【R18】堕ちるまであと少し

琴音 結月

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後日談:陽だまりと水たまり

中編

 瞳子と絢子は、双子でありながら真逆だった。
 さながら陰と陽。生まれながらに華やかで自由奔放な絢子は、思春期にはひと足先に派手なネイルやファッションに身を包み、ことあるごとに父親と激しく対立した。
 普通科ではなく美術科に。大学ではなく専門学校に。
 瞳子が進路に関して父親から咎められたことはない。それでも、誰に対しても自身の意見をはっきり主張できる妹のことを、瞳子は羨ましく思い、そして尊敬していた。
 周囲から求められるのは、いつも絢子の華やかさ。そのたび瞳子は「堅実で真面目に生きる」という役割に徹し、それが自分なのだと思い込むようにした。


 ⊹₊⟡⋆˚⊹₊⟡⋆˚⊹₊⟡⋆˚⊹₊⟡⋆˚⊹₊⟡⋆˚⊹


「いらっしゃ——瞳子!」
 絢子から連絡を受けた数日後。
 瞳子は、仕事帰りに絢子が務めるネイルサロンへと赴いた。
 白を基調とした内装に、海外製のアンティークなガラス小物や観葉植物がさりげなく配置されている。
 まさに癒しの空間。
 控えめなペンダントライトに照らされたそこは、さながら都会の喧騒から切り離された別世界のようだ。
「来てくれたんだ! 仕事、定時で終われたの?」
「うん。……予約してないけど、大丈夫?」
「もちろんだよ! さあ、こちらへどうぞ」
 明るく弾んだ声。
 スタッフ然とした態度で瞳子を椅子に案内すると、絢子はその向かい側に座り、さっそく施術に取りかかった。爪の形を丁寧に整え、表面のつやを調整していく。
 どうやら、瞳子に施すネイルのデザインは、すでに細部まで固まっているらしい。
「会うの久しぶりだよね。元気そうでよかった」
「うん。わたしも、絢子が元気そうで安心した」
 姉妹がこうして話をするのは、年始以来およそ十ヶ月ぶり。
 それぞれ折に触れ帰省してはいるものの、社会人ゆえに時間が合わず、なかなか顔を合わせる機会もなかった。
 けれど、ひとたび会話を始めれば、離れていた時間など微塵も感じさせないほどに呼吸が揃う。
 と、そのとき。
「……瞳子、メイク変えた? なんか顔がくっきりして見える」
 唐突で率直な絢子の指摘に、瞳子の胸が大きく波打った。
「え! あ……少し、だけ」
「いいじゃんいいじゃん。すっごい似合ってるよ。瞳子はもっとお洒落したほうがいいって。美人なのにもったいない」
 屈託のない絢子の言葉に、少しだけ頬を緩める。「絢子のほうが……」という言葉は、呑み込んだ。
 卑屈になりたくない。そう思えるようになったのは、間違いなく、明日馬のおかげだ。
 しかし、次に絢子の口から放たれた言葉に、瞳子の心臓は激しく飛び跳ねた。
「ひょっとして、彼氏でもできた?」
「…………えぇっ!?」
「なっ……えぇっ!?」
 互いに顔を見合わせ、目を見開いて声を合わせる。二卵性とはいえ、こういうところはしっかり双子だ。
 沈黙が、うっすらと漂う。
 この間も、絢子が手を止めることはなかった。さすがはプロフェッショナル。動揺が手元に影響を及ぼすことはない。
「マジかー。半分くらい冗談のつもりだったんだけど……えっ、どんな人?」
 先に口を開いたのは絢子だった。驚きつつも、やはり姉の恋愛事情には興味津々の様子。
 妹にどんなふうに思われるか……怖くないわけではない。けれど、今さら隠すのはナンセンスだ。
 深く息を吐く。
 覚悟を決めた瞳子は、正直に明日馬との関係を話すことにした。
「年下の子」
「おー。いくつ下?」
「……九歳」
「……へ? 九歳って、今……」
「二十一歳。大学、三年生」
「えぇっ!?!??」
 この日一番の大音声だいおんじょうが、店内に響き渡った。ビクッとしたスタッフたちが、一様に双子のほうへと振り向く。
 ほかに客がいなかったことが、不幸中の幸いだ。
「え……騙されてない? 大丈夫?」
「わたしが騙してるんじゃなくて?」
「瞳子にそんなことできるわけないでしょ」
「ふふっ。……大丈夫。わたしなんかより、ずっとしっかりしてる子だよ。この前、バイト先のコンサルタント会社から、正式に社員登用の内定もらったって言ってたし」
「そう、なんだ。……あ、ねえねえ。写真とかないの?」
「写真? スマホのフォルダにあるけど」
 絢子の「見たい!」と言わんばかりの眼力に押され、瞳子は片手でスマホを取り出した。ぎらつく妹に、先日明日馬と水族館に行ったときの写真を見せる。
 瞳子もお気に入りの、彼がコツメカワウソと嬉しそうに触れ合うワンショット。
 芸能事務所の宣材と見まがうほどの仕上がりだ。
「……は? モデル? ルックス爆イケじゃん。え……騙されてない?」
「だからそんな子じゃないってば」
 すると、スマホを見ていたちょうどそのタイミングで、明日馬からメッセージが届いた。プレビューにはひとこと「今夜は俺が夕飯作るから、ゆっくりしてきて」という、彼らしい言葉。
 それを見た絢子は、柔らかな笑みを咲かせると、すぐさま仕上げに取りかかった。
「そっかー。ついに瞳子にも彼氏が……しかもこんなドラマみたいな年下彼氏」
 その声には、驚きよりも、姉に対する深い感慨と愛情がこもっていた。
 開始からおよそ一時間で、施術は無事に完了した。
 透明なクリアベースに、爪先に水色のラインを泳がせたミニマルネイル。右手は中指と薬指、左手は人差し指と中指にそれぞれ添えられたラメが、さりげなくきらめく。
 瞳子にぴったりの、清楚で上品なデザインだ。
「ねえ、瞳子」
「なに?」
 改まった態度で、絢子が呼びかける。
 いつになく真剣な眼差し。瞳子の両手に、華やかに彩られた指が添えられる。
「瞳子はさ、昔から真面目一辺倒で、親に反抗したりとかもなかったじゃない? 周りにも、必要以上に配慮してさ。まあ、半分……以上、あたしの素行のせいなのはわかってるんだけど……それは、ほんと、ごめん。……でも、その子が、瞳子の殻を破ってくれたんだね」
 子どもの頃、いつも家族を気にかけ、自分を押し殺していた瞳子。その影が、今は彼を愛する勇気へと、形を変えている。
「これから、大変なこともあるかもしれないけど……あたしは、ふたりのこと応援してる」
「……うん。ありがとう、絢子」
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