19 / 29
動き出す
内通者
しおりを挟む
「どうする? お酒にする? それとも、とりあえずあったかいコーヒーでも貰っとく?」
杉原さんは、まるで泣いている子どもに話しかけるように、穏やかな口調でそう聞いてくれた。先程受けた恐怖がまだ体の端々に残っていて、お酒を飲む気にはなれなくて。とりあえず冷え切った体を温めようと、熱いコーヒーをいただくことにした。
オーダーを終えると、彼は自分のカバンから封筒を取り出し、ジョン・キンバリーから奪い返した書類を私に返してくれた。
「はい、これ。本当に機密情報だとしたら俺が見ちゃまずいだろうから、忘れないうちに返しておくよ。ただ、ちょっと書類の内容を見て欲しいんだ」
心臓が嫌な音を立てて鳴り始めた。杉原さんから封筒を受け取り、中身を確認する。山崎さんと一緒に会社概要を確認したつもりだったが、もしかしたら挟み込まれている書類を見逃していたのかもしれない。それかデスクに置いたときに、うっかり他の書類を挟み込んでしまったのかも。
なんだか自分のミスを、改めて目の前に突きつけられているようで、吐き気がしてきた。手の震えがぶり返し、顔面から再び血の気が抜けていく。
恐る恐る、震える手でパンフレットを取り出し、その中に挟まれている「機密書類」を引き抜いた。A4五枚程度がホッチキス止めされているもので、見慣れない書式のものだった。
「あれ? 何これ」
挟まれていた書類は、一枚目の表紙は何かの設計図の詳細資料っぽく作られていたのだが、二枚目以降はデタラメな日本語が羅列されているだけのものだった。
内容を読んでみたが、どう見てもうちの製品の設計図などではなく、うちの部で扱っている書類でさえもなかった。
「見て大丈夫?」
「……はい、これ、どう見ても機密書類とかではないです」
私から受け取った書類を注意深く、隅々まで確認した杉原さんは、眉間に皺を寄せ、少し考えたあと、私の目を真っ直ぐに見つめて話し始めた。
「この会社概要のパンフレット、山並さん以外に誰が触ったかわかる?」
「職場の先輩にもらったものなので、その人は触っていましたが、『やっぱり使わなかったとかで、書類を挟み込んだまま戻す人がいるから』とかで、手渡されたその場で、何も挟み込まれていないことを、その人と一緒に確認したんです」
「……なるほど。そのあとは?」
「汚れないようにすぐに封筒に入れて、デスクの上にしばらく置いていました。パンフレットを入手した後、すぐに呼び出しがかかってたので。デスクの上に置いてから、カバンにしまうまでは、四時間以上そこに置いたままだったと思います……」
「山並さんのデスクって、頻繁に人の行き来はあるの?」
「……基本、今は秘書兼雑用係なので……シュレッダーしてほしい書類の山とか、しまっておいてほしい物品の山とかが、どかどか私のデスクに置かれるんですよね……だから、人の行き来は多い場所なんです」
よく考えたら、この人には経理職から秘書職に異動したことは言っていなかったかもしれない。しかしそのことに対して反応はなく、何やら思案顔で私に質問を続けてきた。
「もし、よかったらなんだけど。俺、友達に指紋鑑定の仕事をしてるやつがいて。その書類、見てもらおうか。数枚だし、俺の頼みなら費用をかけずにやってくれると思うんだ」
「えっ、そんな指紋鑑定だなんて」
「だってさ、山並さん。そんな書類自分で挟み込んだ覚えないんでしょ。それってつまり、さっきの金髪のお兄さんと結託して、山並さんをはめようとした人がいたってことだよ––––社内に」
信じられない出来事が目の前で起こって、完全に思考停止に陥っていた。初めは入っていなかったはずの書類が、いつの間にか挟み込まれていたということは、彼の言う通り、社内の誰かが私のいぬ間に差し込んだということだ。
そして杉原さんは、その犯人を特定するために、指紋鑑定を持ちかけてきているのだ。
「会社に報告しようにも、今の状況だと山並さんが圧倒的に不利になっちゃうでしょ。だったら、一体誰がそんなことをしようとしているのか、自分で突き止めるっていうのも一案じゃないかと」
彼は、私を心から心配している様子で、そう言ってくれている。
(だけど、信頼していいんだろうか)
たった今、騙されたばかりの私には、彼の優しそうな眼差しさえも、毒牙を隠して誘う蛇のように見える。
だけど、このまま立ち止まっていれば、目に見えない敵に絡め取られてしまうかもしれない。使えるものは使って、私を巻き込もうとしているものの正体を突き止めなければ。
両手の爪先に、血色が戻っていく。先程まで震えて動かなかった私の両手は握力を取り戻し、力強く握り締めることができた。
「お願いします。結果が分かったら、教えてください」
「了解」
そう言って爽やかな笑顔を見せた杉原さんは、チラリ、と時計を見た。
「まだ時間が早いから、ここで夕食を食べていこう。もし、山並さんが嫌じゃなければ」
杉原さんは、まるで泣いている子どもに話しかけるように、穏やかな口調でそう聞いてくれた。先程受けた恐怖がまだ体の端々に残っていて、お酒を飲む気にはなれなくて。とりあえず冷え切った体を温めようと、熱いコーヒーをいただくことにした。
オーダーを終えると、彼は自分のカバンから封筒を取り出し、ジョン・キンバリーから奪い返した書類を私に返してくれた。
「はい、これ。本当に機密情報だとしたら俺が見ちゃまずいだろうから、忘れないうちに返しておくよ。ただ、ちょっと書類の内容を見て欲しいんだ」
心臓が嫌な音を立てて鳴り始めた。杉原さんから封筒を受け取り、中身を確認する。山崎さんと一緒に会社概要を確認したつもりだったが、もしかしたら挟み込まれている書類を見逃していたのかもしれない。それかデスクに置いたときに、うっかり他の書類を挟み込んでしまったのかも。
なんだか自分のミスを、改めて目の前に突きつけられているようで、吐き気がしてきた。手の震えがぶり返し、顔面から再び血の気が抜けていく。
恐る恐る、震える手でパンフレットを取り出し、その中に挟まれている「機密書類」を引き抜いた。A4五枚程度がホッチキス止めされているもので、見慣れない書式のものだった。
「あれ? 何これ」
挟まれていた書類は、一枚目の表紙は何かの設計図の詳細資料っぽく作られていたのだが、二枚目以降はデタラメな日本語が羅列されているだけのものだった。
内容を読んでみたが、どう見てもうちの製品の設計図などではなく、うちの部で扱っている書類でさえもなかった。
「見て大丈夫?」
「……はい、これ、どう見ても機密書類とかではないです」
私から受け取った書類を注意深く、隅々まで確認した杉原さんは、眉間に皺を寄せ、少し考えたあと、私の目を真っ直ぐに見つめて話し始めた。
「この会社概要のパンフレット、山並さん以外に誰が触ったかわかる?」
「職場の先輩にもらったものなので、その人は触っていましたが、『やっぱり使わなかったとかで、書類を挟み込んだまま戻す人がいるから』とかで、手渡されたその場で、何も挟み込まれていないことを、その人と一緒に確認したんです」
「……なるほど。そのあとは?」
「汚れないようにすぐに封筒に入れて、デスクの上にしばらく置いていました。パンフレットを入手した後、すぐに呼び出しがかかってたので。デスクの上に置いてから、カバンにしまうまでは、四時間以上そこに置いたままだったと思います……」
「山並さんのデスクって、頻繁に人の行き来はあるの?」
「……基本、今は秘書兼雑用係なので……シュレッダーしてほしい書類の山とか、しまっておいてほしい物品の山とかが、どかどか私のデスクに置かれるんですよね……だから、人の行き来は多い場所なんです」
よく考えたら、この人には経理職から秘書職に異動したことは言っていなかったかもしれない。しかしそのことに対して反応はなく、何やら思案顔で私に質問を続けてきた。
「もし、よかったらなんだけど。俺、友達に指紋鑑定の仕事をしてるやつがいて。その書類、見てもらおうか。数枚だし、俺の頼みなら費用をかけずにやってくれると思うんだ」
「えっ、そんな指紋鑑定だなんて」
「だってさ、山並さん。そんな書類自分で挟み込んだ覚えないんでしょ。それってつまり、さっきの金髪のお兄さんと結託して、山並さんをはめようとした人がいたってことだよ––––社内に」
信じられない出来事が目の前で起こって、完全に思考停止に陥っていた。初めは入っていなかったはずの書類が、いつの間にか挟み込まれていたということは、彼の言う通り、社内の誰かが私のいぬ間に差し込んだということだ。
そして杉原さんは、その犯人を特定するために、指紋鑑定を持ちかけてきているのだ。
「会社に報告しようにも、今の状況だと山並さんが圧倒的に不利になっちゃうでしょ。だったら、一体誰がそんなことをしようとしているのか、自分で突き止めるっていうのも一案じゃないかと」
彼は、私を心から心配している様子で、そう言ってくれている。
(だけど、信頼していいんだろうか)
たった今、騙されたばかりの私には、彼の優しそうな眼差しさえも、毒牙を隠して誘う蛇のように見える。
だけど、このまま立ち止まっていれば、目に見えない敵に絡め取られてしまうかもしれない。使えるものは使って、私を巻き込もうとしているものの正体を突き止めなければ。
両手の爪先に、血色が戻っていく。先程まで震えて動かなかった私の両手は握力を取り戻し、力強く握り締めることができた。
「お願いします。結果が分かったら、教えてください」
「了解」
そう言って爽やかな笑顔を見せた杉原さんは、チラリ、と時計を見た。
「まだ時間が早いから、ここで夕食を食べていこう。もし、山並さんが嫌じゃなければ」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる