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一章 幼少期
楽しい時間です
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自分がモブだと分かったからか、肩の荷が降りた私は前以上に勉強に励み、そしてその甲斐あって、やっと魔術に関しても教えてもらえる事となったのだった。やったね。
魔術を教えてくれる先生の到着を、勉強部屋で侍女と待つ。
彼女は私の専属の侍女だ。とても優秀で気の利く素敵な女性。とは言えまだ十代で幼さの残る顔立ちをしている。それでも整った顔である事に変わりはないんだけれど。
腰に届きそうなくらいの長さの淡い桃色の髪を三つ編みにして、前髪は眉上の短さで切りそろえられている。前髪が長いのが耐えられないそうで、少しでも伸びると切ってしまう様だ。
私も髪の長さは前世と比べてかなり長い部類に入る。前世ではショートヘアだったから、セミロングの長さでもかなり長く感じてしまう。
そして、私の前髪は侍女が長いのはイヤー!と言って切られてしまって、とても短い。イヤってなんだと少しムッとしたのは内緒だ。
そわそわと落ち着きがない様子で椅子に座る私と、涼やかな表情でその隣に佇む侍女。私もこのくらい落ち着いた淑やかな女性になりたいものだ。
「アビー。魔術を教えてくれるという先生はどういう方なのでしょうね」
アビーというのは侍女の名前だ。
無言に耐えきれずにそう尋ねてみたのだ。アビーは困った様な笑みを浮かべた。
「気難しい方だと伺っております。けれども、様々な才能に溢れた素晴らしい方だとも」
とだけ言って黙ってしまう。アビーにとっては苦手な人なのかしら。
気難しいという事は、機嫌を損ねると面倒臭い感じか、なるほど。
男性か女性かはまだわからないが、まあかなり面倒臭そうな人だと言う事がなんとなく理解できた。
ほどなくして、部屋の扉がノックされる。
思わず背筋を伸ばして姿勢を直す。
「アリエスお嬢様、先生が来られました」
先に扉の向こうを覗いてきたらしいアビーがそっと教えてくれる。
あまり待たせるのも失礼だろうからと思い、私は扉へと向かう。
「どうぞお入りください」
私はそう告げると、無駄に重たい扉を開ける。
そこに立っていたのは、濃紺の髪色をした目の細い美青年だった。年は二十代くらいか。顔が整いすぎている事を除けば、日本でも見かけそうな風貌だ。
いやまあでも、この世界は美形以外は生きていないのかと思ってしまう。そのくらいに美形が多い。
外の世界を知らない私でも、自分の家族や使用人たち、そして我が家へやって来る方々の美貌といったら。
悶々と考え込む私をよそに、先生は私の手をそっと取る。
「初めまして、アリエスお嬢様。私はダミアン・クラーク。貴女に魔術を教えに参りました」
恭しくこうべを垂れる青年に、私は慌てて同じ様にこうべを垂れる。
「私は貴方に教えを乞う身です。そんなに畏まった言い方はおやめください。よろしくお願いしますわ、クラーク先生」
私の対応に細い目を見開いて(そんなに大きく開くのね)、驚くクラーク先生。
だがすぐに目を細めて(元々細い)、幼いのにしっかりとした子だと言って微笑みかけてくれた。
気難しいと言われていたから緊張していたけれど、なんだ普通の好青年ではないかと、ほっと胸を撫で下ろす。
緊張がほぐれた私は、失礼だと思いつつクラーク先生をじーっと見る。
暗い色や黒に近い色は珍しく、そして闇の力を秘めていると言われている事から嫌煙されている。それなのに、クラーク先生は濃紺の髪をしている。
付け根に近い辺りも同じ色であったから、恐らく地毛。
(多分だけれど、クラーク先生は他の貴族宅では嫌厭されてしまって、師と仰がれることなんてないのではないかしら)
私の家族は、髪の色がどうとか出身がどうとかでは一切判断しない。それもあって私は何も気にならないが、それでも他の人たちには何か言われたりしたのではないだろうか。
「アリエスは私の髪の事を何も言わないんだね」
私が畏まった話し方はやめて欲しいと告げた事もあってか、クラーク先生は幾分か親しげに言葉を吐く。
「クラーク先生の髪がどうかされたのですか?」
思わず問う。
私の質問に、先生はまた驚いたらしく、またも目を大きく見開く。ああ、瞳は宵闇色なのね、素敵だわ。
「黒やそれに準ずる色は闇の力を秘めていると言われているだろう。だから君は私が怖いのではないかと思ってね」
居辛そうにクラーク先生は視線を泳がせる。
「とても綺麗な髪だと思います。それに瞳もとても綺麗で。素敵だと羨む事はあれど、怖がるなんてあり得ません」
それに私の弟は、漆黒の髪ですよと付け加える。
クラーク先生はしばらく無言だったが、ややあって突然に笑い出す。
気でも狂ったのかと心配していると、クラーク先生は初めて本心からであろう笑顔を見せてくれた。
「……ありがとう」
ひとしきり笑った後、小さな声で私に感謝の言葉を囁いた。
そんな風に話をしていると、気が付けばクラーク先生が帰る時間が来てしまっていたらしい。アビーが「お時間です」と宣言していた。
時計を見ると、かなりの時間が経っていた。
「魔術を教えると言ったのに、何も教えられずに済まない。次はきちんと教えよう」
最初の印象よりも大分和らいだ表情で、楽しそうに微笑んでクラーク先生は私の頭を撫でてくれた。
「またクラーク先生にお会いできる日が待ち遠しいです」
私の言葉に、細い目を更に細めて低くクッと笑うクラーク先生。格好良いなおい。
無駄に重たい扉をクラーク先生は軽々と開いて帰って行く。
その背中をぼんやりと眺めていると、アビーがキラキラした目を私に向けていた。何かあったのかしら。
「アビー?何かあったの?」
私が尋ねると、アビーは少し興奮した様子で早口にまくし立てる。
「お嬢様があんなに嬉しそうにお話をされているの、私初めて見たのでつい!ああもう、お嬢様のキラキラした瞳に弾ける様な笑顔……。はぁ……素敵……」
うっとりと蕩けた様な表情を浮かべて、うっとりとした声で話すので、少しだけ引いてしまう。推しを前にして語彙力を失って大興奮しているオタクの様よ貴女、と思ったがアビーの名誉の為に黙っておく。
「お嬢様はクラーク先生の様な男性がお好きなんですか?年上がお好きなのかしら……」
確かに、私はクラーク先生の様に目の細い、もとい糸目が大好きだ。けれど、クラーク先生は私の推しでは断じてない。
濃紺の髪色と宵闇色の瞳が綺麗だとは思うし、細い目が素敵だとも思うけれど!
「年上が好きというわけではないわ。クラーク先生の髪や瞳がとても綺麗だったから、つい見惚れて興奮してしまったの」
素直に告げると、アビーは更に興奮した様子で、「私も髪を染めればチャンスがあるかしら」とボソボソ呟いていた。うん、聞かなかったことにしよう。
自分の世界に入ってしまったアビーは置いておいて、私は勉強部屋を出て、自室へ向かう。
「あ」
消え入りそうな声が聞こえて振り返ると、そこにはハデスが立っていた。今日も美少年だ。
そういえば、ハデスとは最初の挨拶を交わして以来会っていないのだった。というか父が中々会わせてくれなかったのだ。
少しだけ浮かれている私とは対照的に、ハデスはおどおどとしている。
「最初に挨拶を交わして以来ね、ハデス」
私は、極力怖がらせない様に声のトーンを上げて優しく聞こえる様に話す。
「は、はい……」
それなのに、ハデスはずっと怯えた様子のままだ。
どうしてそんなに怯えているのか聞きたかったが、まだそんな風に談笑ができる関係ではないだろうと判断して、聞くのをやめる。
「今、時間……ありますか……?」
蚊の鳴くような声で目を泳がせながら私に問うハデス。
「今?……平気よ。何かあったの?」
私が答えると、ハデスは少しだけ和らいだ表情で、こっちですと私の服の裾をきゅっと掴んで歩き出す。あら可愛い。
ハデスに連れられてやって来たのは、中庭だった。
そこには、色とりどりの花々が咲き誇っていて、自室から覗くことしかしなかったから、余計に輝いて映る。
「……綺麗」
ポツリと私が言葉を零すと、ハデスは嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しい、です。……ここ、僕の魔法で、咲かせて……それでお姉様に、見せたくて……」
言葉を詰まらせながらも、しっかりと私の目を見て話す。
(魔法で、咲かせた……?)
ハデスの言葉に引っかかって、それをそのまま尋ねる。
「孤児院で、魔法の練習してて……、それで、その時に、花を。それで……お姉様は、花が好きかと思って……。花、嫌いですか?」
私の質問に、また怯えた表情に戻って、窺う様な視線を私に向ける。
「貴方を責めている訳でも、花が嫌いな訳でもないのよ!」
思わず大きな声を出してしまったせいで、ハデスはビクッと肩を震わせる。
ハデスの両手を自分の両手で強く握り締めながら続ける。
「魔法にこんな素敵な使い方があったのかって、感動したの。ハデスは魔法の才能があるのね。ーーー綺麗な花ばかりで、いつも部屋から眺めていたの。私の為に咲かせてくれたという事が、すごく嬉しいの。……ありがとう」
その言葉で、真っ青になっていた顔色を段々と真っ赤に染めて俯いてしまう。
「ねえハデス。私ね、今度先生に魔術を教わるの。もし良かったら、一緒にどうかしら」
同じくらいの背丈のハデスの顔を見ようと、少しだけ屈んで語りかける。
「僕も、一緒に……?いいの?」
またか細い声に戻ってしまったハデスに、もちろんと言ってニンマリと笑う。
「それに、ハデスの方が魔法を使えるし、ハデスにも教わってみたいって思っているのよ。こんなに素敵な力を持っているんだもの、是非教えてもらいたいわ」
「お嬢様~……!」
慌てた様なアビーの声が届く。
そういえば置いて来ていたのだったと思い出す。
「アビー、さん……」
「ハデス様もいらしたのですね!」
アビーの言葉に、ハデスは萎縮した様子で頷く。小動物の様に愛らしい仕草に思わずきゅんとなる。
「ねえアビー。この中庭のお花、とっても綺麗でしょう」
私の言葉に、アビーも同じ様に花を見てキラキラとした笑顔を見せる。
「この花、ハデスが私の為に魔法で咲かせてくれたのよ」
自分の事の様に自慢気に話す私。
「お嬢様の為に……?なんて素敵なのかしら……」
祈る様に両手を組んでうっとりとした表情をハデスに向ける。ハデスが怯えているのがよくわかる。私もだからわかるよ、うん。
「魔法って、こんな素敵な使い方もあるんだって、すごく感動したのよ」
ねぇと笑顔を向けると、照れた様にはにかむハデス。可愛すぎるでしょ、私の弟。
不意にハデスは、自分が咲かせたという花に両手の平をかざして何か呟いている。
「ハデス!?一体何を……」
慌ててハデスの肩に手を置くと、花が綺麗な首飾りになっていた。
(え?花を首飾りにしたの?錬金術……?)
私が戸惑って、首飾りとハデスとを交互に見ると、ハデスが、「こうした方が長い間綺麗な状態を保てるから」と言ったので、嬉しさで胸がいっぱいになった。
私の弟、いい子すぎないかな。悪い人に騙されないか心配になっちゃうよ、私。
ハデスが魔法で変えてくれた首飾りを、そっと付けてみる。うん、可愛い。
ハデスが首飾りにしてくれたのは、ハデスの瞳と同じ空色のバラ。
「ハデスの瞳と同じ色ね」
私がそう言うと、ハデスは「お守りだから」と言った。お守りに自分の瞳と同じ色?と思ったが、ハデスが嬉しそうだから気しない事にした。
その日の家族団欒の夕食の時間に、ハデスが私の為に花を咲かせてくれた事、そしてハデスの瞳と同じ色のバラの花を首飾りにしてプレゼントしてくれた事を、両親と侍女や執事たちに自慢したのだった。
ハデスは恥ずかしそうに、首をブンブンと振りながら話さないでいいと、慌てていたけど。その様子も可愛らしかったから、両親は幸せそうに微笑んでいた。
魔術を教えてくれる先生の到着を、勉強部屋で侍女と待つ。
彼女は私の専属の侍女だ。とても優秀で気の利く素敵な女性。とは言えまだ十代で幼さの残る顔立ちをしている。それでも整った顔である事に変わりはないんだけれど。
腰に届きそうなくらいの長さの淡い桃色の髪を三つ編みにして、前髪は眉上の短さで切りそろえられている。前髪が長いのが耐えられないそうで、少しでも伸びると切ってしまう様だ。
私も髪の長さは前世と比べてかなり長い部類に入る。前世ではショートヘアだったから、セミロングの長さでもかなり長く感じてしまう。
そして、私の前髪は侍女が長いのはイヤー!と言って切られてしまって、とても短い。イヤってなんだと少しムッとしたのは内緒だ。
そわそわと落ち着きがない様子で椅子に座る私と、涼やかな表情でその隣に佇む侍女。私もこのくらい落ち着いた淑やかな女性になりたいものだ。
「アビー。魔術を教えてくれるという先生はどういう方なのでしょうね」
アビーというのは侍女の名前だ。
無言に耐えきれずにそう尋ねてみたのだ。アビーは困った様な笑みを浮かべた。
「気難しい方だと伺っております。けれども、様々な才能に溢れた素晴らしい方だとも」
とだけ言って黙ってしまう。アビーにとっては苦手な人なのかしら。
気難しいという事は、機嫌を損ねると面倒臭い感じか、なるほど。
男性か女性かはまだわからないが、まあかなり面倒臭そうな人だと言う事がなんとなく理解できた。
ほどなくして、部屋の扉がノックされる。
思わず背筋を伸ばして姿勢を直す。
「アリエスお嬢様、先生が来られました」
先に扉の向こうを覗いてきたらしいアビーがそっと教えてくれる。
あまり待たせるのも失礼だろうからと思い、私は扉へと向かう。
「どうぞお入りください」
私はそう告げると、無駄に重たい扉を開ける。
そこに立っていたのは、濃紺の髪色をした目の細い美青年だった。年は二十代くらいか。顔が整いすぎている事を除けば、日本でも見かけそうな風貌だ。
いやまあでも、この世界は美形以外は生きていないのかと思ってしまう。そのくらいに美形が多い。
外の世界を知らない私でも、自分の家族や使用人たち、そして我が家へやって来る方々の美貌といったら。
悶々と考え込む私をよそに、先生は私の手をそっと取る。
「初めまして、アリエスお嬢様。私はダミアン・クラーク。貴女に魔術を教えに参りました」
恭しくこうべを垂れる青年に、私は慌てて同じ様にこうべを垂れる。
「私は貴方に教えを乞う身です。そんなに畏まった言い方はおやめください。よろしくお願いしますわ、クラーク先生」
私の対応に細い目を見開いて(そんなに大きく開くのね)、驚くクラーク先生。
だがすぐに目を細めて(元々細い)、幼いのにしっかりとした子だと言って微笑みかけてくれた。
気難しいと言われていたから緊張していたけれど、なんだ普通の好青年ではないかと、ほっと胸を撫で下ろす。
緊張がほぐれた私は、失礼だと思いつつクラーク先生をじーっと見る。
暗い色や黒に近い色は珍しく、そして闇の力を秘めていると言われている事から嫌煙されている。それなのに、クラーク先生は濃紺の髪をしている。
付け根に近い辺りも同じ色であったから、恐らく地毛。
(多分だけれど、クラーク先生は他の貴族宅では嫌厭されてしまって、師と仰がれることなんてないのではないかしら)
私の家族は、髪の色がどうとか出身がどうとかでは一切判断しない。それもあって私は何も気にならないが、それでも他の人たちには何か言われたりしたのではないだろうか。
「アリエスは私の髪の事を何も言わないんだね」
私が畏まった話し方はやめて欲しいと告げた事もあってか、クラーク先生は幾分か親しげに言葉を吐く。
「クラーク先生の髪がどうかされたのですか?」
思わず問う。
私の質問に、先生はまた驚いたらしく、またも目を大きく見開く。ああ、瞳は宵闇色なのね、素敵だわ。
「黒やそれに準ずる色は闇の力を秘めていると言われているだろう。だから君は私が怖いのではないかと思ってね」
居辛そうにクラーク先生は視線を泳がせる。
「とても綺麗な髪だと思います。それに瞳もとても綺麗で。素敵だと羨む事はあれど、怖がるなんてあり得ません」
それに私の弟は、漆黒の髪ですよと付け加える。
クラーク先生はしばらく無言だったが、ややあって突然に笑い出す。
気でも狂ったのかと心配していると、クラーク先生は初めて本心からであろう笑顔を見せてくれた。
「……ありがとう」
ひとしきり笑った後、小さな声で私に感謝の言葉を囁いた。
そんな風に話をしていると、気が付けばクラーク先生が帰る時間が来てしまっていたらしい。アビーが「お時間です」と宣言していた。
時計を見ると、かなりの時間が経っていた。
「魔術を教えると言ったのに、何も教えられずに済まない。次はきちんと教えよう」
最初の印象よりも大分和らいだ表情で、楽しそうに微笑んでクラーク先生は私の頭を撫でてくれた。
「またクラーク先生にお会いできる日が待ち遠しいです」
私の言葉に、細い目を更に細めて低くクッと笑うクラーク先生。格好良いなおい。
無駄に重たい扉をクラーク先生は軽々と開いて帰って行く。
その背中をぼんやりと眺めていると、アビーがキラキラした目を私に向けていた。何かあったのかしら。
「アビー?何かあったの?」
私が尋ねると、アビーは少し興奮した様子で早口にまくし立てる。
「お嬢様があんなに嬉しそうにお話をされているの、私初めて見たのでつい!ああもう、お嬢様のキラキラした瞳に弾ける様な笑顔……。はぁ……素敵……」
うっとりと蕩けた様な表情を浮かべて、うっとりとした声で話すので、少しだけ引いてしまう。推しを前にして語彙力を失って大興奮しているオタクの様よ貴女、と思ったがアビーの名誉の為に黙っておく。
「お嬢様はクラーク先生の様な男性がお好きなんですか?年上がお好きなのかしら……」
確かに、私はクラーク先生の様に目の細い、もとい糸目が大好きだ。けれど、クラーク先生は私の推しでは断じてない。
濃紺の髪色と宵闇色の瞳が綺麗だとは思うし、細い目が素敵だとも思うけれど!
「年上が好きというわけではないわ。クラーク先生の髪や瞳がとても綺麗だったから、つい見惚れて興奮してしまったの」
素直に告げると、アビーは更に興奮した様子で、「私も髪を染めればチャンスがあるかしら」とボソボソ呟いていた。うん、聞かなかったことにしよう。
自分の世界に入ってしまったアビーは置いておいて、私は勉強部屋を出て、自室へ向かう。
「あ」
消え入りそうな声が聞こえて振り返ると、そこにはハデスが立っていた。今日も美少年だ。
そういえば、ハデスとは最初の挨拶を交わして以来会っていないのだった。というか父が中々会わせてくれなかったのだ。
少しだけ浮かれている私とは対照的に、ハデスはおどおどとしている。
「最初に挨拶を交わして以来ね、ハデス」
私は、極力怖がらせない様に声のトーンを上げて優しく聞こえる様に話す。
「は、はい……」
それなのに、ハデスはずっと怯えた様子のままだ。
どうしてそんなに怯えているのか聞きたかったが、まだそんな風に談笑ができる関係ではないだろうと判断して、聞くのをやめる。
「今、時間……ありますか……?」
蚊の鳴くような声で目を泳がせながら私に問うハデス。
「今?……平気よ。何かあったの?」
私が答えると、ハデスは少しだけ和らいだ表情で、こっちですと私の服の裾をきゅっと掴んで歩き出す。あら可愛い。
ハデスに連れられてやって来たのは、中庭だった。
そこには、色とりどりの花々が咲き誇っていて、自室から覗くことしかしなかったから、余計に輝いて映る。
「……綺麗」
ポツリと私が言葉を零すと、ハデスは嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しい、です。……ここ、僕の魔法で、咲かせて……それでお姉様に、見せたくて……」
言葉を詰まらせながらも、しっかりと私の目を見て話す。
(魔法で、咲かせた……?)
ハデスの言葉に引っかかって、それをそのまま尋ねる。
「孤児院で、魔法の練習してて……、それで、その時に、花を。それで……お姉様は、花が好きかと思って……。花、嫌いですか?」
私の質問に、また怯えた表情に戻って、窺う様な視線を私に向ける。
「貴方を責めている訳でも、花が嫌いな訳でもないのよ!」
思わず大きな声を出してしまったせいで、ハデスはビクッと肩を震わせる。
ハデスの両手を自分の両手で強く握り締めながら続ける。
「魔法にこんな素敵な使い方があったのかって、感動したの。ハデスは魔法の才能があるのね。ーーー綺麗な花ばかりで、いつも部屋から眺めていたの。私の為に咲かせてくれたという事が、すごく嬉しいの。……ありがとう」
その言葉で、真っ青になっていた顔色を段々と真っ赤に染めて俯いてしまう。
「ねえハデス。私ね、今度先生に魔術を教わるの。もし良かったら、一緒にどうかしら」
同じくらいの背丈のハデスの顔を見ようと、少しだけ屈んで語りかける。
「僕も、一緒に……?いいの?」
またか細い声に戻ってしまったハデスに、もちろんと言ってニンマリと笑う。
「それに、ハデスの方が魔法を使えるし、ハデスにも教わってみたいって思っているのよ。こんなに素敵な力を持っているんだもの、是非教えてもらいたいわ」
「お嬢様~……!」
慌てた様なアビーの声が届く。
そういえば置いて来ていたのだったと思い出す。
「アビー、さん……」
「ハデス様もいらしたのですね!」
アビーの言葉に、ハデスは萎縮した様子で頷く。小動物の様に愛らしい仕草に思わずきゅんとなる。
「ねえアビー。この中庭のお花、とっても綺麗でしょう」
私の言葉に、アビーも同じ様に花を見てキラキラとした笑顔を見せる。
「この花、ハデスが私の為に魔法で咲かせてくれたのよ」
自分の事の様に自慢気に話す私。
「お嬢様の為に……?なんて素敵なのかしら……」
祈る様に両手を組んでうっとりとした表情をハデスに向ける。ハデスが怯えているのがよくわかる。私もだからわかるよ、うん。
「魔法って、こんな素敵な使い方もあるんだって、すごく感動したのよ」
ねぇと笑顔を向けると、照れた様にはにかむハデス。可愛すぎるでしょ、私の弟。
不意にハデスは、自分が咲かせたという花に両手の平をかざして何か呟いている。
「ハデス!?一体何を……」
慌ててハデスの肩に手を置くと、花が綺麗な首飾りになっていた。
(え?花を首飾りにしたの?錬金術……?)
私が戸惑って、首飾りとハデスとを交互に見ると、ハデスが、「こうした方が長い間綺麗な状態を保てるから」と言ったので、嬉しさで胸がいっぱいになった。
私の弟、いい子すぎないかな。悪い人に騙されないか心配になっちゃうよ、私。
ハデスが魔法で変えてくれた首飾りを、そっと付けてみる。うん、可愛い。
ハデスが首飾りにしてくれたのは、ハデスの瞳と同じ空色のバラ。
「ハデスの瞳と同じ色ね」
私がそう言うと、ハデスは「お守りだから」と言った。お守りに自分の瞳と同じ色?と思ったが、ハデスが嬉しそうだから気しない事にした。
その日の家族団欒の夕食の時間に、ハデスが私の為に花を咲かせてくれた事、そしてハデスの瞳と同じ色のバラの花を首飾りにしてプレゼントしてくれた事を、両親と侍女や執事たちに自慢したのだった。
ハデスは恥ずかしそうに、首をブンブンと振りながら話さないでいいと、慌てていたけど。その様子も可愛らしかったから、両親は幸せそうに微笑んでいた。
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