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45話:切り札
しおりを挟むいつかのようにガリガリと地面を削りながら滑る。
左腕が熱い。戦闘の興奮からか痛みはないが、おそらく折れている。
衝突した右腕が無事なのは救いだが、アイシアの攻撃が掠っただけでこれだ。
見誤った。予想より速度も力も上がっている。
どうするか。一旦間合いは離れたが、すぐに追ってくるだろう。
地を滑り終え、体勢を整える。
アガートラームの調子は良好、体も左腕以外は動く。
だが、正直な話、勝てる気が全くしない。その上逃げても追い付かれる。
京介が間に合えば何とかなるが、それも難しいかもしれない。
万事休す。さて、どうしたものか。
「あら、こんなところに居たの。探したわあ」
しかし、どうやら考える間もくれないようだ。
漆黒の魔人が、三日月のような笑みを浮かべている。
怖い。恐れに身が竦む。
毎度思うが、何でこんなに執着されるのだろうか。
適当に放り投げてくれていいんだが。
「くふ。さあ、続きを楽しみましょう?」
閃く銀光。森の木々を切り裂きなが、蛇腹剣が迫る
咄嗟にアガートラームで弾くが、体が流れる。
二撃目も弾き、三撃目を左に跳び躱す。
続く蛇腹剣の連撃を弾き、躱し、往なし、受け止める。
速く複雑な弧を描く剣撃だが、線での攻撃である為、何とか反応が間に合っている。
だがそれだけだ。左腕を負傷しているのでバーニアでの急制動が行えない。
距離を、詰められない。
「くふ。くふふ。どうしたのかしら? ねぇ、どこか痛いの?」
「うるせえ、ドS女。黙ってろ」
「あら、ひどぉい。そんな事言われたら……興奮しちゃうわぁ」
「……まじ、で、最悪だな、お前…」
速度が上がる。まだ加減してたのか、こいつ。
銀閃を往なす。
弾く。躱す。受ける。
躱す、弾く、受ける、弾く受ける受ける受ける。
回避が間に合わない。右腕を目の前にかざし、ただひたすらに受け続ける。火花が散る。集中力が高まる。蛇腹剣の一欠片の動きが見える。
だが、文字通り手が足りない。右腕だけでは受けきれなくなる。
元々アガートラームの加護は持久戦に向く方ではない。俺の戦いは常に奇襲、突撃のみだ。力も、速さも、リーチも。何もかも足りない。
元より、唯一の利点である突進力を活かす他に生き残る道は無い。
そしてそれ故に、現状を打開する術が無い。
通常ならば、だが。
……ああ、くそ。
仕方ない。それならば、俺をお前にくれてやる。
引けない理由がある。ならば、貫き通すまで。
右から来た振り払いの一撃を大きく弾き、地を蹴って踏み込む。ブースター起動。左腕を中心に体が軋み、痛みが襲ってくる。
知ったことか。
爆発推進を得て低空に投げ出されながら思う。簡単な話だ。複雑な軌道修正が出来ないのなら。
ただ真っ直ぐに、突貫するのみ。
蒼色の魔力光。それを身に纏い、愚直に前へ。幾度となく振り回される蛇腹剣、それを紙一重どころか皮膚を削り、その度に勢いを殺されながら。
それでも致命傷だけは受けず、突き進む。
左腕が焼けるように熱い。全身から痛みが間断なく襲いかかる。
痛い。怖い。鼓動がうるさい。視界が暗く滲む。
死にたくない。逃げたい。帰りたい。
今すぐ引き返して皆の元へ戻りたい。
そんな、様々な感情が浮かび、心を揺さぶる。
こんな事、俺には向いていない。
臆病で怖がりで腰抜けの、ただの一般人には荷が重い。
だからこそ。俺は願ったのだ。
『意志を貫く力』を。
それは、いつもの事。
ならば、いつものように。
せめて、子どもたちの前で胸を張って居られるように。
この命を賭けて。意志を貫こう。
縦に振り下ろされた蛇腹剣。アガートラームの側面で弾き飛ばし、再加速。
近接距離。後一押しで、この身が届く。その一歩が果てしなく遠い。
だが、俺が退く事は無い。
即座に引き戻された剣の袈裟斬り。向かって左側から、回避が間に合わない速度で振り下ろされる。
かかったな、馬鹿め。
読み通りの動きに即座に対応し、剥き出しの左腕を振り払う。
衝撃。視界の端に舞う、己の左腕。死ぬほど痛いが、構うものか。この程度で、止まってなど居られない。
ブースター最大。一瞬、痛みを置き去りにし、追撃の斬り上げを半身になって躱し、尚加速する。
剣の狙いが甘い。動揺したのか、予想外の動きだったのか。
今は、どうでもいい。ただ、最大の一撃を叩き込む。
ーーー『装填』
暴力的な爆発推進。加速によって生まれた力は背中を抜け、右肩へ。そこに再度加速。残された全魔力を右腕へ集中させ、更に速度が増していく。
ーーー『神造鉄杭 : 全魔力圧縮完了』
ブースターのリミッターを解除。全身の骨が軋み、毛細血管が弾ける。魔力の蒼色と吹き出した血の赤色が混ざり合う中。
膂力、速度、魔力、遠心力。全ての力が鉄杭の一点に収束され、外へと向かって行く。
ーーー『神穿鉄杭 : Ready?』
擬似的な発勁の流れを組み込んだ、遠野流・芍薬・改。そこにアガートラームの機構を組み込んだ俺の切り札。
万全の状態でも全力で放てば反動で全身が骨折する程の力。
研ぎ澄まされた集中力によって世界が緩やかに流れていく中。
ただ、己の意志を貫く為だけに、持てる全てを注ぎ込む。
チェック・メイト。
「 穿 け え え ぇ ぇ ぇ っ !!」
轟音より先に、世界に衝撃が走った。
反動を殺しきれず右肩が爆ぜる。
その代償と引き換えに、アイシアの右半身を吹き飛ばした。
痛み分けにしては、やや分が悪いか。
こちらにはもう、攻撃手段がない。
知ったことか。両腕が使えずとも、神の加護が無かろうとも。
それでも尚、抗ってみせる。
血煙の中、前のめりにぐらつく。
未だに裂けるような笑みを浮かべるアイシアに詰め寄り、残された半身を蹴り飛ばした。
その反動で足を滑らせ、地面に倒れ伏す。
まだだ。まだ、終わっていない。
こいつを逃せば仲間が死ぬ。みんなが危険に晒される。
ならばここで、仕留めるしかない。
「……くふ。ふ、ふふ。もう少ぉし、だったのにぃ」
血が足りず、ぐらりと、世界が回る。
「観客が来ちゃったわねぇ。ざぁんねん……また、会いましょう。アレイ」
眩む視界の中、空気に溶けていくアイシアと、駆け寄ってくる京介達の姿が見えた。
アイシアが、退いた。それを確認すると共に、暗転。
闇の中に解けるように、俺は意識を失った。
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