4 / 10
本編
雨粒ふたつ
翌週も、彼は同じ時間に、同じ席にいた。
目と目が合う。軽く会釈をすると、柔和に微笑み返してくれた。完璧すぎるほど整ったその相貌に、思わず瞳子の心臓がどきりと高鳴る。
この日を境に、会えば自然と席をともにするようになった。
「仕事帰りですか?」
「うん。君は……学生さん?」
「はい。W大の三年です。ここのほうが、家より集中できるから」
彼——明日馬は、日本でも有数の私立大学に籍を置く学生だった。専攻は経営学で、来月二十一歳になるらしい。
聡明で眉目秀麗。礼儀正しく、物腰も柔らか。
だが、距離の詰め方がとにかくまっすぐで、どこか慣れているようにも見受けられた。
それでも、明日馬と過ごす時間は、瞳子にとって確かに意味のあるものだった。
そんなある日。
瞳子は、明日馬から唐突にこんなことを言われた。
「瞳子さんって、笑うと可愛いね」
とくに意識しているわけではなかった。彼との会話が、おのずとそうさせただけ。
彼のひとことに、瞳子の内心は泡立った。軽やかな口調とは裏腹の、真剣でたゆみない眼差し。
その夜は、なかなか眠れなかった。
十代でもない。二十代でもない。いい年をして心揺れ動く自分に、どうしようもなく呆れてしまう。
そうして、数週間後。
ふたりは並んで夜道を歩くようになり、やがて連絡先を交換する仲になった。
明日馬がはじめて瞳子のマンションを訪れたのは、またしても雨の夜だった。
全身を濡らして玄関で佇む彼のその姿に、瞳子の内側で得も言われぬ情動が膨れ上がる。
室内に招き入れ、タオルを手渡す。ぽたぽたと落ちる水滴。彼が無造作に髪をかき上げたその際、腕に刻まれた黒いタトゥーが、はっきりと浮かび上がった。
鷹の翼をモチーフにしているのだろうそれは、さながらトライバルタトゥーのように雄々しかった。
言葉が出なかった。
怖い、とは思わなかった。
地味に生きてきた自分とは真逆の、何にも縛られない自由と強さの象徴。
——綺麗だと、思った。
「見た?」
「……うん」
「……気になった?」
そう言うと、彼は笑って一歩近づいた。濡れた肌と体温が、部屋の空気を塗り替えていく。
「嫌じゃなかったら、もう少しだけ……近くにいってもいい?」
壁際に追い込まれ、にわかに息が詰まる。唇が触れる直前、一瞬だけ動きを止めた彼は、問いかけるように瞳を揺らした。
たとえ言葉にしなくても……恋愛経験の乏しい地味な自分にも、わかる。これから彼にされること。これから、彼と一緒にすること。
瞳子は、明日馬の腕に、そっと指を這わせた。
けっして流されたわけではない。みずから踏み出したのだ。
見上げた瞳子の肩口に、彼の前髪から雫が滴り落ちた。しなやかな指先がそれをなぞり、形のいい唇が後を追いかける。
ボートネックのニットの下。鎖骨のくぼみを、ぢゅっと音を立てて吸い上げた。
「綺麗だよ、瞳子さん」
全身を満たす、甘い毒。
彼の手が首筋から肩へと滑り、張りついた髪を取り払うと、瞳子の白い肌に無数の赤い花が咲き乱れた。
どのくらいの時間が経っただろう。
気づけば、ふたりの距離など、すべて消えていた。
「あっ、んぅっ」
抱き合ったままなだれ込んだシーツの上。ギシギシと苦しげに軋みながらも、ベッドはふたりの激しい衝動を受け止めた。
薄い膜に包まれた彼の熱い塊が、とろとろになった瞳子の内壁を抉るように連打する。
「や、ん、あぁ……っ」
絡まる水音。浅くなる呼吸。洩れ出る嬌声。
言葉は必要なかった。ただ、互いの熱を確かめるように、激しく求め合った。
腰を打ちつける速度が上がる。
感度が、限界まで膨れ上がる。
「はっ、ぁ」
彼の吐く息が、艶かしい湯気となって瞳子の喉元を濡らす。その一瞬の隙に、深く、さらに深く、彼は腰を沈み込ませた。
「あぁぁ……っ!!」
最奥を穿たれた瞳子の声が、室内の空気を劈いた。
連鎖する快感の波が重なり合い、やがてひとつに溶け合う。
深夜の静寂に包まれて。
彼の体温に抱かれた瞳子は、心の中で言い訳を繰り返していた。
——これは、たまたま。
——きっと、これっきり。
けれど、このときすでに、瞳子は気づいていたのだ。
この夜に、すべて覆されてしまったということを。
目と目が合う。軽く会釈をすると、柔和に微笑み返してくれた。完璧すぎるほど整ったその相貌に、思わず瞳子の心臓がどきりと高鳴る。
この日を境に、会えば自然と席をともにするようになった。
「仕事帰りですか?」
「うん。君は……学生さん?」
「はい。W大の三年です。ここのほうが、家より集中できるから」
彼——明日馬は、日本でも有数の私立大学に籍を置く学生だった。専攻は経営学で、来月二十一歳になるらしい。
聡明で眉目秀麗。礼儀正しく、物腰も柔らか。
だが、距離の詰め方がとにかくまっすぐで、どこか慣れているようにも見受けられた。
それでも、明日馬と過ごす時間は、瞳子にとって確かに意味のあるものだった。
そんなある日。
瞳子は、明日馬から唐突にこんなことを言われた。
「瞳子さんって、笑うと可愛いね」
とくに意識しているわけではなかった。彼との会話が、おのずとそうさせただけ。
彼のひとことに、瞳子の内心は泡立った。軽やかな口調とは裏腹の、真剣でたゆみない眼差し。
その夜は、なかなか眠れなかった。
十代でもない。二十代でもない。いい年をして心揺れ動く自分に、どうしようもなく呆れてしまう。
そうして、数週間後。
ふたりは並んで夜道を歩くようになり、やがて連絡先を交換する仲になった。
明日馬がはじめて瞳子のマンションを訪れたのは、またしても雨の夜だった。
全身を濡らして玄関で佇む彼のその姿に、瞳子の内側で得も言われぬ情動が膨れ上がる。
室内に招き入れ、タオルを手渡す。ぽたぽたと落ちる水滴。彼が無造作に髪をかき上げたその際、腕に刻まれた黒いタトゥーが、はっきりと浮かび上がった。
鷹の翼をモチーフにしているのだろうそれは、さながらトライバルタトゥーのように雄々しかった。
言葉が出なかった。
怖い、とは思わなかった。
地味に生きてきた自分とは真逆の、何にも縛られない自由と強さの象徴。
——綺麗だと、思った。
「見た?」
「……うん」
「……気になった?」
そう言うと、彼は笑って一歩近づいた。濡れた肌と体温が、部屋の空気を塗り替えていく。
「嫌じゃなかったら、もう少しだけ……近くにいってもいい?」
壁際に追い込まれ、にわかに息が詰まる。唇が触れる直前、一瞬だけ動きを止めた彼は、問いかけるように瞳を揺らした。
たとえ言葉にしなくても……恋愛経験の乏しい地味な自分にも、わかる。これから彼にされること。これから、彼と一緒にすること。
瞳子は、明日馬の腕に、そっと指を這わせた。
けっして流されたわけではない。みずから踏み出したのだ。
見上げた瞳子の肩口に、彼の前髪から雫が滴り落ちた。しなやかな指先がそれをなぞり、形のいい唇が後を追いかける。
ボートネックのニットの下。鎖骨のくぼみを、ぢゅっと音を立てて吸い上げた。
「綺麗だよ、瞳子さん」
全身を満たす、甘い毒。
彼の手が首筋から肩へと滑り、張りついた髪を取り払うと、瞳子の白い肌に無数の赤い花が咲き乱れた。
どのくらいの時間が経っただろう。
気づけば、ふたりの距離など、すべて消えていた。
「あっ、んぅっ」
抱き合ったままなだれ込んだシーツの上。ギシギシと苦しげに軋みながらも、ベッドはふたりの激しい衝動を受け止めた。
薄い膜に包まれた彼の熱い塊が、とろとろになった瞳子の内壁を抉るように連打する。
「や、ん、あぁ……っ」
絡まる水音。浅くなる呼吸。洩れ出る嬌声。
言葉は必要なかった。ただ、互いの熱を確かめるように、激しく求め合った。
腰を打ちつける速度が上がる。
感度が、限界まで膨れ上がる。
「はっ、ぁ」
彼の吐く息が、艶かしい湯気となって瞳子の喉元を濡らす。その一瞬の隙に、深く、さらに深く、彼は腰を沈み込ませた。
「あぁぁ……っ!!」
最奥を穿たれた瞳子の声が、室内の空気を劈いた。
連鎖する快感の波が重なり合い、やがてひとつに溶け合う。
深夜の静寂に包まれて。
彼の体温に抱かれた瞳子は、心の中で言い訳を繰り返していた。
——これは、たまたま。
——きっと、これっきり。
けれど、このときすでに、瞳子は気づいていたのだ。
この夜に、すべて覆されてしまったということを。
あなたにおすすめの小説
義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった
くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。
血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。
夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。
「……涼介くん」
薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。
逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。
夜、来て。
その一言が——涼介の、全部を壊した。
甘くて、苦しくて、止まれない。
これは、ある夏の、秘密の話。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
ホストな彼と別れようとしたお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレ男子に捕まるお話です。
あるいは最終的にお互いに溺れていくお話です。
御都合主義のハッピーエンドのSSです。
小説家になろう様でも投稿しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
旦那様の愛が重い
おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。
毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。
他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。
甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。
本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。