勇気をください。

橘 志摩

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26.望んでいなかった再会

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 仲直り、のようなものができたあの日から、私と月村さんの間にあったどこか歪なぎこちなさは消えた。
 私はやっぱり、彼と一緒にいると、恥ずかしかったり緊張したり、でも落ち着いてもうちょっと一緒にいたいなんて思ったり、感情は忙しいままだったけれど、そんな私の挙動不審ぶりを見ても、月村さんはどこか嬉しそうに笑うだけだ。

 何がおかしいのかと聞いても、彼は笑って私の頭を撫でるだけで、相変わらず答えを教えてくれない。
 彼が気を悪くしていないならそれはそれでいいが、それでも笑われるだけというのはどうにもよろしくないような気がする。
 自分が気がついていない何かを彼が気がついているのに、その変化を自覚出来ていない私は彼にとってどう映っているんだろう。
 呆れられたくない、嫌われたくない。そう思うのに、その変化の糸口さえ見えなくてもどかしい日々が続いている。

 それに何より、月村さんの笑う顔が、前よりももっと優しくて、なんだか自分が今まで知らなかった甘さを伴っているような気がして、その笑顔を見るたびに私の心臓は落ち着かなくなってしまうのだ。
 せめて原因さえわかれば、もう少し落ち着けると思うのに、月村さんは「自分で考えろ」と笑ってヒントさえくれないのだ。

 前とは別の意味の八方塞がりで、だが以前よりは焦りはなく苦しいわけではない。
 結局のところ、彼と一緒にいることを許してもらえているならそれでいいかと、私も私でそれを必死で答えを探そうとはしていないのが現状だ。

 結局、今を変えるのが怖くて、答えを探すことを逃げている。
 そのことにはなんとなく気がついているけれど、今までの私は、何より見て見ぬふりをすることが得意だった。
 その得意技は、この時にもいかんなく発揮されていて、私はそのことにすら危機感を覚えていないだけだ。

 そのことが、吉と出るか凶と出るか、自分では判断なんてできない。

「――え? 髪の毛?」
「そう。いつも結んでないから」

 二人で食事をしている最中、振られた話題に私はキョトンと月村さんの顔を見返してしまう。
 彼は残っていたアイスコーヒーを一口飲んで、小さく息をついている。珍しく疲れているような表情を浮かべているその姿が珍しいと思った。

「あ……なんとなく、です。私手先不器用だから、可愛い髪型とかもできないし」
「なんだ、そうなのか。そういうのには興味ないのかと思ってた」
「……興味ないわけではないんですけど、私もたまに髪型変えたいなーって思ったりするし、春花みたいに可愛く出来たらいいんですけど、挑戦してもグチャグチャになっちゃって……」
「野菜つくんのはうまいのにな、七種」
「う……」

 髪の毛をアレンジして髪型を作ることと野菜を作ることと必要とされる技術は違うと思う。
 その言い訳をもごもごと口にすると、月村さんは楽しそうに少しだけ声を上げて笑った。

「あいつのあれは、俺が教えてやったんだ」
「え、そうなんですか?」
「そう。昔髪の毛結んでくれってせがまれて。母さんが忙しかったからな。それで俺が覚えて、あいつの頭結んでやったんだよ」
「へぇ……」
「で、話変わるんだけどさ。今更春花の髪の毛で遊ぶのも嫌だし、お前、ちょっと髪の毛いじらせてくんない?」
「……へ?」
「七種髪綺麗だし。俺もいじってて楽しそう。本音はそれで、建前は仕事で必要だから」
「え、仕事?」
「そう、仕事」

 そう言って、めんどくさそうに溜息をついた彼は、窓の外に視線を向けていた。

「……めんどくさい仕事なんですか?」
「……めんどくさいっつーか、……相手がめんどくさい。ヘアアクセ作ること自体は楽しいから好きだからいいだけど」
「……ふーん……?」
「俺はこういう性格だろ。自分の興味のない人間に絡まれてもイラつくだけだ」
「あぁ……それは、まぁ……」

 その言葉に納得するのはそれだけ彼と過ごす時間が長くなったということだろう。
 苦笑しながら同意した私に、彼はまた一つ溜息をついて、ポンポンと自分の隣の席を叩いた。

「ほら、早く来い。ここ」
「……えっ」
「イメージ掴めねぇんだよ。お前の髪の毛いじらせてもらったら多分なんかわかるから」
「え、え、……い、今、ですか?」
「今。正直煮詰まってんだよ。ほら、早くしろ」
「え、あ、は、はあ……」

 なんだか流されているような気がしないでもないが、彼の不機嫌そうな顔を見るのは嫌だ。
 めんどくさい相手という言葉の意味がわからないが、彼の言葉には逆らわず、大人しく彼の隣に腰を下ろした。

 最初からそのつもりで用意してきたのか、彼は自分のカバンを開けて櫛を取り出して、私の髪を梳かし始めた。
 一緒に取り出したヘアアクセサリーは金色ベースでところどころに赤い石がついている。モチーフはハートにリボンが巻きつく形で、とても可愛らしい。
 それが月村さんの作ったものであることは、すぐにわかった。

「……これ、新しいやつですか?」
「そう。向こうのテーマが『恋する勇気をくれるアクセサリー』なんだと」
「恋する勇気……?」
「俺の作るアクセサリーがそのテーマにピッタリだとかなんとか言ってたな。そんなこと考えて作ってたわけじゃないけど、それでも俺の作ったもんが、恋人同士の間でプレゼントするには最高のもんだって言われてる事実はあるし、ヘアアクセサリー作るのも嫌いじゃないから受けたけど……まぁ、あんな相手だとわかってたらもうちょっと考えた」
「……あの、どんな人なんですか? そんなめんどくさい人なんですか?」
「……一言でいえば、うっとおしい」
「え?」

 あまりにもあけすけに言われた言葉に驚いたが、彼は彼でそれが切実な問題らしい。
 不機嫌そうな声色に私はそれ以上突っ込むことはやめて大人しく彼に髪の毛を結われることにした。
 確かに半個室とは言えど、まわりの席から完全に視界を遮断されている訳ではない。

 男女が同じ側の椅子に座って髪の毛をいじってもらっている姿は周りからどう見えるんだろう。

 そう考えると少しだけ恥ずかしいのに、何故か、その近い距離に入れる事が嬉しくて仕方ない。
 相変わらず心臓の音はうるさいし、背中に感じる温もりが恥ずかしいのに、近い距離に入れる自分の立ち位置が嬉しい。

 頬が自然と緩んでしまっていたらしい。怪訝な声で、「何笑ってんだお前」と突っ込まれてはっと我に返った。

「――よし、できた。こんなもんだろ」
「え? え、もう……っ!?」

 ぽんと肩を叩かれて、鏡を手渡された。
 自分でやると倍以上の時間を使って、それなのにきちんとした形に仕上がらない。それなのに彼は私がやるよりも早く髪型を作ったらしい。
 渡された鏡で自分の髪型を見ると、とても綺麗に作られていて、いつもおろしっぱなしの自分の髪の毛をきっちりと可愛らしく整えてくれていた。
 結び目には彼の作ったあの可愛いアクセサリーが光っていて、いつもの自分じゃないように見える。

「え、可愛い……!」
「久しぶりだけどなんとかなるもんだな。上出来上出来。ちょっとよく見せろ」
「へ、え、えっ……」

 肩を掴まれて、いきなり身体の方向を変えさせられた。
 顔をとても近くまで寄せられて、一気に顔が熱くなる。慌てて身体を押しのけようと腕を伸ばしてもびくともしなくて、恥ずかしいんだかテンパっているんだかわからないほど汗が滝のように流れ落ちた。

「あああああっあのっあの月村さんっ……ち、近い……!」
「ちょっと我慢しろ。怖くはねぇんだろ」
「こっここ怖くないけど……っは、はっ恥ずかしいから……っ!」
「だからもうちょっと我慢しとけっての。……もう少し小ぶりな方がいいか。これ以上大きいとお前の可愛さ引き立てるっつうよりも邪魔するだけだな」
「っ……!」

 ジロジロと遠慮なく綺麗な顔から真剣な視線を向けられて、心臓が激しく脈打っている。
 顔の熱はどんどんと上がっていって、息苦しさすら感じている。

 もう限界だ、本当に離れてもらわないと、このままでは私が死んでしまう。

 彼のシャツに触れていた手にぎゅっと力を込めて、渾身の力を腕に込めてその身体を離そうとしたその時、後ろから、知らない声が聞こえた。

「―――月村さん、ですか?」
「……あんた……なんでここに……」
「本当。偶然ですね。私もここに食事に来たんです。まさか月村さんとお会いできるなんて思ってなかったですわ。……そちらの方は? 恋人ですか?」

 聞こえたのはキリっとした女性の声で、聞いたことはないはずのその声に、私の身体には何故か、寒気が走った。

 振り返る身体の動きがどこかぎこちなくなってしまう。
 恐る恐る見上げたその顔に、心が懐かしさと同時に、大きな恐怖を感じた。

「―――えぇ、そうですよ。俺の、恋人です。萌、こちら、俺の仕事相手の川崎英梨さん」
「……え……っ」
「どうした?」

 彼女と言われたことにも驚いたが、それだけじゃない。月村さんが口にしたその名前を聞いただけで、先ほど感じた寒気が恐怖に変わる。

 その名前を忘れられるはずがない。何度も何度も忘れようとしたが、出来なかった。
 目の前にいた彼女も、彼が呼んだ私の名前だけで、私が誰だかを気がついたらしい。

「……萌って……もしかして、七種さん? ―――中学の時、同級生だった、七種萌さん?」
「……か……か、川崎さん……っ」
「……久しぶりね、まさかこんなところで会うなんて思わなかったわぁ」

 彼女は完璧なまでに綺麗なよそ行きの笑みを顔に浮かべている。
 その笑顔に、心に生まれた恐怖は更に大きくなっていた。



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