狼少女のタカラモノ

橘 志摩

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25.相談

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 楽しげに笑う二人の姿に、菜摘は笑顔を浮かべなきゃと自分に言い聞かせても、うまく浮かべられているかどうかわからなかった。

「お前、ここで副料理長なんかやってんの」
「そうよ、努力したからね。潮見は今実家手伝ってるんだっけ?」
「そう。一応跡継ぎで認めてもらってるからな。そういや高杉は? あいつも店持ってんだよな?」
「あぁそうそう、本人は雇われだとかなんとか言ってたけど。忙しそうにしてるみたいよ」

 なんで、私と一緒にいるのに、私の知らない話をするの。
 どうして悠一は私を見てくれないの。

 そんな黒い感情が胸に浮かんで、更なる澱を募らせる。
 ナプキンを握り締める菜摘の手の力は強くなり、不意に向けられた視線に慌てて、取り繕うように笑みを浮かべた。

「…と、あんまり長話してても怒られるわ。そろそろ戻らないと」
「あぁ、わざわざ悪いな」
「いえいえ。そうそう、倉本さん?」
「は、はい」

 急に指名されて、肩が跳ねてしまう。
 笑顔は取り繕えていたとは思うが、達川もプロだ、完璧な笑顔を向けられて、彼女が菜摘の表情に何を読み取ったのかはわからない。

「こいつとはただの同期で、同級生。私の好みじゃないし、むしろこんな 不器用なやつ、まっぴらごめんだから。今も昔も何もありませんので、ご安心くださいね」
「え…?」
「では倉本様、潮見様、当ホテルの料理を、どうぞご堪能くださいませ」

 そう言って一礼した達川は、菜摘に反論の間を与えず立ち去ってしまう。
 彼女の言葉に首をかしげたのは菜摘だけではなく、悠一もだ。「あいつなんの話してんだ」と呟くように口にしている。

「…仲、いいんだね」
「そうか? 普通だろ」
「…ふーん」
「…何、菜摘、お前、ヤキモチ焼いてんの?」
「っ違うから!」

 カッと瞬時に頬が赤くなってしまう。
 これでは図星だと認めているようなものだが、菜摘にうまいごまかし方は見つけられず、ただ運ばれてきた料理を口に運んだ。

 チラリと悠一をみれば、やけに楽しそうな笑みを浮かべていて、それの表情がまた腹が立つ。

 なにがそんなに楽しいんだ、こっちの気分は最悪なのに。

 悠一は終始そんな様子で、最後のデザートが運ばれてきて漸く、菜摘から視線を外した。

「そういえば、お前の相談って何なんだ? もうそろそろいいだろ」
「あ…」

 思いがけない出来事に、悠一にちゃんと話さなければと思っていたことがとんでしまっていた。
 心の中の黒いモヤは居座ったままだが、もう食事も終わるし、言わなければならないだろう。元々話がしたいと、そう言って悠一を呼び出したのは菜摘だ。このまま先延ばしにしててもいいという問題でもないし、言わないといけない。

 デザートをつついていた手を止めて、小さく息を吐いた。

「……お母さんに、バレてた」
「…あーだろうな」

 悠一はわかっていたのだろう。現にあの日もバレてるぞと言ったのは彼だ。
 それに、家の方では悠一の母から尋問を食らったのだろうとも思う。菜摘の母がそうであったように、悠一の母もちゃんと気がついていたんだろう、あの日。

「それで? なんか言われたの?」
「……反対だって」
「は?」
「…悠一と付き合うの、今のままじゃ反対するって。ちゃんと二人で話し合って覚悟決めなさいって、言われた」

 それが本題で、それを言わなければいけないと呼び出した事柄なのに、口にするとき、酷く緊張した。
 言い切ってから、心臓が痛みを訴えるほど早く動いて、息苦しい。

 視線を合わせられなくて、顔を上げられなくて、菜摘は俯いたままだ。
 小さな溜息をつく音が聞こえて、身体が固まったように動かなくなった。

「…うちも、言われたな。それ」
「…え、」

 菜摘と同じようにデザートを食べる手を止めて、優一が頬杖をつく。
 その視線は、窓の外に向いていた。

「菜摘に一生苦労させないって自信があるなら応援する、だけどそうじゃないなら認めないってさ」
「…そ、う、なの…?」
「あぁ。まぁ…飲食は明日どうなるかわからないような仕事だし。オヤジとおふくろの心配ももっともだろ。それに俺らは、…ちゃんとした始まり方じゃないしな」
「…悠一…」
「…お前は、どうしたい?」

 窓の外に向いていた視線が、不意に菜摘を見た。
 一瞬、問われた言葉の意味が理解できなくて、だがすぐに、彼が何を聞いているのかを悟って、息を呑んだ。

「ど…どうって…」
「このまま俺と付き合い続けるか、やめるか。…俺は、お前に合わせるよ」
「…悠一…」
「まぁ、俺の答えは卑怯なんだろうなとも思う。全部お前に委ねてる訳だし」

 固まった背中を伸ばすように姿勢を変えた彼をジッと見つめて、だがその言葉に返せる返事はまだない。
 ただただ見つめたまま、次の言葉を待っていると、悠一は苦笑して、菜摘の頭をぽんと叩いた。

「菜摘が、このままこの関係続けたいって思ってくれてるなら、俺はお前のこと、この先ずっと大事にする。けど、もうめんどくさいとか、おじさんとおばさんに反対されるのがいやだっていうなら、別れよう。お互い、こんな曖昧な関係で、親泣かしたくないだろ」
「…っで、でも…っ悠一はそれで…っ」
「いいよ、俺は。確かにお前には幸せになって欲しいけどな。それが俺じゃなくても、他の男でも、菜摘はもう大丈夫だろうから」

 そういうくせに、寂しげに笑うのはなんでだ。
 なんでそんなに悲しそうな顔をして、そんなことをいうのだろう。

 菜摘は泣きたくなる気持ちを堪えて、顔を上げた。

「悠一はそれでいいの、本当に? 私と別れても、いいの?」
「…いいよ」
「…っじゃあ! 私が悠一と別れて、金沢さんと付き合うって言ったら、どうするの!?」
「…は?」
「私、金沢さんに告白された! でも、悠一がいるからって、ゆうちゃんのこと悲しませたくないからって、断ろうって、そう決めてたのに!」

 なんで、悠一は、私と一緒にいることを望んでくれないのだろう。

 その不満が、一気に爆発したような気がして、少しだけ声の音が大きくなってしまう。
 だが今の菜摘に、それを気にするだけの余裕は残っていない。

「本当にいいの、ねぇ。私が、ゆうちゃんとの関係を反対されたからって、じゃあ面倒のない金沢さんと付き合いますって乗り換えても、いいの!」

 言葉じりが震えてしまったのは、口を動かしている間に、どんどんと寂しさが胸の中で大きくなったせいだ。
 気を抜けば涙がこぼれてしまいそうだった。
 けれど、そんな姿を悠一には見られたくないし、罪悪感を感じて欲しくもない。

 何よりここで泣くのは卑怯だと、涙をこぼすことはせず、必死で我慢した。

「―――一旦出るぞ、ここ」
「え、」
「ちゃんと、話そう。ここじゃ気が散って無理だろ」

 そう言って悠一は、菜摘の答えを聞く前に立ち上がって、彼女の手を取った。


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