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一章 幼少期
勉強の時間です
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ハデスとの距離が少し縮んだ(と私は勝手に思っている)出来事から数日が経った。
そして今日は、クラーク先生が来る日。
ご機嫌で椅子に座って待つ私と、ビクビクとしつつ椅子に浅く腰掛けるハデス、そしていつもと変わらず涼やかな表情で佇むアビー。
少しして、コンコンとノックされる扉。
「どうぞ」
アビーが扉の向こうへ声を掛けると、ややあって扉が開く。やっぱり我が家の扉って重過ぎるのよ。
少しだけ疲れた様子で部屋へと入るクラーク先生。
「こんにちは、アリエス。ーーーおや?こちらは誰かな?」
クラーク先生の言葉に、ハデスは居心地が悪そうにモゾモゾと立ち上がる。
「私が無理を言って連れて来てしまったの」
弟と一緒に勉強したくてつい、と付け足しておく。
弟と聞いて、クラーク先生はまじまじとハデスを眺める。
(先生がじろじろと見るから、ハデスったらすっかり萎縮しちゃってる……)
「クラーク先生」
私が嗜める様に呼び掛けると、クラーク先生は申し訳なさそうに頭を掻く。
「済まない。こんなに見事な黒髪は初めて見たのでつい、ね」
怖がらせてしまったねと言って、ハデスに謝罪する。きちんと膝を折って目線を合わせている。ただハデスは思いっきり視線を逸らしているのだけれど。
すぐに私の後ろに隠れてしまうハデス。裾をキュッと握って震えている。
(か、可愛い……!)
思わず悶えてしまう私はおかしくないはず。だってこんなにも可愛らしいのだもの。
「あー……。とりあえず勉強を始めようか」
ハデスに逃げられ、私には窘められて少し落ち込んだ声色で、軽く咳払いをして、一人掛けのソファーに腰掛けながら告げる。
魔術についての勉強。背筋がピンと伸びる。
(そもそも魔術ってどういうもので、どういう使われ方をするのだろう……)
「まず初めに、ハデスはすでに理解しているだろうけれども、アリエスに向けて魔術を扱うに当たっての、魔力というものの説明させてもらうよ」
ハデスに向かってウインクするクラーク先生。思いっきり無視されているけれど。
心なしか、ハデスはクラーク先生を軽く睨んでいる様にも見える。
(ハデスはクラーク先生が嫌いなのかしら……)
「元々、この世界に生まれる人々は魔力というものを持って生まれてくる。その量が多いか少ないかは人によるんだけれどね。魔力の量が多ければ多いほど、使える力に際限がないんだ。少なければほとんど力がないに等しいんだけれども」
魔力の大小なんてどうやって知るのかしら、と疑問に思っていたら、クラーク先生が私をじっと見た。
「魔力がどのくらい強いのかどうかは、髪の色や瞳の色でわかるんだよ」
私の心を読んだかの様な返答。怖いわ。
「そしてね、髪や瞳の色が黒に近ければ近いほど、闇の力を扱いやすくなる。反対に白に近ければ近いほど、光の力を扱いやすくなる。扱いやすいというだけで、それしか使えない訳ではないんだ。だから、黒に近い髪や瞳の色をしていたとしても、強力な光の力を使える人もいれば、白に近い色をしていても闇の力のみを行使する人もいるんだ」
私とハデスとを交互に見つつ語る。
(それなら何故黒髪は忌み嫌われなければならないの……?)
クラーク先生の話を聞いて、私はそう思った。
だって、黒髪でも闇の力しか使えない訳じゃなくて、光の力だって使えるし、使い手が光の力のみを望めば闇の力を使わないという選択だってできるはずだもの。
思わずハデスを見つめる。
「……黒髪が忌み嫌われるきっかけとなった昔話でもしようか」
少し沈んだ声で口を開くクラーク先生。
とある村で、黒い髪と黒い瞳を持つ少年が生まれ、その少年は生まれながらに強大な魔力を持っていて、その力で村を恐怖に陥れた。
少年は村の人々だけではなく、自分を愛し育ててくれた両親までも手にかけ、村を滅ぼし、他の村をも葬り去っていった。
唯一生き残った村の長が、朽ち果てた村の隅でガタガタと震えていた。
王都に差し掛かった時、真っ白な髪と透明の瞳を持つ少女と出会う。
少女は少年が纏う血の匂いと恐ろしい闇の力を感じて、少年を永遠の眠りへつかせる。
「大昔にこんな事があって、黒を持つ者は忌み嫌われう存在になったんだ」
そんな恐ろしい事があったの……。
怖くなって、私は思わずハデスの手を握った。
クラーク先生がふぅっと息を吐く。アビーがすかさずお茶を出すと、グーッと一気に飲み干してしまった。
「……僕が聞いた話と、違います」
ハデスがポツリと言う。
「ハデスが知っている話はどんな話なの?」
私がそう聞くと、ハデスが教えてくれた。
大昔、真っ黒な髪に真っ黒な瞳を持った少年がいた。
その少年には年の近い弟がいて、弟は綺麗な金髪と金色の瞳を持っていた。両親にとてもよく似ていた。
その色は今まで存在しない色とされていた為、周囲は少年を珍しがって遠巻きに眺めていた。
そんな少年は家族からとても愛されて育った。
自分を愛してくれる両親が光の力を敬愛していた事から、両親に褒められたいという思いで光の力を身につける。
それまで、少年ほどの魔力を持つ人間が存在しなかった事もあり、少年は力の使い方を自分なりに学んで身につけた。
その少年は、光の力で両親や周りの村の人々を癒し助けて来て感謝されていた。
けれど、その少年は膨大すぎる魔力を秘めていて、ある日少年の力が暴走して周りの人々を傷つけてしまった。
少年は自分の力が暴走して大勢の人々を傷つけてしまった事で、心を病んでしまった。
周りの人々は少年を悪魔と噂した。
『最初だけ優しくして、その後命を奪うつもりだったんだ』
だとか、
『黒髪なんて異端な色、初めからおかしいと思っていたんだ』
だとか、囃し立てた。
そして少年だけでなく、少年の両親に対しても手のひらを返す様な酷い仕打ちをしたのだ。
悪魔を生んだ異端者だと言って、手始めに彼らは少年たちの家を焼いた。
夜更けだった為に荷物を持ち出す事も叶わず、命からがら少年たちは外に飛び出した。
少年たちを待ち構えていたのは村の人々だった。
彼らが火を放った事を知らない少年たちは、彼らに助けを求める。
『家が突然燃え出した。火を消さねばならないから、手を貸して欲しい』
と。けれども彼らは、少年たちを助けるどころか、少年たちを指差して笑い出した。
『悪魔どもがまだ生きていやがったぞ』
『こいつらバカだなぁ。誰が火を放ったと思っているんだ』
『悪魔どもには火あぶりだと思ったが、生きてるなんてな。さすが悪魔だ』
少年の母親が、村の長である男の足に縋りつく。自分たちはいいから息子の手当てをして欲しいと懇願した。
大きな団子鼻をした目つきの鋭いガリガリの老人は、少年の母親を邪魔そうに蹴った。
それを見た少年の父親が母親を抱き起こしつつ、庇う様に前に立つ。
『私の妻が何をした』
『私の息子が何をした』
『私たち家族が貴方たちに一体何をしたというのだ』
父親がそう言うと、村の人々が口々に喚く。
『お前の息子が我々を傷つけて陥れた』
『髪に等しい力を持ちながら、人々を傷つける為に使った』
『悪魔』
『異端者』
少年は怒りと虚しさと悲しさで胸がいっぱいになって、ボロボロと涙を流した。
自分が人々が持ち得ない色を持っているから、
自分が膨大な力を持っているから、
そしてその力を制御しきれずに暴走させてしまったから、
自分が生まれてきたから、
だから自分だけでなく両親が酷い扱いを受ける。
その事が少年の心に重くのし掛かる。
そんな少年たちをよそに、老人は村の人々に何か耳打ちしている様だった。
それを聞いた村の人々はにたりと下卑た笑みを浮かべてどこかへ走っていく。
少年の両親は必死に村の人々に語りかける。
『息子はこれまでずっとこの村の為に力を使っていた』
『制御しきれなかったのは息子ではなく、それを諌められなかった自分たちだ』
『罰なら自分たちが受けるから、息子だけは助けて欲しい』
『どんな罰でも受けるから、だから息子だけは……!』
その言葉が聞こえていないかの様に、村の人々はニヤニヤとしている。
やがて、どこかへ走っていった人々が戻ってきた。
手には何か鉄の棒の様なものを持っている。
老人がその棒を受け取ると、父親に向けた。先端は大きな円形をしていて、赤い色をしていた。熱を帯びているらしい。
老人はニタニタと汚らしい笑みを携えて、父親の顔にその先端の円形を押し付ける。
ジュッという音とともに、肉の焼ける匂いがした。
その円形は人間の顔ほどの大きさをしていたからか、父親は悲鳴を上げる事なく身悶えていた。少年と母親はその様子を、信じられないものを見る様な目で見ていた。
老人がその円形を父親から離した後、父親は動かなくなっていた。
そのまま老人はまた別の棒を村の人から受け取り、それを母親へと向けた。
ひぃっと情けない悲鳴を上げたが、村の人々に体を押さえつけられた母親は抵抗する事もできず、その円形を顔に受ける。
少年も押さえつけられていたから、見ていることしかできなかった。
母親もまた動かなくなった。
少年は、自分のせいで両親が殺されたのだと心の中で反芻する。
光の力を求めた少年は、村の人々に対しての復讐の為に、闇の力を求めた。
闇は容易く少年に応えた。
少年はその村を闇の力で覆い、村には飢餓と疫病が広まり、あっという間に滅んだ。生き残りは唯一、村の長である老人と、運良く難を逃れた少年の弟だった。
少年に応えた闇の力は、それだけでは飽き足りずに世界さえも滅ぼさんとした。
しかし少年は、その途中で強大な光の力を持つ髪も瞳も真っ白な少女の手によって永遠の眠りにつく事となる。
村で生き残ったのは老人で、その老人は少年の非道を懇々と語り続けたそうだ。
少年を永遠の眠りへ誘った少女は、女神と呼ばれ語り継がれている。
というものだった。
明らかにクラーク先生が話してくれたものと違っている。
それに、クラーク先生が話してくれたものと違い、少年とその両親の詳細が語られていて、その少年が悪とされる様にはどうしても思えない内容なのだ。
何故そうも内容が違うのかと問うてみた。
クラーク先生は少し悩んだ後に、口を開いた。
「私が話したのは、昔からずっと語り継がれている黒に対する畏怖の話だ。けれど、ハデスが話してくれたのは、恐らく数少ない人間が知っている真実の話だろう。私は聞いた事がない話だったけれど」
と語る。
正直、私はここまで酷い差別だとは思っていなかった。
せいぜい、魔王とか言う存在がいて、その魔王が黒を持っていて、闇の力を操り、そして白を持つ勇者か何かが魔王を打ち倒したとか、それがきっかけで、黒は魔王の色だから悪だとか、そういう程度だと思っていた。
ハデスが話してくれた話だと、少年やその家族に同情こそすれど、嫌悪する要素なんてどこにもない。
「……もしかして、クラーク先生が話してくれた話を広めたのって、その村長じゃ……?そして、ハデスが話してくれた話を広めたのは、少年の弟だった……とか?」
私がポツリと零した言葉を、二人が聞いていた様で、私の方を向いた。
そうでなければ、ここまでの違いはないはずだ。
村長が広めたならば、必然的に少年が悪となる。
少年の弟が広めたならば、必然的に村の人々が悪となる。
「教えに来たはずなのに、私の方が教えてもらってしまったね」
重たくなった雰囲気の中、クラーク先生は明るい声で笑った。
「まあ、黒だから悪だとか、白だから善だとか、そういうのはあってはならない事なんだよ」
にこやかにそうまとめると、たくさん話してしまったから、今日はここまでだと言って席を立った。
「魔術については、また今度だ。今回もお話をして終わってしまったね」
また来るよと言って、クラーク先生は颯爽と立ち去って行った。
残された私とハデス。アビーはクラーク先生の見送りに行った様だ。
ハデスが話してくれた事が気になった私は、ハデスの服の裾をクイっと引いた。
「ねえ」
「なんですか、お姉さま」
私の問いかけに笑顔で返すハデス。
「ハデスはどうしてそんなお話を知っていたの?」
その問いに、ハデスは話すべきか少し悩んだ様な風だったが、ややあって話してくれた。
「この少年の弟というのが、僕の先祖かもしれないんです。孤児院に入る前、家族だった人から聞いていて、それで……」
だからハデスは、いとも容易く花を咲かせたり、その花を首飾りにしたりとできたのかと、そこで理解する。
そして、ハデスがいつもどこか怯えた風だった理由もなんとなくわかった気がした。
自分の先祖かもしれない人物が、そんな恐ろしくも悲しい事件を起こしていたから、それがあってハデスは、人と関わる事を極端に恐れていたのかもしれない。
「例え貴方が何者であっても、私の大切な弟で、家族である事に変わりはないわ」
私はハデスの手を強く握って囁いた。
ハデスが闇の力に呑まれてしまった悲しい少年の末裔だとしても、私の大切な家族である事も変わらない事実だ。
それを伝えずにはいられなかった。
そして今日は、クラーク先生が来る日。
ご機嫌で椅子に座って待つ私と、ビクビクとしつつ椅子に浅く腰掛けるハデス、そしていつもと変わらず涼やかな表情で佇むアビー。
少しして、コンコンとノックされる扉。
「どうぞ」
アビーが扉の向こうへ声を掛けると、ややあって扉が開く。やっぱり我が家の扉って重過ぎるのよ。
少しだけ疲れた様子で部屋へと入るクラーク先生。
「こんにちは、アリエス。ーーーおや?こちらは誰かな?」
クラーク先生の言葉に、ハデスは居心地が悪そうにモゾモゾと立ち上がる。
「私が無理を言って連れて来てしまったの」
弟と一緒に勉強したくてつい、と付け足しておく。
弟と聞いて、クラーク先生はまじまじとハデスを眺める。
(先生がじろじろと見るから、ハデスったらすっかり萎縮しちゃってる……)
「クラーク先生」
私が嗜める様に呼び掛けると、クラーク先生は申し訳なさそうに頭を掻く。
「済まない。こんなに見事な黒髪は初めて見たのでつい、ね」
怖がらせてしまったねと言って、ハデスに謝罪する。きちんと膝を折って目線を合わせている。ただハデスは思いっきり視線を逸らしているのだけれど。
すぐに私の後ろに隠れてしまうハデス。裾をキュッと握って震えている。
(か、可愛い……!)
思わず悶えてしまう私はおかしくないはず。だってこんなにも可愛らしいのだもの。
「あー……。とりあえず勉強を始めようか」
ハデスに逃げられ、私には窘められて少し落ち込んだ声色で、軽く咳払いをして、一人掛けのソファーに腰掛けながら告げる。
魔術についての勉強。背筋がピンと伸びる。
(そもそも魔術ってどういうもので、どういう使われ方をするのだろう……)
「まず初めに、ハデスはすでに理解しているだろうけれども、アリエスに向けて魔術を扱うに当たっての、魔力というものの説明させてもらうよ」
ハデスに向かってウインクするクラーク先生。思いっきり無視されているけれど。
心なしか、ハデスはクラーク先生を軽く睨んでいる様にも見える。
(ハデスはクラーク先生が嫌いなのかしら……)
「元々、この世界に生まれる人々は魔力というものを持って生まれてくる。その量が多いか少ないかは人によるんだけれどね。魔力の量が多ければ多いほど、使える力に際限がないんだ。少なければほとんど力がないに等しいんだけれども」
魔力の大小なんてどうやって知るのかしら、と疑問に思っていたら、クラーク先生が私をじっと見た。
「魔力がどのくらい強いのかどうかは、髪の色や瞳の色でわかるんだよ」
私の心を読んだかの様な返答。怖いわ。
「そしてね、髪や瞳の色が黒に近ければ近いほど、闇の力を扱いやすくなる。反対に白に近ければ近いほど、光の力を扱いやすくなる。扱いやすいというだけで、それしか使えない訳ではないんだ。だから、黒に近い髪や瞳の色をしていたとしても、強力な光の力を使える人もいれば、白に近い色をしていても闇の力のみを行使する人もいるんだ」
私とハデスとを交互に見つつ語る。
(それなら何故黒髪は忌み嫌われなければならないの……?)
クラーク先生の話を聞いて、私はそう思った。
だって、黒髪でも闇の力しか使えない訳じゃなくて、光の力だって使えるし、使い手が光の力のみを望めば闇の力を使わないという選択だってできるはずだもの。
思わずハデスを見つめる。
「……黒髪が忌み嫌われるきっかけとなった昔話でもしようか」
少し沈んだ声で口を開くクラーク先生。
とある村で、黒い髪と黒い瞳を持つ少年が生まれ、その少年は生まれながらに強大な魔力を持っていて、その力で村を恐怖に陥れた。
少年は村の人々だけではなく、自分を愛し育ててくれた両親までも手にかけ、村を滅ぼし、他の村をも葬り去っていった。
唯一生き残った村の長が、朽ち果てた村の隅でガタガタと震えていた。
王都に差し掛かった時、真っ白な髪と透明の瞳を持つ少女と出会う。
少女は少年が纏う血の匂いと恐ろしい闇の力を感じて、少年を永遠の眠りへつかせる。
「大昔にこんな事があって、黒を持つ者は忌み嫌われう存在になったんだ」
そんな恐ろしい事があったの……。
怖くなって、私は思わずハデスの手を握った。
クラーク先生がふぅっと息を吐く。アビーがすかさずお茶を出すと、グーッと一気に飲み干してしまった。
「……僕が聞いた話と、違います」
ハデスがポツリと言う。
「ハデスが知っている話はどんな話なの?」
私がそう聞くと、ハデスが教えてくれた。
大昔、真っ黒な髪に真っ黒な瞳を持った少年がいた。
その少年には年の近い弟がいて、弟は綺麗な金髪と金色の瞳を持っていた。両親にとてもよく似ていた。
その色は今まで存在しない色とされていた為、周囲は少年を珍しがって遠巻きに眺めていた。
そんな少年は家族からとても愛されて育った。
自分を愛してくれる両親が光の力を敬愛していた事から、両親に褒められたいという思いで光の力を身につける。
それまで、少年ほどの魔力を持つ人間が存在しなかった事もあり、少年は力の使い方を自分なりに学んで身につけた。
その少年は、光の力で両親や周りの村の人々を癒し助けて来て感謝されていた。
けれど、その少年は膨大すぎる魔力を秘めていて、ある日少年の力が暴走して周りの人々を傷つけてしまった。
少年は自分の力が暴走して大勢の人々を傷つけてしまった事で、心を病んでしまった。
周りの人々は少年を悪魔と噂した。
『最初だけ優しくして、その後命を奪うつもりだったんだ』
だとか、
『黒髪なんて異端な色、初めからおかしいと思っていたんだ』
だとか、囃し立てた。
そして少年だけでなく、少年の両親に対しても手のひらを返す様な酷い仕打ちをしたのだ。
悪魔を生んだ異端者だと言って、手始めに彼らは少年たちの家を焼いた。
夜更けだった為に荷物を持ち出す事も叶わず、命からがら少年たちは外に飛び出した。
少年たちを待ち構えていたのは村の人々だった。
彼らが火を放った事を知らない少年たちは、彼らに助けを求める。
『家が突然燃え出した。火を消さねばならないから、手を貸して欲しい』
と。けれども彼らは、少年たちを助けるどころか、少年たちを指差して笑い出した。
『悪魔どもがまだ生きていやがったぞ』
『こいつらバカだなぁ。誰が火を放ったと思っているんだ』
『悪魔どもには火あぶりだと思ったが、生きてるなんてな。さすが悪魔だ』
少年の母親が、村の長である男の足に縋りつく。自分たちはいいから息子の手当てをして欲しいと懇願した。
大きな団子鼻をした目つきの鋭いガリガリの老人は、少年の母親を邪魔そうに蹴った。
それを見た少年の父親が母親を抱き起こしつつ、庇う様に前に立つ。
『私の妻が何をした』
『私の息子が何をした』
『私たち家族が貴方たちに一体何をしたというのだ』
父親がそう言うと、村の人々が口々に喚く。
『お前の息子が我々を傷つけて陥れた』
『髪に等しい力を持ちながら、人々を傷つける為に使った』
『悪魔』
『異端者』
少年は怒りと虚しさと悲しさで胸がいっぱいになって、ボロボロと涙を流した。
自分が人々が持ち得ない色を持っているから、
自分が膨大な力を持っているから、
そしてその力を制御しきれずに暴走させてしまったから、
自分が生まれてきたから、
だから自分だけでなく両親が酷い扱いを受ける。
その事が少年の心に重くのし掛かる。
そんな少年たちをよそに、老人は村の人々に何か耳打ちしている様だった。
それを聞いた村の人々はにたりと下卑た笑みを浮かべてどこかへ走っていく。
少年の両親は必死に村の人々に語りかける。
『息子はこれまでずっとこの村の為に力を使っていた』
『制御しきれなかったのは息子ではなく、それを諌められなかった自分たちだ』
『罰なら自分たちが受けるから、息子だけは助けて欲しい』
『どんな罰でも受けるから、だから息子だけは……!』
その言葉が聞こえていないかの様に、村の人々はニヤニヤとしている。
やがて、どこかへ走っていった人々が戻ってきた。
手には何か鉄の棒の様なものを持っている。
老人がその棒を受け取ると、父親に向けた。先端は大きな円形をしていて、赤い色をしていた。熱を帯びているらしい。
老人はニタニタと汚らしい笑みを携えて、父親の顔にその先端の円形を押し付ける。
ジュッという音とともに、肉の焼ける匂いがした。
その円形は人間の顔ほどの大きさをしていたからか、父親は悲鳴を上げる事なく身悶えていた。少年と母親はその様子を、信じられないものを見る様な目で見ていた。
老人がその円形を父親から離した後、父親は動かなくなっていた。
そのまま老人はまた別の棒を村の人から受け取り、それを母親へと向けた。
ひぃっと情けない悲鳴を上げたが、村の人々に体を押さえつけられた母親は抵抗する事もできず、その円形を顔に受ける。
少年も押さえつけられていたから、見ていることしかできなかった。
母親もまた動かなくなった。
少年は、自分のせいで両親が殺されたのだと心の中で反芻する。
光の力を求めた少年は、村の人々に対しての復讐の為に、闇の力を求めた。
闇は容易く少年に応えた。
少年はその村を闇の力で覆い、村には飢餓と疫病が広まり、あっという間に滅んだ。生き残りは唯一、村の長である老人と、運良く難を逃れた少年の弟だった。
少年に応えた闇の力は、それだけでは飽き足りずに世界さえも滅ぼさんとした。
しかし少年は、その途中で強大な光の力を持つ髪も瞳も真っ白な少女の手によって永遠の眠りにつく事となる。
村で生き残ったのは老人で、その老人は少年の非道を懇々と語り続けたそうだ。
少年を永遠の眠りへ誘った少女は、女神と呼ばれ語り継がれている。
というものだった。
明らかにクラーク先生が話してくれたものと違っている。
それに、クラーク先生が話してくれたものと違い、少年とその両親の詳細が語られていて、その少年が悪とされる様にはどうしても思えない内容なのだ。
何故そうも内容が違うのかと問うてみた。
クラーク先生は少し悩んだ後に、口を開いた。
「私が話したのは、昔からずっと語り継がれている黒に対する畏怖の話だ。けれど、ハデスが話してくれたのは、恐らく数少ない人間が知っている真実の話だろう。私は聞いた事がない話だったけれど」
と語る。
正直、私はここまで酷い差別だとは思っていなかった。
せいぜい、魔王とか言う存在がいて、その魔王が黒を持っていて、闇の力を操り、そして白を持つ勇者か何かが魔王を打ち倒したとか、それがきっかけで、黒は魔王の色だから悪だとか、そういう程度だと思っていた。
ハデスが話してくれた話だと、少年やその家族に同情こそすれど、嫌悪する要素なんてどこにもない。
「……もしかして、クラーク先生が話してくれた話を広めたのって、その村長じゃ……?そして、ハデスが話してくれた話を広めたのは、少年の弟だった……とか?」
私がポツリと零した言葉を、二人が聞いていた様で、私の方を向いた。
そうでなければ、ここまでの違いはないはずだ。
村長が広めたならば、必然的に少年が悪となる。
少年の弟が広めたならば、必然的に村の人々が悪となる。
「教えに来たはずなのに、私の方が教えてもらってしまったね」
重たくなった雰囲気の中、クラーク先生は明るい声で笑った。
「まあ、黒だから悪だとか、白だから善だとか、そういうのはあってはならない事なんだよ」
にこやかにそうまとめると、たくさん話してしまったから、今日はここまでだと言って席を立った。
「魔術については、また今度だ。今回もお話をして終わってしまったね」
また来るよと言って、クラーク先生は颯爽と立ち去って行った。
残された私とハデス。アビーはクラーク先生の見送りに行った様だ。
ハデスが話してくれた事が気になった私は、ハデスの服の裾をクイっと引いた。
「ねえ」
「なんですか、お姉さま」
私の問いかけに笑顔で返すハデス。
「ハデスはどうしてそんなお話を知っていたの?」
その問いに、ハデスは話すべきか少し悩んだ様な風だったが、ややあって話してくれた。
「この少年の弟というのが、僕の先祖かもしれないんです。孤児院に入る前、家族だった人から聞いていて、それで……」
だからハデスは、いとも容易く花を咲かせたり、その花を首飾りにしたりとできたのかと、そこで理解する。
そして、ハデスがいつもどこか怯えた風だった理由もなんとなくわかった気がした。
自分の先祖かもしれない人物が、そんな恐ろしくも悲しい事件を起こしていたから、それがあってハデスは、人と関わる事を極端に恐れていたのかもしれない。
「例え貴方が何者であっても、私の大切な弟で、家族である事に変わりはないわ」
私はハデスの手を強く握って囁いた。
ハデスが闇の力に呑まれてしまった悲しい少年の末裔だとしても、私の大切な家族である事も変わらない事実だ。
それを伝えずにはいられなかった。
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