37 / 56
37話:日向遥
しおりを挟む宿の朝食は、分厚いベーコンと卵を焼いたものにサラダ、野菜のスープに小さなパンが二つだった。
量も味も悪くない。
特にベーコンが絶品だ。スモークされたオーク肉には脂が乗っていて、燻製肉なのに噛みごたえが柔らかい。
胡椒を効かせてあり、ピリッとした刺激が食欲を掻き立てる。
そこに野菜の滋味がたっぷりのスープや、少し固めで酸味のある黒パンを食べるとまた違った味わいが楽しめる。
これだけの飯を出してくれるのに、値段は安いと来た。
当たりの店だな、と思う。覚えておこう。
「……さて。今日はどうするかって所なんだが。リリアは何か用事はあるか?」
朝食を平らげて食後の茶を飲みながら、満足げなリリアに訪ねる。
はっとして表情を引き締めているが、少し遅い。
思わずニヤニヤしてしまうと、上目遣いで睨まれた。
「予定は無いですが、強いて言えばヒムカイハルカ様にお会いしたいです」
「おう、そうか。じゃあ土産を買って行こうか」
元々遥の所に顔を出す予定だったので丁度良い。
土産は何が良いだろうか。
珍しい食物が一番喜びそうではあるが、入手の難しさを考えると花が妥当か。
流石に朝っぱらから酒も無いだろうし。
いや、俺は貰ったら嬉しいが、贈り物としてはどうかと思う。
日向遥。『世界一の料理の腕前』を
女神に願い、『あらゆるものを解体する能力』を得た女性。
楓命名『終焉の担い手』
好きなチートを貰えると聞いて料理の腕前を願うと言うのは、中々に凄いと思う。
まあ実際、旅の途中で食うに困らなかったのは遥が居たからだが。
常に穏やかで料理と花を愛する人だった。
俺は若干の苦手意識があるのだが、仲間内で一番良識のある人だと思う。
多分、顔見せたら叱られるだろうなあ。
とりあえず、土産の花を選ぶのはリリアに任せる事にした。
自分のセンスに微塵も自信がないからな。
下手なものを選ぶと余計怒られそうな気もするし。
花束を抱え、町外れの小さな一軒家に向かう。
引っ越してなければここに住んでいるはずだ。
コンコン、とドアノッカーを鳴らすと、すぐに返事があった。
「どちらさまで……あら。亜礼君?」
「どうも。ご無沙汰してます」
「それに……ごめんなさい、貴女はどなたかしら?」
「あ、リリア・レンブラントです。はじめまして」
「あら。ご丁寧にありがとう。日向遥です」
ぺこり、と頭を下げられ、背中で三つ編みにした長髪がふわりと揺れた。
相変わらず腰の低い人だ。
「それで? 亜礼君、まず言うことがあるんじゃない?」
「あー……何も言わず旅に出てすみませんでした」
「まったく。いい大人なんだから、ダメでしょ?」
「本当にすみません」
「ふふ。でも、元気そうで良かった。お茶を淹れるから上がって」
花束を抱えて嬉しそうに部屋に戻る遥。
相変わらず、年齢が良く分からない人だ。
俺を年下扱いする時もあれば、少女のような言動を取ることも多々ある。
前に直接聞いたことがあるが、その時は静かに微笑む遥が怖くて聞き出せなかった。
どうもあの無言の圧力には逆らえない。
あれをやられると、何となく自分が悪いことをしている気になってしまう。
「……まあ、入るか」
「……そうですね」
とりあえず、誘われるままにお邪魔する事にした。
ティーカップに紅茶を注がれ、手製の焼き菓子を出してもらった。
何と言うか、やはりこういうのは慣れない。
むず痒いと言うか、落ち着かないと言うか。
「それで、今日はどうしたの?」
「旅の途中で近くに寄ったから挨拶をと思ってな。
リリアが会いたがってたのもあるが」
「あら、そうなのね。嬉しいわ」
「いえそんな……」
何かを感じ取っているのか、リリアは物凄く恐縮している。
うん。俺も慣れるまでそんな感じだったわ。
「あの。失礼かもしれないけど、亜礼君とはどんな関係なの?」
「ええと、旅の師匠と言うか……命の恩人です」
「そうなんだー。亜礼君、相変わらずなのねえ」
「……勘弁してくれ、ただの旅の仲間だよ。よく助けられてる」
「ふうん?そうなんだー」
にっこりと微笑む。いや、こえぇよ。
遥はどうも俺の女癖が悪いと誤解してる節がある。
そんな事は無いと思うんだが。
そもそもの話、全くと言って良いほどモテないしな。
「まぁいいわ。それで、どのくらい滞在するの?」
「あまり長くは居られないな。すぐに出る訳でもないが、数日くらいだ」
「そっかぁ……ゲルニカへ行くの?」
「ああ。女神に頼まれたんだ」
「……私は、どうしたらいい?」
「どうもしなくていい。ここに居てやってくれ」
遥がここにいる理由。
庭の方に小さく置かれた一つの墓。
そこに眠るのは、戦争で死んだ名前も知らない多くの誰か。
そして、遥を庇ってしんだ、前騎士団長のオーエンさん。
未だに引っ越してないと言うことは、まだ思うところがあるのだろう。
「帰りにまた寄るつもりだ。その時に、飯でも食わせてくれ」
「そう…分かったわ。気をつけてね」
「ああ。まあ、気をつけるさ」
紅茶を流し込む。仄かに甘く、少しだけ渋い。
「また出発前には来るよ」
「そう。待ってるわね」
そんな挨拶をして別れた。
あわよくば、と思いはした。
遥の加護は旅に向いている。戦闘も俺より強い。
しかし、やはり彼女に戦いは似合わない。
あの人はもう、十分すぎるほど戦った。
今では英雄などではなく、墓守の姿がしっくり来ている。
そんな彼女の、日常を壊したくはない。
結局、リリアと二人で海を渡ることになりそうだ。
不安はあるが、まあ、仕方ない。
いつもの事だと思い、再びため息を吐いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる