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37話:日向遥
しおりを挟む宿の朝食は、分厚いベーコンと卵を焼いたものにサラダ、野菜のスープに小さなパンが二つだった。
量も味も悪くない。
特にベーコンが絶品だ。スモークされたオーク肉には脂が乗っていて、燻製肉なのに噛みごたえが柔らかい。
胡椒を効かせてあり、ピリッとした刺激が食欲を掻き立てる。
そこに野菜の滋味がたっぷりのスープや、少し固めで酸味のある黒パンを食べるとまた違った味わいが楽しめる。
これだけの飯を出してくれるのに、値段は安いと来た。
当たりの店だな、と思う。覚えておこう。
「……さて。今日はどうするかって所なんだが。リリアは何か用事はあるか?」
朝食を平らげて食後の茶を飲みながら、満足げなリリアに訪ねる。
はっとして表情を引き締めているが、少し遅い。
思わずニヤニヤしてしまうと、上目遣いで睨まれた。
「予定は無いですが、強いて言えばヒムカイハルカ様にお会いしたいです」
「おう、そうか。じゃあ土産を買って行こうか」
元々遥の所に顔を出す予定だったので丁度良い。
土産は何が良いだろうか。
珍しい食物が一番喜びそうではあるが、入手の難しさを考えると花が妥当か。
流石に朝っぱらから酒も無いだろうし。
いや、俺は貰ったら嬉しいが、贈り物としてはどうかと思う。
日向遥。『世界一の料理の腕前』を
女神に願い、『あらゆるものを解体する能力』を得た女性。
楓命名『終焉の担い手』
好きなチートを貰えると聞いて料理の腕前を願うと言うのは、中々に凄いと思う。
まあ実際、旅の途中で食うに困らなかったのは遥が居たからだが。
常に穏やかで料理と花を愛する人だった。
俺は若干の苦手意識があるのだが、仲間内で一番良識のある人だと思う。
多分、顔見せたら叱られるだろうなあ。
とりあえず、土産の花を選ぶのはリリアに任せる事にした。
自分のセンスに微塵も自信がないからな。
下手なものを選ぶと余計怒られそうな気もするし。
花束を抱え、町外れの小さな一軒家に向かう。
引っ越してなければここに住んでいるはずだ。
コンコン、とドアノッカーを鳴らすと、すぐに返事があった。
「どちらさまで……あら。亜礼君?」
「どうも。ご無沙汰してます」
「それに……ごめんなさい、貴女はどなたかしら?」
「あ、リリア・レンブラントです。はじめまして」
「あら。ご丁寧にありがとう。日向遥です」
ぺこり、と頭を下げられ、背中で三つ編みにした長髪がふわりと揺れた。
相変わらず腰の低い人だ。
「それで? 亜礼君、まず言うことがあるんじゃない?」
「あー……何も言わず旅に出てすみませんでした」
「まったく。いい大人なんだから、ダメでしょ?」
「本当にすみません」
「ふふ。でも、元気そうで良かった。お茶を淹れるから上がって」
花束を抱えて嬉しそうに部屋に戻る遥。
相変わらず、年齢が良く分からない人だ。
俺を年下扱いする時もあれば、少女のような言動を取ることも多々ある。
前に直接聞いたことがあるが、その時は静かに微笑む遥が怖くて聞き出せなかった。
どうもあの無言の圧力には逆らえない。
あれをやられると、何となく自分が悪いことをしている気になってしまう。
「……まあ、入るか」
「……そうですね」
とりあえず、誘われるままにお邪魔する事にした。
ティーカップに紅茶を注がれ、手製の焼き菓子を出してもらった。
何と言うか、やはりこういうのは慣れない。
むず痒いと言うか、落ち着かないと言うか。
「それで、今日はどうしたの?」
「旅の途中で近くに寄ったから挨拶をと思ってな。
リリアが会いたがってたのもあるが」
「あら、そうなのね。嬉しいわ」
「いえそんな……」
何かを感じ取っているのか、リリアは物凄く恐縮している。
うん。俺も慣れるまでそんな感じだったわ。
「あの。失礼かもしれないけど、亜礼君とはどんな関係なの?」
「ええと、旅の師匠と言うか……命の恩人です」
「そうなんだー。亜礼君、相変わらずなのねえ」
「……勘弁してくれ、ただの旅の仲間だよ。よく助けられてる」
「ふうん?そうなんだー」
にっこりと微笑む。いや、こえぇよ。
遥はどうも俺の女癖が悪いと誤解してる節がある。
そんな事は無いと思うんだが。
そもそもの話、全くと言って良いほどモテないしな。
「まぁいいわ。それで、どのくらい滞在するの?」
「あまり長くは居られないな。すぐに出る訳でもないが、数日くらいだ」
「そっかぁ……ゲルニカへ行くの?」
「ああ。女神に頼まれたんだ」
「……私は、どうしたらいい?」
「どうもしなくていい。ここに居てやってくれ」
遥がここにいる理由。
庭の方に小さく置かれた一つの墓。
そこに眠るのは、戦争で死んだ名前も知らない多くの誰か。
そして、遥を庇ってしんだ、前騎士団長のオーエンさん。
未だに引っ越してないと言うことは、まだ思うところがあるのだろう。
「帰りにまた寄るつもりだ。その時に、飯でも食わせてくれ」
「そう…分かったわ。気をつけてね」
「ああ。まあ、気をつけるさ」
紅茶を流し込む。仄かに甘く、少しだけ渋い。
「また出発前には来るよ」
「そう。待ってるわね」
そんな挨拶をして別れた。
あわよくば、と思いはした。
遥の加護は旅に向いている。戦闘も俺より強い。
しかし、やはり彼女に戦いは似合わない。
あの人はもう、十分すぎるほど戦った。
今では英雄などではなく、墓守の姿がしっくり来ている。
そんな彼女の、日常を壊したくはない。
結局、リリアと二人で海を渡ることになりそうだ。
不安はあるが、まあ、仕方ない。
いつもの事だと思い、再びため息を吐いた。
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