ただのモブなので、お気になさらず。

空酉(ことり)

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二章 本編へ

次の出会い

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入学式とクラス分けを終え、今日からは授業が始まる。
前世での勉強好きの血が騒ぐ。
どんな授業だろうなぁと楽しみになる。

食堂が開くまで、まだ時間に余裕があったので、どうしようかとベッドの上で悩む。
昨日早い時間に寝たお陰で、かなり早起きしてしまった。
隣のベッドでは、サナはまだぐっすりと眠っていた。
(寝顔も可愛らしい……)
愛らしい寝顔を堪能して、少し散歩してから朝食を摂ろうと、サナを起こさない様に注意しながら、そっと支度をして部屋を出る。

女子寮自体がかなり静かで、皆まだ眠っているのだとわかった。
足音を立てない様に気をつけつつ歩く。
女子寮をそっと出て、朝の清廉な空気を胸いっぱいに吸い込む。
早起きしたからか気分がいい。
すぐ隣にある男子寮も静かな雰囲気で、恐らくまだ大半が眠っているのだろうと思う。

少し歩いて、開けた場所に出る。
そこには、温室の様な建物がいくつかあった。
気になった私はその一つへふらりと立ち寄る。
心が安らぐ様な優しい香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
建物に近づくにつれて、その香りは強くなる。
(この香りはラベンダーかしら)
扉の鍵が開いていたので、「お邪魔します」と小さく声をかけて中へ入る。
ラベンダーの花が一面に咲き誇っていて、とても綺麗だ。
少し屈んで、その香りを楽しむ。

「……あ」
少しだけ高い声がしてその方向へ視線を向けると、背の低い可愛らしい風貌の少年と、背の高いガタイの良い少年が立っていた。
可愛らしい風貌の少年は、赤みがかった薄い水色の髪色と、大きな目は青みがかった薄い藤色の瞳をしている。
ガタイの良い少年は、日差しを浴びる柳の葉の様な淡い黄緑色の髪と、三白眼に近い、少し目つきの悪い細い目は、灰味の強い鈍い黄緑色の瞳をしている。
どちらも、美形。
ぱっと立ち上がる私。
「勝手に入り込んでしまって申し訳ありません。私は一年生のアリエス・ベル・ナイトレイと申します」
慌てて私が名乗ると、二人は気にしなくていいと言ってくれた。
「植物を荒らしたり、盗んだりしなければ、好きなだけ見てくれて構わない」
ガタイの良い少年は、低すぎてかすれた様な声で答える。
「僕たちは三年生だよぉ。僕は、エリオット・フィン・ラブグッドで、こっちがクロノス・ジーン・ネイサンっていうのぉ」
ふわふわとした笑顔で、少し間延びした話し方で名乗ってくれた。
三年生なのか……。
(ガタイの良い方は、クロノス・ジーン・ネイサンって言ったっけ……。うん、攻略キャラクターだわ……)

クロノス・ジーン・ネイサン。
ウィザースプーン学園の副生徒会長を務めている人物で、魔力が高いだけでなく、武力にも優れている。
基本的に無口というか、言葉数の少ないキャラクターで、そのせいで発言を悪い方に捉えられてしまい、中々好かれにくいという難儀な性格を持つ。
ヒロインは、言葉数の少ない中にも優しさを滲ませるクロノスに惹かれていく。
クロノスはこのゲームにおいて、一二を争うほどの難易度の高い攻略キャラクターである。
どの選択肢にも共通して、好感度の振れ幅が大きいのだ。
言葉数が少ないキャラクターであるがゆえに、一つ選択肢を間違えると、好感度が一気に下がる。
アテネと同じで、死人が出ない平和なルートではあるが、ハッピーエンドに進むには、好感度を最高値にしなければならない。
好感度が最高値に達していなければ、即バッドエンド行きだ。
バッドエンドでは、クロノスはヒロインに振り向く事なく、ヒロインの片思いのままクロノスは卒業していく。
単なる片思いエンドとして終わるので、悪役も魔王も一切出てこない平和さ。
失恋の悲しさのみが残るエンディングになっている。
ハッピーエンドでは、デレを発揮したクロノスから熱烈に愛を告げられ、クロノスの卒業と同時に婚姻が結ばれるという幸せな終わりになっている。

一方のエリオット・フィン・ラブグッドというキャラクターは、攻略対象外のキャラクターである。
ただ、見た目の愛らしさで一部に熱狂的なファンが存在する。
過激派のファンが「何故エリオットさまが攻略対象外なのよ!」と激怒していて怖かった記憶がある。それ以外にも、まあ色々と、ね。

「他の建物ではどんな植物を育てているのですか?」
私の問いに、エリオットが答えてくれる。
「主にハーブを栽培しているんだよぉ~。食堂でハーブティーとして出させてもらっているんだけどね、味が少し苦味があって、あんまり飲まれてないんだぁ。……効能はいいから、残念だなぁ……」
エリオットの言葉に思わず頷く。
確かに、ハーブティーは、飲み慣れていないと、味のクセが強い為、飲み慣れていない人には敬遠される嗜好品だ。
私はクセのある味が少しだけ苦手で、飲む時にはハチミツを入れている。
味がマイルドになって飲みやすくなるのだ。
「……ハチミツを入れれば……」
私の小さな囁き声を、クロノスが拾う。
「ハチミツ?」
「え?……ああ。私はハチミツを入れて飲むのが好きなので、どうかなと思いまして」
そう告げると、クロノスが「なるほど」と何度も頷いていた。
エリオットもそれを聞いて、ふむふむ~と頷いていた。
「アリエス、だっけぇ?ありがとうねぇ。今度試してみるねぇ~」
スキップでもしそうなくらい嬉しそうな表情を見せるエリオット。
クロノスが、わずかに笑ったのが見えた。
(……笑った表情なんて、ハッピーエンドのスチルでしか見た事なかった……。レアなものを見てしまった……)
レアすぎるクロノスの笑顔に、心の中で拝む。

そんな話をしていると、私のお腹がぐぅ~っと主張をした。
「……」
「……ふふっ」
「……ごめんなさい」
クロノスが目を見開いて私を見て、エリオットは楽しそうに笑っていて、私は恥ずかしさで埋まりたくなった。
「そういえば、そろそろ朝食の時間だぁ~!僕もお腹が空いて来ちゃったよ~」
えへへと笑って自分のお腹を撫でる。
「君も一緒に行こうよぉ~。ね?」
エリオットが両手をパタパタと動かしながら、誘ってくれたので、快諾する。

「今日の朝ごはんは~、なんだろ~な~」
楽しそうにスキップをしながら前を歩くエリオットに、思わず笑みが零れる。
年上だけれど、とても可愛らしい。
私の隣を歩くクロノスはとても静かで、エリオットを見守っている。
兄弟みたいだとぽつりと零すと、クロノスがまたそっと笑った。
(こんなに笑うキャラクターじゃないわよね……)
滅多に笑わない人物の笑顔に、私は少しくらっとした。推しではないけれど。

食堂へ向かう途中の事。
「エリオットにクロノス!」
はきはきとした中低音の声がして、エリオットとクロノスが振り返る。
「よっ」
エメラルドの様に鮮やかな緑色の髪と、太陽を反射する青々とした海の様な深い藍色の瞳をした男性が、にこやかに片手を上げていた。
「……ウラノス先生」
「おはようございます~」
ウラノスと呼ばれた男性が、私に気づいたのか、こちらへと近づく。
「君は……?」
「私は一年生のアリエス・ベル・ナイトレイと申します。ええと……」
「俺はウラノス・メル・ラミレスだよ。一応教師をやってるんだ。三年生の担当だからあまり会う機会はないだろうけれど。……まあよろしくね、可愛いお嬢さん」
ウインクを飛ばすウラノス。


ウラノス・メル・ラミレス。
教師という設定の、攻略キャラクターだ。
チャラ男の様な印象を受けるキャラクターだが、かなり一途な性格である。
入学後に、温室に迷い込んだヒロインを助けた事をきっかけに、ヒロインに興味を持つ様になる。
ウラノスは、三年生を受け持つ教師の為、イベントが起こるのは基本的に温室や中庭といった場所になっている。
昼休みは必ず温室か中庭に行き、なおかつ好感度を最高値に上げなければ攻略できないキャラクターだ。
まあ、その場所に行きさえすれば会えるという、他のキャラクターとは違って、いる場所が固定されているので、比較的攻略自体は簡単になっているのだけれど。
終盤の選択肢はないが、それまでに好感度を最高値に上げておく必要がある。
そして、ウラノスルートにおいては、悪役はいない。
平和だと思うだろうが、バッドエンドは平和ではない。
ウラノスルートのバッドエンドでは、自分に振り向いてくれないヒロインが、他の攻略対象のキャラクターたちを含む男性キャラクターと親しげに話しているのを許せなかったウラノスが、ヒロイン以外の人物の命を魔術で吸い取ってしまうのだ。
そして、生き残ったヒロインを攫い、自室へ連れ込み監禁してしまうというヤンデレ好き歓喜なエンディングを迎える。
好感度が最高値であれば、ハッピーエンドになる。
ヒロインが、自分が卒業するまで気持ちが変わらなければ、先生の想いに応えますと告げ、一途にヒロインを思い続けたウラノスが、卒業式後にプロポーズして結ばれる。

私はヤンデレが少し苦手で、バッドエンドは直視できなかった。
ヤンデレが苦手というか、理不尽に命を奪われるのが好きではないだけなのよね。
しかしハッピーエンドでは、とても優しい気持ちになってほっこりしたので、中でも好きなルートになっている。
ウラノスルートのバッドエンドは、正直もう見たくはないのだけれど。


「俺はこれから用事があるから、そろそろ行くね。また会えたら嬉しいな、可愛いお嬢さん」
投げキッスしつつ立ち去るウラノス先生。
さり気なくその投げキッスを払い除ける仕草をするクロノスに笑いが込み上がる。
嫌っている訳ではないのだろうけれど、苦手意識はあるらしい。

「僕たちも、食堂に行こっかぁ~。お腹ペコペコだよぉ~」
お腹を撫でながら、私とクロノスに微笑みかけるエリオット。あざと可愛い。
「……そうだな」
三人で食堂へ向かうと、食堂の前にアルテミスとハデスが立っていた。
「「アリエス!」」
二人が同時に私の名を呼びながら駆け寄る。
「部屋に呼びに行ったらいないから、どうしたのかと思ったわよ……!」
「ここなら来るかと思って待っていたんだ」
目に涙を浮かべながら私に抱きつくアルテミスと、そのアルテミスを引き剥がしつつ私に微笑みかけるハデス。
「……そっちの人たちは誰?」
ハデスが鋭い視線をクロノスとエリオットに向ける。
が、二人とも気に求めていない様で、普通に自己紹介を始める。
「僕はエリオット・フィン・ラブグッドで、こっちはクロノス・ジーン・ネイサンだよぉ~。一応三年生だから、わからない事があったら、いつでも聞いてね~。クロノスは生徒会の副会長だし、僕も生徒会のメンバーだから、生徒会室に来てくれたらいつでもお話できるよぉ~」
ふわふわとした柔らかい笑顔で、ハデスに名乗ると、ハデスが「これが三年生……?年上……?」などと困惑していた。
そのまま、クロノスとエリオットとは別れて、ハデスとアルテミスとともに食事を摂る。
その間もずっと二人から、何故部屋にいなかったのかや、どうしてあの二人と一緒にいたのかを聞かれた。
そのまま答えると、「もう少し危機感を持ってちょうだい」と呆れられた。
そんなに私は頼りなく見えるのかしら。
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