ブラインド・デイティング

春日あざみ

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動き出す

内通者

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「どうする? お酒にする? それとも、とりあえずあったかいコーヒーでも貰っとく?」

 杉原さんは、まるで泣いている子どもに話しかけるように、穏やかな口調でそう聞いてくれた。先程受けた恐怖がまだ体の端々に残っていて、お酒を飲む気にはなれなくて。とりあえず冷え切った体を温めようと、熱いコーヒーをいただくことにした。

 オーダーを終えると、彼は自分のカバンから封筒を取り出し、ジョン・キンバリーから奪い返した書類を私に返してくれた。

「はい、これ。本当に機密情報だとしたら俺が見ちゃまずいだろうから、忘れないうちに返しておくよ。ただ、ちょっと書類の内容を見て欲しいんだ」

 心臓が嫌な音を立てて鳴り始めた。杉原さんから封筒を受け取り、中身を確認する。山崎さんと一緒に会社概要を確認したつもりだったが、もしかしたら挟み込まれている書類を見逃していたのかもしれない。それかデスクに置いたときに、うっかり他の書類を挟み込んでしまったのかも。

 なんだか自分のミスを、改めて目の前に突きつけられているようで、吐き気がしてきた。手の震えがぶり返し、顔面から再び血の気が抜けていく。

 恐る恐る、震える手でパンフレットを取り出し、その中に挟まれている「機密書類」を引き抜いた。A4五枚程度がホッチキス止めされているもので、見慣れない書式のものだった。

「あれ? 何これ」

 挟まれていた書類は、一枚目の表紙は何かの設計図の詳細資料っぽく作られていたのだが、二枚目以降はデタラメな日本語が羅列されているだけのものだった。

 内容を読んでみたが、どう見てもうちの製品の設計図などではなく、うちの部で扱っている書類でさえもなかった。

「見て大丈夫?」

「……はい、これ、どう見ても機密書類とかではないです」

 私から受け取った書類を注意深く、隅々まで確認した杉原さんは、眉間に皺を寄せ、少し考えたあと、私の目を真っ直ぐに見つめて話し始めた。

「この会社概要のパンフレット、山並さん以外に誰が触ったかわかる?」

「職場の先輩にもらったものなので、その人は触っていましたが、『やっぱり使わなかったとかで、書類を挟み込んだまま戻す人がいるから』とかで、手渡されたその場で、何も挟み込まれていないことを、その人と一緒に確認したんです」

「……なるほど。そのあとは?」

「汚れないようにすぐに封筒に入れて、デスクの上にしばらく置いていました。パンフレットを入手した後、すぐに呼び出しがかかってたので。デスクの上に置いてから、カバンにしまうまでは、四時間以上そこに置いたままだったと思います……」

「山並さんのデスクって、頻繁に人の行き来はあるの?」

「……基本、今は秘書兼雑用係なので……シュレッダーしてほしい書類の山とか、しまっておいてほしい物品の山とかが、どかどか私のデスクに置かれるんですよね……だから、人の行き来は多い場所なんです」

 よく考えたら、この人には経理職から秘書職に異動したことは言っていなかったかもしれない。しかしそのことに対して反応はなく、何やら思案顔で私に質問を続けてきた。

「もし、よかったらなんだけど。俺、友達に指紋鑑定の仕事をしてるやつがいて。その書類、見てもらおうか。数枚だし、俺の頼みなら費用をかけずにやってくれると思うんだ」

「えっ、そんな指紋鑑定だなんて」

「だってさ、山並さん。そんな書類自分で挟み込んだ覚えないんでしょ。それってつまり、さっきの金髪のお兄さんと結託して、山並さんをはめようとした人がいたってことだよ––––社内に」

 信じられない出来事が目の前で起こって、完全に思考停止に陥っていた。初めは入っていなかったはずの書類が、いつの間にか挟み込まれていたということは、彼の言う通り、社内の誰かが私のいぬ間に差し込んだということだ。

 そして杉原さんは、その犯人を特定するために、指紋鑑定を持ちかけてきているのだ。

「会社に報告しようにも、今の状況だと山並さんが圧倒的に不利になっちゃうでしょ。だったら、一体誰がそんなことをしようとしているのか、自分で突き止めるっていうのも一案じゃないかと」

 彼は、私を心から心配している様子で、そう言ってくれている。

(だけど、信頼していいんだろうか)

 たった今、騙されたばかりの私には、彼の優しそうな眼差しさえも、毒牙を隠して誘う蛇のように見える。

 だけど、このまま立ち止まっていれば、目に見えない敵に絡め取られてしまうかもしれない。使えるものは使って、私を巻き込もうとしているものの正体を突き止めなければ。

 両手の爪先に、血色が戻っていく。先程まで震えて動かなかった私の両手は握力を取り戻し、力強く握り締めることができた。

「お願いします。結果が分かったら、教えてください」

「了解」

 そう言って爽やかな笑顔を見せた杉原さんは、チラリ、と時計を見た。

「まだ時間が早いから、ここで夕食を食べていこう。もし、山並さんが嫌じゃなければ」





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