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4. ちょ、お姉さんどうしたんすか

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 見事カッツアの尻揉みバッドエンドを回避した春男は、ベッドの上にいた。
 柔らかいキングサイズのベッドは春男がいつも寝ている煎餅布団とは雲泥の差だ。
 その体が沈み込むふんわり感に、春男は秒速で眠りに落ちてしまった。

 朝起きると、長身の男2人が春男に寄り添うように寝ていた。
 瓶底メガネを外して、眠い目をごしごしとこすりながら起き上がった春男は声を上げる。

「な、何してるんすか!」

 その声に二人が起きる。

「……うーん、朝からどうしたんだマールそんな大声を出して」
「……もうちょっと寝かしてくれ」 
「いんや、なんで一緒に寝てるんすか、えんらいびっくりしましたよ」

 女性であれば眠気が一瞬で吹き飛ぶ程の美しい笑顔でアーヴァインが言った。
 
「モトグリフ家は代々、兄弟同じベッドで眠るのが習わしだ。受け継がれてきた習慣なのだよ。忘れてしまっているのかもしれぬが……」

 そうそう、とカッツアが当然の様に頷く。

「あんれ、まー。そうなんですね。こらまた聞いた事もねぇ習慣だもんですから、びっくらこいちまって。いんやーいいベッドだったもんでいっぺー寝ちまいましたよ」
「良く眠れた様で安心した。ちなみにマールが寝ている間に私は3回程、君のおっぱいを揉ませてもらったよ」

 アーヴァインがいたずらに笑う。春男は恥ずかしそうに「あんれ、まぁー」とアーヴァインを軽く小突く。

「ちなみに、俺もケツを2回程揉ませてもらったぜ」
「兄弟揃って何やってんすかー。困ったもんだべ本当」
「はははっ」

 すったもんだで、3人の絆は深まりつつある。しかし、BLゲーム【侯爵家の秘め事】序盤の最難関がやってこようとしていた。

 その元凶となるのは、3人目の兄弟『リバース・モトグリフ』である。
 リバースはから王都にある病院に入院している。今日が退院日。付き添っていた父母と共に、久しぶりにモトグリフ家のお屋敷に戻ってくるのだ。

「兄貴、今日だったよなあいつの退院日……」
「……ああ、そうだ」
「戻ってくるって事はって事なんだよな……」
「ああ、そうだと思うが……」

 煮え切らない二人の様子を見て春男は不安になる。

 (何かあるんだべな……)

 春男は気づかないフリをして聞き流す。

 大人気BLゲームである侯爵家シリーズの前作である【侯爵家の悲劇】で起きたにより、マールは侯爵家を家出同然で逃げだしたのである。

 春男は二人に悟られない様に、呑気な声で朝ご飯の心配をする。

「朝飯は何が食べれるんすかねー。オラお腹空いちまったなぁー」
「ははは。マールは相変わらず食いしん坊だな」
「食ってばかりいて、また屁で俺らの事気絶させないでくれよ。好きではあるんだけど、さっきはびっくりしちまったからな」
「また冗談いいなすっぺ、オラはそんな屁ばかりこいてるイメージなんかじゃないっすからね。いんやだなーほんと」
 
 寝室に3人の笑い声が響き渡る。嵐の前の平和な時間だ。
 3人は食堂に移動し朝食をとった。アンティークテーブルに並べられた朝食に春男の目が輝く。

 焼きたてのバターロールに野菜とお肉のスープ。ブドウジュース、ヨーグルト。一番目立つのが特大オムレツだ。

 食欲旺盛な春男の為に、特別に大きなオムレツを春男専用に用意してくれていたのだ。
 使用人の粋な計らいに春男は感動する。

「すんげぇー。俺オムレツ好きっすよ、こんなデカいの初めて食べるんだなコレが。んぐんぐ、ウマッ! 美味いっすよー、ほっぺたとろけちまう」

 春男は【いただきます】もせずに、椅子に座ったと思ったら食べ始める。「いただきますを、きちんと言わなければだめだぞ」とアーヴァインに諭されて春男は慌てて「いただきます」と手を合わせる。

「いんや、あんまりにも美味そうなもんでしたから、先に手が出ちまった。へへへっお恥ずかしいっす」
「それでこそ、俺らのマールだぜ。ガンガン食って、ガンガン太ってくれよ!」

 アーヴァインも、カッツアもデブ専だ。太る事に関しては大歓迎のスタンスだ。
 春男がふがふが言いながら巨大オムレツを平らげ終えたその時、使用人のクロークが神妙な顔つきで近づいてくる。アーヴァインにそっと耳打ちする。
 
 アーヴァインは困惑した表情で頷くと

「父上達が戻ってきた。玄関で出迎えるぞ」

 ☆

「マールちゃん戻ってきてくれたのね! ママとっても嬉しいわ」
「久しぶりだな、マール。良く帰ってきてくれたな」

 花柄の刺繍が施された白いワンピースを身に包んだ、その清楚な女性は目に涙を浮かべている。
 アーヴァインの姉と言われても誰も疑わない程に若い。透き通った白い肌にはシミ一つなく、ウェーブがかった金髪を編み込んでいる為、少女の様にも見える。

 その隣で嬉しそうにほほ笑んでいるのが、モトグリフ家当主である父親のハミルトン・モトグリフである。金髪をオールバックにして、口元に髭を生やした渋い風貌だが、子供達同様に男前だ。

「……なんだ、マール戻ってきてたんだね。でも好都合、また暇が潰せる。くくっ」

 抑揚のない声で喋るその声に、春男は嫌な予感を感じる。

 リバースは、アーヴァインやカッツアの肩よりも低い身長で、金髪の髪を腰まで伸ばしている。一見女性に見えないでもない風貌の持ち主だが、正真正銘の男である。
 
 両手に大事そうに、継ぎ接ぎだらけの豚の人形を抱えている。

「……じゃあ、ボク実験があるから」

 そう言って背中を丸めて、春男達の間を幽霊の様に通り抜ける。
 それは、幽霊と比喩するに等しい生気のない歩き方だった。

「マール、気にしないでくれ、あの子はいつもああなんだ」
「そうだぜ、久しぶりに会ったのに挨拶もなしだしな」

 カッツアが唇を尖らす。

「何だか、個性的なご子息さんで、ちょっとびっくりしちまったけれども」
「!?」

 マールの母である、バーバラ・モトグリフが声にならない声を上げる。

「マールちゃん……リバースの事を忘れてしまったの!?」
「母上、マールは家出中に何やらショックな出来事があった様で、記憶を失っているのです」

 間髪入れずにフォローするアーヴァインの発言を聞いて、バーバラは安心した様に胸を撫でおろす。

「そ、そう、そうだったのね……。辛い思いをさせて本当に申し訳なかったわマールちゃん。安心出来る家に帰ってきたんだもの、記憶もその内に戻るわよね」
「え、辛い思いってなんすか? 俺何にも辛い思いなんてしてないっすけど」
「……うっ」

 その場に崩れ落ちて、泣き出すバーバラ。

「ちょ、お姉さんどうしたんすか」

 心配そうに駆け寄る春男の腕にすがるようにして立ち上がり、涙をふくと

「何でもないのよ。忘れているのなら、もあるわ。本当になんでもないのよ」

 そう気丈に振る舞うが表情は狼狽している。
 このお金持ちの一族には何か大きな秘密がある、と春男は感じ初めていた。
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