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第三章 大型新人
悪い予感
しおりを挟む「風が変わったなぁ。なんだか嫌な感じがする」
換気のために開けていた編集室の襖から、爽やかな風が入ってくる。今週は概ね晴れ模様、風も湿り気が抜けていた。
「どうしたんだよ編集長。また鈴華がやらかしそうって予感か?」
デスクの前を通りかかった小鬼の蒼司がそう問えば、永徳は口元だけで笑い、頭をかく。
「いや、そういう感じとは違うかな、なんだろう……」
「山本五郎左衛門様の息子だけあって、編集長は勘が冴えてるからなあ。そう言われると不安になっちまうよ」
「悪い悪い。ほら、父の予知能力と違って、俺のはただの気のせいの時もあるし。実際悪いことの予兆さえ見えないだろう? そういえば蒼司、この間の取材原稿だけど、初稿は……」
「おおっと、いけねえいけねえ。オイラ用事を思い出した!」
「締め切りはちゃんと守るんだよ」
「わ、わかってら!」
気まずそうな顔をして席に戻っていく小鬼の背中を見送りつつ、永徳は頬杖をつく。
––––佐和子さんに関すること、ではなさそうかな。彼女には玉龍がついているし、根付けにかけた術もある。鈴華が危害を加えようとしても傷つけられることはないだろう。他にあるとすれば……。
悪い予感の手がかりを掴もうと、思考を自分の脳の奥深くに潜らせる。
因果の糸を手繰り寄せようとすれば、日本髪の女の顔が現れた。
「編集長」
「おわっ」
真後ろから話しかけられ、永徳はオフィスチェアから転げ落ちた。
振り返れば頭に浮かんだ通りの日本髪の女の首が浮いている。刹那である。
「何度も言っているけど、こっそり顔を近づけて話しかけるのはやめておくれよ。心臓が止まるかと思ったじゃないか」
「止まるようなヤワな心臓はなさってないですよね。ちゃんと一度、首を伸ばさずに話しかけましたよ? でもぼんやりとしていた様子だったから、ちょっとイタズラをね。なんですか? 幸せボケですか?」
ニヤニヤと意地悪く笑う刹那を前に、永徳は苦笑する。
「将来のお嫁さんと仲睦まじいことは悪いことじゃないだろう」
「ようやく嫁『候補』の肩書は外れたんですねえ。セクハラがたたってそろそろ振られるんじゃないかと、アタシとしてはヒヤヒヤしてましたよ。最悪このまま一生結婚できないんじゃないかとも」
「ひどいなあ」
「ま、選り好みしなければ、『山本五郎左衛門の息子』の元に嫁に来たいというあやかしは少なくないでしょうけどね」
「それは俺を好きなんじゃなくて、肩書きに惹かれてやってきているだけだよ」
肩をすくめ、おどけた表情で微笑めば、刹那は「編集長個人にそこまで魅力はないものね」とグサリと刺した。
「ところで、本題はなんだい? 刹那のことだから、わざわざ冷やかしに声をかけてきたんじゃないだろう」
刹那が言葉を発そうと口を開いたと同時、電話口に出ていた赤司が永徳を呼んだ。
「どうした赤司。俺宛の電話かい?」
「ああ。たぶん鈴華のやらかしの一端っぽくて……」
「またか……。刹那、悪いけど話は後で」
「最近の編集長はぐうたらする暇もないわねえ。アタシの用件は急ぎじゃないから。また手が空いた時に声をかけることにします」
ため息をつく永徳に背を向け、刹那が遠ざかっていくと、デスクに転送された通話の着信がなる。「やれやれ」と呟きながら、永徳は受話器をとった。
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みんなの感想(5件)
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とても面白くて楽しく読ませていただきました!登場人物たちのやりとりがユーモラスで、あやかしの世界観が魅力的でした。
佐和子と永徳の関係も微笑ましく、見合いから始まった二人の恋がどうなるのか気になります。また、佐和子が仕事に対する情熱を再び見つける過程も感動的です。この小説は、仕事に疲れた人に贈る物語というキャッチコピーにふさわしいと思います。
投票させていただきました!
応援してます!
Itodaさん
一章の結末まで見届けていただきありがとうございます!
あやかしの世界を通して、自分に自信を失ってしまっている、現代で頑張るすべての人にエールを送りたい、と思って書いたのが本小説でした。
苦しかったら逃げたっていい。
咲ける場所で咲けばいい。
そんなメッセージを受け取っていただけたなら、作者として嬉しく思います。
また、投票もありがとうございます!とても嬉しいです!
1話読ませていただきました。
私も名古屋の話を書いているので、地名が出てきて一気に読めました。
テンポ、文章のきれ等、勉強になりました。
続きも改めて読ませていただきますね!
お読みいただきありがとうございます😊
地についたお話で、現代なのにあやかしたちが登場したことによって一気にワクワク感が増しました! あやかしたちが働く編集部、遊びに行ってみたい(働くのはある意味怖いかも🤣)
佐和子の今後が気になりますね!
びすりんさん、お読みいただきありがとうございます!
働くのは怖いですよね。何があるかわかりませんし…!今後が気になると言っていただけて、嬉しいです。