静寂の証拠

アトーニー

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静寂の証拠

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男は、黙秘していた。

取調室の白い壁は、彼の沈黙を反射するように無機質だった。
刑事専門弁護士。四十代半ば。目立つ経歴はない。顔つきも、どこにでもいる中年のそれだ。
ただ一つだけ、彼には"癖”があった。
時折、人を殺す。
それは衝動でも快楽でもなかった。
仕事の合間に、予定表の余白へ書き込むような行為だった。
これまで三十人。殴り、絞め、毒を盛り、事故に見せかけたこともある。どの事件も、証拠は残らなかった。

ーー今回を除いては。

被害者は、三十五歳の会社員と、その恋人。ナイフで心臓を一刺し。
凶器から、男の指紋が検出された。
初歩的すぎる失態。
それが、検察官である女の胸に、奇妙な違和感を残していた。

「たまたまだろ」
刑事はそう言った。
「今までが異常だっただけだ。今回は確実だろ?さっさと起訴してくれ」

彼女は頷いたが、心の中では納得していなかった。
男は"たまたま"ミスをする人間ではない。彼女はそう確信していた。
その夜、女は自宅の浴槽に沈みながら、天井を見上げていた。
湯の音が、思考をぼかす。
「....なぜ、今まで殺していたのか」
「.....なぜ、今回だけ証拠を残したのか」その二つが解けなければ、この事件は終わらない。

翌日、検察庁で女は資料の山を前にした。ここ二、三年で三十件。
一年に十人。暇人か、狂人か。
女がさらに資料を洗っていく中で、奇妙な点がもう一もう一つ浮かび上がった。過去三十件の被害者のうち、全員が暴力団の団員、前科持ちであった。今回の被害者を除いて。
「.....なるほど」
女は息を吐いた。

その直後、警察から上がってきた報告が決定打となる。
男の自宅周辺で、不審な車両。
匿名で届いた「始末される」という情報。

数日後の取調室。
女は、今度は確言を持って男を見た。
「あなた、殺しを楽しんでなんかいない」「あなたは"線を引いていた”。犯罪者だけを殺してきた」
男は、黙秘を続けた。
「でも、ヤクザに目をつけられた」
「あなたにとって初めて、自分が"処理される側”になった」女は静かに告げる。
「だから今回は、わざと杜撰にやった」
「前科のない、無関係な無実の人間を殺し、証拠を残し、確実に逮捕されるように」

男の口が、わずかに開いた。

「刑務所に入れば、警察の管理下に入れば、ヤクザは簡単に手を出せない」

男の心臓の音だけが聞こえる。
「.....起訴はしない」
その言葉は、救済ではなかった。
彼の表情は、安堵ではなく、完全な絶望に沈んだ。

数日後、彼は釈放された。
そしてーー
朝。
女はコーヒーを飲みながらテレビをつけていた。
<昨夜未明、都内で男性の遺体がーー>
画直に映ったのは、見慣れた顔だった。
女は、何も言わずにカップを置き、支度を軽え、家を出た。
家には静寂が残る。
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