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5. やっぱり、訳アリやっちゃわけだべな

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 リバースの部屋の机の上に置かれた継ぎ接ぎだらけの豚の人形。
 その継ぎ接ぎを一枚、一枚、リバースは取り除いていく。
 継ぎ接ぎが取り除かれると、そこに現れたのは糸の縫い目だった。

 一か所だけではない、何か所も糸で縫われている。豚人形の表面が破れた様子はなさそうだった。

 ただイタズラに縫い合わされた縫い目だった。表面の継ぎ接ぎはこの縫い目を隠す為にバーバラが縫い付けたものだった。

 この豚の人形はマールが生まれた年に、リバースの面倒を見る時間が少なくなる事を危惧して、バーバラが買い与えたものだ。

 しかし、この豚の人形がリバースにとって憎悪の対象となってしまう。

「マールちゃん、痛い痛いしようね」

 リバースは針に糸を通し、縫い目がない部分に針を差し込む。プスっと、無音の空間に不気味な音がこだまする。
 
「マールちゃんがいけないんだよ。お兄ちゃんは、マールちゃんのせいで……」

 針を縫う手を止め、リバースは何かを思ったように俯く。
 マールが生まれてから、バーバラはマールに付きっ切りでリバースの面倒を見なくなった。

 リバースは孤独を埋める為に、母からもらった豚の人形に話しかけていたが返事はなかった。

 兄弟も、父も、使用人も構ってもらえないリバースを不憫に思い積極的にコミュニケーションをとったがダメだった。

 リバースは誰よりも母親の愛に飢えていた。母の愛でないとリバースを満たす事は出来なかった。自分が母から構われなくなったのは、マールのせいだとマールを憎むようになった。

 それ以来、この豚の人形はリバースの憂さ晴らしの道具となった。
 
 しかし、次第にその敵意は豚の人形から、マールへと変わっていく。
 
 ある夜、糸を通した針を持ってリバースはマールの部屋へと侵入する。
 眠っているマールの尻に針を刺し縫おうとしたのだ。

 あまりの激痛に目を覚ましたマールが、嫡男であるアーヴァインに助けを求めて事件が発覚する。

 それ以来、リバースは要注意人物として、モトグリフ家に関わるあらゆる人物から監視されている。

 このマールの尻を縫うバッドエンドは前作である侯爵家シリーズ【侯爵家の悲劇】のトラウマバッドエンドとしてファンから賛否両論の声が上がった。
 
 リバースは豚の人形に刺した針を抜くと、針を持って部屋を出る。時刻は深夜の2時、丁度丑三つ時である。
 部屋の扉を音を立てないようにそっと閉め、忍び足で歩を進めようとした所で

「どこに行くのだ」
「!?」

 アーヴァインから声をかけられたリバースは肩を震わせる。気配を消したアーヴァインが柱に隠れていたのだ。
 柱から姿を現したアーヴァインがリバースに言う。

「お前は、同じ過ちを繰り返す気なのか」

 抑揚のないアーヴァインの声にリバースは動揺する。いつもの人を気遣う優しさを感じない冷たい声だった。

「だって、兄さん、ボクは悪くないよ……ボクは悪くない」
「今日の事は他言しない。だが、もう一度同じ事をしてみろ、その時は容赦しない」
「……」

 アーヴァインはリバースが後ろ手に隠していた針を力ずくで奪う。

「あっ……」
「いいか、はないぞ」

 静かな怒りを湛えた瞳で、アーヴァインはリバースを睨みつける。
 リバースはその瞳を見て思い出す。マールを針で刺した日、母親であるバーバラから同じ様に睨みつけられた。

「ち、違うんだ、そんな目で見ないでよ。ボクは悪くないんだ、う、ううっ」

 嗚咽を漏らしながら座り込むリバースに一瞥をくれると、アーヴァインは背中を向けて無慈悲に歩きだす。

「み、皆、マールの、味方だ。ううっ、ボクの、事は、うっ、皆嫌いなんだ……」

 座り込んだまま、泣きじゃくるリバースを柱の陰から覗き込んでいる男がいた。
 ランニングシャツに、スイカパンツ姿の春男である。

(やっぱり、訳アリやっちゃわけだべな)

 春男は家政婦よろしくなドヤ顔で、泣きじゃくるリバースをしばらく見つめていたのであった。
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