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46話:戦いの後に
しおりを挟む目が覚めると、こちらに身を乗り出している歌音の顔が目の前にあった。
「……おはよう」
「おはようございます、お兄様。夜ですけれどね」
挨拶を交わした後もその場を動かず、じっとこちらを見つめてくる。
相変わらず綺麗な顔立ちをしているな、こいつ。
ほんと、俺に似なくて良かったわ。
「……さて。ここ、どこだ?」
「王城のお兄様の部屋です。何処まで覚えていますか?」
「アイシアの右半分を吹っ飛ばしたまでだな」
「ご自分の両腕を駄目にしたのは?」
「……あぁ、覚えている」
そうだ。左腕は切り落とされ、右側は破裂した、筈だった。
手を伸ばす。右も左も、思うように動く。
今回も京介の世話になったようだ。ありがたいが、また貸しが増えてしまった。
「良かった。間に合ったか」
「はい。跡形も無く綺麗に戻ってます」
京介の『時を殺す癒し手』は強力な加護だが、二十四時間以内でしか巻き戻す事ができない。
更には、使用される側の魔力が必要となる。
俺が倒れた後に楓が魔力を供給しつつ、京介の加護を使用したんだろう。
何から何まで、世話になりっぱなしだ。
しかし、最後に見た感じだとアイシアも転移して逃げていた。
それに魔王の魔力を取り込んだのであれば、次会ったときには完治しているだろう。
本当に厄介な話だ。あそこで仕留めきれなかったのが悔やまれる。
「さて、お兄様。悪い話があります」
「……これ以上何かあるのか」
「国民に、今回の経緯がバレました」
「……おう、そうか」
つまりは、何だ。俺のやった事、全てが無駄だった訳か。
こっそりとそれなりに長旅をして、とても痛い目にあって、そしてふりだしに戻ってきたと。
さすがにへこむんだが。
「まあ、この際仕方ありません。正式発表して軍を出しましょう」
「あー……そうだな。隠す意味がなくなったんなら、それがいいか」
元々国の混乱を防ぐ為に単独で動いていた訳だが、今回の件で事態が公になってしまった。
それならばいっそ、全軍を集結させて事に当たった方が国民の安心感も増すだろう。
「それはそれとして。隼人君達から事情を聞きましたが……もう少しご自愛ください」
「なんだいきなり」
「あのですね。はっきり言いますが、自分から左腕を切らせて右肩も駄目にするなんて、普通じゃありませんからね」
「……いや、楓が居たし、京介を頼れると思ったからなんだが」
「普通はそれでも、簡単に割り切れるものではありません。そんな事が出来るのは司君や蓮樹さんくらいです」
「おい止めろ。俺をあいつらと同列にするな」
勘弁してくれ。俺はただの一般人だ。
司や蓮樹のように戦闘を日常にしている奴らとは違う。
それに、他に方法が無いならそれを選ぶしか無いだろう。
……ただまぁ、こちらの世界に来る前はそれも無理だっただろうが。
どんな状況でも意志を貫く力。
それは果たして、加護なのか呪いなのか。
そう思い、苦笑が漏れた。
「全く……しばらくは城に居てください。後日改めて遠征軍が派遣される予定ですので」
「了解だ。ゆっくりさせてもらう」
「はい。では、また明日」
「ああ、おやすみ」
部屋を出ていく歌音を見送り、ふと考える。
魔王の力を持ったアイシア。
俺と殺し合う事を何より望むアイツが退いたのは、何故だろうか。
半身が消し飛んだとは言え、昔のアイツならそのまま続行した気もする。
思い違いなのか、何か意味があるのか。
考えても答えが出るはずもなく、何とはなしに頭をかいた。
それはともかく、両腕とも痛みも違和感もないが、全身の疲労感が凄い。
精神的なものもあるのだろうが、魔力がほとんど残っていないようだ。
京介の加護は対象の魔力も消費するので、そのせいだろう。
ついでなのでこのまま寝てしまおうとベッドに転がってみるが、気が昂って寝付けない。
仕方なしに少し城内をぶらつく事にした。
手入れの行き届いた庭園。
剪定された木々に、名前も知らない花が咲いている。
世話が大変そうだな、くらいの感想しか浮かばず、自分の感性の無さに少しだけ情けなさを感じる。
ため息を吐いた時、ふと、庭園の向こう側に人影が見えた気がした。
小さな背に長いゆるやかな黒髪。普段のハイテンションが嘘のように、静かに佇んでいる
「……蓮樹?」
「にゃっ!? ありゃ、アレイさんじゃんっ!!」
「よう。何してんだお前」
「ちょっち考え事とかっ!! てか体調は大丈夫かなっ!?」
「ちと体が重いが、それだけだ」
「キョウスケさんのは魔力喰うからねっ!! 寝たら治るんじゃないかなっ!!」
「分かってはいるんだが、寝付けなくてな。散歩してたところだ」
夜風が気持ちいい。
ザアザアと、木々が揺れる。
「ねぇアレイさんっ!! 聞きたい事あるんだけどっ!?」
「ああ、なんだ?」
「……前から思ってたんだけどさ。なんでそんなに死に急ぐの?」
静かに、ぽつりと。
昔のような冷たく重い調子で、尋ねてきた。
ザアザアと、木々が揺れる。
「……悪いが、言ってる意味が分からん」
「アガートラームもさ。突っ込むだけが能じゃないよねアレ。見た感じブースターはオマケでしょ?」
「それは……」
「昔はともかく、今は遠野流が使える訳だし。普通に格闘戦できるんじゃない?
なのに、いつも最前線に躍り出て隙だらけのパイルバンカーって、アタシから見たら死にたいのかなって思うワケで」
ザアザアと、木々が揺れる。
「待ってても何も言わないし。今回みたいに無茶するし。
そろそろ、我慢しきれないんだけどさ」
ザアザアと、思考が揺れる。
思い出すのは転移直前の記憶。
夜の雨。飛んだ雨傘。とん、と押された背中。
目映い光。クラクション。終わりの感触。
「ねぇ。何を、隠してるのかな?」
「……適当に見えて鋭いんだよな、お前」
「無理にとは言いたくないんだけどさ。言ったじゃん、頼れって」
「まあ、言われたな、確かに」
「弱さを見せるのも信頼だと思うんだけど」
ザアザアと、思考が揺れる。
小さな声。涙。三日月のような張り付いた笑顔。
始まりの光景。それは……
「なんなら、いつかみたいにベッドで甘えてもいいんだよ?」
急に現実に引き戻された。
「お前なぁ……て言うかいつも甘えてたのは俺じゃな」
「あーあーきこえなーいっ!!」
「おい。自分から振っといて理不尽過ぎやしないか、それ」
「知るか知るか知るかーっ!! ちくしょーキャラじゃないっつーにっ!!」
俯いて、ぱたぱたと手で扇ぐ仕草。
凄い。顔どころか首まで赤い。
そこまで恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。
いや、シリアスな空気が我慢できなかったんだろうけど。
「ぐぬぬ……とにかくっ!! なるべく早めに打ち明けることっ!!」
「お前本気で理不尽だな」
自分から話しておいて、無理やり話を終わらせやがった。
やりたい放題だな、おい。
「……まぁほら、何でも受け止めたげるから。抱え込んじゃダメだからね?」
「……おう。まあ、近い内に話すわ」
「にゃらばよしっ!! んじゃ、おやすみさんっ!!
『韋駄天』っ!!」
手を振り、言葉を返す前に音速で逃げていった。
相変わらず、忙しい奴だ。
何と言うかまあ、色々とどうでもよくなってしまった。
「……俺も帰るか」
ひとまず、今晩はもう寝てしまおう。
面倒事は全て、明日に投げることにした。
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