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第壱話:月夜の贄と白銀の龍
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繋がった部分が、熱い。
「……ん……あっ……」
細い首筋を、桜色に熟れた双つの頂を、切なさを孕んだ吐息が渡っていく。彼の舌先が触れるたびに、少女の皮膚は甘く痺れた。
「……っ、馴染んできたな。痛みはないか?」
「は、ぁ……、だ、大丈夫、です……っ」
彼の問いに、少女は漏れ出る声でなんとか言葉を紡いだ。
ずぷずぷと、濡れた粘膜の擦れる音が寝台の上に響く。燭台の灯りに照らされ、光沢を放つ白絹の褥。淡く差し込む満月の光が、滴り落ちた染みを妖艶に映し出す。
つい先ほど味わった破瓜の痛みは、しだいに快感へと変わっていった。
「ふっ……んぁっ」
彼の猛りが、奥へ奥へと突き進んでいく。徐々に速まる抽送。それを呑み込まんと、少女の内側が波のように蠕動する。気持ちよくて、でもどこか怖くて、必死で彼にしがみついた。
諦めていた。生きることを。
醜い自分は、ひとり孤独に死んでゆくのだと。
「……瑠璃」
膣内で熱が迸る。まばゆい閃光がひらめく。
刹那。
「お前は、何よりも美しい」
少女の目から、涙が零れた。
◇ ◆ ◇
「支度はできたか」
「……はい」
東の空に、満月がのぼる頃。
二度と辿ることのない道を、今まさに、瑠璃は歩まんとしていた。
純白の打掛を身に纏い、紅を差し、たったひとりで村を発つ。参進する者など、誰もいない。
「おぬしには申し訳ないと思っておる。じゃが、村の掟は絶対。ここで終わらせるわけにはいかん」
「わかっています、長。……この身を龍神様にお返しし、御霊となって、この土地をお守りいたします」
「頼んだぞ、瑠璃。『振り返ることなかれ。戻ることなかれ』」
鈴を鳴らしつ見送る長に深々とお辞儀をすると、瑠璃は生まれ育った村に別れを告げた。
身ひとつ。月明かりが照らす小道を、褄をとってゆっくりと進む。打掛の重さなど感じるひまもないほどに、足取りは重かった。
べつに打掛など用意してくれなくてもよかったのにと、瑠璃は思った。どうせ滝壺に着く頃には駄目になってしまっているのだ。この絹の光沢も、精緻な鶴の刺繍も。
これを纏って行くのは、慣習なのだと言われた。おそらく、歴代の長たちの、せめてもの手向けなのだろう。花嫁になること叶わない娘に対する、せめてもの。
十二年に一度。満月の夜に村の娘をひとり、龍神へ捧げる。
物心つく前から、この地は龍神によって守られているのだと教えられた。村が戦に巻き込まれることなく存続してこられたのは、滝に住まう龍神のおかげ。その謝礼として、十二年ごとに、若い娘をひとり捧げるのだと。
要は生贄なのだ。村のためにと、死を宣告された——。
俯いて歩いていると、瑠璃の足元に長い影が伸びてきた。暗い顔を持ち上げる。そこには、白い鳥居が立っていた。
ここから先は、清浄な神域。龍神を信仰する村の者でさえも、立ち入ることのできない領域だ。
「みんな、どんな気持ちで、ここをくぐったんだろう……」
先代の彼女は、いったい何を思っていたのだろうか。今の自分と同じような心境だったのだろうか。
……否、きっと違う。先代も、先々代も、選ばれたくなどなかったはずだ。
生きたかったはずなのだ。自分とは違って。
生きることを諦めた、孤独な自分とは違って。
瑠璃は、そっと顔の左半分に自身の手を当てた。白粉でも隠しきれないほどの黒い痣を、冷えた指先でさする。
村医者から〝死斑病〟だと告げられたのは十年前。両親がはやり病で死んだ直後のことだった。
当初は目の周囲だけだったこの痣も、今では胸の辺りにまで広がった。内臓をも脅かす病。治す術などない。ときどき肺が痛むゆえ、そう遠くないうちに命を落とすのだろう。
「死に場所があるだけ、いいのかも」
自嘲気味にそう呟くと、瑠璃はその白い鳥居をくぐった。
煌々と輝く満月の下。かすかに滝の音が聞こえてきた。梢を揺らす夜風の冷たさに肩をすくませ、その音の根へと続く坂道をのぼる。
死ぬことは怖くない。どのみち長くは生きられない。
唯一懸念されるのは、こんな醜い姿を、龍神が納得して受け取ってくれるのかということだ。普通とは大きく異なる見た目。不気味ささえ、おぼえるほどの。
「……『振り返ることなかれ。戻ることなかれ』」
それでも、行くしかない。後ろに自分の行く道はない。
歩いて、歩いて、ひたすら歩いて。
どれくらい歩いただろうか。瑠璃は、儀式の場である滝壺へと辿り着いた。
「……」
思わず、息を呑む。
岩のあいだを滑る水は、無駄な音を立てることなく、滝壺へと落ちていく。揺らぐ月影。丁寧に磨かれた鏡のような水面に、白く輝く飛沫が躍る。
そこには、痛みさえ忘れるほどに、荘重で幽玄な景色が広がっていた。
じゃり、と。
おもむろに一歩を踏み出す。
この滝壺に身を沈めることこそ、己が役目。
「……龍神様」
打掛が濡れることも顧みず、清冽な水の中へと足を進める。肌を突き刺す冷たさに耐えながら、瑠璃は玲瓏な声で龍神に語りかけた。
「この身、お返しいたします」
ざぷ・ん
月明かり差し込む水底は、すみずみまで見渡すことができた。
一抹の不安が、再度瑠璃の脳裡をよぎる。
こんなにきれいな場所で、醜い自分が死んでもいいのだろうか。神聖なこの場所を、穢してしまわないだろうか。
龍神様。どうか、どうか、村を守ってください。どうか、どうか、自分を役立ててください。父のためにも。母のためにも。どうか、どうか——。
ごぽっ、と。
こらえきれず、瑠璃は口を開けた。意志に反し、身体が悲鳴を上げる。
肺が痛い。息ができない。……苦しい。
きらっ、と。
仄暗い視界の端で、何かが煌めいた。
——きれ、い……。
意識が閉ざされる寸前。
瑠璃の瞳が映じたのは、一匹の美しい白龍だった。
「……ん……あっ……」
細い首筋を、桜色に熟れた双つの頂を、切なさを孕んだ吐息が渡っていく。彼の舌先が触れるたびに、少女の皮膚は甘く痺れた。
「……っ、馴染んできたな。痛みはないか?」
「は、ぁ……、だ、大丈夫、です……っ」
彼の問いに、少女は漏れ出る声でなんとか言葉を紡いだ。
ずぷずぷと、濡れた粘膜の擦れる音が寝台の上に響く。燭台の灯りに照らされ、光沢を放つ白絹の褥。淡く差し込む満月の光が、滴り落ちた染みを妖艶に映し出す。
つい先ほど味わった破瓜の痛みは、しだいに快感へと変わっていった。
「ふっ……んぁっ」
彼の猛りが、奥へ奥へと突き進んでいく。徐々に速まる抽送。それを呑み込まんと、少女の内側が波のように蠕動する。気持ちよくて、でもどこか怖くて、必死で彼にしがみついた。
諦めていた。生きることを。
醜い自分は、ひとり孤独に死んでゆくのだと。
「……瑠璃」
膣内で熱が迸る。まばゆい閃光がひらめく。
刹那。
「お前は、何よりも美しい」
少女の目から、涙が零れた。
◇ ◆ ◇
「支度はできたか」
「……はい」
東の空に、満月がのぼる頃。
二度と辿ることのない道を、今まさに、瑠璃は歩まんとしていた。
純白の打掛を身に纏い、紅を差し、たったひとりで村を発つ。参進する者など、誰もいない。
「おぬしには申し訳ないと思っておる。じゃが、村の掟は絶対。ここで終わらせるわけにはいかん」
「わかっています、長。……この身を龍神様にお返しし、御霊となって、この土地をお守りいたします」
「頼んだぞ、瑠璃。『振り返ることなかれ。戻ることなかれ』」
鈴を鳴らしつ見送る長に深々とお辞儀をすると、瑠璃は生まれ育った村に別れを告げた。
身ひとつ。月明かりが照らす小道を、褄をとってゆっくりと進む。打掛の重さなど感じるひまもないほどに、足取りは重かった。
べつに打掛など用意してくれなくてもよかったのにと、瑠璃は思った。どうせ滝壺に着く頃には駄目になってしまっているのだ。この絹の光沢も、精緻な鶴の刺繍も。
これを纏って行くのは、慣習なのだと言われた。おそらく、歴代の長たちの、せめてもの手向けなのだろう。花嫁になること叶わない娘に対する、せめてもの。
十二年に一度。満月の夜に村の娘をひとり、龍神へ捧げる。
物心つく前から、この地は龍神によって守られているのだと教えられた。村が戦に巻き込まれることなく存続してこられたのは、滝に住まう龍神のおかげ。その謝礼として、十二年ごとに、若い娘をひとり捧げるのだと。
要は生贄なのだ。村のためにと、死を宣告された——。
俯いて歩いていると、瑠璃の足元に長い影が伸びてきた。暗い顔を持ち上げる。そこには、白い鳥居が立っていた。
ここから先は、清浄な神域。龍神を信仰する村の者でさえも、立ち入ることのできない領域だ。
「みんな、どんな気持ちで、ここをくぐったんだろう……」
先代の彼女は、いったい何を思っていたのだろうか。今の自分と同じような心境だったのだろうか。
……否、きっと違う。先代も、先々代も、選ばれたくなどなかったはずだ。
生きたかったはずなのだ。自分とは違って。
生きることを諦めた、孤独な自分とは違って。
瑠璃は、そっと顔の左半分に自身の手を当てた。白粉でも隠しきれないほどの黒い痣を、冷えた指先でさする。
村医者から〝死斑病〟だと告げられたのは十年前。両親がはやり病で死んだ直後のことだった。
当初は目の周囲だけだったこの痣も、今では胸の辺りにまで広がった。内臓をも脅かす病。治す術などない。ときどき肺が痛むゆえ、そう遠くないうちに命を落とすのだろう。
「死に場所があるだけ、いいのかも」
自嘲気味にそう呟くと、瑠璃はその白い鳥居をくぐった。
煌々と輝く満月の下。かすかに滝の音が聞こえてきた。梢を揺らす夜風の冷たさに肩をすくませ、その音の根へと続く坂道をのぼる。
死ぬことは怖くない。どのみち長くは生きられない。
唯一懸念されるのは、こんな醜い姿を、龍神が納得して受け取ってくれるのかということだ。普通とは大きく異なる見た目。不気味ささえ、おぼえるほどの。
「……『振り返ることなかれ。戻ることなかれ』」
それでも、行くしかない。後ろに自分の行く道はない。
歩いて、歩いて、ひたすら歩いて。
どれくらい歩いただろうか。瑠璃は、儀式の場である滝壺へと辿り着いた。
「……」
思わず、息を呑む。
岩のあいだを滑る水は、無駄な音を立てることなく、滝壺へと落ちていく。揺らぐ月影。丁寧に磨かれた鏡のような水面に、白く輝く飛沫が躍る。
そこには、痛みさえ忘れるほどに、荘重で幽玄な景色が広がっていた。
じゃり、と。
おもむろに一歩を踏み出す。
この滝壺に身を沈めることこそ、己が役目。
「……龍神様」
打掛が濡れることも顧みず、清冽な水の中へと足を進める。肌を突き刺す冷たさに耐えながら、瑠璃は玲瓏な声で龍神に語りかけた。
「この身、お返しいたします」
ざぷ・ん
月明かり差し込む水底は、すみずみまで見渡すことができた。
一抹の不安が、再度瑠璃の脳裡をよぎる。
こんなにきれいな場所で、醜い自分が死んでもいいのだろうか。神聖なこの場所を、穢してしまわないだろうか。
龍神様。どうか、どうか、村を守ってください。どうか、どうか、自分を役立ててください。父のためにも。母のためにも。どうか、どうか——。
ごぽっ、と。
こらえきれず、瑠璃は口を開けた。意志に反し、身体が悲鳴を上げる。
肺が痛い。息ができない。……苦しい。
きらっ、と。
仄暗い視界の端で、何かが煌めいた。
——きれ、い……。
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