暴君白澤帝の愛し妃〜心読みの乙女は愛を知る〜

春日あざみ

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第一章 人質の花嫁

会食

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「お前か。狩りに参加したいなどと言い出した妃嬪ひひんは」

『牛角女か。まあ、狩りに行きたいなどと言い出すとしたらこいつくらいか』

こちらを見た昊然ハイランの灰色の瞳には、興味の色が宿っている。

「私の故郷では女も狩りをするのです。そのため蓮では女性が通常参加しないものという常識を知らず。無理を申しまして失礼いたしました」

「ほう。お前は、故郷では狩りをするのか」

「はい」

狩りを好まない大風の女もいたが、ツェツェグは自然と剥き出しで対峙するあの瞬間が好きだった。いないもののように扱われていた自分が、きちんと生きていると実感できる瞬間だったから。

「面白い。ではその腕前、見せてみろ」

昊然ハイランは側付きらしき若い宦官に指示し、何かを持って来させた。紫色の布に包まれたそれを、彼はツェツェグに突き出した。

「受け取れ。お前の弓矢だ」

「私の……弓矢?」

「道具もなしに狩りをするつもりか? さっさと受け取れ」

「あ、ありがとうございます」

布に包まれたそれを、ツェツェグは両手で受け取った。ここで開いてもいいかという了承をとって、布を広げてみる。

竹と水牛の角を組み合わせた軽量の弓は、丁寧に作られた良品であった。
構え、弦をひいてみる。大風のものとは違うが、これなら支障なく使えそうである。

「見事な弓ですね。本当に私が頂いてもいいのでしょうか」

「問題ない」

そっけないが、不機嫌さはない。
あんなにおそろしかったはずなのに、普通に会話ができているのが意外だった。

「お前は俺と来い」

『女をひとり烏合の衆の中に放つのは危ないからな』

頭に響いた声に、信じられない思いで瞬きを繰り返す。
暴君が、自分に気遣いを?

「不満か?」

「いえ。お供させていただき、感謝いたします」

灰の瞳がじっとツェツェグを見つめる。思わず首を傾げれば、ふいと顔を背けられた。

『妃嬪というより、宦官と言われたほうがしっくりくる面立ちだな』

——なっ。

「行くぞ。まずは食事をとる」

「あっ、はいっ」

牛角女の次は、宦官呼ばわりか。拒否されなかったのは良かったが、こうも女扱いされないとさすがに落ち込む。

——いや、妃嬪として気に入られたいわけではないから、いいのだけど。

むくれながらも、下賜された弓矢を布に包み、戸口に立っていた凛に預けた。
昊然は迷いのない足取りで館の中を進む。小柄なツェツェグは、彼の胸あたりまでしか身長がない。普通に歩けば置いていかれそうなものだが、思ったほど歩調は変わらなかった。

——まさか、私に合わせてゆっくり歩いてくれている?

宴の会場に着き、当然末席に座らされると思っていたが、用意されていたのは昊然の隣の席。
戸惑って立ち尽くしていると、顎で座るよう指示される。

『一応妃だからな。ここに座らせるしかあるまい』

言葉は少ないが、決してツェツェグを邪険にしない。心声からは、彼が人並みの優しさを持っていることが感じられる。

——これの、どこが暴君? これまでのあれはなんだったの?

想像とは違う昊然の様子に戸惑ううちに、食事が始まり、次々と料理が運ばれてきた。

『白澤帝が妃連れとは。珍しいこともあるものだ。しかも狩の場に』

『あれは誰だ? 見たことのない妃だな』

『えっ、ツェツェグちゃん。なぜあそこに⁈ 大丈夫か、あれ。恐怖で固まってないか?』

雑然と響く心声の中に、とぼけた心声が混じっていて、茶を吹きそうになった。なるべく顔を動かさないようにして、宴会場を見渡せば、景安ジンアンがこちらを凝視している。会釈の一つもしてやりたかったが、妃が自ら皇帝以外の男に声をかけることすら憚られるというのだ。それはまずいだろうと思い直す。

「食べないのか」

気づけば昊然がこちらを見ていた。

「こんなに大勢の人を見たのは初めてだったので。皆様の顔ばかり見てしまっていました」

本心だ。大風でもこうした集まりはあったが、心を読まれることを嫌われ、ツェツェグは除外されていた。女たちが料理に配膳に忙しい中、ずっと隣のユルトテントで、一人で下げられた食器の片付けをさせられていたのだ。

「そうか」

『やはり変わったやつだな。辺境部族といえど、族長の孫娘だろうに』

昊然の心声に、心臓が跳ねる。素性に踏み込まれてボロが出たら、まずい。

「陛下はお召し上がりにならないのですか。とても豪華で美味しそうです」

慌てて話を振れば、彼は顔をしかめた。

「人が多い場所で食事をするのは、極力避けている」

『何が混ぜられているか、わからないからな』

直後、宴席のざわめきが一瞬止まった。初め昊然の発言に周囲が反応したのかと思ったのだが、そうではない。

「おや、これはこれは。皆様お楽しみのところを邪魔したね。遠征の後処理が思ったより長引いて。到着が遅れてしまったよ」

どこか昊然にも似ている声だ。だが彼のものより若く、透明感がある。

泰然タイラン。ずいぶんと遅い到着だな。反乱の算段でもしていたか」

銀の君は、冷ややかな敵意を泰然に向けている。

——あの方は、皇弟殿下……? 顔がそっくりだわ。

彼ら二人の顔の作りは、驚くほど似ている。泰然は黒髪だが、彼が銀色の長い髪をしていたら、双子と言われても納得してしまうだろう。

「戦地でタチの悪い疫病が流行っていてね。おかげで敵方を容易に殲滅することはできたけど。味方にも被害が出てさ。罹患しているものを隔離したり治療したりと、大変だったよ。急げば間に合わせることもできたよ? でも都に疫病を持ち込んだらまずいでしょう?」

珍しい、とツェツェグは目を瞬かせた。この泰然という男、まったく心声が聞こえないのだ。頭の中が混沌としていて、読みづらい人間はたまにいる。ただ、彼は完全なる「無」だった。ツェツェグにとっては初めてのことで、驚きからまじまじと彼の顔を見てしまう。

「おや、兄さん。可愛い子を隣に座らせているね。どうしたの? 紹介してよ」

「お前に紹介する必要などない。宴の輪に加わるなら、早く座るがいい——それとも。この無駄話の間に、暗器でも仕込んでいるのか?」

皇弟の喉元に突きつけられた刃が見えるようだった。
燃えるような憎悪と殺意が、昊然のうちに渦巻いている。だが泰然はそれを楽しそうに眺めると。

「まったく兄さんは困った人だね。怒りっぽいと女の子に嫌われてしまうよ」

それだけ言って、従僕と共に設えられた席へと歩みを進めた。去り際、泰然はツェツェグを一瞥すると、両方の口角を上げて微笑みかける。

『今回の妃嬪はいつ粗相をするのだろうか。また若い肉体に触れられるのが待ちきれない』

途端、おぞましい心声が頭に響き、ツェツェグの表情が凍った。

「どうした」

「いえ」

『しかし牛角の女というのが残念だ。もっと肉付きのいい、色気のある女を連れてきてくれればいいものを』

——また。

今のが妃殺しの実行犯ではないのだろうか。微笑みかけられた瞬間に聞こえたことを考えると、泰然のもの? だが、人間がたくさんいるせいか、声の響きがひしゃげていて特徴が割り出せない。

「おい」

ぐい、と襟元を掴まれて、無理やり顔を引き寄せてきたのは、銀の君。

「何を見ている」

「いえ、あの……人酔いをしてしまって。狩の時間まで下がっても良いでしょうか」

「……そうか」

昊然はあっさりと襟にかけていた手を離し、ツェツェグを解放すると、そばに立っていた武官を呼ぶ。

「侍女の待機する部屋へ送ってやれ。出発の時にまた声をかける」

『人酔いか。辺境とはいろいろと勝手も違うのだろう』

関心のなさそうな顔でツェツェグを一瞥するが、その心のうちに思いやりが見え隠れする。

——本当にわからない。乱暴なところはあるけど、ちゃんと優しい。

想定とは違う彼の本心に、ツェツェグは戸惑っていた。
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みんなの感想(1件)

瀬崎由美
2026.01.02 瀬崎由美

最新話まで一気読みしましたー
丁寧な描写と、練り込まれた設定!さすがです!
この先の展開が全然読めず、更新されるのがとても楽しみです

解除

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