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叛逆のラプソディ
18 甘い調べの裏側で
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玉座の間に王妃の甲高い声が響き渡る。
若王がたじろぐのも構わず、彼女の弁舌はますます熱を帯びていく。
紡がれる言葉は華麗に装飾され、耳あたりだけは良いものだ。
だがその内実は、現場も実態も知らぬ、空疎な理想論の寄せ集めに過ぎなかった。
白く輝くレースの扇だけが、彼女の手の中で忙しなく揺れている。
「そもそも! 命を奪うという選択肢自体、真っ先に排除すべきなのです! あなた方はいつも争ってばかりいるから殺すという発想にすぐ至るのではありませんか? そんな野蛮な発想、これからの文明国にふさわしくありません!」
肩で激しく息をする王妃と、そのあまりの暴論に唖然とした表情で玉座へ視線を送る臣下たち。広間には、ある種の狂乱に近い地獄のような空気が漂っていた。
だが、王妃は俺が何も言い返さないのを見て自分の正義が認められたと勘違いしたらしい。言いたいことを言い終えたらしい彼女は、最後に勝ち誇ったように「ふん!」と鼻を鳴らした。
「……なるほど。慈悲深い王妃様の御心、実によく分かりました。下町ではすでに被害が広まってますが、それもやはり殺すなと。餌を与えて慈しめと。そういうことですね?」
努めて冷静に問い直すと、王妃は「やっと分かったようですね」と満面の笑みを見せた。
拍子抜けするほど素直な反応だ。父親とは違い、裏で何かを企むような娘ではないのだろう。ただ救いようがないほどに、頭と性格が悪いだけで。
「そうなると俺たち北部の猟師にできることは何もないようだ。このまま引き揚げさせてもらいますが、それで構いませんね?」
「いや、それは困る!」
俺が背を向けた瞬間、若王が弾かれたように立ち上がった。
「……メリンダ。君の慈愛の精神は立派なものだ。だが現に民に被害が及んでいる以上、野放しにするわけにはいかない。シグムントの言うことには一理あると、私は思う」
「私もそう思います、王妃殿下。共存も大事ですが、分別というものが必要なわけでして……」
必死に小娘を宥める最高権力者たち。謁見の間に漂う「一体、何を見せられているんだ」という微妙な空気を、娘が再び無邪気に切り裂いた。
「お父様ったら、またそうやって取り繕うのね。北部の無駄な予算を削り、協会に流すよう手を尽くして下さったのだって動物を守るためではありませんか。だからあの女だって……わたくし、頑張って追い出したんですから!」
――ダリウスの顔が、さぁっと青ざめた。
「メ、メリンダ……その話は、今することでは……!」
「そんな、隠すようなことではないではありませんか?」
メリンダはきょとんとしたまま、正義は自分にあると信じて疑わない声音で続けた。
「お父様はずっと言っていましたもの。『協会はシーナのような冷血な女に牛耳られている』って。『あの女は動物の命を何とも思っていない、密猟も容認しようとしている』って……。だからわたくし、彼女を引きずり降ろさなきゃいけないって!」
思わず噴き出しそうになったが、咳払いで誤魔化した。
目の前で得意げにしている娘にとっては『お父様の言葉』こそが唯一無二の真実なのだろう。なるほど、大変興味深い話だ。俺は口を挟まず、だんまりを決め込むことにした。
「メリンダ、お前は何かを勘違いしているようだ。とにかく、今は黙りなさい……!」
「勘違いなどしてません! 協会を『もっと優しい組織』にしなければって、お父様も何度も言っていたでしょう? それに『いまどき猟師なんて時代遅れだ、数を減らせばいい』って!」
臣下たちが一斉にどよめいた。こちらは笑いを堪えるのに必死だが、ダリウスの顔色は絶望的なまでに沈んでいく。
「メリンダ、違う……! 私は、協会の硬直化を正すと言っただけで、密猟を容認するなど一言も――」
「えっ? でも『取り締まりなんて形だけでいい』って言ったじゃありませんか。部族とも協定を結ぶ算段がついていると。あとは北部から野蛮人を引き揚げさせれば、そこは動物の楽園になるはずだって――」
「やめろおおおおッ!!」
ダリウスの悲鳴が石の天井に反響した。
呆けた顔で見守っていた若王が、これまで見たこともないほど険しい顔でダリウスを睨みつける。
「……ダリウス。今のメリンダの言葉、すべて事実でないと言い切れるか?」
「い、いえ……違う……違います陛下! 私の意図はただ、協会を――」
「協会を牛耳ることで北部を弱体化させ、密猟を事実上黙認できる状況に戻したかった、か?」
好機を逃す手はない。俺もここで割って入る。
「……娘が全部喋っちまったな。お前がやりたかったのは動物の保護なんかじゃねぇ。金になる獣を自由に狩れる環境に戻したかっただけだ。そのためにシーナに『動物殺しの悪女』という濡れ衣を着せ、娘を使って協会を掌握し、シーナを追放したんだ」
ただ、この王妃が愛護を拗らせていたのは想定外だったのかもしれない。彼女が『ムジカを殺すな』という命を出したおかげで結局ダリウスも表立って手が出せなかったのだから、笑い話にもならない。
そんな事情を知ってか知らずか。メリンダはぽかんと口を開いたまま、ダリウスを見つめた。
「……え? お父様、違うわよね? 動物を守るために協会を改革したのでしょう? シーナさんは動物を殺す悪女だって言うから何とかしようとしたのに……?」
空気が、完全に凍りついた。デイヴが横で蒼白になりながら滝のような脂汗を拭っている。
「……親父は密猟再開のために協会を骨抜きにしたかった。娘は『動物を守る』という歪んだ正義感でそれに乗っちまった。どうしようもねぇ親子だな」
俺は懐から一通の汚れた指示書を取り出し、床へ叩きつけた。
「だが、追放だけじゃ飽き足らなかったようだな。これは北部の雪山で見つけた指示書だ。内容は暗殺に関するものだが、護衛の名目でシーナに付けられた傭兵が持っていたものだ。……デイヴ、お前がダリウスの命令で用意したものか?」
それが何なのか、デイヴは即座に理解したのだろう。ガタガタと震えながら必死に頭を左右に振る。
「ひっ……! そ、そんな、私は……! それは捏造です! 北部の人間が、我々を陥れるために作った偽物に決まっています!」
デイヴは喚き散らし、ダリウスもまた、娘の自爆で失ったペースを無理やり引き戻そうと俺を睨みつけた。
「シグムント殿、いくら英雄と言えど、根拠のない紙きれ一枚でこの私を陥れようとはなんたる侮辱! 証人もいない、シーナ・リンドも不慮の事故で死んだというのに、その死まで北部の利益のために冒涜する気か!」
ダリウスの声には確信が混じっていた。
シーナが死んでいる限り、そして指示通り傭兵が身を隠している限り、自分たちは逃げ切れると踏んでいるのだ。
だがその確信こそが奴らにとっての最大の致命傷だった。
「――証人がいない、だと?」
俺が口端を吊り上げたその時。
玉座の間の大扉が、地響きを立てて開け放たれた。
「……それなら、私が証言いたします。ダリウス卿」
凛とした女の声が広間に響き渡る。入口に視線を送ると、猟師団を従えたひとりの女が立っていた。
北部の毛皮を纏い、雪山の冷気を微かに纏ったその姿。全員の視線が釘付けになる中で、彼女は怯むことなく一歩を踏み出す。
その歩みの先、広間の端に控えていたデイヴへと視線が向いて――
強い意志を宿した瞳が奴を正面から射抜いた瞬間、蛙を踏み潰したような悲鳴が無様に広間へと響いた。
「シッ、シシシシッシーナ……?! な、なぜ……なぜ、君がここに……!?」
シーナは、隣に立つロベルトと共に、悠然と玉座の前へと並び立った。
若王がたじろぐのも構わず、彼女の弁舌はますます熱を帯びていく。
紡がれる言葉は華麗に装飾され、耳あたりだけは良いものだ。
だがその内実は、現場も実態も知らぬ、空疎な理想論の寄せ集めに過ぎなかった。
白く輝くレースの扇だけが、彼女の手の中で忙しなく揺れている。
「そもそも! 命を奪うという選択肢自体、真っ先に排除すべきなのです! あなた方はいつも争ってばかりいるから殺すという発想にすぐ至るのではありませんか? そんな野蛮な発想、これからの文明国にふさわしくありません!」
肩で激しく息をする王妃と、そのあまりの暴論に唖然とした表情で玉座へ視線を送る臣下たち。広間には、ある種の狂乱に近い地獄のような空気が漂っていた。
だが、王妃は俺が何も言い返さないのを見て自分の正義が認められたと勘違いしたらしい。言いたいことを言い終えたらしい彼女は、最後に勝ち誇ったように「ふん!」と鼻を鳴らした。
「……なるほど。慈悲深い王妃様の御心、実によく分かりました。下町ではすでに被害が広まってますが、それもやはり殺すなと。餌を与えて慈しめと。そういうことですね?」
努めて冷静に問い直すと、王妃は「やっと分かったようですね」と満面の笑みを見せた。
拍子抜けするほど素直な反応だ。父親とは違い、裏で何かを企むような娘ではないのだろう。ただ救いようがないほどに、頭と性格が悪いだけで。
「そうなると俺たち北部の猟師にできることは何もないようだ。このまま引き揚げさせてもらいますが、それで構いませんね?」
「いや、それは困る!」
俺が背を向けた瞬間、若王が弾かれたように立ち上がった。
「……メリンダ。君の慈愛の精神は立派なものだ。だが現に民に被害が及んでいる以上、野放しにするわけにはいかない。シグムントの言うことには一理あると、私は思う」
「私もそう思います、王妃殿下。共存も大事ですが、分別というものが必要なわけでして……」
必死に小娘を宥める最高権力者たち。謁見の間に漂う「一体、何を見せられているんだ」という微妙な空気を、娘が再び無邪気に切り裂いた。
「お父様ったら、またそうやって取り繕うのね。北部の無駄な予算を削り、協会に流すよう手を尽くして下さったのだって動物を守るためではありませんか。だからあの女だって……わたくし、頑張って追い出したんですから!」
――ダリウスの顔が、さぁっと青ざめた。
「メ、メリンダ……その話は、今することでは……!」
「そんな、隠すようなことではないではありませんか?」
メリンダはきょとんとしたまま、正義は自分にあると信じて疑わない声音で続けた。
「お父様はずっと言っていましたもの。『協会はシーナのような冷血な女に牛耳られている』って。『あの女は動物の命を何とも思っていない、密猟も容認しようとしている』って……。だからわたくし、彼女を引きずり降ろさなきゃいけないって!」
思わず噴き出しそうになったが、咳払いで誤魔化した。
目の前で得意げにしている娘にとっては『お父様の言葉』こそが唯一無二の真実なのだろう。なるほど、大変興味深い話だ。俺は口を挟まず、だんまりを決め込むことにした。
「メリンダ、お前は何かを勘違いしているようだ。とにかく、今は黙りなさい……!」
「勘違いなどしてません! 協会を『もっと優しい組織』にしなければって、お父様も何度も言っていたでしょう? それに『いまどき猟師なんて時代遅れだ、数を減らせばいい』って!」
臣下たちが一斉にどよめいた。こちらは笑いを堪えるのに必死だが、ダリウスの顔色は絶望的なまでに沈んでいく。
「メリンダ、違う……! 私は、協会の硬直化を正すと言っただけで、密猟を容認するなど一言も――」
「えっ? でも『取り締まりなんて形だけでいい』って言ったじゃありませんか。部族とも協定を結ぶ算段がついていると。あとは北部から野蛮人を引き揚げさせれば、そこは動物の楽園になるはずだって――」
「やめろおおおおッ!!」
ダリウスの悲鳴が石の天井に反響した。
呆けた顔で見守っていた若王が、これまで見たこともないほど険しい顔でダリウスを睨みつける。
「……ダリウス。今のメリンダの言葉、すべて事実でないと言い切れるか?」
「い、いえ……違う……違います陛下! 私の意図はただ、協会を――」
「協会を牛耳ることで北部を弱体化させ、密猟を事実上黙認できる状況に戻したかった、か?」
好機を逃す手はない。俺もここで割って入る。
「……娘が全部喋っちまったな。お前がやりたかったのは動物の保護なんかじゃねぇ。金になる獣を自由に狩れる環境に戻したかっただけだ。そのためにシーナに『動物殺しの悪女』という濡れ衣を着せ、娘を使って協会を掌握し、シーナを追放したんだ」
ただ、この王妃が愛護を拗らせていたのは想定外だったのかもしれない。彼女が『ムジカを殺すな』という命を出したおかげで結局ダリウスも表立って手が出せなかったのだから、笑い話にもならない。
そんな事情を知ってか知らずか。メリンダはぽかんと口を開いたまま、ダリウスを見つめた。
「……え? お父様、違うわよね? 動物を守るために協会を改革したのでしょう? シーナさんは動物を殺す悪女だって言うから何とかしようとしたのに……?」
空気が、完全に凍りついた。デイヴが横で蒼白になりながら滝のような脂汗を拭っている。
「……親父は密猟再開のために協会を骨抜きにしたかった。娘は『動物を守る』という歪んだ正義感でそれに乗っちまった。どうしようもねぇ親子だな」
俺は懐から一通の汚れた指示書を取り出し、床へ叩きつけた。
「だが、追放だけじゃ飽き足らなかったようだな。これは北部の雪山で見つけた指示書だ。内容は暗殺に関するものだが、護衛の名目でシーナに付けられた傭兵が持っていたものだ。……デイヴ、お前がダリウスの命令で用意したものか?」
それが何なのか、デイヴは即座に理解したのだろう。ガタガタと震えながら必死に頭を左右に振る。
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ダリウスの声には確信が混じっていた。
シーナが死んでいる限り、そして指示通り傭兵が身を隠している限り、自分たちは逃げ切れると踏んでいるのだ。
だがその確信こそが奴らにとっての最大の致命傷だった。
「――証人がいない、だと?」
俺が口端を吊り上げたその時。
玉座の間の大扉が、地響きを立てて開け放たれた。
「……それなら、私が証言いたします。ダリウス卿」
凛とした女の声が広間に響き渡る。入口に視線を送ると、猟師団を従えたひとりの女が立っていた。
北部の毛皮を纏い、雪山の冷気を微かに纏ったその姿。全員の視線が釘付けになる中で、彼女は怯むことなく一歩を踏み出す。
その歩みの先、広間の端に控えていたデイヴへと視線が向いて――
強い意志を宿した瞳が奴を正面から射抜いた瞬間、蛙を踏み潰したような悲鳴が無様に広間へと響いた。
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