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暗躍
エディントン・ホテルにて
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ヘッドハンターから指定されたのは、都内の「エディントン・ホテル」という一流ホテルのロビーにあるカフェだった。植木でぐるっとカフェエリアが囲まれているようになっているだけの、オープンな雰囲気のお店で、来店客も国際色豊か。長期休みのシーズンというわけでもないので、ビジネスで来日している人が多いのだろう。
スーツ姿の金髪の白人女性、立派な髭を蓄えたアラブ風の男性、サラリーマン風の日本人男性など、一見外国かと思うような多様性ある顔ぶれがそれぞれカフェのテーブルでパソコンを開いている。
時計をチラリとみる。約束の時間五分前だ。席は予約してあるとのことだったので、店員に伝えて案内してもらう。
これまでにないタイプの緊張感で、初めて一人で小船に乗って航海に出たような気分だった。使い込まれてツヤの出たエンジ色のソファーを何席か通り過ぎて、店員が指し示した先の席には、透き通るような青い目を持つ、金髪オールバックの男性が既に私を待っていた。
「Hi Yamanami-sama. I'm John Kimberly. Nice to talking with you face to face. Thank you for taking your time」
「Hi, nice to meet you」
にっこりと、社交辞令の笑顔を顔に貼り付けた。初対面の人との会話は、そんなにうまい方ではない。ましてや相手が外国人のヘッドハンター。小洒落た会話から始めたいところだが、なかなかいい話題が思いつかない。
とりあえず席に座るよう促され、緊張の面持ちでふかふかのソファーに浅く腰掛けた。
「Ah, もし日本語の方が話しやすければ、日本語でも。ただ、僕もたまにexpressionがわからない時もあるので、その時はご容赦ください」
「ええ、ほんとですか? 助かります。ここ最近は英語を話す機会もそんなになかったので、ちゃんと会話ができるか心配していたんです」
一気に緊張が解けて、力が抜けた。日本語でいいのであればありがたい。
「この辺はよく来られるんですか」
柔らかな笑顔で微笑まれて、こちらも釣られて自然な笑顔になる。よく見るとまつ毛まで金色だ。私と同じくらいか、それより少し若いくらいだろうか。海外の人は、どうにも年齢が掴めない。
「実はあまり詳しくないんです。職場の近くは避けたいなと思って、自宅と中間地点のここの駅を希望としてお伝えしただけだったので」
「 I see. そうなんですね。ちなみに、ここのホテルのモンブラン、とても美味しんですよ。コーヒーと一緒にどうですか? It's on me」
「え、いえ、出していただくなんて申し訳ないです。自分の分は、自分で」
「面談時の費用を、ヘッドハンター側で持つのは一般的なことですよ。大丈夫、経費で落ちますから。せっかくですから有効活用してください」
有無を言わさず、ジョンさんは店員を呼び、モンブランとコーヒーを二名分注文した。
「あ、すみません……ありがとうございます」
実は甘いものは結構好きで、モンブランには目がない。経費で落ちるというのであれば、ありがたく奢られることにしよう。
「さて、貴重な帰宅時間を割いていただいているわけですし、早速本題に入りましょう。ビジネスSNSの方で書かれている経歴は拝見していますが、改めて簡単に自己紹介をお願いできますか」
(なるほど、ヘッドハンターとの面談って、こんな面接みたいな感じで始まるのね)
私は面接官に話すように、二分程度で簡潔に自分の経歴を伝えた。人好きのする笑顔で頷きながら私の回答を聞いていたジョンさんは、気になったポイントを小型のノートに書き留めていく。
「Thank you. やっぱり素晴らしいご経歴ですね。部長秘書のボジションについたタイミングで転職をお考えということは、これまでの経理職のプロフェッショナルとしてのキャリアアップを希望されているという理解でよろしいですか」
「はい、そうなんです。今回の異動は新しいキャリアの機会と捉えれば非常に良い機会だと思うのですが、専門性を高めたいという気持ちが強くて」
異動をネガティブに捉えていることをはっきりと伝えてはいけない。あくまで前向きに、自分のキャリアを戦略的に考えた上での結論だということを印象付けられるよう、発言に気をつけた。
ジョンさんは納得したような顔をして、具体的にどんなポジションを希望しているかを私に訊いた。
何度か質問と回答のラリーを返した後で、一通り聞きたいことは聞き終えたのか、彼は革製のカバンからタブレットを取り出し、私の方へ向けて見せた。
「僕が今抱えている案件で言うと、こちらの医薬品大手と、こちらのIT企業が適切ではないかと思います。どちらもキャリアアップ、それに給与アップを狙えるポジションです」
見せられたのは、「Job description」と書かれた書面で、その企業が探している人材に求める経歴や職務内容が記載されていた。確かに今よりもできる職務の幅を広げられるもので、給与も高い。求められるスキルレベルは高いが、挑戦しがいのある仕事だと思った。
「素敵なご提案、ありがとうございます。ぜひ、受けてみたいです」
「My pleasure. では今後の手続きについては、またメールの方でご連絡します。お手数ですがまずは日英で履歴書と職務経歴書をお送りください。すぐに先方へ山並様を推薦させていただきます」
よかった。始まったばかりだが、自分がまだ社会から求められる人間であることがわかって、心の中がじんわりと温かくなった。これまでの出来事で相当自尊心が傷ついていたようで、今うっかり優しい言葉なんて掛けられようものなら、年甲斐もなく泣いてしまいそうだ。
「それで、山並様に一つお願いがあるのですが。御社の会社概要のパンフレットをいただくことは可能でしょうか」
「会社概要ですか」
なぜ、うちの会社概要なんか。そう思って止まっていると、ジョンさんが説明を付け足した。
「今一名、私が担当している求職者の方で、御社のポジションを受けられる方がおりまして。来週お会いするので、面接前にできれば渡したくて。ほら、会社概要見ると、事業の概要がさっと理解できますから。ホームページより、一覧性が高いので」
「はあ……いただいた名刺の住所へお送りすればよろしいですか?」
そう言うと、彼はとびっきりの笑顔で、こう答えた。
「いえ、今週中には先方の感触がわかると思うので、本件のアップデートも含めて、またお会いできますか? その時にお渡しいただければ大丈夫です」
スーツ姿の金髪の白人女性、立派な髭を蓄えたアラブ風の男性、サラリーマン風の日本人男性など、一見外国かと思うような多様性ある顔ぶれがそれぞれカフェのテーブルでパソコンを開いている。
時計をチラリとみる。約束の時間五分前だ。席は予約してあるとのことだったので、店員に伝えて案内してもらう。
これまでにないタイプの緊張感で、初めて一人で小船に乗って航海に出たような気分だった。使い込まれてツヤの出たエンジ色のソファーを何席か通り過ぎて、店員が指し示した先の席には、透き通るような青い目を持つ、金髪オールバックの男性が既に私を待っていた。
「Hi Yamanami-sama. I'm John Kimberly. Nice to talking with you face to face. Thank you for taking your time」
「Hi, nice to meet you」
にっこりと、社交辞令の笑顔を顔に貼り付けた。初対面の人との会話は、そんなにうまい方ではない。ましてや相手が外国人のヘッドハンター。小洒落た会話から始めたいところだが、なかなかいい話題が思いつかない。
とりあえず席に座るよう促され、緊張の面持ちでふかふかのソファーに浅く腰掛けた。
「Ah, もし日本語の方が話しやすければ、日本語でも。ただ、僕もたまにexpressionがわからない時もあるので、その時はご容赦ください」
「ええ、ほんとですか? 助かります。ここ最近は英語を話す機会もそんなになかったので、ちゃんと会話ができるか心配していたんです」
一気に緊張が解けて、力が抜けた。日本語でいいのであればありがたい。
「この辺はよく来られるんですか」
柔らかな笑顔で微笑まれて、こちらも釣られて自然な笑顔になる。よく見るとまつ毛まで金色だ。私と同じくらいか、それより少し若いくらいだろうか。海外の人は、どうにも年齢が掴めない。
「実はあまり詳しくないんです。職場の近くは避けたいなと思って、自宅と中間地点のここの駅を希望としてお伝えしただけだったので」
「 I see. そうなんですね。ちなみに、ここのホテルのモンブラン、とても美味しんですよ。コーヒーと一緒にどうですか? It's on me」
「え、いえ、出していただくなんて申し訳ないです。自分の分は、自分で」
「面談時の費用を、ヘッドハンター側で持つのは一般的なことですよ。大丈夫、経費で落ちますから。せっかくですから有効活用してください」
有無を言わさず、ジョンさんは店員を呼び、モンブランとコーヒーを二名分注文した。
「あ、すみません……ありがとうございます」
実は甘いものは結構好きで、モンブランには目がない。経費で落ちるというのであれば、ありがたく奢られることにしよう。
「さて、貴重な帰宅時間を割いていただいているわけですし、早速本題に入りましょう。ビジネスSNSの方で書かれている経歴は拝見していますが、改めて簡単に自己紹介をお願いできますか」
(なるほど、ヘッドハンターとの面談って、こんな面接みたいな感じで始まるのね)
私は面接官に話すように、二分程度で簡潔に自分の経歴を伝えた。人好きのする笑顔で頷きながら私の回答を聞いていたジョンさんは、気になったポイントを小型のノートに書き留めていく。
「Thank you. やっぱり素晴らしいご経歴ですね。部長秘書のボジションについたタイミングで転職をお考えということは、これまでの経理職のプロフェッショナルとしてのキャリアアップを希望されているという理解でよろしいですか」
「はい、そうなんです。今回の異動は新しいキャリアの機会と捉えれば非常に良い機会だと思うのですが、専門性を高めたいという気持ちが強くて」
異動をネガティブに捉えていることをはっきりと伝えてはいけない。あくまで前向きに、自分のキャリアを戦略的に考えた上での結論だということを印象付けられるよう、発言に気をつけた。
ジョンさんは納得したような顔をして、具体的にどんなポジションを希望しているかを私に訊いた。
何度か質問と回答のラリーを返した後で、一通り聞きたいことは聞き終えたのか、彼は革製のカバンからタブレットを取り出し、私の方へ向けて見せた。
「僕が今抱えている案件で言うと、こちらの医薬品大手と、こちらのIT企業が適切ではないかと思います。どちらもキャリアアップ、それに給与アップを狙えるポジションです」
見せられたのは、「Job description」と書かれた書面で、その企業が探している人材に求める経歴や職務内容が記載されていた。確かに今よりもできる職務の幅を広げられるもので、給与も高い。求められるスキルレベルは高いが、挑戦しがいのある仕事だと思った。
「素敵なご提案、ありがとうございます。ぜひ、受けてみたいです」
「My pleasure. では今後の手続きについては、またメールの方でご連絡します。お手数ですがまずは日英で履歴書と職務経歴書をお送りください。すぐに先方へ山並様を推薦させていただきます」
よかった。始まったばかりだが、自分がまだ社会から求められる人間であることがわかって、心の中がじんわりと温かくなった。これまでの出来事で相当自尊心が傷ついていたようで、今うっかり優しい言葉なんて掛けられようものなら、年甲斐もなく泣いてしまいそうだ。
「それで、山並様に一つお願いがあるのですが。御社の会社概要のパンフレットをいただくことは可能でしょうか」
「会社概要ですか」
なぜ、うちの会社概要なんか。そう思って止まっていると、ジョンさんが説明を付け足した。
「今一名、私が担当している求職者の方で、御社のポジションを受けられる方がおりまして。来週お会いするので、面接前にできれば渡したくて。ほら、会社概要見ると、事業の概要がさっと理解できますから。ホームページより、一覧性が高いので」
「はあ……いただいた名刺の住所へお送りすればよろしいですか?」
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