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叛逆のラプソディ
16 懐かしの王都は
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道中、至るところでムジカを見かけるものだから散々寄り道をしてしまった。
ようやく王都の外壁が見えてきた頃、猟師団の誰かが小さく息を漏らした。
「……やっぱりでけぇな、王都ってのは」
白い城壁は南の陽を受けて眩しく光り、警備の兵はのんきに談笑している。ここへ来るまでにムジカの被害を嫌というほど見てきた身からすれば、信じがたいほどの呑気さだ。どうやらこの壁の内側では、まだ事の重大性は認識されていないらしい。
門前へ歩み寄ると、一人の兵が慌てて槍を構えた。
「ひ、狼……!? おい、近づけるな!」
「落ち着け。敵意さえ向けなきゃ無闇に噛みつきゃしねぇよ」
若造の兵士はそれでも腰が引けたままだ。その背後から別の兵が顔を出し、俺たちの装いを見るや否やあからさまに不快そうな表情を浮かべた。
「北部猟師団……? この城下ではムジカは確認されていない。外の問題は、外で処理してもらいたいものだな」
「随分と冷てぇな。北部の人間は王都に入る権利もねぇのか?」
「そ、そうは言わんが……そのような野蛮な出で立ちでは民が不安になる。騒ぎを起こされては困るのだ」
はて。乞われて来たはずだが、話が通っていないのか。あるいは協会が不手際を隠したくて伏せているだけか。どちらにせよ、歓迎ムードではないことだけは確かだった。
……面倒くせぇな。
だったらこのまま帰っちまうかと踵を返そうとした、その時だった。
「シグルド殿!」
甲高い声が響き、城門脇から慌てた様子で駆けて来る影があった。きっちり整えた髪に、官吏らしい豪奢な衣。やけに澄ました面構えだが、声の端には何やら緊張が混じっている。
「慈獣共生協会より参りました。デイヴ・ラスタールと申します。どうか、こちらへ……!」
「へぇ……」
――デイヴ。その名を聞いた瞬間、男を見下ろす目は自然と細くなった。
シーナの元婚約者。旗色が悪くなるや否や彼女を見捨て、保身のために王妃へ擦り寄った男、だったか。
ついでに密猟の斡旋までしたとあっちゃ今ここでしばき倒してやってもいいくらいだが、流石にそれじゃ芸が無い。俺は素知らぬ顔でついていくことにした。
「出迎えが遅ぇんだよ。……まずは王に会わせろ。正式な依頼があるんだろ?」
「い、いえ……陛下にお目通りいただくほどの話ではございません。まずは王都外周の駆除に当たっていただきたく。北部の皆様が武器を構えて城内を歩かれると、民が怯えますので……」
「……ほう?」
デイヴの言葉に、背後に控える猟師団の空気が一変した。じわりと、殺気にも似た冷ややかな熱が漂う。
「王都の民が怯えるからお行儀よくしろと? しかも王命でもないときたもんだ。まさか、タダ働きさせるために呼びつけたわけじゃねぇだろうな」
「ち、違います! ただ順序というものが――」
「そっちがそのつもりなら話は終いだ。これ以上は時間の無駄だからな」
俺は肩をすくめ、門番の横を通り抜けようとした。
「シ、シグルド殿! どちらへ……!」
「決まってんだろ。陛下と直に話ができねぇってんならこっちも動く義理はねぇよ。――《青兎亭》で待つ。他に用があんならそこで言え。どうしても陛下に会わせる気がないのなら、適当な奴に『シグムントが来た』とだけ伝えておけ」
デイヴの顔色が、瞬時に土色へと変わった。門番は事情も分からずおろおろしている。猟師団は肩を揺らして笑い、ノースは満足げに尾を揺らした。
「行くぞ。こんな茶番に付き合ってられっか」
そう言い捨てて、俺たちは城下へと足を踏み入れた。
*
王都は相も変わらずの喧騒だった。露天商が声を張り上げ、婦人たちは噂話に花を咲かせ、子どもらが水路で無邪気に遊んでいる。なんとものどかな光景だ。
「よくもまぁ、こんなに呑気でいられるもんだ」
「ムジカが溢れりゃ一瞬で阿鼻叫喚だろうに」
猟師団が肩をすくめる一方で、通りの住民たちはちらちらとこちらを伺ってくる。見慣れぬ白狼にいかつい北部の男たちが十数人ともなれば、そりゃ嫌でも目につくか。行く先々で、ひそひそとした嘲りや畏怖の声が耳に届いた。
「怖い……おっかない顔して、何者かしら」
「あれが北部の……『野蛮人』って噂の連中かい?」
いちいち腹を立てるほど若くないが、他の連中は我慢がならないらしい。不服そうに周囲を睨み返している。
「さっきからなんなんだ、ここの連中は。これなら来なくても良かったんじゃねぇか?」
「周辺のムジカさえどうにかすればいいって思ってるんだろうよ。城壁に囲まれてるから安全だって、本気で思いこんでるのさ」
「放っておけ。まずは酒でも飲もうや。馴染みの店があるんだ」
猟師団の何人かが「あぁ」と顔をほころばせた。王都の安宿兼酒場《青兎亭》。現役時代、登城のたびに立ち寄った馴染みの場所だ。
大通りから外れた場所にある古びた外観は昔から微塵も変わっていなかった。扉を押し開けると、それなりに年を重ねた女将が目を丸くし、すぐにくしゃっと笑みを浮かべる。
「あんたたち! また急に帰ってきたねぇ!」
「陛下に振られちまってな。しばらく店で待機させてもらえねぇか?」
「構わないよ。騒ぎを起こさないならね!」
北部の連中は「ははっ」と気の抜けた声を漏らす。
「でもどうしたんだい。すっかり隠居したって聞いてたのに」
「猟師として呼び出されたんだよ。……『慈獣共生協会』、知ってるか?」
騒ぎの元凶の名を出すと、女将は「ああ、あれね」と厭そうに顔をしかめた。
「王妃様が後ろ盾になってる頭のおかしな連中の集まりだろ。昔は保護活動とか言って野良犬を減らしてくれたけど、今じゃ口を出すだけ出して後は放置さ。『動物は自然のままが一番』とか言ってね」
「そいつはまた能天気なこった。陛下は何も言わんのか」
「お城の貴き方々は城下の惨状なんて興味ないのさ。それに宰相様の目を気にして文句も言えないご様子でね」
先王が突然崩御し、王位が代替わりしたのは俺が隠居してからのことだった。
現役時代に何度か顔を合わせたことはあるが、当時の王太子様はまだ世間知らずのお坊ちゃん。北部の人間はよほど刺激が強かったのか、遠巻きに眺めるばかりで、声をかけてくることすらなかった。
そんな具合では、地盤がろくに固まっていなくとも無理はない。とはいえ、王妃の父親であり、今や最大の後ろ盾でもある宰相ダリウスの顔色ばかり窺っているようでは、この国の行く末も正直なところ心許ない。
まぁ、お呼びがかかるまで酒でも飲んで待たせてもらうとするか。
――そう決め込んだのも束の間、のんびりできたのは一週間ほどだった。
水路を掃除していた若者が「変な影を見た」と噂したのが始まり。
続いて下町の子どもたちが「倉庫の隙間に光る目があった」と泣き出し、三日目には、物置を荒らされたという商家が続出した。
「……ムジカだな」
猟師団の結論は早かった。
「どうやって入り込んだんだ?」
「地下水路だろうな。壁は突破できなくても、下は甘かったってわけだ」
さらに悪いことに、王都の平和ボケは極まっていた。
「だってこの子、お腹を空かせて震えてたのよ? 可哀そうじゃない」
「北部ではこんな可愛い子たちを害獣として扱ってるんですって。信じられないわよね」
なんとも愚かなことに、下町の女たちがムジカの群れに餌を投じていたらしい。
容易く貰える餌に味を占めたムジカは、その場所に執着する。翌日には被害報告が王都中で雪崩のように膨れ上がり、ついに「外の問題は外で片付ければいい」と言っていた連中は、その態度をあっさり翻した。
そうしてようやく、青兎亭にデイヴが顔を見せにやってきたのだが――
「さてさて。今さら俺達に何の用だ?」
「せ、先日は英雄様自らのお出でとは露とも思わず、大変失礼いたしました。シグムント様を正式に王城へお招きしたいと陛下の仰せです。状況説明と、今後の対処について……」
「なるほどな」
俺は立ち上がり、腰のボウガンを軽く叩く。
「やれやれ。猟師団に用があったはずだが、かつての名前を出さないと会ってももらえないなんてな。……お前らは待機だが、いつでも動けるようにしとけよ」
振り返った連中の顔は、つい先ほどまで酒を飲んでいたとは思えないほど鋭く引き締まっていた。
デイヴはあからさまに安堵の息をつく。その様子を見やりながら、俺はふと思いついたように問いかけた。
「……ところで、兄ちゃん。シーナという娘を知っているか?」
予想外の名前だったのだろう。デイヴの喉が、ごくりと鳴った。顔色がほんのわずかに失われる。
しかし彼はすぐに表情を整え、張り付けたような薄い笑みを浮かべた。
「もちろんです。今の協会の前身となる、人獣共生協会の協会長でしたから。ですが……残念ながら、不慮の事故で亡くなったと聞いております」
どうやら俺が送らせた報告を素直に信じ込んでいるらしい。詰めが甘くて結構なことだ。
「そうかい。……王都の尻拭いだ。ちゃっちゃと片付けてやらぁ」
ノースが小さく吠えた。狩りの準備は整っている、とでも言いたげに。
ようやく王都の外壁が見えてきた頃、猟師団の誰かが小さく息を漏らした。
「……やっぱりでけぇな、王都ってのは」
白い城壁は南の陽を受けて眩しく光り、警備の兵はのんきに談笑している。ここへ来るまでにムジカの被害を嫌というほど見てきた身からすれば、信じがたいほどの呑気さだ。どうやらこの壁の内側では、まだ事の重大性は認識されていないらしい。
門前へ歩み寄ると、一人の兵が慌てて槍を構えた。
「ひ、狼……!? おい、近づけるな!」
「落ち着け。敵意さえ向けなきゃ無闇に噛みつきゃしねぇよ」
若造の兵士はそれでも腰が引けたままだ。その背後から別の兵が顔を出し、俺たちの装いを見るや否やあからさまに不快そうな表情を浮かべた。
「北部猟師団……? この城下ではムジカは確認されていない。外の問題は、外で処理してもらいたいものだな」
「随分と冷てぇな。北部の人間は王都に入る権利もねぇのか?」
「そ、そうは言わんが……そのような野蛮な出で立ちでは民が不安になる。騒ぎを起こされては困るのだ」
はて。乞われて来たはずだが、話が通っていないのか。あるいは協会が不手際を隠したくて伏せているだけか。どちらにせよ、歓迎ムードではないことだけは確かだった。
……面倒くせぇな。
だったらこのまま帰っちまうかと踵を返そうとした、その時だった。
「シグルド殿!」
甲高い声が響き、城門脇から慌てた様子で駆けて来る影があった。きっちり整えた髪に、官吏らしい豪奢な衣。やけに澄ました面構えだが、声の端には何やら緊張が混じっている。
「慈獣共生協会より参りました。デイヴ・ラスタールと申します。どうか、こちらへ……!」
「へぇ……」
――デイヴ。その名を聞いた瞬間、男を見下ろす目は自然と細くなった。
シーナの元婚約者。旗色が悪くなるや否や彼女を見捨て、保身のために王妃へ擦り寄った男、だったか。
ついでに密猟の斡旋までしたとあっちゃ今ここでしばき倒してやってもいいくらいだが、流石にそれじゃ芸が無い。俺は素知らぬ顔でついていくことにした。
「出迎えが遅ぇんだよ。……まずは王に会わせろ。正式な依頼があるんだろ?」
「い、いえ……陛下にお目通りいただくほどの話ではございません。まずは王都外周の駆除に当たっていただきたく。北部の皆様が武器を構えて城内を歩かれると、民が怯えますので……」
「……ほう?」
デイヴの言葉に、背後に控える猟師団の空気が一変した。じわりと、殺気にも似た冷ややかな熱が漂う。
「王都の民が怯えるからお行儀よくしろと? しかも王命でもないときたもんだ。まさか、タダ働きさせるために呼びつけたわけじゃねぇだろうな」
「ち、違います! ただ順序というものが――」
「そっちがそのつもりなら話は終いだ。これ以上は時間の無駄だからな」
俺は肩をすくめ、門番の横を通り抜けようとした。
「シ、シグルド殿! どちらへ……!」
「決まってんだろ。陛下と直に話ができねぇってんならこっちも動く義理はねぇよ。――《青兎亭》で待つ。他に用があんならそこで言え。どうしても陛下に会わせる気がないのなら、適当な奴に『シグムントが来た』とだけ伝えておけ」
デイヴの顔色が、瞬時に土色へと変わった。門番は事情も分からずおろおろしている。猟師団は肩を揺らして笑い、ノースは満足げに尾を揺らした。
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「ムジカが溢れりゃ一瞬で阿鼻叫喚だろうに」
猟師団が肩をすくめる一方で、通りの住民たちはちらちらとこちらを伺ってくる。見慣れぬ白狼にいかつい北部の男たちが十数人ともなれば、そりゃ嫌でも目につくか。行く先々で、ひそひそとした嘲りや畏怖の声が耳に届いた。
「怖い……おっかない顔して、何者かしら」
「あれが北部の……『野蛮人』って噂の連中かい?」
いちいち腹を立てるほど若くないが、他の連中は我慢がならないらしい。不服そうに周囲を睨み返している。
「さっきからなんなんだ、ここの連中は。これなら来なくても良かったんじゃねぇか?」
「周辺のムジカさえどうにかすればいいって思ってるんだろうよ。城壁に囲まれてるから安全だって、本気で思いこんでるのさ」
「放っておけ。まずは酒でも飲もうや。馴染みの店があるんだ」
猟師団の何人かが「あぁ」と顔をほころばせた。王都の安宿兼酒場《青兎亭》。現役時代、登城のたびに立ち寄った馴染みの場所だ。
大通りから外れた場所にある古びた外観は昔から微塵も変わっていなかった。扉を押し開けると、それなりに年を重ねた女将が目を丸くし、すぐにくしゃっと笑みを浮かべる。
「あんたたち! また急に帰ってきたねぇ!」
「陛下に振られちまってな。しばらく店で待機させてもらえねぇか?」
「構わないよ。騒ぎを起こさないならね!」
北部の連中は「ははっ」と気の抜けた声を漏らす。
「でもどうしたんだい。すっかり隠居したって聞いてたのに」
「猟師として呼び出されたんだよ。……『慈獣共生協会』、知ってるか?」
騒ぎの元凶の名を出すと、女将は「ああ、あれね」と厭そうに顔をしかめた。
「王妃様が後ろ盾になってる頭のおかしな連中の集まりだろ。昔は保護活動とか言って野良犬を減らしてくれたけど、今じゃ口を出すだけ出して後は放置さ。『動物は自然のままが一番』とか言ってね」
「そいつはまた能天気なこった。陛下は何も言わんのか」
「お城の貴き方々は城下の惨状なんて興味ないのさ。それに宰相様の目を気にして文句も言えないご様子でね」
先王が突然崩御し、王位が代替わりしたのは俺が隠居してからのことだった。
現役時代に何度か顔を合わせたことはあるが、当時の王太子様はまだ世間知らずのお坊ちゃん。北部の人間はよほど刺激が強かったのか、遠巻きに眺めるばかりで、声をかけてくることすらなかった。
そんな具合では、地盤がろくに固まっていなくとも無理はない。とはいえ、王妃の父親であり、今や最大の後ろ盾でもある宰相ダリウスの顔色ばかり窺っているようでは、この国の行く末も正直なところ心許ない。
まぁ、お呼びがかかるまで酒でも飲んで待たせてもらうとするか。
――そう決め込んだのも束の間、のんびりできたのは一週間ほどだった。
水路を掃除していた若者が「変な影を見た」と噂したのが始まり。
続いて下町の子どもたちが「倉庫の隙間に光る目があった」と泣き出し、三日目には、物置を荒らされたという商家が続出した。
「……ムジカだな」
猟師団の結論は早かった。
「どうやって入り込んだんだ?」
「地下水路だろうな。壁は突破できなくても、下は甘かったってわけだ」
さらに悪いことに、王都の平和ボケは極まっていた。
「だってこの子、お腹を空かせて震えてたのよ? 可哀そうじゃない」
「北部ではこんな可愛い子たちを害獣として扱ってるんですって。信じられないわよね」
なんとも愚かなことに、下町の女たちがムジカの群れに餌を投じていたらしい。
容易く貰える餌に味を占めたムジカは、その場所に執着する。翌日には被害報告が王都中で雪崩のように膨れ上がり、ついに「外の問題は外で片付ければいい」と言っていた連中は、その態度をあっさり翻した。
そうしてようやく、青兎亭にデイヴが顔を見せにやってきたのだが――
「さてさて。今さら俺達に何の用だ?」
「せ、先日は英雄様自らのお出でとは露とも思わず、大変失礼いたしました。シグムント様を正式に王城へお招きしたいと陛下の仰せです。状況説明と、今後の対処について……」
「なるほどな」
俺は立ち上がり、腰のボウガンを軽く叩く。
「やれやれ。猟師団に用があったはずだが、かつての名前を出さないと会ってももらえないなんてな。……お前らは待機だが、いつでも動けるようにしとけよ」
振り返った連中の顔は、つい先ほどまで酒を飲んでいたとは思えないほど鋭く引き締まっていた。
デイヴはあからさまに安堵の息をつく。その様子を見やりながら、俺はふと思いついたように問いかけた。
「……ところで、兄ちゃん。シーナという娘を知っているか?」
予想外の名前だったのだろう。デイヴの喉が、ごくりと鳴った。顔色がほんのわずかに失われる。
しかし彼はすぐに表情を整え、張り付けたような薄い笑みを浮かべた。
「もちろんです。今の協会の前身となる、人獣共生協会の協会長でしたから。ですが……残念ながら、不慮の事故で亡くなったと聞いております」
どうやら俺が送らせた報告を素直に信じ込んでいるらしい。詰めが甘くて結構なことだ。
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