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叛逆のラプソディ
17 謁見
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王城の石畳に足を踏み入れた瞬間、鼻腔をくすぐる懐かしい空気にかつての記憶が甦る。
――ほとんど変わってねぇな。
無駄に高い天井、金がかかってそうな大理石の輝き、磨き上げられた円柱。そして、豪奢な装飾品の数々。
先王に呼びつけられては、重い鎧を鳴らしてここを歩いた日々が鮮やかに甦る。
「申し訳ございません。武器の類は、城内への持ち込みを禁じられております」
「矢は装填してねぇ。ただの飾りみてぇなもんだ、見逃してくれや」
肩に担いだ無骨なボウガンを見せつけてやると、案内役の若い兵は頬を引き攣らせた。
彼は俺の横を歩く白狼ノースを執拗に気にしている。揶揄うようにノースが喉を鳴らして低く唸ると、兵士は焦った様子で顔を逸らした。
「し、失礼を……。もしや、シグムント様ではございませんか」
階段を上りきったところで、丸い腹を揺らしたおっさんが慌てた様子で駆け寄ってきた。見覚えのある顔に、俺は気安く片手を挙げて応じる。
「ニコラ。相変わらず息が切れてんぞ。財務伯がそんな調子で大丈夫か?」
ニコラ。まだ若造だった頃、俺の後ろを金魚のフンのようについて回っていた男だ。今では財務を司る重職にあるらしいが、心底焦った顔で深く頭を下げてきた。
「シグムント様が王都にいらっしゃったと噂には聞いておりましたが、まさか本当に猟師になっておられたとは……」
「そんなに驚くことかぁ? 引退した後に何をしようが俺の勝手だろ」
「ただの猟師団が来ると聞いていましたから、みな大騒ぎでございますよ。……それで、その。北部の状況について……本当に、申し訳なく……」
ニコラは何かを言いかけて口を噤んだ。北部の予算について言いたいのだろう。先王の時代は防衛費としてそれなりの金がかけられていたが、代替わりしてからは「不要な経費」として削られる一方だった。
協会からの助成金の件といい、北部を締め上げたくて仕方ないと見える。
「分かってる。その件については後でじっくり聞いてやるさ」
軽く背中を叩くと、思いのほか力が入ってしまったのかニコラの身体が大きく傾いた。
大扉が開かれ、玉座の間へ通される。
広間の最奥には、若き王マチス・スカラーが座っていた。
記憶の中にある少年が、そのまま背を伸ばしたような幼い顔立ち。未だ線の細い身体に落ち着きのない視線。登城の折に顔を合わせるたび、俺から視線を逸らしていた小僧の面影が色濃く残っている。
先王は人格者だったが、果たして息子の方はどうであろうか。つい値踏みするように眺めてしまう。
その隣で不貞腐れた顔をしている女が、噂の王妃様だろう。祝宴の招待を息子に押し付けて欠席していたから顔を拝むのは初めてか。装いこそ簡素だが、そのドレープからは上質な布地が使われていることがよく分かる。
手にした扇は繊細なレースがあしらわれているようだが……なるほど。「毛皮なんて残酷だ」と言い張っていたそうだが、これは酷いもんだ。
さらに玉座の右手――王に最も近い位置には、黒衣の男が控えていた。
好々爺を装った、狡猾な狐。かつて散々やり合ったダリウスだ。若王の後見人にして宰相という要職に就き、さらには王妃メリンダの実父でもある。
付き添っていたデイヴがそそくさと端に駆けていく。それが場の整った合図となったのか、ダリウスが嫌味なほど深々と頭を垂れた。
「お迎えいたします、シグムント殿。まさか北部の英雄自らお越しいただけるとは思わず、失礼をしたようだ」
一見丁寧だが、その声色には明白な警戒が滲んでいる。俺という存在が、自分の築き上げた聖域に土足で踏み込んでくる外敵だと分かっているからだろう。
「……久しいな、シグムント」
続いたのは、一国の主にしては硬い遠慮の混じった声だった。
「陛下のお顔を拝するのは何年ぶりですかねぇ。ずいぶん立派になられて」
俺が形式的に頭を下げると、若王はわずかに胸を張った。
「わざわざ呼び立てたのは他でもない。ムジカの件だ。王都は危機に瀕していると聞く。これまで報告を怠っていた協会は当てにならん。ゆえに……北部の力を借りたい」
言うべきところまでは言えたようだ。
だが、王妃を一瞥した後に続く言葉が良くない。
「……ただし、ムジカはなるべく殺さずに――」
「断る」
若王の言葉を叩き切るように即答すると、広間の文官たちが一斉にどよめいた。
「なっ……! この私の命に逆らうつもりか!」
「逆らってるんじゃねぇ。無理だと言ってんだ」
俺は一歩、王へ踏み出す。王妃が怯えたような悲鳴を上げ、周囲の兵が槍を構えかけたが、俺の睨みひとつでその場に固まった。
「まず一つ。ムジカを王都から追い出したところで近くの村が襲われるだけだ。匂い団子の材料も王都全域をカバーするにはまるで足りねぇ。原料には狼の糞を使っているわけだが……どっかの誰かさんたちのせいで、狼は随分と数を減らしちまったからな」
ちらりとダリウスに視線を送ると、奴は涼しい顔で受け流した。密猟への関与はほぼ確実だったのだが、最後まで尻尾を掴ませなかった老獪な男だ。この程度じゃ牽制にもならないだろう。
「捕獲の罠を設置するにしても、金がかかる。だいたい捕らえたところでどこへ放つつもりだ? 隣国の国境沿いにでも捨てて、戦争の火種でも作ってやろうか?」
「……それは、困る」
だろうな。だがこのまま放置すれば繁殖を繰り返し、遅かれ早かれ隣国へもお邪魔することになる。そうなれば害獣を放置した国としてその威信は失墜するだろう。
「ご理解いただけたようで何よりだ。そういうわけだから、ムジカは見つけ次第駆除させてもらう。いいな?」
念を押すように玉座の面々を見渡す。若王が観念したように小さく頷き、代弁するようにダリウスが「構わん」と短く告げた。
「我々が何もしないでいるのも心苦しいというものだ。王妃殿下の御心が慰められるよう、亡骸はこちらで丁重に埋葬させてもらおう」
「ほう。ムジカを殺すなとほざいて被害を増やし続けた落とし前もつけず、毛皮だけは寄越せと? 寝ぼけてんの――」
「先ほどから黙って聞いていれば……! 陛下、だから北部の力を借りる必要などないと言ったではありませんか!」
俺の皮肉を遮ったのは耳を突き刺すような甲高い声。それまで俺を睨みつけるだけだった王妃が、若王に縋りついた。
「ムジカの被害といっても食料を食い漁られているだけなのでしょう? 人がきちんとご飯を与えれば、こんな騒ぎは収まるはずです!」
「……王妃殿下。何度も説明した通り、もはやそのような話をしている場合ではないのです」
ダリウスがこめかみを押さえて咎めるが、王妃は顔を真っ赤にして言葉を重ねる。
「そもそも、動物が増えたからといってどうして殺さなければならないの? ムジカにも命があるのです。人間が都合よく管理するなど、傲慢ではありませんか!」
たじろぐ若王を余所に、彼女の主張はさらに熱を帯びていく。
「食料だって分け合えばいいだけでしょう? 共存すれば争いは起きません! 人間が欲張るから奪い合いになるのです!」
興奮のままに、ついには矛先が北部に向いた。
「だいたい、北部は昔から乱暴者だと言われていましたもの。力任せに追い立てたせいで、ムジカが流れてきたんでしょう? 責任を転嫁しないでいただきたいわ!」
肩で息をし、勝ち誇ったようにこちらを見る王妃。……なるほど。毎日のようにこれの相手をしていたシーナには、心の底から同情する。
「……メリンダ、少し落ち着いてくれ。城下に実害が出ているのは事実なのだ」
「ちょっと囓られたくらいで大袈裟に騒ぎすぎなんです! ……むしろ、ムジカは神が遣わした使徒なのではないかしら。人間は増えすぎたのだという警鐘を鳴らしているのかもしれません。そうよ、そうに違いないわ……!」
止まらぬ王妃の熱弁を右から左に聞き流し、俺は若王に視線を向けた。
こいつまで毒されていたら、この国はもう完全に見限ろうと思ったが――
『人類の浄化』という言葉にまで話が及んだところで、若王は頭を抱え、実父であるダリウスの眉間にも深い皺が刻まれていた。
――ほとんど変わってねぇな。
無駄に高い天井、金がかかってそうな大理石の輝き、磨き上げられた円柱。そして、豪奢な装飾品の数々。
先王に呼びつけられては、重い鎧を鳴らしてここを歩いた日々が鮮やかに甦る。
「申し訳ございません。武器の類は、城内への持ち込みを禁じられております」
「矢は装填してねぇ。ただの飾りみてぇなもんだ、見逃してくれや」
肩に担いだ無骨なボウガンを見せつけてやると、案内役の若い兵は頬を引き攣らせた。
彼は俺の横を歩く白狼ノースを執拗に気にしている。揶揄うようにノースが喉を鳴らして低く唸ると、兵士は焦った様子で顔を逸らした。
「し、失礼を……。もしや、シグムント様ではございませんか」
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「ニコラ。相変わらず息が切れてんぞ。財務伯がそんな調子で大丈夫か?」
ニコラ。まだ若造だった頃、俺の後ろを金魚のフンのようについて回っていた男だ。今では財務を司る重職にあるらしいが、心底焦った顔で深く頭を下げてきた。
「シグムント様が王都にいらっしゃったと噂には聞いておりましたが、まさか本当に猟師になっておられたとは……」
「そんなに驚くことかぁ? 引退した後に何をしようが俺の勝手だろ」
「ただの猟師団が来ると聞いていましたから、みな大騒ぎでございますよ。……それで、その。北部の状況について……本当に、申し訳なく……」
ニコラは何かを言いかけて口を噤んだ。北部の予算について言いたいのだろう。先王の時代は防衛費としてそれなりの金がかけられていたが、代替わりしてからは「不要な経費」として削られる一方だった。
協会からの助成金の件といい、北部を締め上げたくて仕方ないと見える。
「分かってる。その件については後でじっくり聞いてやるさ」
軽く背中を叩くと、思いのほか力が入ってしまったのかニコラの身体が大きく傾いた。
大扉が開かれ、玉座の間へ通される。
広間の最奥には、若き王マチス・スカラーが座っていた。
記憶の中にある少年が、そのまま背を伸ばしたような幼い顔立ち。未だ線の細い身体に落ち着きのない視線。登城の折に顔を合わせるたび、俺から視線を逸らしていた小僧の面影が色濃く残っている。
先王は人格者だったが、果たして息子の方はどうであろうか。つい値踏みするように眺めてしまう。
その隣で不貞腐れた顔をしている女が、噂の王妃様だろう。祝宴の招待を息子に押し付けて欠席していたから顔を拝むのは初めてか。装いこそ簡素だが、そのドレープからは上質な布地が使われていることがよく分かる。
手にした扇は繊細なレースがあしらわれているようだが……なるほど。「毛皮なんて残酷だ」と言い張っていたそうだが、これは酷いもんだ。
さらに玉座の右手――王に最も近い位置には、黒衣の男が控えていた。
好々爺を装った、狡猾な狐。かつて散々やり合ったダリウスだ。若王の後見人にして宰相という要職に就き、さらには王妃メリンダの実父でもある。
付き添っていたデイヴがそそくさと端に駆けていく。それが場の整った合図となったのか、ダリウスが嫌味なほど深々と頭を垂れた。
「お迎えいたします、シグムント殿。まさか北部の英雄自らお越しいただけるとは思わず、失礼をしたようだ」
一見丁寧だが、その声色には明白な警戒が滲んでいる。俺という存在が、自分の築き上げた聖域に土足で踏み込んでくる外敵だと分かっているからだろう。
「……久しいな、シグムント」
続いたのは、一国の主にしては硬い遠慮の混じった声だった。
「陛下のお顔を拝するのは何年ぶりですかねぇ。ずいぶん立派になられて」
俺が形式的に頭を下げると、若王はわずかに胸を張った。
「わざわざ呼び立てたのは他でもない。ムジカの件だ。王都は危機に瀕していると聞く。これまで報告を怠っていた協会は当てにならん。ゆえに……北部の力を借りたい」
言うべきところまでは言えたようだ。
だが、王妃を一瞥した後に続く言葉が良くない。
「……ただし、ムジカはなるべく殺さずに――」
「断る」
若王の言葉を叩き切るように即答すると、広間の文官たちが一斉にどよめいた。
「なっ……! この私の命に逆らうつもりか!」
「逆らってるんじゃねぇ。無理だと言ってんだ」
俺は一歩、王へ踏み出す。王妃が怯えたような悲鳴を上げ、周囲の兵が槍を構えかけたが、俺の睨みひとつでその場に固まった。
「まず一つ。ムジカを王都から追い出したところで近くの村が襲われるだけだ。匂い団子の材料も王都全域をカバーするにはまるで足りねぇ。原料には狼の糞を使っているわけだが……どっかの誰かさんたちのせいで、狼は随分と数を減らしちまったからな」
ちらりとダリウスに視線を送ると、奴は涼しい顔で受け流した。密猟への関与はほぼ確実だったのだが、最後まで尻尾を掴ませなかった老獪な男だ。この程度じゃ牽制にもならないだろう。
「捕獲の罠を設置するにしても、金がかかる。だいたい捕らえたところでどこへ放つつもりだ? 隣国の国境沿いにでも捨てて、戦争の火種でも作ってやろうか?」
「……それは、困る」
だろうな。だがこのまま放置すれば繁殖を繰り返し、遅かれ早かれ隣国へもお邪魔することになる。そうなれば害獣を放置した国としてその威信は失墜するだろう。
「ご理解いただけたようで何よりだ。そういうわけだから、ムジカは見つけ次第駆除させてもらう。いいな?」
念を押すように玉座の面々を見渡す。若王が観念したように小さく頷き、代弁するようにダリウスが「構わん」と短く告げた。
「我々が何もしないでいるのも心苦しいというものだ。王妃殿下の御心が慰められるよう、亡骸はこちらで丁重に埋葬させてもらおう」
「ほう。ムジカを殺すなとほざいて被害を増やし続けた落とし前もつけず、毛皮だけは寄越せと? 寝ぼけてんの――」
「先ほどから黙って聞いていれば……! 陛下、だから北部の力を借りる必要などないと言ったではありませんか!」
俺の皮肉を遮ったのは耳を突き刺すような甲高い声。それまで俺を睨みつけるだけだった王妃が、若王に縋りついた。
「ムジカの被害といっても食料を食い漁られているだけなのでしょう? 人がきちんとご飯を与えれば、こんな騒ぎは収まるはずです!」
「……王妃殿下。何度も説明した通り、もはやそのような話をしている場合ではないのです」
ダリウスがこめかみを押さえて咎めるが、王妃は顔を真っ赤にして言葉を重ねる。
「そもそも、動物が増えたからといってどうして殺さなければならないの? ムジカにも命があるのです。人間が都合よく管理するなど、傲慢ではありませんか!」
たじろぐ若王を余所に、彼女の主張はさらに熱を帯びていく。
「食料だって分け合えばいいだけでしょう? 共存すれば争いは起きません! 人間が欲張るから奪い合いになるのです!」
興奮のままに、ついには矛先が北部に向いた。
「だいたい、北部は昔から乱暴者だと言われていましたもの。力任せに追い立てたせいで、ムジカが流れてきたんでしょう? 責任を転嫁しないでいただきたいわ!」
肩で息をし、勝ち誇ったようにこちらを見る王妃。……なるほど。毎日のようにこれの相手をしていたシーナには、心の底から同情する。
「……メリンダ、少し落ち着いてくれ。城下に実害が出ているのは事実なのだ」
「ちょっと囓られたくらいで大袈裟に騒ぎすぎなんです! ……むしろ、ムジカは神が遣わした使徒なのではないかしら。人間は増えすぎたのだという警鐘を鳴らしているのかもしれません。そうよ、そうに違いないわ……!」
止まらぬ王妃の熱弁を右から左に聞き流し、俺は若王に視線を向けた。
こいつまで毒されていたら、この国はもう完全に見限ろうと思ったが――
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