった。
幼少の頃から、遠野流古武術を習い、その力の使い方を学んだ。
弱い者の為に、正義の為に力を振るいなさいと育てられた。
自身も父と同じく警察官になれるよう勉学に励み、己を鍛え、高校に上がる頃には祖父から免許皆伝を貰った。
弱き者の為に、正義の為に。
それだけを心に、努力を重ねた。
いつか警察官となる為に。
父や祖父のような、正義の味方となる為に。
そして、その努力は無駄になった。
最初は訳が分からなかった。
俺は小説やゲームなどをあまりやった事が無くて、自称女神の言っていることの半分くらい理解出来なかった。
周りの説明のお陰で何とか理解した瞬間、ふざけるな、と憤った。
あの時は、今まで頑張ってきた事が否定された気になった。
しかし怒りを顕にしたところで、何も変わらなかった。
幸か不幸か、幼馴染みの隼人と詠歌も同時に召喚されていて、心細い思いだけはせずに済んだ。
ただ、どうしたら良いか分からなくなった。
同時に召喚された人達と一緒に異世界を旅して回った。
この世界は、戦争が行われており、死が溢れかえっていて、弱い者が泣き叫ぶ地獄だった。
俺はもしかしたら、嬉しかったのかもしれない。
守るべき者がいる。力を振るう理由がある。
正義の味方として、人を助けることができるから。
そんな、子ども地味た事を考えていたのかもしれない。
ただ周りに言われるがままに、人外の力を行使した。
魔族、魔物、時には森の民や人間にさえ。
それが正しい事だと信じて疑わなかった。
そんなある時、森の中で。
弱い筈の、守るべき対象であるはずの弱い人間に、殺されかけた。
毒を盛られ、罠を仕掛けられ、入念な準備と殺意を持って。
彼ら曰く、人外の力を自分達に向けられるのが怖かったらしい。
そんな事、絶対しないのにと思ったけど。
今までの自分の行いを振り返って、そう思われても仕方がないのかも知れないと思った。
女神から加護を受けていた俺に毒は効かず、罠も何もかも、特に問題なく退けた。
そんな俺を見て、彼らは言った。
「化け物」と。
俺は、分からなくなってしまった。
正義とは何なのか。
弱者とは、誰なのか。
守るべきものは何処に居るのか。
俺は仲間に聞いてみることにした。
九人しかいない仲間たちに、俺の迷いを打ち明けた。
どうしたらいいのか、その答えを知りたくて。
ある人は言った。
「正義など、人それぞれですよ。私にとっての正義と司君にとっての正義は違うと思います」
ある人は言った。
「正義? アタシにはよく分からないかな。ただ敵を斬るだけだよ」
ある人は言った。
「正義ですか。少なくとも、僕ではありませんね」
そして、ある人は言った。
「それが分かるまで、俺を見ててくれ。
それで、間違っていると思ったら、お前が俺を止めてくれ」
それは、光輝いて見えた。
父や祖父のように強くはない。
殴りあえばきっと自分の方が強いだろう。
それどころか仲間内で一番身体能力が低いように思うし、戦う技術も無い。
守るべき弱者の一人だと、ずっと思い込んでいた。
それでも。
あの人はどんな時でも自分達の前にいた。
決して退かず、常に前を向いている。
どんな敵が相手でも意思を貫く心の強さ。
ただそれだけが、それだけで、これほど眩しいのかと。
俺はそう思った。
遠野司は、葛城亜礼に憧れた。
それから俺は、旅のなかで。
たくさんの物を見た。
たくさんの者と話した。
たくさんの夢を聞いた。
たくさんの願いを、託された。
変わっていくものと、
変わらないものを見た。
やがて、旅が終わり。
俺はみんなから『勇者』と呼ばれるようになった。
最も素晴らしい英雄だと。
誰よりも強い希望の光だと。
そう言われていた。
それでも俺は、あの時見た輝きを見失わなかった。
だからこそ、道を踏み外さずに済んだんだと思う。
ただ一つの道標だったそれは、ただ一つの目標となった。
葛城亜礼のように、強く在りたい。
本当に勇気がある人間は自分ではない。
魔王を倒したのだって、自分ではないというのに。
あの人は誇らない、あの人は語らない。
ただ物陰に隠れて、こちらを見てで幸せそうに小さく笑うだけだ。
誰かに担ぎあげられるのは柄じゃないと言いながら。
そして、自分を省みることも無く、よくやったなと、褒めてくれる。
あの人は、そういう人だった。
それでも俺達だけは知っている。
本当の強さとは何なのかを。
本当の誇り高さとは何なのかを。
そして、本当の『勇者』が誰なのかを。
いまでも。そして多分、これからも。
俺はこの道を歩んでいきたい。
あの日憧れたもの。
先の見えない闇の中で、ただ一つの輝く光。
あの英雄の背中を、ずっと見続けていたい。
いつか、俺も胸を張って英雄
建造物が破壊される音。
それが闘技場から東の方角から聞こえてきた。
そっちの方角にあるのは、街門と……魔法学校か。
今はどちらも人気が少ないと思われるが、どちらかと言えば、不味いのは魔法学校だろう。
街門には騎士団員が詰めている。彼らなら突然の事態でも対処してくれるはずだ。
ならばここは。
「蓮樹、魔法学校!」
「いってきまーすっ!!」
俺の一言に応え、即座に反応して飛び出して行った。
さて。面倒だが、俺も行かなきゃならんだろうなあ。
蓮樹に遅れて現場に向かう途中、デカいクマが魔術学校の校舎を殴り付けているのが見えた。
………クマ、だよなあ、あれ。
体長二十メートルはあろうかという巨大なテディベアが、もこもこ動いている光景に頭痛がする。
「……なんだあれ。魔導人形か?」
魔力を原動力として動く人形、ゴーレム。
通常、岩や金属で作られるが、魔力の籠った核さえあれば水や火など不定形なものからでも生み出す事が出来る。
さすがに、この大きさのテディベア・ゴーレムなんて初めて見たが。
と言うか、布と綿で出来てる癖に、どうやって校舎を壊したんだコイツ。
試しに近寄って落ちていた瓦礫を投げつけてみる。
ガンッと硬い音がして瓦礫が弾かれた。
……えぇ。なんだこれ。
「アレイさん、あのクマさんやっばい!! たぶん核に魔法銀が使われてるねっ!!」
「まじか、頭いてぇな。とりあえず時間稼いでくれ」
「りょうかーいっ!! ほいさっさ!!」
ガンッ ガンッ
鈍い轟音が響く。おお、すげえ。なんだアレ。
何かでけぇクマが短い手足を上げたり下げたりしてるんだが。
……よく見えないが、クマが振り下ろした腕や足を、レンジュが下から殴り付けて妨害してるのか?
滅茶苦茶すぎるだろ、あいつ。
まあ、さておき。
少し離れた場所に、避難もせず、ただ祈るようにクマを見つめる少女が一人。
黒いローブに銀の学章。魔法学校の生徒か。
「おい、避難しないのか?」
「あっ、あれ、私のなんです‼ いきなり大きくなって勝手に動いてて!!」
「勝手に?」
「私の魔法じゃどうしようもないし、あぁ、どうしたら……」
「ふむ……とりあえずあれ、壊してもいいか?」
「お願いします!!」
破壊許可はもらったが。さて。
勝手に大きくなって動いている、となると、時間指定で起動する魔法の類いだと思われるが…
あれは確か、魔族しか使用できなかった気がする。
王都に魔法の罠を掛けた品を持ち入らせる理由が分からない。
……まぁともあれ。ひとまずは安全確保が優先か。
「蓮樹! コア残して解体せるか!?」
「あ、いいのっ!? おっけーっ!!」
ガンッ! ギャリンッ! ドガガガガガガガガガガッ!
うっわ、こわ。
クマさんが見えない何かに外側から削られていく。
瓦礫程度では傷も入らない程の硬度を持っていても、蓮樹の一撃を受けて無傷とは行かないようだ。
刃を潰した鋼鉄製の模造刀を振るって尚、魔法銀が生み出す障壁ごとすり潰している。
……俺、こうなってた可能性があったのか。
割と本気で怖いんだが。
ガガガガガガッ!
「おーしーまいっ!!」
シャンッ、と鈴の鳴るような音。落ちてくる拳大の塊。
おお……ミスリルの魔法障壁ごと、クマ型魔法人形のコア以外を削り取りやがった。
もはや訳が分からないんだが。
さすが、最強の名はだてじゃないな。
「にゃあああああっ!! すっきりしたああああっ!!」
刀を肩に担いでご満悦の蓮樹。
相変わらず、敵には容赦ないな、こいつ。
「お疲れさん。コアは回収したし、戻るか」
「もうちょい遊びたかったけどねっ!!」
「いや、勘弁してくれ。俺は帰るぞ」
詠歌にコアを見せる必要があるし、何より見てるだけで疲れた。
早く帰ってゆっくりしたい。
「あ、そだねっ!! アレイさんは決勝戦もあるからねっ!!」
……あ。忘れてた。
という訳で、闘技場に戻ってきた次第である。
尚、回収したクマさんコアは蓮樹に渡してある。
開始戦の前で構える司。
無表情ながら、何処と無くワクワクしているように見える。
アレだ、散歩の前の大型犬みたいな。
実際はそんな可愛らしいものでは無いが。
怖気付きながら開始戦まで進み、とりあえず構える。
帰りたい。逃げたい。今すぐここから立ち去りたい。
いや、無理だって。本気でどうしようも無いからこいつ。
俺みたいな一般人が立ち会っていい相手じゃないから。
「…亜礼さん。行くよ」
「よし待て早まるな、俺が死ぬ」
割と真面目に懇願してみる。
意表を突く隙のあった蓮樹とは違い、司は対策の取りようがない。
ただ純粋に基礎能力が高すぎるだけだからな、この勇者。
例えるならレベル上限が百のゲームでレベル千まで上げた、みたいなバグり方をしている。
『決勝戦、はじめ!!』
こちらの事情などお構い無しに、審判の無慈悲な声が聞こえてきた。
くそ。せめて、死なないようにだけ心掛けるしか。
「ちくしょう来やがれぐふぁっ!?」
認識すらできない速度でぶっ飛ばされ、意識を刈り取られた。
あとで聞いたところ、ガードの上からの右ストレートだったらしい。
真面目に、トラックに撥ねられたような衝撃だった。
だと、言えるようになる為に。
誰よりも強いあの人に追いつく為に。
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