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本編
雨粒×××
⊹₊⟡⋆˚⊹₊⟡⋆˚⊹₊⟡⋆˚⊹₊⟡⋆˚⊹₊⟡⋆˚⊹
彼女の部屋は、あたたかい。
扉を開けた瞬間、かすかに立ちのぼる香りが鼻先をくすぐる。
シャンプー。柔軟剤。それから、彼女のお気に入りのアロマ。
吸い込むたび、不思議と肩の力が抜けていく。
最初に言葉を交わしたのは、あの雨の夜だった。けれど、彼女のことは、以前からずっと知っていた。
大学近くのカフェで視界に入るたび、なぜだか目が離せなかった。
店員に返す柔らかな笑みや、頼んだものが届いたときの小さなお礼。そんなさりげない仕草に、自然と心が惹かれていった。
声をかける理由もきっかけもないまま、ただ遠くから目で追うだけの日々。
そんな中、偶然にも、彼女が落とした書類を拾い上げた——それが、ようやく訪れた接点だった。
『今から行ってもいい?』
送信ボタンを押すまでに、何度も指が止まる。
短いその一文に、どれだけの「会いたい」を込めているか……きっと、彼女は知らない。
ベッドの上で頬を染め、身を預けてくる彼女を抱き締めながら、強く思う。
できることなら一緒にいたい。このままずっと離したくない。
だが、その想いを言葉にするには、あまりに距離がありすぎた。
年下だから。遊びだと思われているかもしれないから。何より、彼女の心の奥に分厚い壁があることを、自分は知っている。
好きになってはいけない——そう、彼女は自身に言い聞かせているようだった。おそらく、もっとも大きな障壁は、年の差なのだろう。
気にする必要なんてないのに、と思う。けれど、無理に壁を壊せば、彼女は自分のもとを去っていく気がした。
彼女の中に根づく自己評価の低さと、他人を優先する癖。その優しさが、ときに彼女自身を深く傷つけていることが、ひどくもどかしかった。
疲れ果てた彼女が、静かに寝息を立てる頃。
細くて柔らかいその髪を、撫でるように梳いていく。その感触が、てのひらに残る体温が、たまらなく愛おしい。
彼女がまだ、自分の気持ちを知らないことが、少しだけ切なかった。
胸が詰まるような焦燥感。彼女と繋がっていても、その眼差しは、どこか遠くを見ているようで。
「……俺じゃ、だめなのかな」
呟いた言葉は、誰にも届かず、部屋の闇に沈んでいった。
タトゥーを入れたとき、世間の目が厳しくなることは覚悟していた。偏見も、誤解も、すべて承知のうえだ。
にもかかわらず、彼女は怖がらなかった。怖がらずに、自分のことを受けいれてくれた。
渇ききったこの劣情ごと、すべて。
胸の奥が熱くなった。彼女の存在は、自分にとっての〝光〟そのもの——。
彼女の手が、まどろみの中でシーツを辿る。眠っているはずなのに、そっとこちらへ伸びてくる。
その一瞬の無意識に、焦燥がわずかな希望に変わる。
彼女の指に自分のそれを絡める。
急がない。急かさない。
いつか必ず、この手を離さずにいられる日が来ると、信じているから。
だから今夜も言葉を呑み込み、彼女を抱き締める。
触れ合うことで、彼女の心が自分に堕ちてくるその瞬間を、ただひたすらに待ち続けて。
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彼女の部屋は、あたたかい。
扉を開けた瞬間、かすかに立ちのぼる香りが鼻先をくすぐる。
シャンプー。柔軟剤。それから、彼女のお気に入りのアロマ。
吸い込むたび、不思議と肩の力が抜けていく。
最初に言葉を交わしたのは、あの雨の夜だった。けれど、彼女のことは、以前からずっと知っていた。
大学近くのカフェで視界に入るたび、なぜだか目が離せなかった。
店員に返す柔らかな笑みや、頼んだものが届いたときの小さなお礼。そんなさりげない仕草に、自然と心が惹かれていった。
声をかける理由もきっかけもないまま、ただ遠くから目で追うだけの日々。
そんな中、偶然にも、彼女が落とした書類を拾い上げた——それが、ようやく訪れた接点だった。
『今から行ってもいい?』
送信ボタンを押すまでに、何度も指が止まる。
短いその一文に、どれだけの「会いたい」を込めているか……きっと、彼女は知らない。
ベッドの上で頬を染め、身を預けてくる彼女を抱き締めながら、強く思う。
できることなら一緒にいたい。このままずっと離したくない。
だが、その想いを言葉にするには、あまりに距離がありすぎた。
年下だから。遊びだと思われているかもしれないから。何より、彼女の心の奥に分厚い壁があることを、自分は知っている。
好きになってはいけない——そう、彼女は自身に言い聞かせているようだった。おそらく、もっとも大きな障壁は、年の差なのだろう。
気にする必要なんてないのに、と思う。けれど、無理に壁を壊せば、彼女は自分のもとを去っていく気がした。
彼女の中に根づく自己評価の低さと、他人を優先する癖。その優しさが、ときに彼女自身を深く傷つけていることが、ひどくもどかしかった。
疲れ果てた彼女が、静かに寝息を立てる頃。
細くて柔らかいその髪を、撫でるように梳いていく。その感触が、てのひらに残る体温が、たまらなく愛おしい。
彼女がまだ、自分の気持ちを知らないことが、少しだけ切なかった。
胸が詰まるような焦燥感。彼女と繋がっていても、その眼差しは、どこか遠くを見ているようで。
「……俺じゃ、だめなのかな」
呟いた言葉は、誰にも届かず、部屋の闇に沈んでいった。
タトゥーを入れたとき、世間の目が厳しくなることは覚悟していた。偏見も、誤解も、すべて承知のうえだ。
にもかかわらず、彼女は怖がらなかった。怖がらずに、自分のことを受けいれてくれた。
渇ききったこの劣情ごと、すべて。
胸の奥が熱くなった。彼女の存在は、自分にとっての〝光〟そのもの——。
彼女の手が、まどろみの中でシーツを辿る。眠っているはずなのに、そっとこちらへ伸びてくる。
その一瞬の無意識に、焦燥がわずかな希望に変わる。
彼女の指に自分のそれを絡める。
急がない。急かさない。
いつか必ず、この手を離さずにいられる日が来ると、信じているから。
だから今夜も言葉を呑み込み、彼女を抱き締める。
触れ合うことで、彼女の心が自分に堕ちてくるその瞬間を、ただひたすらに待ち続けて。
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