JK戴冠

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第3章 王都にて

第25話 ひとりでは背負えなくても

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 晴はイトカと一緒に病室を出て、並んで廊下を歩いた。

 弟子たちやティナの温かい雰囲気に少し癒されたものの、晴の心には昨夜のショックが濃く残っていた。今回はトキと対面していないのに、声だけでも怖くてたまらなかったのだ。

(私、いつか殺されちゃうのかな)

 そんな晴の様子をイトカがちらりと伺い、優しい口調で言った。

「昨夜は本当に大変だったね。晴は怪我しなかった?」

 晴が小さく頷く。

「怖かったね。でも安心して欲しい。いま会ってきてみんなの気持ちもわかったと思うけど、何があっても俺たちが晴を守るから」

 イトカには、晴が起きていたことなどお見通しだった。

「もう、みんなが傷つくところは見たくない……」

 自分のせいで誰かが傷つくのは苦しい。セオシュの涙と震えた声を思い出しただけで胸が苦しくなる。溢れそうになった涙を堪えるように、晴はぎゅっと唇を噛んだ。

 イトカは、続く言葉を待つように優しく晴を見つめている。

「愛を解放して一緒に日本に帰るだけ。それだけだから。終わったらすぐに王を辞める。……だから、今すぐ私を王にして」

 自分がコワからいなくなって関係を断ち切れば、鎧や弟子たちが戦う必要もなくなる。王族がいなくなって、革民党が復讐に燃える理由もなくなる。愛も救える。良いことばかりではないか。

 碧い瞳は少し考え込むように晴と向き合ったが、すぐにフイッと前を向いてしまった。

「いやだね」

 晴の願いがあっさりと切り捨てられてしまった。

 真剣に話しているのに軽くあしらわれたことにムッとして、晴が不満を露わにしながら「どうして?」と聞き返す。イトカは軽くため息をついて言った。

「晴ったら、コワで王になることがどういうことか、まだわかってないみたいだね? コワでは王が絶対だって言ったでしょ。例えば……」

 イトカは少し考えてから、平然と言った。

「王になった晴が俺に『死ね』って命令したら、俺は死ぬよ」
「…………」
「晴がコワの民を意のままにできるんだよ。王になるっていうのはそういうこと。王を承認する立場にある俺たちの手には、コワの民全員の命運がかかってるの」

 王になった瞬間、晴の手にコワが抱える全ての民、全ての兵器が握られることになる。ちょっとの間だからいいじゃんと思っていたが、考えが甘かったことを思い知らされた。

 鎧たちは、その重い責任をたった5人で背負っているのである。

 何があっても晴を守ること。それは、鎧とその弟子にとっては覚悟ができていることであり、生きる意味だと言っても過言ではない。晴自身が感じているよりもずっと、晴の存在が彼らの人生を動かしているのだ。

(それに、晴が……王族がいなくなったってコワが平和になるわけじゃない。俺たちの戦いは続く。楽になるのは晴だけなんだよ)

 晴の思いを見透かしたイトカはそんなことも考えたが、それを指摘するのは酷だと思い、やめた。

 王族と共に生きること。王族と運命を共にすること。

 それがイトカの人生で、イトカの選んだ道なのだ。





 イトカ、リグロ、ボンドの3人は同い年の幼馴染である。小さい頃からよく一緒に遊び、多くの時間を共に過ごした。

 幼少期から未来の王として期待されていたのはキレウィだけだったので、彼と比較すれば弟のボンドとムバンは遥かに自由な生活を送っていた。故に、ボンドはイトカとリグロと共に城の内外で遊び回っていた。

 抜群のセンスと身のこなしを認められたイトカは、13歳という若さでヴィーゼル6世の鎧として任命された。既に決まっていた鎧の中で殉職者が出たため、その欠員を埋める形で採用されたのだ。

 まだ11歳だったムバンが城から追放されたのもこの時期である。



 ボンドたち3人が20歳を迎えたころ、キレウィの重い病気が発覚した。

 城は大騒ぎだった。後継ぎはどうするのか。当然ながらその役目はボンドに回ってきた。ボンドは今までほとんど触れたことのない王の教育を、大人になってから叩き込まれることになったのである。この頃から、イトカとリグロと過ごす時間は減ってしまった。

 病は恐ろしい速度でキレウィの体を蝕んだ。エミレラの懸命な治療にも関わらず、キレウィは発覚から1年ともたず28歳の若さで亡くなった。

 その後、あとを追うように父親の6世も死亡。正式にボンドの即位が決まった。王になってからのボンドとイトカは、王と鎧の主従関係でしかなかった。

 ボンドは目に見えてやつれていった。元々王には向いていない上に国民の反対の声も大きく、ボンドの改革が受け入れられるのは難しかったのだ。

 数年後にボンドは愛する女性と出会い、子どもができた。それからというもの、彼の心は急速にコワから離れていくことになる。当時のイトカはそれを感じていながらも、ただ淡々と仕事をこなすしかなかった。

 唐突に王兜に任命され、国の全てを押し付けられても、イトカは文句は言う気にはなれなかった。

 ただボンドの幸せを願っていた。そして、いつボンドが帰ってきてもいいように、コワを守り続けようと誓った。



 そして先日、ボンドの訃報が届いた。

 しつこくボンドの行方を追いかけ回していた親王派に殺された。イトカは知らせを聞いたとき、絶望の2文字では到底言い表せないほどの激情を味わった。

(なんで? なんで殺した?)

 理解できなかった。強い怒りと憎しみに苛まれた。やった奴を殺してやろうと何度も考えた。

 だが実行はしなかった。その気持ちをリグロと分かち合うことができたから、イトカは壊れず、手を汚すこともなく今も生きている。

 王のいない今のコワでは、王兜の責任があまりにも重い。イトカは今にも潰れてしまいそうだった。もし鎧がイトカ1人だったなら、ボンドの死を知った時点で心が折れてしまっただろう。

 だが、今のイトカには仲間がいる。頼れる弟子たちもいる。

 そして、ボンドが遺した最後の王族がいる。

 イトカは自分の全てを、人生最後に晴に懸けてみようと決めたのだ。





 昔のことを思い出しながらぼんやりと歩いていたイトカは、晴に「あの」と声をかけられてハッと我に帰った。

「部屋に戻るんじゃ……」
「あ、ごめん」

 いつの間にかイトカの部屋に帰る道を進んでいたようだ。イトカはくるりと引き返そうとして、いいことを思いついた。

「晴、このあと時間あるでしょ?」
「え、まあ……」

 特に予定はない。イトカは微笑みながら廊下の向こうを指した。

「気分転換にちょっと歩こうよ」
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