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#14 水晶の夜
しおりを挟むその一刻ほど前。
先刻、騒ぎのあった辺りに、男が数人戻ってきた。
路上にも少なくない数の男たちが残っている。彼らが戻った男たちに声をかけた。
「もうひとりはどうした」
「ダメだ、逃げられた。あの野郎、山に逃げ込みやがって」
ひとりが憎々しげに答えた。傷を負っているのは、反撃されたせいだろう。
「まずいな……」
石畳を黒く汚した血だまりを見下ろし、ひとりが言った。
「連中、襲ってくるかもしれない」
「…………」
男たちの目に再び殺意が浮かぶ。
「人手を集めろ、やられる前にやってやる……もともと余所から来て居座った連中だ、ぶっ殺したところでバチは当たらない」
ひとりが目を光らせて応えた。
「もちろんだ、カナルを刈れると聞いたら、いくらでも人は集まる」
「この際だ、鉱山も取り返してやる」
「思い知らせてやる」
「よし」
口々にそんなことを言うと散っていった男たちがさらに数を増して、今、水晶谷を襲ってきた。
手に手に松明と得物を持ち、充分に武装した暴徒に対して、谷の砦門は無力だった。半鐘も長く続かなかったのは、門番がすでに屠られたあかしか。
慌ててイハサヤの家を飛び出した男たちが見たのは、燃え上がる砦門だった。暴徒は口々に何かを叫びながら家屋に火をつけ、打ち壊している。
「くそっ……、ちと早すぎやしねえか」
イハサヤの隣にいた男が吐き出すように呻いた。
「若い奴はお御堂へ行け、女たちを連れて逃げるんだ!」
イハサヤが叫んだ。
「奴らは俺たちがくい止める、……やられっぱなしでいられるか」
「イヤだ、俺たちもやってやる──」
若い男がそう言ったとき。
「馬鹿野郎!」
誰かが一喝した。
「女子供を守れ!」
その言葉に、何人かが祭壇に向かって駆けだした。続けてまた数人。十人ばかりか。
「お前も行け! お御堂の、武器や備蓄のありかはわかってるな?」
イハサヤの近くにいた年かさの男に促され、またひとりが泣きそうな表情で走り去る。
イハサヤの家に蓄えてあった得物が運び出され、男たちはそれを手に取ると暴徒に向かっていった。
「あんたも一緒に行くんだ、ここにいたら巻き添えになる」
イハサヤが叫ぶように言い、ヨウも無言で駆けだした。行き先はもちろん祭殿である。
祭殿では玻璃の窓に映る炎の色に、内は騒然となっていた。
わけがわからず泣き出す者もいれば、動転して外に飛び出そうとする者もいた。怪我人の帰還を見ていた何人かは状況を察し彼女達を必死でなだめていたが、どうやら裏道から廻ったらしい町の男が松明を掲げて近づくのに気づき、息を吞んだ。
祭殿にたどり着いた若い男たちの目に入ったのは、今しも窓を破り扉に火を放とうとしている暴徒の姿だった。
「くそ……っ」
走り寄ろうとした男のひとりに手をかけた者があった。
「お借りしますよ」
そう言うと男が手にしていた槍を取り、投げた。
それは風を切って扉に取り付いていた男の背に刺さり、暴徒が一斉に振り向いた。
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