半妖笹野屋永徳の嫁候補〜あやかし瓦版編集部へようこそ〜

春日あざみ

文字の大きさ
65 / 65
第三章 大型新人

悪い予感

しおりを挟む

「風が変わったなぁ。なんだか嫌な感じがする」

 換気のために開けていた編集室の襖から、爽やかな風が入ってくる。今週は概ね晴れ模様、風も湿り気が抜けていた。

「どうしたんだよ編集長。また鈴華がやらかしそうって予感か?」

 デスクの前を通りかかった小鬼の蒼司がそう問えば、永徳は口元だけで笑い、頭をかく。

「いや、そういう感じとは違うかな、なんだろう……」

「山本五郎左衛門様の息子だけあって、編集長は勘が冴えてるからなあ。そう言われると不安になっちまうよ」

「悪い悪い。ほら、父の予知能力と違って、俺のはただの気のせいの時もあるし。実際悪いことの予兆さえ見えないだろう? そういえば蒼司、この間の取材原稿だけど、初稿は……」

「おおっと、いけねえいけねえ。オイラ用事を思い出した!」

「締め切りはちゃんと守るんだよ」

「わ、わかってら!」

 気まずそうな顔をして席に戻っていく小鬼の背中を見送りつつ、永徳は頬杖をつく。

 ––––佐和子さんに関すること、ではなさそうかな。彼女には玉龍がついているし、根付けにかけた術もある。鈴華が危害を加えようとしても傷つけられることはないだろう。他にあるとすれば……。

 悪い予感の手がかりを掴もうと、思考を自分の脳の奥深くに潜らせる。
 因果の糸を手繰り寄せようとすれば、日本髪の女の顔が現れた。

「編集長」

「おわっ」

 真後ろから話しかけられ、永徳はオフィスチェアから転げ落ちた。
 振り返れば頭に浮かんだ通りの日本髪の女の首が浮いている。刹那である。

「何度も言っているけど、こっそり顔を近づけて話しかけるのはやめておくれよ。心臓が止まるかと思ったじゃないか」

「止まるようなヤワな心臓はなさってないですよね。ちゃんと一度、首を伸ばさずに話しかけましたよ? でもぼんやりとしていた様子だったから、ちょっとイタズラをね。なんですか? 幸せボケですか?」

 ニヤニヤと意地悪く笑う刹那を前に、永徳は苦笑する。

「将来のお嫁さんと仲睦まじいことは悪いことじゃないだろう」

「ようやく嫁『候補』の肩書は外れたんですねえ。セクハラがたたってそろそろ振られるんじゃないかと、アタシとしてはヒヤヒヤしてましたよ。最悪このまま一生結婚できないんじゃないかとも」

「ひどいなあ」

「ま、選り好みしなければ、『山本五郎左衛門の息子』の元に嫁に来たいというあやかしは少なくないでしょうけどね」

「それは俺を好きなんじゃなくて、肩書きに惹かれてやってきているだけだよ」

 肩をすくめ、おどけた表情で微笑めば、刹那は「編集長個人にそこまで魅力はないものね」とグサリと刺した。

「ところで、本題はなんだい? 刹那のことだから、わざわざ冷やかしに声をかけてきたんじゃないだろう」

 刹那が言葉を発そうと口を開いたと同時、電話口に出ていた赤司が永徳を呼んだ。

「どうした赤司。俺宛の電話かい?」

「ああ。たぶん鈴華のやらかしの一端っぽくて……」

「またか……。刹那、悪いけど話は後で」

「最近の編集長はぐうたらする暇もないわねえ。アタシの用件は急ぎじゃないから。また手が空いた時に声をかけることにします」

 ため息をつく永徳に背を向け、刹那が遠ざかっていくと、デスクに転送された通話の着信がなる。「やれやれ」と呟きながら、永徳は受話器をとった。
しおりを挟む
感想 5

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(5件)

2024.01.20 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

2024.01.20 春日あざみ

Itodaさん

一章の結末まで見届けていただきありがとうございます!
あやかしの世界を通して、自分に自信を失ってしまっている、現代で頑張るすべての人にエールを送りたい、と思って書いたのが本小説でした。

苦しかったら逃げたっていい。
咲ける場所で咲けばいい。

そんなメッセージを受け取っていただけたなら、作者として嬉しく思います。
また、投票もありがとうございます!とても嬉しいです!

解除
2024.01.12 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

2024.01.18 春日あざみ

お読みいただきありがとうございます😊

解除
朱村びすりん

地についたお話で、現代なのにあやかしたちが登場したことによって一気にワクワク感が増しました! あやかしたちが働く編集部、遊びに行ってみたい(働くのはある意味怖いかも🤣)
佐和子の今後が気になりますね!

2024.01.08 春日あざみ

びすりんさん、お読みいただきありがとうございます!
働くのは怖いですよね。何があるかわかりませんし…!今後が気になると言っていただけて、嬉しいです。

解除

あなたにおすすめの小説

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。