JK戴冠

ちゃんの

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第4章 王さま修行 / 教会編

第30話 温かな手のひらに

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 晴たちは、小さなレストランに入って軽食を食べたり、雑貨屋を覗いたりしながら城に向かって引き返していた。ゆっくりと日が傾いてきている。

 しばらくして、歩き続けて疲れたのでジュースを買い、大通りを少し外れた東側の公園で休憩することにした。

「ふーっ、いっぱい歩いたね~!」
「久しぶりに食べ歩きできて楽しかったな」

 カファーとジルがベンチに腰掛ける。ゼリーや果肉の入った飲みごたえのあるジュースだ。カファーはオレンジ味を、ジルはいちご味を選び、早速飲み始めた。

 そのとき、晴は猛烈な腹痛に襲われていた。観光に夢中で意識していなかったが、休憩で気を抜いたからか朝の痛みが舞い戻ってきたのだ。

「あ、あの、ちょっとトイレ行ってきてもいいかな?」

 聞くと、カファーが心配そうに眉を顰めながら答えた。

「1人で大丈夫? すぐ近くに公園のトイレがあるよ」
「うん。ありがとう」

 トイレはベンチからも見える距離にあった。ジルも不安げな表情をしていたが、さすがにトイレだし切羽詰まっていたので、晴は2人の付き添いを遠慮して駆け込んだ。

「大丈夫かな?」
「ああ。出入口はここからも見えるし、カファーなら晴の気配を感じ取れるだろう?」
「…………うん、まあね」

 よく知っている相手なら、カファーは息遣いや足音を手がかりに気配を感じ取ることができる。しかし、晴とは共に過ごした時間が短いこともあり、なかなか難しいのだ。

(女子トイレとはいえ、何かあったら駆けつけるからね晴……!)



 一方、トイレに駆け込んだ晴は個室に入ることすらせず、洗面台が並ぶ前でうずくまってしまっていた。
 お腹と腰が強く痛む。幸い他の利用者はいないようだし、少しでも痛みが落ち着くまでじっとしていたかった。

(でもここじゃ、誰か来たら迷惑だから…なんとか個室まで行こう)

 顔に脂汗が浮かんできて思考がおぼつかない。ずるずると壁伝いに進むようにして歩いていると、ヒールの靴音を響かせながら誰かがトイレに入ってきた。

(ああ、邪魔にならないように端に寄らないと)

 壁と同化するようにじっと固まる。

 しかし、入ってきた足音はなぜか晴の後ろで止まった。どうしたのかと晴がゆっくり振り返ると、じっと晴を見つめる女性と目が合った。

「……お腹が痛いの?」

 20代後半くらいだろうか。大人っぽい落ち着いた雰囲気だ。ショートボブの髪は淡い青緑色で、耳あたりから下にかけて綺麗にパーマがかかっている。

 わざわざ声をかけてもらったことに恐縮しつつ、晴は小さく頷いた。

「すみません、しばらくしたら治まると思うので……」

 女性は顔色ひとつ変えずに晴を見つめていた。心配している、というより、正確に状況を判断するような鋭い目つきである。

「あなた、連れは?」
「えっ」

 晴は口ごもった。迷惑をかけたくないので、できればカファーとジルには知らせずに対処したい。それをどう説明しようかと悩む晴を、女性は訝しげに見つめていた。

 彼女は少し間を空けてから軽く息を吐き、行き場を失っていた晴の手を取った。

「あそこの個室、多目的用で広いから入るわよ」
「え、ちょ」

 そのまま2人一緒に広い個室に入って、女性がガチャンと扉を閉めた。


「腹痛は前傾姿勢になると治まりやすいわ。しゃがんでお腹を抱えてなさい。楽だから」
「…………?」

 言われるがまま、晴はしゃがんで足を抱え込んだ。確かにお腹が温まって安心できる気がする。しばらくこの姿勢でいれば落ち着きそうだ。

 とはいえ、個室に2人というのは奇妙な状況だ。立ったままの女性の視線を感じながら気まずいなあ……と思っていると、女性が突然しゃがんで、晴の背中に手を置いた。

 そして、そのまま優しく晴の背中をさすってくれた。

「!」

 晴は腹痛も吹っ飛ぶほどに驚いた。女性はまっすぐ前を見ながらゆっくり手を動かしている。その瞳はどこか遠くを映し出すようで、晴はその横顔が綺麗だと思った。

 少し温かい女性の手は、優しい栞里の手を思い出させる。

(なんか、母さんに撫でてもらってるみたい……)

 初対面の相手を前にするといつも緊張する晴だが、次第に心がほぐれてあったかくなっていくのを感じた。弱っているときの誰かの温もりは心に沁みる。

 女性は何も言わず、しばらく晴の背中をさすっていた。するとトイレの外からカファーの大声がした。

「晴ーーっ、だいじょうぶーー!?」

 晴が慌てて返事をする。

「だ、大丈夫ー!! すぐ行くから!!」
「あなたの連れね」

 女性はパッと晴の背中から腕を離し、立ち上がって鞄を探り始めた。

 背中にあった温かさを名残惜しい。晴が女性を見上げると、彼女は鞄から取り出した錠剤のシートをくれた。

「多分これで治まるから。1日2回朝夕、食後に飲みなさい」

 それだけ言うと、女性はさっさと身なりを整えてドアに手をかけた。慌ててお礼を伝える。

「あの、色々とありがとうございます」
「いいの。いつも持ってるものだから。足りないならもう少しあげるわよ」
「い、いや、もう大丈夫です!」
「そう? じゃ、私はもう行くから」
「あぁ、本当に、ありが……」

 女性は短く言い残すと、晴の言葉を待たずにバタンと扉を閉め、個室から出て行ってしまった。

 公衆トイレには入口が二つある。女性は他の個室に入ることもなく、入ってきた側とは反対の出入口から帰っていったようだ。ヒールの音がだんだんと遠ざかっていった。




 無事に晴がトイレから出ると、待ち構えていたカファーとジルが詰め寄ってきた。

「晴っ!!! 遅かったじゃん、めっちゃ心配したよ!!」
「大丈夫か? 体調を崩したか?」

 かなり待たせてしまったし、事情を話さないわけにはいかない。晴はおずおずと順を追って説明した。2人は真剣に話を聞いていたが、心配の色が消えないままだった。

「そうだったんだ。気付かず色々食べさせちゃってごめんね」
「何か温かいものでも買ってくるか?」

 晴は感謝しつつ元気に頷く。

「大丈夫、ありがとう。私も食べ歩き楽しかったから気にしないでね。お姉さんが助けてくれたから落ち着いたし。そうだ、薬もくれて……」
「えぇ!? 飲んでないよね!?」

 カファーが慌てて晴の肩を掴んだ。

「う、うん、まだ」
「知らない人から簡単に物をもらっちゃダメだよ!! はい、没収~」

 カファーは晴から取り上げた薬をじっと見つめた。横から覗き込んだジルが「ふむ」と頷く。

「確かに腹痛の薬だな。かなり強力なものみたいだが」
「これは飲まないで。ちゃんと城の医師に処方してもらってよね」

 カファーは晴がトイレから出てこない間、心配で心配で胃に穴が空きそうだったのだ。しかし晴はきょとんとしていた。

「優しそうな人だったし大丈夫だよ」
「いくら優しそうな相手でも警戒しなきゃダメだよ。本当にもう……危なっかしいなぁ」

 晴は簡単に絆されるところがある。それがコワでは命取りになることを学ばなければならない。

「城まで俺がおぶって行こう」
「そうだよ、そうしなよ! 今は安静にしないとね」

 痛みは歩ける程度に落ち着いてきていたが、2人の優しさが嬉しい。その言葉に甘えて、晴はジルの大きな背中に体を預けた。
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