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Secret DarkMonster 10
しおりを挟むその日仕事を終え、外に出ると、今日も澄んだ空気でいっぱいだった。そのまま帰るのはもったいない気がして、粟木 悠の、ことを考えたくなって病院の裏にある池にいくことにした。そこは、入院している患者さんのお散歩コースで有名だけどこんな朝に歩いてる人はいない。
池につくと澄んだ空気が増えたみたいに、私の周りを包んで、体内に入り込んできた。
気持ちいい。
そんな声がしたのは自分の口からではなかった。
後ろを振り向くと粟木 悠が居た。
本当はすごく驚いたけど、そこは、大人の余裕だ。
慌てずに挨拶をした。
おはよう!はやいね。でもまだ出てはダメだよ?
ちゃんと担当としての挨拶をした。
きっと帰ってくる言葉は すいませんだ……
わたし。死ぬんですか?
真っ直ぐに澄んだ空気に乗って私の体内に入り込んだ言葉が私には重くて、私はなにも言えなかった。
涙を流すことすら、許されない。私は彼女のただの担当看護師なんだから。泣きそうなのを堪えるのに必死だった。
粟木悠は、そんな私の背中をみてなにを考えているんだろう。こんなんじゃ、肯定してるのと同じだ。
私の手になにかが触れる。
そっと私の様子を伺うその手は、私の手を弱々しく包んでいた。細くて冷たい手が、その手が今生きてることを証明するように私の手を包み込んでいた。
泣かないで、みさきさん。
唐突に、名前で呼ばれるからビックリして私は泣いていることを隠すことすら忘れて彼女の顔を見た。そうだ。粟木悠は、同じ学校だった。学年は被っていないけど、部活の試合の観戦に来ていた。同級生の妹だった。
ふふ、あはは、びっくりしちゃった!久しぶりだね。
粟木悠は、きっと最初に私を見た時から気づいていたんだろうなと思うと急に恥ずかしくて笑ってしまった。でも粟木悠も笑っていた。
まだ肌寒い日の朝に私たちは、一緒に笑った。それがとても嬉しくて、その日私は帰宅してとっても心地よい眠りについた。
その日を境に私たちは仲良くとは行かなくてもよく話をするようになった。
おはよう、今日は天気がすっごくいいから外出て見ない?
おはようございます、元気ですね。眠いので嫌です。
私の予想よりはるかに返答は、冷たいけどそういう時の粟木悠の顔は優しい笑顔だった。あの夜のあの冷たい言葉とは違う優しい冷たさだから、私は気にも留めることなくたわいのない会話を会える日にするようにしていた。でも、彼女の病気は私たちの関係と逆に進んでいった。
どうして謝るの?お母さんにも私と話すみたいに話したらいいのに。
素朴な疑問を私は聞いてみた。
このパジャマ、ダサいと思いません?
私、20歳ですよ?四葉のクローバーとか、どこで売ってるんだろってレベルですよね。
少し笑いながら彼女は言葉を続ける。
それでもこれを着ていてあげたいんです。四葉のクローバー、幸せになれるようにって。母なりの願掛けなんです。きっと、私には言わないけど。私は母を心から笑顔にしてあげられなくなっちゃったから。私は優しくないから、笑顔にしてあげられないなら。せめて泣かせてあげたいんです。優しくしないで、私がいない世界の練習、みたいな?
意外だった。彼女はわざと冷たくしていた。家族に。彼女が謝ると、彼女の母親は必ず病室の外で泣いていた。それも知っていてわざと。クローバーのパジャマをすごく嫌がっていたのに、必ず彼女はそれを着ていた。それは、母親のためだけじゃない気がして。彼女の細くなる体にどれだけの感情が降りかかっているのか私は考えると怖くなって彼女の体が崩れる前に支えになりたくて、粟木悠の体をそっと優しく抱きしめた。
ん?みさきさん?ふふ、大丈夫だよ。
私は泣けないから。みさきさんが代わりに泣いてよ。
彼女は、泣くことを拒む。かたくなに。その言葉に私は、また何も返すことが出来ない。私が彼女にしてあげれることはもっと他にないのかな。
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