『救済のロジック ~ヤングケアラーの私が、執着系彼氏に全管理される話~』

カタルシスト

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第1章 規律の汚染

仮面を剥ぐ準備

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リビングの照度を、彼女の疲弊した瞳孔への刺激が最も少ないレベルまで、あらかじめスマートホーム・システムで調整しておいた。
柔らかな間接照明の中に、彼女の華奢な、折れそうなほど細いシルエットが浮かび上がる。彼女の手には、使い古された通勤バッグの他に、コンビニの薄いレジ袋が握られていた。中身は透けて見える。弟がパニック時に要求する特定銘柄のカップアイスと、母の湿布薬。自分への労いなど、欠片も入っていない。

「コート、預かるよ」

僕は音もなく彼女の背後に回り、その薄い、今にも砕けそうな肩に手を置く。
瞬間、彼女の体が反射的にビクリと強張る。僕に対する恐怖ではない。誰かに不意に触れられることへの警戒と、「自分で自分の世話をしなければならない」という強迫観念による条件反射だ。

「あ、いいの。自分でやるから……。たーくんにそんなことさせられない」

彼女の手が、慌ててコートのボタンへ伸びる。
リウマチの母親のために、家ですべての着脱を自分で行い、さらに母の着替えまで介助している彼女。他人に「やってもらう」ことに慣れていないのだ。誰かに委ねるという思考の回路が、長年のヤングケアラー生活という過酷な電圧で焼き切れている。

彼女の指先は荒れ、ささくれ立っている。冬の乾燥と、頻繁な水仕事、そして強い洗剤による化学的なダメージ。かつては滑らかだったであろう皮膚は、他人の世話をするための「道具」として無機質に変質させられている。
僕はその小さく、冷え切った手を、自分の両手でそっと包み込む。
力でねじ伏せるのではない。深く、広く、覆い隠すように。僕の体温を彼女の冷え切った末端へ流し込むように、ゆっくりと、時間をかけて圧をかけていく。

「……ほら、指先がこんなに冷たい。誰かを守るために、君自身が凍えてしまったんだね。頑張りすぎだよ、英里」

「……ッ」

彼女の喉が小さく鳴る。温かさに驚いたのか、それとも優しく拘束されたことに戸惑っているのか。
強張っていた指の力が、僕の掌の中で溶けていくのを感じる。氷が温水の中で形を保てなくなるように、彼女を支えていた無理な「規律」が、僕の与える物理的な温度によって崩されていく。

「僕が温めてあげるから。君はただ、呼吸を整えることだけを考えていればいい。大丈夫、ただ立っているだけでいいんだ。君はもう今日一日、十分すぎるほど世界のために頑張った。これからは、君自身の世話を僕にさせてほしい」

僕は彼女の耳元に唇を寄せ、呪文のように囁く。鼓膜を直接震わせる、低く、甘い、安心感だけを抽出した周波数で。
彼女は抵抗をやめた。糸が切れた操り人形のように、僕の手にすべてを預ける。
そうだ、いい子だ。その無力さが、今の君には一番似合っている。僕以外の何かに頼ることができないほど、君は弱くなっていい。

「全部、僕に任せて。君の荷物も、服も、その体も、すべて僕が管理してあげる」

僕は彼女の背中から、重たいウールのコートを剥ぎ取る。
ずしりと重い。それは単なる衣服ではない。彼女が社会で戦うために纏っていた、「しっかり者の長女」「完璧な社員」という名の重たい甲冑だ。
それを脱がせた瞬間、彼女の肩がガクリと数センチ落ちた。目に見えて、彼女を縛っていた「重力」が変化したのがわかる。

<<状態: 筋緊張の完全解除(Atonia)へ移行中。外部刺激に対する受容性の最大化を確認>>

露わになったブラウス越しの背中。肩甲骨が、悲痛なほど浮き出ている。
栄養不足。過労。慢性的な睡眠不足。それらが、彼女の肉体から女性らしい丸みを奪い、剥き出しの生存本能のような骨格へと変えている。
その華奢で脆い背中を見ていると、背骨を指でなぞって一本ずつ個数を数え上げ、その隙間に僕という支配をめり込ませたい、という暴力的なまでの庇護欲に駆られる。

だが、今はまだ、彼女を「壊れやすい検体」として、丁寧に扱わなければならない。
獣のような食欲を、理性の檻に押し込める。
丁寧に、慎重に、解体していくのだ。彼女自身が「自分はもう無力なのだ」と自覚し、僕の手のひらからしか酸素を受け取れないようになるまで。

「さあ、座って。……足、痛かっただろう? 君が歩くたびに、僕の心も痛むんだ」

僕は彼女を、リビングの中央に鎮座する、雲のように柔らかな高級ソファへと誘導する。
彼女はまだ、僕が仕掛けた「救済」という名の底なし沼の縁に立ったばかりだ。その足が、沈み始めていることにさえ、まだ気づいていない。

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