狼少女のタカラモノ

橘 志摩

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21.告白?

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「悠一君帰ったの?」
「あ、う、…うん」

 家の中に入ると母は湯呑の片付けをしていて、父は荷解きの続きをしていた。
 気まずい思いを抱えながら母の手伝いをしようと横に並ぶと、「それ拭いちゃって」とタオルを投げられる。
 いつもどおりの母の様子にほっと胸を撫で下ろしながら、湯呑を一つ手に取った瞬間、母の言葉に危うくそれを落としそうになった。

「やだもー、それお気に入りの湯呑なんだから割らないでよ」
「な、なっ…!」
「なんでそんなに動揺するのよ、悠一君みたいにしれっとしてたらいいのに」
「で、できるわけが…っだ、な、お母さん…っ」

 顔を真っ赤に染めて動揺する娘を相手に、母は呆れたように溜息をついて、最後の湯呑をラックにおいた。
 手を拭いながらはあともう一度溜息をついて、「悠一君はこんな鈍感な子、どこがいいのかしら」などと呟いている。

「あのね、前までだったら自然と距離とってた子がいきなり隣に座るんだもの、気がつかない方がおかしいでしょう。彼女のことにしたって、あんたじゃないならもうちょっと食いついてもいいだろうに、耳まで真っ赤にしてたら誰だって気がつくわよ。お父さんだって気がついてるわよ、あれ」
「そ、そんな…っ」
「それに、今日は久恵ちゃんのところでも楽しいことあったみたいじゃないの。お母さんは全部聴いてるからね」
「っ、っ!」

 母の言葉に、あぁやっぱり、おばさんにもバレているのだと、がっくりと肩が落ちた。
 そりゃそうだ、あんなに派手に宣言してて、おばさんのあの反応で、気がつかないでいろという方に無理がある。

 それがまさか、直で母に伝わるなんて思っても見なかった。

 菜摘が言葉を失って固まっていると、母は頬に手を当てて、また溜息をついた。

「ねぇ菜摘」
「な、何…っ」
「悠一君はああ言ってくれてるけど、あんたもちゃんと考えなさいよ」
「…な、何を…?」
「結婚のこと。悠一君はあんたのこともらってくれるみたいだけど、お母さんとお父さんはまだ二人が付き合う事、ちゃんと認めた訳じゃないからね」
「え、ど、どして…」

 確かに悠一との関係がどうなるかわからない。
 もっといえば、結婚を誓い合ったなんて純粋な関係でもない。だがしかし、悠一をよく知ってる父と母が、建前上だけであっても、菜摘と悠一の交際を反対するだなんて、微塵も思ってなかった。
 むしろ、きっと派手にお祝いをなんていうかと思っていたのに。

 母の考えがわからなくて、酷くショックで、呆然とその表情を見ていると、母は苦笑して、菜摘の頭を撫でた。

「菜摘は私達の大事な娘よ。確かに悠一君はいい男になったと思うけど、結婚ってなったら話はまた別でしょ。好きで苦労させたい訳じゃないの。結婚は好きだけで続けていけるものじゃないしね」
「…お母さん…」
「悠一君は普通の会社員とは違うでしょう? 今の仕事にしたって、あのお店は悠介君と久恵ちゃんが作ったものよ。昔からのお客様が悠一君に代替わりした後も変わらず来てくれるなんて保証はどこにもないわ」
「…そ、それは、そう、だけど…っ」
「付き合ってるだけならまだいいけどね。結婚となったら、その後の生活の事だって考えなきゃダメでしょ。現に菜摘は、経理云々、経営云々の勉強してる訳じゃないし、悠一君の手伝いできるとも思わない。今のまま結婚しても、お互い苦労するビジョンしか見えてこないわ」
「でも!」
「でもじゃありません。だから考えなさいって言ってるの。お父さんとお母さんに反対されたくないなら、それなりの覚悟見せなさい。中途半端なままだったら、二人のお付き合いも結婚も、私達は認めないわよ」

 母は真剣な眼差しでそう言って、リビングに戻っていってしまう。
 菜摘は何も言い返せず、その場に立ち尽くしたままだ。

 真剣な関係じゃない、だから、こんなこと言われても、そう思う気持ちと、悠一とだったら、喜んでくれる、認めてくれると思っていたのに思いがけない反対を突きつけられて、酷く傷ついている自分がいる。

 どうして。
 どうして、悠一との関係を、喜んでもらえないことがこんなにも悲しいんだろう。
 まるで、好きな人との関係を、反対されてるみたいに、苦しい。

 手に持っていた湯呑を握り締めて、菜摘は唇を噛み締めた。


 ◇◇◇◇◇


 考える必要なんかないという気持ちと、ちゃんと考えないといけないんだという気持ちが心の中でせめぎ合っている。
 前者は逃げだ、それは菜摘もわかってる。
 だからといって、悠一とのこれからのことを考えるだけの勇気もない。

 始まりが始まりだ、その関係だってまだ、3ヶ月も満たしてない。
 今までどおりの関係の延長上の恋人関係はやっと2ヶ月になろうとしてるところだ。
 まだお互いの気持ちに変化だってないだろう。それなのに、こんな重たい案件を持ち込まれたところで、どうしたらいいのかと菜摘は頭を抱えたくなってしまう。

 やっと。やっとだ。やっと悠一を男の人だと認識できたばかりなのに。
 そんな状態で、悠一を結婚相手にとか、これから先もずっと一緒になんて、難しすぎる。

 好きであればまた違う答えが出せたのだろうが、自分の中でまだ、答えが固まってない。

 悠一は、菜摘が言いたいなら、ちゃんと挨拶をすると言ってくれたが、それはまた違う話のような気がする。
 両親に気がつかれてる以上、挨拶はしてもらった方がいいとは思うが、それは菜摘がちゃんとした答えを出したら、の話だ、今はまだ悠一に頼める状況ではないだろう。

 かといって、母から言われた言葉を悠一に黙っている訳にもいかない、彼にもきちんと伝えなきゃ、この関係だって続けられないのだ。
 菜摘がもう少しだけ、と、その優しさに甘えたいと願っても。

 はあと深い溜息をついて、肩を落とすと、目の前に影がさした。
 顔を上げれば、そこにいたのは金沢で、慌てて姿勢をただして、「お疲れ様です」と口にした。

「隣平気?」
「あ、どうぞ」

 会社のすぐ近くにある公園は、会社の人間は滅多に来ないからと菜摘はよくここでお昼を取っているのだが、それは金沢も同じなのだろうか。
 今までかち合ったことはなかったが、こないだと今日と、よく会うななんてぼんやりと考えた。

「今日は潮見さんのお弁当じゃないんだ?」
「あ、…今日は母が、久しぶりだからって作ってくれて」
「へぇ。でも久しぶりって?」
「あぁ、うちの両親、父の仕事の関係で、普段はニューヨークに住んでるんです。今は一時帰国してるけど」
「そうなんだぁ。じゃあ本当に久しぶりなんだね」
「はい、離れてると忘れちゃうけど、母と父がいると、やっぱりなんか嬉しいですね」
「まぁ、一人暮らし長いとそうだよね。…それで、どことなく浮かない顔してるのはなんでかな?」
「え?」

 驚いて金沢の顔をみると、彼は優しい顔を浮かべていて、今までの葛藤による表情の変化を見られていたらしい事を悟る。
 一人だからと気を使ってもいなかった。誰かに相談出来る事ではないしと、一人で考えていたのだが、それでも顔色には出てしまっていたらしい。

 苦笑して、手に持っていた箸をおいた。

「なんでも、ないですよ。本当」
「そう? その割には、なんかしょげた顔してるよ?」
「や、本当に。…ただ、ちょっと、母に、反対されちゃって」
「…反対って、潮見さんとの事? 幼馴染みなんじゃなかったっけ?」
「そうなんですけど」

 金沢に愚痴をこぼしてしまうほどには、弱っていたらしい。
 金沢は悠一と面識があるし、他の人よりかは菜摘と悠一を知っている。相談できないと思っていたが、とりあえず吐き出してしまわないと菜摘がパンクしそうだった。

 昨晩、母から言われた言葉を彼に愚痴って、一通り聞いていた金沢は「あぁそういうこと」と苦笑する。
 そういうこととはどういう意味なんだろうか、菜摘が首をかしげて金沢の顔を仰ぎ見ると、彼はまた笑った。

「お母さんのいうこともわかるかな。飲食業って安定してる訳じゃないじゃん。生存競争激しいし」
「…そうですけど…でも、ゆうちゃんだったら、」
「そういうことじゃないと思うよ。確かに料理人としての腕は確かなんだろうけど、それが世間のニーズとあってなかったらどうなるかはわかんないじゃん」
「…そう、です、けど」

 金沢の言葉は、母の言葉と同様、キツく菜摘に圧し掛かってくる。
 そんなに、気にしなければいけないことなんだろうか。いや、確かに気にするべきところだろうが、悠一なら大丈夫と思う菜摘がおかしいのか。
 すっかり食欲をなくして、食べる気の起きない弁当箱をじっと見つめていると、金沢はためらいがちに口を開いた。

「倉本さんはさ、この先、潮見さんになにがあっても、隣で支えるって自信ある? 自らその苦労背負う気は?」
「え?」
「倉本さんがさ、潮見さんと付き合い始めた理由って何? 好きだからって訳では、ないんじゃないの?」

 好きだったら多分、もっと必死で言い返してるよね。
 金沢の続けた言葉は正しく的を得ている。好きだったらきっと、自分ならば、もう少し、母に食いついているだろう。

「ねぇ、わざわざ、そんな面倒な相手、結婚相手に選ばなくてもいいんじゃないかな」
「…え?」
「俺だったら会社員だし、会社だって安定企業だし、倉本さんがいいって言ってくれるなら、大事にするよ?」
「や、いやいや、悠一がダメだからって金沢さんにするとか、そんなのできないですよ」
「そう? でも俺が、倉本さんのこと好きだからそれでもいいって言ったら、どうする?」

 そのとき、悠一が、あいつはお前に惚れてるんだよと言ったその言葉が、頭によぎった。



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