狼少女のタカラモノ

橘 志摩

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22.母

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 頭の中がごちゃごちゃになっていて、考えがまとまらない。
 ただでさえ両親の帰郷と、悠一との関係と、問題が降って沸いた所に、ただただ同僚だと思っていただけの金沢から真っ直ぐに告白されて、よりいっそうわからなくなった。

 菜摘の足取りは重く、家に帰るのがしんどい。

 だが今家に帰らなければ父も母も心配する。それに家に帰ってゆっくりすれば少しでも問題が整理できるかも知れない。
 そう考えて、必死で足を動かした。

 あぁでも、悠一にもちゃんと話さなきゃ。彼の次の休みはいつだろう。
 考えて、もう考えるのが面倒になってきた。

 昨日の夜からずっと考えてる。きっと仕事以上に頭を使ってる。
 だけど答えを出さないわけにはいかなくて、考えるのはやめようと思っても考えずにはいられない。
 だが、悠一に相談するにしても、どこまでを話せばいいのか、母からの言葉を言わなければいけないのは確かだとしても、金沢のことは? 想像でしかないが、金沢のことをいえば、悠一はまた怒るような気がして仕方ない。

 それに、いくら金沢が好きだと言ってくれても、俺の方が面倒がすくなくていいよと言っても、彼と付き合っている自分が想像できない。
 きっと、今みたいに、悠一に感じているような安堵は得られないだろう。今、菜摘が菜摘らしく振る舞えているのは相手が悠一だからだ。悠一相手に嘘をついても、彼は必ずそれを見破って、菜摘の本音に気がついてくれる。

 それが、金沢にできるかと言ったら、おそらく否だ。悠一がめんどくさい相手だからといって、菜摘が金沢に流れる理由にはならない。
 それなら、キチンと悠一と相談して、色々と考えなければいけないのに、その間には「お互いの感情」という壁が横たわっている。

 結婚は遊びではないし、この先一緒の人生のことだ。母の言葉の意味も理由も理解はしてる。
 だが、必ずしも好きじゃなきゃいけないんだろうか、兄妹みたいな関係のままで、恋人同士を続けていくのにはそんなに問題があるのだろうか。
 家族のような存在とかわりないし、もし悠一が困っていたら、菜摘はほおっておけずに助けるだろう。
 それは今も昔も変わらない。

 それじゃいけないのか、誰ともなく問いかけて、はあ、と溜息をついた。

 それじゃいけないから、母はわざわざああして釘を刺してきたんだ。それくらい、自覚しろ。
 自分に向けた叱咤に、自分で落ち込んでしまう。

 少しでも逃げようとしてる、そんな心が情けなくて、悠一にも申し訳なくて、感情が浮上してきてくれない。
 一人で考えててもだめだ、悠一に相談しなきゃ。

 そう思い直して、駅から近いはずの自分の家に、いつもの倍以上の時間をかけて、漸く帰り着いた。


 ◇◇◇◇◇


「ただいまー」
「あぁ、おかえり。今日は遅いのねぇ」

 玄関から声をかけると中から母の声が聞こえて、一瞬だけ驚いた。
 いるとわかっているのに、いつもなら帰ってこない返事が聞こえて、びっくりしたのだ。
 いないことになれていたせいで、お帰りと迎え入れてもらえる事に慣れてない。昔であれば、それが普通だったのに。

 それと同時に、この両親に、悠一とのことを祝福してもらえないのは寂しいなと、ぼんやり思った。

「…いつもこれくらいだよ。早い日もあるけど、滅多にないかなぁ」
「そうなの? 危ないわねぇ。あんただって一応年頃の娘なのに」
「一応って何さ。大丈夫だよ、あんまり遅くなる日はゆうちゃんが迎えに、」
「…まぁ、悠一君って、そんなに甲斐甲斐しいのねぇ」

 今、父がいなくて良かったと、心のそこから思った。
 こんな、いくらバレているからといって、こんな風にぽろっと漏らしてしまうとは、自分にとってそれが普通だともう思ってしまっているせいか。

 顔を赤くして固まっている菜摘を母は楽しそうに笑い飛ばして、そそくさと晩ご飯の用意をしてくれていた。

「…ねえ、お母さん」
「何?」
「…もし、私が、どうしてもゆうちゃんと、結婚するって言ったら、反対するの?」

 カバンも持ったまま、コートも脱がないでそう菜摘が問いかけると、母は一瞬だけ驚いたような顔をして、だがすぐに笑みを浮かべて、作業を続けた。

「それは菜摘次第だって言ったでしょ。菜摘と悠一君がちゃんと本気でそう考えてて、菜摘が悠一君と一緒にいる覚悟したら、考える」
「…覚悟なんて、そんなの、わかんないよ…」
「なんで一人で考えようとするのかしらね、この子は。ちゃんと悠一君と話したの?」
「…まだ」
「ならちゃんと二人で話しなさい。…昔から一緒にいたからって、なんでもかんでも思考が通じ合う訳じゃないのよ」
「お母さん」
「甘えるだけの関係なら、やめなさいね。悠一君にも迷惑だから」

 母の言葉は、何もしらないはずなのに、どこまでもきつくて、的を得ていて、苦しい。
 悠一に甘えているのは確かだ、好きだと言えないくせに、いなくなって欲しくない。

 それは、幼馴染みが急にいなくなってしまうような寂しさにも似ていたし、失恋したときの苦しさにも似ていた。

「…ちゃんと相談しますー」
「そうしなさい。あんたはただでさえ不器用なんだから」
「う、うるさいなっ」

 椅子に腰を下ろして、母の作ってくれた夕食に箸をつける。
 今まで、真面目な話をしていたというのに、母は今はテレビを見ながら笑い声を上げている。

 夕食は一足先に済ませたのだろう。
 父も菜摘も帰る時間は固定されていないし、待っていたら食いっぱぐれてしまう可能性だってある。

 菜摘は気にせず、オカズを口に入れた。

「まぁ、これでダメになるようだったら、悠一君にお見合いでも進めるから、あんたは気にしなくてもいいんじゃない?」
「は、はあ?!」
「だってそうでしょ、悠一君だってもういい歳なんだし、お嫁さんくらい欲しいと思ってもあたりまえでしょ。菜摘がヘタれで覚悟決められなかったら責任もって悠一君にしっかりとしたお嫁さん紹介するわよ」

 この母は、娘は一応まだ悠一の彼女だというのに、なんてことを言うんだろう。
 思わず立ち上がって「やめて」と言うと、また面白そうに笑っていた。

「それが嫌ならあんたが頑張りなさいよ~」
「っ…この…鬼畜め…!」
「ははは、あんた、お母さんに向かって鬼畜って。よく言うじゃない、可愛い子には旅をさせろよ。きちんと考えて、自分の人生の針路ぐらい取れるようになりなさいね」

 ふざけてる癖に、こうして突然真面目な事をいうの、やめてくれないだろうか。
 どう反応していいのか戸惑って、結局菜摘は大人しく椅子に戻る。

 食事が終わったら、悠一に電話しよう。
 仕事中だったら、メール入れておこう。ちゃんと、悠一と話したい。

 菜摘はそそくさと夕食を書き込んで、ごちそうさまと片付けを始めた。





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