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18.感謝と笑顔
しおりを挟む「ただいまあー」
春花がそう声をかけながら靴を脱いでその部屋に上がると、奥の方からお帰りと声が聞こえた。
恐らく津田島さんが返事をしてくれたのだろう。
リビングに繋がるドアを開けると、真横のキッチンから月村さんが顔を出して、「サンキュ」と声をかけてから私達から荷物を受け取った。
「もうすぐできるから向こうで待ってろ。何か飲むなら冷蔵庫」
「はーい」
袋の中身を確認しながらそう言った彼の言葉に春花は嬉々として冷蔵庫を開けている。
だからといって私も、と彼女に続くわけにはいかないだろう。
春花や津田島さんは月村さんの古くからの友人と、家族だが、私は違う。
家主に料理をさせてのんきにくつろぐというのもなんだか落ち着かない気がして、慌てて彼のあとを追ってキッチンに足を踏み入れた。
「? どうした?」
「あ、あの、手伝います」
「あぁ、別にいいぞ、向こうで休んでて。買い物行ってきてもらったんだ、あとは俺がやるし」
「いえ、そういうわけにも…。それに、そんなに料理うまいなら、私もみてみたい、ので」
恐る恐るそう口にすると、彼は一瞬キョトンとした顔をして、だが直ぐに小さく吹き出してから、その暖かい掌で私の頭を撫でてくれた。
「…まぁ、うまいかどうかは俺にはわからないけど、そこまでいうなら手伝ってもらうか」
「は…はい!」
お許しが出たところでほっと胸をなでおろした。
落ち着かないだけではなく、背中を押してもらったお礼を言いたいとも思っていたのだが、それは春花や津田島さんがいるところでは言いにくい。
帰る時に言えるタイミングがあるかどうかもわからないから、チャンスは今しかないと思ったのだ。
手伝うことを許してもらえなかったらどうしようと、内心少しだけ不安だったが、お許しをもらえたことで、その不安もたちまち消えた。
「悪い、エプロンとかうちないんだ。服汚さないよう気をつけてな」
「はい!」
「とりあえずそこの野菜洗って、皮むいといて。できたらまた言うから」
「わかりました」
最初の作業を指示されて、よし、と洋服の袖をまくる。
水を出して、野菜を手にとったとき、なんだか視線を感じて顔を上げると、ニヤニヤと笑う春花と視線が重なって、なんとなく気まずい。
きまずいと思ってしまう理由はまったく思い当たらないが、気まずくて仕方なく、たじろぎながら「なに?」と尋ねれば彼女は「いやぁ」と声にしながら、冷蔵庫から取り出したらしいミネラルウォーターを一口飲んだ。
「なんかそうしてると二人、仲良く料理してる恋人同士みたい」
「…は!?」
「またお前は、何馬鹿なこと言ってんだ」
驚いた声を上げたのは私だけで、月村さんはいささか呆れたような声でバッサリ切った。
だが春花に堪えた様子はなく、ニヤニヤと笑ったまま「ええ?」と意外そうな声色をあげて、ジロジロと私達を見つめてくる。
なんとなく、どことなく、いたたまれない気持ちになってしまっているのは、恐らく私だけだろう。
なんて答えればいいのか、正解がわからなくて固まってしまっている私をよそに、その場を打開してくれたのはやっぱりというか、必然というか、月村さんだった。
もとより私に、こんなふうにからかわれたときの対処法などDLできていない。
「くだらないこと言ってないで向こう行ってろ。津田島一人にしてても何するかわかんねぇんだから」
「そんなこと言っちゃってぇ~、お兄ちゃんだってまんざらでもないくせにぃ~」
「ある訳無いだろ、七種はお前と同い年で、俺にとったらお前と変わんない妹みたいなもんだよ。ほら、早く向こう行け」
「わっ! わかったよもう!」
彼に肩を押され、春花は慌ててリビングの方へと足を向ける。
私は私で、何故か痛みを訴える心に自分が動揺しながら、やっぱり固まったままだった。
「…ったく、あいつはいつまでたってもうるさいままだな」
「…ぁ…で、でも、春花はいつも明るくて、楽しいし、そういうところ、私いつも羨ましいって、思ってますよ」
無理やり出した声は震えてはいなかっただろうか。
顔に浮かべた笑みは少し引きつってしまったような気がするが、彼が何かに気がついた様子はない。
そのことにほっとしつつ、始めたばかりで中断してしまっていた作業に戻ろうとシンクの前に立った。
「あれが羨ましいって、お前それ、そうとう追い詰められてるんだと思うぞ」
「…おい…、あの、春花って実の妹ですよね?」
「妹だからこそだろ。もうちょっとおしとやかになれっていつも思ってる」
呆れたようなため息をこぼしたその人に苦笑が溢れる。
チクチクと、針で刺されたような痛みが何度も何度も胸を襲っているのに、私はそれをごまかすことができなかった。
何故かと考えても全く分からず、こんなわからない感情を彼に言うのもなんとなく違うような気がして、口にはしなかった。
「お前と同じで、妹みたいなもんだ」と、その一言がやけに胸に引っかかっているのには、気がつかない振りをすることしかできなかった。
「…あの、月村さん」
「うん?」
レタスの葉を一枚づつ剥ぎながら氷を入れて水を張ったボウルに入れていく。
手の動きは止めないまま、彼に声をかけると、視線がこちらを向いた気配がした。
「…ありがとうございました」
「…なにが?」
「さっきの、買い物。…あれ、時間くれたんですよね?」
「あー…いや、別に。俺らがいたんじゃ話しづらいだろって思っただけだ。七種が気にするところじゃないから礼なんか言わなくていい」
「でも。…やっぱり、あんなふうに二人きりにしてもらえなかったらきっと、話すチャンス逃してばっかりだったと思うから。…おかげさまで、春花と、ちゃんと友達になれたので」
そこまで言ってからようやく、顔をあげて彼の顔を見る。
心臓が大きな音を立てたような気がして、少しだけ息が苦しかった。
その人は作業台に腰をあずけたまま、私をみて、優しい笑みを浮かべていた。
「ほらな、言ったろ? 春花は大丈夫だって。…よかったな、ちゃんと友達できて」
「…っ…あ…あり、がとう、ございます…っ」
顔が暑くて、心臓がうるさくて仕方ない。
なんだか今日の私は、少しおかしいのかもしれない。
今まで、こんなにも一日で感情がコロコロと変わるようなこと、経験したことなどなくて、頭の中が少し混乱してしまっている。
緊張して、不安になって、喜んで、痛みを感じて、今は、信じられないほど心臓がドキドキとうるさくて仕方ない。
考えて見ても答えは全く出なくて、今はとりあえず、目の前の作業に集中しようと、その手のスピードを上げた。
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