【R18】月華の夜、龍と贄はつがいとなりて

琴音 結月

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第陸話:瑠璃色の夜明け

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 社に降り立った珀は、ゆっくりと瑠璃を背から下ろすと、人型となったその腕で強く抱き締めた。
 冷え切った瑠璃の身体に、珀の熱が伝わる。
「大丈夫か」
「……はい」
「そうか。……怖かっただろう」
 自身を殺そうとした村長むらおさのことか。それとも、龍へと姿を変え、激昂した珀自身のことか。
 珀のこの言葉で、一連の出来事が瑠璃の脳裏に鮮明に蘇った。
 怖くなかったといえば嘘になる。けれど、それ以上に、もう二度と珀と会えなくなってしまうことのほうが、ずっと怖かった。
 嗚咽を噛み殺し、ふるふるとかぶりを振る。そんな瑠璃を、珀はさらにきつく腕の中へ閉じ込めた。
「二度と……俺の前から、いなくならないでくれ」
 瑠璃の耳元で、弱々しく響く珀の声。心なしか震えるそれで紡がれたのは、切なる彼の願いだった。
 瑠璃は、黙って頷いた。何度も頷き、彼の胸元に顔を押しつけた。彼のぬくもりが、白檀のような甘く気高い香りが、身体の内側にじわりと染み込んでいく。
 鼓動と鼓動が重なる。唇と唇が、重なる。
 気持ちが落ち着きを取り戻した頃。
 心にかかっていたあることを珀に問うため、瑠璃は意を決して口を開いた。
「あ、あの……」
「……どうした?」
「あの……っ、長の言っていた、二百年ほど前に起こったという出来事を、聞かせていただけませんか……?」
 珀の表情が、わずかに翳る。
 この出来事は、おそらく珀にとって、凄絶な痛みを伴うものなのだろう。記憶に触れるのもおぞまましいほどの。
 だが、優しい彼の内なる怒り、その背景にある悲しみを感取していた瑠璃は、どうしても知りたいと思ってしまった。
 好奇心などではない。彼の痛みを共有し、彼に寄り添いたいという想いと覚悟。
 しばし沈黙した後。
 珀は、深く息を吐き出すと、静かに語り始めた。
「あれは、俺の咎だ。……俺が村に戻したせいで、娘は死んだ」
 それは、瑠璃と同じく贄として選ばれ、同じく村の理不尽な因習に翻弄された娘の無念。そして、その悲劇の影を、誰にも知られることなく二百年以上も抱え続けてきた珀の孤独。
 珀の紡ぐ言葉のひとつひとつが、瑠璃の胸に重く圧しかかる。今度は、瑠璃が珀を抱き締める番だった。
「……ずっと、おひとりで抱えておられたのですね」
 目尻に涙を溜め、小さな身体で、精いっぱい、包み込むように腕を回す。
「貴方のせいではありません。貴方は、村に帰りたいという彼女の気持ちを、ただ重んじただけではありませんか」
 珀の過去を知り、彼の痛みに触れたことで、瑠璃の中で何かが確実に変わった。
 畏敬だけではない。ひと筋の光。
 長い長い闇を照らす、確かな愛。
「わたしは、村には戻りません。この先、たとえ短い時間だとしても……貴方のおそばに、いさせてください」
 つっと。まるで、星が流れるように。瑠璃の頬を、一縷の雫が伝っていく。
 珀の瞳が、わずかに揺れた。
「……っ、瑠璃……!」
 琥珀色の虹彩の奥に、激しい焔が明滅する。
 情愛と痛みが混ざり合った、まさしく独占欲の表徴ともいうべき焔。腕の中の何よりも愛おしい存在に、心が軋む。
 珀は、すっと手を伸ばし、熱を孕んだ指先で瑠璃の左頬をそろりとなぞった。
 黒い痣を、慈しむように指の腹でさする。それから、顎へと滑らせ、くすぐるように撫でると、先ほど口づけたばかりの柔らかな口元に触れた。
 開かれそうになる瑠璃の唇に、自身のそれをふたたび重ねる。一度目よりも舌をさらに深く絡め、貪るように口内を探った。
 乱れた息づかい。
 身体が、火照る。
「……んっ、ふ、ぅ……」
 瑠璃の朱唇しゅしんからまろび出る甘い声に、珀の雄が熱くしなった。根元から駆けのぼる疼き。先端は、瑠璃のぬくもりを求め、ずくずくと脈打っている。
 名残惜しそうに舌をほどけば、ふたりのあいだに光る銀糸が架かった。
 珀は、瑠璃を抱き上げると、社の奥へと向かった。昨夜をともにした寝台の上に瑠璃を横たえ、はだけた小袖に手をかける。
 目と目がぶつかる。さながら時が止まったかのような静寂。珀の無言の問いかけに、瑠璃は無言で肯いた。
 と、次の瞬間。
 珀の手によって剥がされた着物が、はらりと床に落とされた。
「やはり……お前は、何よりも美しい」
 露わとなった瑠璃の肢体を眺めながら、陶然と噛みしめるように珀が告げる。そうして瑠璃の上に覆い被さると、珀は胸元の黒い痣を舌先で辿った。
「ひ、ぁ……っ!」
 珀の舌が触れるたび、痣の部分が甘美な刺激で満たされていく。
 痛みが和らぐのとは違う不思議な感覚が、瑠璃の中に芽生えていた。まるで、身体の内側から、何かが浄化されていくような。
 そして。
「あぁっ!!」
 珀の舌は、瑠璃の熟れた花芽へと押し当てられた。
 ぢゅっと、音を立てて幾度も吸い上げる。堪らず浮き上がった瑠璃の腰を支えると、熟れて敏感になった襞の奥に、そのまま舌を滑り込ませた。
「やっ、んぅ、あぁ……っ!」
 瑠璃の口から溢れ出る喘ぎ声。愛撫するたびに、花蜜がとめどなく滴り落ちてくる。
 甘く透明なそれを心ゆくまで堪能した後、珀はようやく顔を持ち上げた。
 濡れた口元を手の甲で拭う。裸体を晒した彼の中心では、硬く張り詰めた玉茎が、天を衝かんばかりにそそり立っていた。
「もう一度、俺を受けいれてくれるか」
「はい。……貴方を、たくさん感じさせてください」
 瑠璃のこの言葉に、珀は迷いのない動きで、そそり立ったそれを膣内へと挿入した。
「ん、ぅ……っ」
 熱い刃が、柔らかい肉を割って進んでいく。内側から押し広げられるような圧迫感に、瑠璃は思わず身を捩った。
 ——気持ちいい。
 まもなく深部まで到達した珀の熱い塊に、瑠璃は得も言われぬ多幸感に包まれた。
 魂が震えるほどの充足感に、痛みさえも溶けていく。
「あぁ……っ!」
 瑠璃の反応に、珀の顔が満足げに歪む。
 珀は、瑠璃の腰を掴んだその手に力を込めると、さらに深くまで自身を沈めた。
 身も心も、ふたりのあいだに隙間などない。
「んっ、あっ、あっ」
 褥を濡らす淫靡な水音。
 愛おしむように、しかし容赦なく、珀は律動を刻み込んだ。鋼のような武張りが最奥を穿つたびに、瑠璃の口から乱れた声が上がる。
「……珀さま……っ、珀さまっ!!」
 昂ぶりは極点へと達し、瑠璃の身体が戦慄する。
 全身を貫く快楽。肉と肉のぶつかる音が情欲を煽り、内側からせり上がる狂おしいほどの炎が意識を白濁とさせた。
「……っ、瑠璃……っ!!」
 同時に、珀もまた喉奥で低く唸ると、腰を突き立て射精した。
 どくどくと。拍動に合わせ、灼熱の奔流が瑠璃のはらを埋め尽くす。
 ほのかに張りを湛えた玉茎が奥で揺蕩たゆたい、やがて溢れ出た白い雫が褥に染みを作った。

 轟々と、滝の音が聞こえる。
 どのくらいこうしているだろうか。気づけば、外には十六夜が訪れていた。
 幽玄な月明かりが差し込む中。何やら違和感をおぼえた瑠璃は、自身の左胸に視線を遣った。
「……え?」
 左胸を覆っていたはずの黒い痣が、かろうじて判別できるほどに薄まり、肌に馴染んでいる。感触も、周囲の正常な皮膚とさほど相違ないほどに滑らかだ。
 目を、疑った。
「痣が……」
 震える声で呟く。
 こんなことがあり得るのだろうか。まさか、左頬の痣も……?
 と、いまだ瑠璃と繋がったままとなっていた珀が、ゆっくりと己の半身を引き抜いた。瑠璃の身体を起こし、その不安を拭うように、穏やかな口調で話しかける。
「気づいたか」
「これは、いったい……?」
 瑠璃が尋ねると、珀はわずかに目を伏せた。慎重に言葉を選び、言い淀むように息を継ぐ。
「……龍と契りを交わした人間は、あらゆる病や穢れから解放されると言われている。肉体が純化され、その土地の霊気に溶け込み、龍と同じ時を生きる存在になるのだと」
「……もしかして……わたしは……」
「……じきに、人間ではなくなる」
 これまで珀が瑠璃に伝えることを躊躇っていた真実。それは、生きてはならないとされた瑠璃の運命を覆す、途方もない真実であった。
 そういえば……と、瑠璃は己の身に起きた異変に気がついた。肺、背中、心臓——すべての痛みが、いつのまにか嘘のように消えている。
 戸惑い、瞠目した瑠璃の左頬に、珀の手が触れる。瑠璃自身、厭わしく思っていたその痣も、胸部同様に薄まっていた。
「昨日、俺はお前に何も告げないまま契りを交わした。まぎれもなく、俺の我執だ。……許してくれとは言わない。だが、俺はお前に生きていてほしい」
 愛してる。
 珀は、はっきりとそう言った。
「……」
 生きることを諦めていた。
 この醜い身体で孤独に朽ち果てるのだと、そう、心を殺した。
 それなのに。
 今、瑠璃の前には、絶望を塗り潰すほどの圧倒的な希望が、燦然と輝きを放っている。
 人間ではなくなる——これの意味するところは、すなわち、瑠璃の知る世界のことわりから外れてしまうということなのだろう。
 でも。
 それでも。
「この命が、貴方とともに在り続けられるのなら……たとえどんな変化を遂げようと、わたしは構いません」
 琥珀色の双眸を真っ直ぐに見据え、凛然と瑠璃が告げる。
 迷いなどない。あるのは、永い時を生きる彼が、今にも消えんとしていたこの命を望んでくれたという事実だけ。
 抱き寄せられた瑠璃の肩に落ちる、あたたかな雫。それは、凍てついていた感情がようやく氷解した、龍の涙だった。

 夜が明ける。
 東の空から零れ落ちる朝陽が、社を淡く染める。
 珀の腕の中で目覚めた瑠璃は、おそるおそる自身の左頬に指を這わせた。
 かつて自らを縛りつけていた醜さの刻印は消えた。病に冒され、孤独に死を待つばかりだった少女は、もういない。
 奇跡ではない。愛という名の、確かな現実。
 瑠璃は、そっと珀に寄り添うと、愛しいその胸元に顔をうずめた。これに応えた珀が、瑠璃を優しく抱き返す。


 秋風渡る月華の夜。
 龍と贄は、つがいとなった。


 <了>
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