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白銀のエチュード
07 密猟者
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木立を抜けた瞬間、シグルドさんとノースは何の迷いもなくムジカの群れへと飛び込んだ。
「ノース、左だ!」
「ガウッ!!」
雪を蹴り上げ、白い影が疾風のように走る。ノースは前足で一匹のムジカを地面に叩き伏せ、シグルドさんの放ったボウガンの矢がその横で唸りを上げた。
ムジカたちはカチカチと不気味な威嚇音を鳴らしながら散開しようとしたが、二人の圧倒的な連携の前では一瞬のこと。あっという間に四匹が絶命し、純白の雪へ沈む。
「嬢ちゃん、下がってろ。まだ一匹残って――」
シグルドさんの言葉が終わるより早く、ノースが最後の一匹の背を噛み砕いて投げ飛ばした。ムジカは太い幹にぶつかったまま、ピクリとも動かなくなる。凄惨な光景のはずなのに彼らの動きがあまりに洗練されていて、私は恐怖も忘れて見入ってしまった。
ようやく周囲が静まり返ると低い呻き声が響く。我に返った私は、ムジカに押し倒されていた男へと駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
男は雪に半ば埋まりながら、喉の奥で呻いていた。腕や太ももはムジカのギザギザの歯によって大きく抉られ、雪の上にじわりと鮮やかな赤が滲みだしている。
「……っ、くそ……どけ……!」
差し伸べた手が乱暴に振り払われる。すると、シグルドさんがずいと近づき、その大きな手で男の胸倉を鷲掴みにして引き上げた。
「おい。生きてるだけありがたいと思え。……ここいらの恰好じゃねぇな。どこのどいつだ? ここには何をしに来た」
男は歯噛みし、不機嫌そうに目を逸らす。
「……答える気はねぇ、って顔だな」
無言を貫く男をシグルドさんが乱暴にひっくり返すと、鞄から覗いていた白い紐を使い、慣れた手つきで手首をきつく括りつけた。
「さて、わざわざこんなところに来る酔狂な奴の目的なんざ一つしかねぇだろうが……。自分で言えねぇってんなら、ちっと手助けしてやるとしようか」
「……ッ」
男は悔しそうに口を噤んだまま、それ以上抵抗はしなかった。
立ち上がらせようとした瞬間、力が入らないのか男の足が崩れて雪へ膝をつく。
「仕方ねぇな。嬢ちゃん、怪我の処置だけしてやってくれないか。話を聞く前に死なれても困る」
「は、はい」
鞄に入れていた予備の布を裂いて止血し、包帯を巻いていく間も男は黙り込んだままだ。けれど、こちらの手つきをじっと観察しているのが嫌でも伝わってくる。
ただの遭難者ではない。シグルドさんの言う通り、北部の住人でもない限りは何の目的もなく迷い込んでくるような場所ではないのだ。……私を除いては。
「よし、運ぶぞ。ノース、嬢ちゃんを頼む」
シグルドさんが片腕で男を担ぎ上げ、深い雪道を歩きだした。ノースはその後ろをぴたりと歩き、逃げ出せば即座に喉を裂くとでも言うように、低く唸りを上げ続けている。
「どこへ行くんですか?」
「俺が率いてる猟師団の集会所だ。あそこでなら、落ち着いて話を聞けるだろうよ」
辿り着いた場所はシグルドさんの山小屋とは反対側の山腹にあった。何十年もの風雪に耐えてきたことが伺える、頑強な木組みの大きなログハウスだ。
重たい扉を開けると、暖炉の火の温もりと一緒に、野太い賑やかな声が出迎えてくれた。
室内では四、五人ほどの老齢の猟師たちが獲物の皮を干したり矢羽根の手入れをしている。物音に気付いた彼らがこちらへ振り返ると、ぱぁと顔を輝かせた。
「お、カシラじゃねぇか! ここに顔を出してくれるのは久しぶりですな!」
「そっちの娘さんが噂の……?」
好奇心丸出しの視線が一斉に向けられる。私は思わずシグルドさんの身体の影に隠れてしまった。ノースが私の横から低く唸って牽制すると、猟師たちは「おっかねぇなぁ」と笑いながら肩をすくめた。
「挨拶は後だ。まずはこいつだな」
シグルドさんは、担いでいた男を乱暴に床へ落とした。密猟者は呻き声をあげながらも、相変わらず強情な目つきを崩さない。
「どこから入った。目的はなんだ」
シグルドさんの声は低く、聞いている私の方が底冷えしそうなほどに冷徹だった。それでも男は唇を固く閉ざしたまま、無視を決め込んでいる。
「おや、久しぶりのお客さんですかい?」
「ああ。ムジカを狩ってたはいいが、返り討ちにあったみてぇだな」
「そりゃ情けねぇ話だ。そんな悪餓鬼には……ちっとばっかし、北部流のお仕置きといこうじゃありませんか」
そう言ったのは、壁際で大きな罠を調整していた髭面の猟師さん。彼はにやりと笑い、背後の扉を親指で示した。
「アレ、まだ外に置いてありますぜ?」
「……ああ、それがいいな」
扉をくぐる彼らに恐る恐るついていった先は……ログハウスの裏手。そこには分厚い鉄で作られた大きな檻が置かれていた。
「さぁ入れ、坊主」
「は!? ちょ、ちょっと待――!」
男は激しく抵抗したが、猟師たちは慣れた手つきで彼を放り込み、がしゃん――と重い鉄扉を閉めた。
「な、なんだよこれ! 出せよ!!」
男の叫び声が極寒の山に響く。けれど猟師たちは子どもの駄々でも聞いているような涼しい顔をしたままだ。
「北部じゃ昔からの伝統だ。悪さしたガキは檻にぶち込んで、凍えながら反省させるんだよ」
「三時間も放っておきゃ、熱くなった頭も冷えるだろうさ」
「ガキの躾かよ!? 俺は大人だぞ!!」
「大人ならなおさら、自分の仕出かしたことの落とし前をつけなきゃな」
げらげらと笑う猟師たちの前で、シグルドさんが檻の前に静かにしゃがみ込んだ。
「――でだ。それでも口を割らねぇなら、そのままふん縛って檻の扉を開けてやろう。ここいらはムジカの巣も近い。……いい餌になるだろうな」
「なっ……!」
男は最初こそ虚勢を張っていたが、図ったように木立の影から、カチカチ、と乾いた音が響いた。様子を窺っているムジカでもいるのだろうか。不気味な威嚇音が冷たい空気の中で反響し、男の顔から一気に血の気が引いていく。
「ひっ……! わ、分かった、話す! 話すから!」
「おいおい、早すぎんだろ。もう少し頭を冷やしてからでいいんだぜ?」
「なんでだよ! 話すって言ってんだろうが!」
猟師たちは「ビビってやんの!」と愉快そうに笑い飛ばしている。……悪いのはこの人だけれども、さすがに気の毒になってきてしまう。
つい、目を逸らしてしまったのに気付いたのか、シグルドさんが苦笑を漏らした。
「嬢ちゃん、こういうのは知らなくていい世界だ。部屋の中で暖まってな」
「は、はい……」
私はノースと共に暖炉のある室内へと戻った。猟師の一人が温かなミルクを渡してくれ、私はそれをありがたく受け取って身体を温める。
しばらくして、シグルドさんが戻ってきた。
「……話してくれたんですか?」
いや、本人は話す気はあったようだから、「許してあげたんですか?」が正しいかもしれないけれど。シグルドさんは「ああ」と扉に目を向けた。
「ムジカの毛皮を狙ってたらしい。金で雇われただけみてぇだから、誰が上にいるかまでは分からなかったがな。それだけ慎重ということは、相手はやんごとなき御方ってことだ」
王都では密猟が厳しく禁じられている。それなのにまだ懲りもせずにそんな仕事を斡旋する人がいるなんて……。
「あの男の人は、どうするんですか?」
「オルン砦に送る。北部を荒らす真似をしたんだ、相応の代価は支払ってもらわねぇとな」
「人手はいくらあっても足りねぇですからね。資源は有効活用しねぇと」
猟師たちが笑いながら話すのを聞いて、私は密かに身震いした。オルン砦は北方部族との争いの最前線だと聞いた。……あの男には、雪山で檻に入るよりもずっと厳しい現実が待っているのかもしれない。
「……ま、後のことは俺たちに任せなって。せっかくカシラが久々に来てくれたんだ。今夜は宴といこうじゃねぇか!」
威勢のよい掛け声が響くと、屋内の空気が一変した。
「ノース、左だ!」
「ガウッ!!」
雪を蹴り上げ、白い影が疾風のように走る。ノースは前足で一匹のムジカを地面に叩き伏せ、シグルドさんの放ったボウガンの矢がその横で唸りを上げた。
ムジカたちはカチカチと不気味な威嚇音を鳴らしながら散開しようとしたが、二人の圧倒的な連携の前では一瞬のこと。あっという間に四匹が絶命し、純白の雪へ沈む。
「嬢ちゃん、下がってろ。まだ一匹残って――」
シグルドさんの言葉が終わるより早く、ノースが最後の一匹の背を噛み砕いて投げ飛ばした。ムジカは太い幹にぶつかったまま、ピクリとも動かなくなる。凄惨な光景のはずなのに彼らの動きがあまりに洗練されていて、私は恐怖も忘れて見入ってしまった。
ようやく周囲が静まり返ると低い呻き声が響く。我に返った私は、ムジカに押し倒されていた男へと駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
男は雪に半ば埋まりながら、喉の奥で呻いていた。腕や太ももはムジカのギザギザの歯によって大きく抉られ、雪の上にじわりと鮮やかな赤が滲みだしている。
「……っ、くそ……どけ……!」
差し伸べた手が乱暴に振り払われる。すると、シグルドさんがずいと近づき、その大きな手で男の胸倉を鷲掴みにして引き上げた。
「おい。生きてるだけありがたいと思え。……ここいらの恰好じゃねぇな。どこのどいつだ? ここには何をしに来た」
男は歯噛みし、不機嫌そうに目を逸らす。
「……答える気はねぇ、って顔だな」
無言を貫く男をシグルドさんが乱暴にひっくり返すと、鞄から覗いていた白い紐を使い、慣れた手つきで手首をきつく括りつけた。
「さて、わざわざこんなところに来る酔狂な奴の目的なんざ一つしかねぇだろうが……。自分で言えねぇってんなら、ちっと手助けしてやるとしようか」
「……ッ」
男は悔しそうに口を噤んだまま、それ以上抵抗はしなかった。
立ち上がらせようとした瞬間、力が入らないのか男の足が崩れて雪へ膝をつく。
「仕方ねぇな。嬢ちゃん、怪我の処置だけしてやってくれないか。話を聞く前に死なれても困る」
「は、はい」
鞄に入れていた予備の布を裂いて止血し、包帯を巻いていく間も男は黙り込んだままだ。けれど、こちらの手つきをじっと観察しているのが嫌でも伝わってくる。
ただの遭難者ではない。シグルドさんの言う通り、北部の住人でもない限りは何の目的もなく迷い込んでくるような場所ではないのだ。……私を除いては。
「よし、運ぶぞ。ノース、嬢ちゃんを頼む」
シグルドさんが片腕で男を担ぎ上げ、深い雪道を歩きだした。ノースはその後ろをぴたりと歩き、逃げ出せば即座に喉を裂くとでも言うように、低く唸りを上げ続けている。
「どこへ行くんですか?」
「俺が率いてる猟師団の集会所だ。あそこでなら、落ち着いて話を聞けるだろうよ」
辿り着いた場所はシグルドさんの山小屋とは反対側の山腹にあった。何十年もの風雪に耐えてきたことが伺える、頑強な木組みの大きなログハウスだ。
重たい扉を開けると、暖炉の火の温もりと一緒に、野太い賑やかな声が出迎えてくれた。
室内では四、五人ほどの老齢の猟師たちが獲物の皮を干したり矢羽根の手入れをしている。物音に気付いた彼らがこちらへ振り返ると、ぱぁと顔を輝かせた。
「お、カシラじゃねぇか! ここに顔を出してくれるのは久しぶりですな!」
「そっちの娘さんが噂の……?」
好奇心丸出しの視線が一斉に向けられる。私は思わずシグルドさんの身体の影に隠れてしまった。ノースが私の横から低く唸って牽制すると、猟師たちは「おっかねぇなぁ」と笑いながら肩をすくめた。
「挨拶は後だ。まずはこいつだな」
シグルドさんは、担いでいた男を乱暴に床へ落とした。密猟者は呻き声をあげながらも、相変わらず強情な目つきを崩さない。
「どこから入った。目的はなんだ」
シグルドさんの声は低く、聞いている私の方が底冷えしそうなほどに冷徹だった。それでも男は唇を固く閉ざしたまま、無視を決め込んでいる。
「おや、久しぶりのお客さんですかい?」
「ああ。ムジカを狩ってたはいいが、返り討ちにあったみてぇだな」
「そりゃ情けねぇ話だ。そんな悪餓鬼には……ちっとばっかし、北部流のお仕置きといこうじゃありませんか」
そう言ったのは、壁際で大きな罠を調整していた髭面の猟師さん。彼はにやりと笑い、背後の扉を親指で示した。
「アレ、まだ外に置いてありますぜ?」
「……ああ、それがいいな」
扉をくぐる彼らに恐る恐るついていった先は……ログハウスの裏手。そこには分厚い鉄で作られた大きな檻が置かれていた。
「さぁ入れ、坊主」
「は!? ちょ、ちょっと待――!」
男は激しく抵抗したが、猟師たちは慣れた手つきで彼を放り込み、がしゃん――と重い鉄扉を閉めた。
「な、なんだよこれ! 出せよ!!」
男の叫び声が極寒の山に響く。けれど猟師たちは子どもの駄々でも聞いているような涼しい顔をしたままだ。
「北部じゃ昔からの伝統だ。悪さしたガキは檻にぶち込んで、凍えながら反省させるんだよ」
「三時間も放っておきゃ、熱くなった頭も冷えるだろうさ」
「ガキの躾かよ!? 俺は大人だぞ!!」
「大人ならなおさら、自分の仕出かしたことの落とし前をつけなきゃな」
げらげらと笑う猟師たちの前で、シグルドさんが檻の前に静かにしゃがみ込んだ。
「――でだ。それでも口を割らねぇなら、そのままふん縛って檻の扉を開けてやろう。ここいらはムジカの巣も近い。……いい餌になるだろうな」
「なっ……!」
男は最初こそ虚勢を張っていたが、図ったように木立の影から、カチカチ、と乾いた音が響いた。様子を窺っているムジカでもいるのだろうか。不気味な威嚇音が冷たい空気の中で反響し、男の顔から一気に血の気が引いていく。
「ひっ……! わ、分かった、話す! 話すから!」
「おいおい、早すぎんだろ。もう少し頭を冷やしてからでいいんだぜ?」
「なんでだよ! 話すって言ってんだろうが!」
猟師たちは「ビビってやんの!」と愉快そうに笑い飛ばしている。……悪いのはこの人だけれども、さすがに気の毒になってきてしまう。
つい、目を逸らしてしまったのに気付いたのか、シグルドさんが苦笑を漏らした。
「嬢ちゃん、こういうのは知らなくていい世界だ。部屋の中で暖まってな」
「は、はい……」
私はノースと共に暖炉のある室内へと戻った。猟師の一人が温かなミルクを渡してくれ、私はそれをありがたく受け取って身体を温める。
しばらくして、シグルドさんが戻ってきた。
「……話してくれたんですか?」
いや、本人は話す気はあったようだから、「許してあげたんですか?」が正しいかもしれないけれど。シグルドさんは「ああ」と扉に目を向けた。
「ムジカの毛皮を狙ってたらしい。金で雇われただけみてぇだから、誰が上にいるかまでは分からなかったがな。それだけ慎重ということは、相手はやんごとなき御方ってことだ」
王都では密猟が厳しく禁じられている。それなのにまだ懲りもせずにそんな仕事を斡旋する人がいるなんて……。
「あの男の人は、どうするんですか?」
「オルン砦に送る。北部を荒らす真似をしたんだ、相応の代価は支払ってもらわねぇとな」
「人手はいくらあっても足りねぇですからね。資源は有効活用しねぇと」
猟師たちが笑いながら話すのを聞いて、私は密かに身震いした。オルン砦は北方部族との争いの最前線だと聞いた。……あの男には、雪山で檻に入るよりもずっと厳しい現実が待っているのかもしれない。
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