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二章 本編へ

学園生活スタートです

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朝食をしっかり食べてから、教室に向かう。
教室にはすでにクラスメイトたちが集まっていて、自由席だという事もあって、後ろの席は埋まってしまっていた。
空いている前の席に座る。
(先生って、誰なんだろう……。トーマス先生なら嬉しいけれど、どうかしら……)
私はわくわくとした気持ちで授業の開始を待つ。
始業前の予鈴が鳴ったすぐ後に、サナが教室に駆け込んで来た。
ワンピースのリボンが少し歪んでいるので、ギリギリまで寝ていたのだろう。
スカートの裾も少し折れている。
な、直したい……!

私を見つけて、サナがこちらへやって来る。
「サナさま、おはようございます」
私が挨拶すると、おはようと返してくれた。
髪型を気にしている様子にくすりと微笑みつつ歪んだリボンとスカートを直すと、サナは恥ずかしそうに俯いてしまった。
ややあって本鈴が鳴って、先生が教室に入る。
トーマス先生だ。
(初授業が最推しなんて、幸せすぎるわ……)
ついつい先生に見惚れてしまう。
朝から幸せをありがとう。
「皆さん、おはようございます」
朝から耳に優しい中低音の声にうっとりする。
「入学式の翌日で、きっと皆まだ疲れているだろうから、授業は少しだけにしようね」
慣れない学園生活を過ごす生徒を気遣った言葉に、更に好感度が上がる。
他の生徒たちからも、喜びの声が上がっていた。
が。
少しだけにしようと言っていたのに、結局先生は授業に熱が入って、終わったのは終業のチャイムが鳴った頃だった。
ずっと魔術について熱く語っていた。
私は楽しかったし、無邪気な顔の先生を見られて幸せだったのだけれど、他の人たちはそうではなかったらしく、疲弊していた。
「あれ?もう授業の時間が終わりなのかい?……ああ、ごめんごめん。つい時間いっぱいまでやってしまったよ。次からは気をつけるね……」
申し訳なさそうに頭を掻く先生。
その仕草が可愛らしくてキュンとする私。
クラスメイトたちは「初日からみっちり授業なんて……」と、ぐったりしていた。
先生の話を聞いて終わる授業なんて、楽だし良い授業だと思うけどなぁと苦笑い。

数十分の休憩時間を挟み、次の授業が始まる。
「おはよう、皆」
中性的だが、どちらかといえば女性の様な顔立ちをした、中低音の声を持つ先生が教室に入る。
キラキラとした色素の薄い金色の髪と瞳をした、手足も細長くすらりとした男性だ。
(男性、だよね……)
笑顔だが、目が笑っていない気がして、少しだけ怖い。
(……怖いなんて、失礼ね……)
「初めまして、になるのかな。私はエレボス・ノア・リースマン。今日は初日だから、私に対する質問を受け付けようかな。ーーーなにかあるかな?」
ウインクのおまけをつけて問いかける。
一部女子生徒からはうっとりとした視線を向けられ、様々な話題が飛び交う。

(エレボスって名前、神話の神さまの名前にあるけれど、攻略キャラクターにはいなかったし、そもそもゲームに出て来ていない、わよね……。どうしてこの名前……)
隠しキャラクターもいたが、エレボスではなく別の名前だ。
なのに何故か神さまの名を持っているという不思議。
私という異分子が転生してしまった事がきっかけで、少しずつだけれど、シナリオや登場人物が変わってしまっている……?



「姉さん、大丈夫?」
ハデスの声ではっとする。
どうやら授業が終わっていたらしい。
心配そうな表情で私を見るハデス。
大丈夫だと答えると、「嘘よ!」という声にかき消された。
「アリエス、貴女ずいぶんと顔色が悪いわ……。何かあったの?」
「話せる範囲でいいから、話してくれませんか?」
アルテミスとアテネにそう言われて、自分がそんなにひどい顔をしているのかと驚く。
「あー…………。えっと……」
言いよどんでいると、その瞬間に私のお腹が鳴った。
「ぷっ」
「姉さん、お腹が空いていたんだね」
「そういえば、もうお昼ですね」
都合よくお腹が空腹を訴えてくれた事で、なんとか誤魔化せた、はず。

そんな話をして、やっと昼休み。
クラスメイトたちは、昼食を楽しみにしていた様で、終業のチャイムと同時に皆一斉に教室を飛び出して行った。
「僕たちも食堂に行こう」
「お弁当にして、外で食べましょうよ。今日はせっかく天気がいいのだから」
「あの……私もご一緒してもいいでしょうか……?」
おずおずと私を上目遣いに見る。
可愛すぎてまた抱きしめそうになったが、我慢。よく我慢したわ、私。
「もちろん!一緒に食べましょう」
私が笑いかけると、アテネは嬉しそうに微笑む。天使ね。

食堂へ向かうと、あまりの人の多さに驚く。
そういえばゲーム本編でも、昼休みの食堂は一番混み合っていたっけ。
中で食べる人が多いらしく、持ち運び用の弁当は残っていたので、人混みを避ける様に弁当を買って食堂を後にする。
そのまま中庭に向かう。
人混みに酔ったのか、私以外はぐったりしていた。
アルテミスに「どうしてそんなに涼しそうな顔をしていられるのよ……」とじとっと恨めしそうに見られたが、「前世で満員電車を毎日経験していた」とは言えなかったので、曖昧に笑って誤魔化す。

食事を終えた頃にはすっかり元気になった様で、アルテミスはアテネの手を引いて花を愛でていた。
美少女二人が花を愛でる姿は絵になる。
(……あの二人って仲良くなっていたんだ……。いつの間に……)
ゲームの本編では、ほとんど関わりのなかった二人だったので、仲良くなれるのか心配していたが、杞憂に終わった。
すっかり打ち解けて楽しそうに談笑している。可愛い……!
微笑ましく眺めていると、ハデスが私の頬へ手を伸ばす。
「……パンくずがついていたよ、姉さん」
はにかんだ表情で、私の頬についていたパンくずをすっと取ってくれた。
は、恥ずかしい……!
「あ、ありがとう……」
あまりの恥ずかしさに埋まりたくなる。
(うぅ……今までで一番いい笑顔をしてる……)
姉としての威厳が……と落ち込むが、そもそも威厳なんてなかったなと思い出す。しょんぼり。

「あげるわ」
しょんぼりしていると、アルテミスの声がした。
頭の上に、ふわっと軽いなにかが乗った感触。
何かと思って、触ってみると、それは花冠だった。
色とりどりの花で作られたそれは、ところどころ不格好だったが、とても綺麗だった。
「さっき、落ち込んでるというか、元気がなかったでしょう?……だから、アテネと一緒に作ったの。不恰好なところは私が作ったところだから、あまり見ないでちょうだいね」
「少しは元気になって、くれましたか?」
アルテミスとアテネの言葉で、気づかれていたのねと苦笑。
「貴女はいつも笑っているから、だから余計に気になったのよ」
心配そうな表情で、私の額に手を当てるアルテミス。
「……熱はなさそうだけれど」
三人の優しさが、心に沁みる。
「三人のお陰で、元気になったよ。……ありがとう」
私がそう言うと、また気を遣っているのではないの?と言われてしまう。
「まあいいわ。何かあったら、すぐ私やハデスたちに言ってちょうだいね。でなければ、怒るわよ」
アルテミスの言葉に素直に頷く。
全部は話せないけれど、甘えさせてくれる大切な人だ、その時が来たら、ちゃんと甘えたいと思う。

ハデスたちと話して、心が軽くなった私は、またいつも通りの笑顔に戻る。
もう一度だけ三人にお礼を言って、教室に戻る。

教室に戻ると、トーマス先生から「午後の授業は休みになったよ」と告げられ、私は落胆し、他のクラスメイトたちは喜んでいた。
授業が休みになったという事で、大半が教室から出てわいわい雑談をしつつどこかへ行った。
(図書室にでも行こうかしら……)
授業が潰れたので、私は自習でもしようかと扉へ向かう。
私が扉に手をかけるのと同時に扉が開いた。
「うわっ?ごめんね、驚かせちゃったね」
アルト寄りの少し高めの声の少年が、私に気づいて眉を下げて謝罪する。
赤銅色の髪と瞳をしていて、タレ目気味の小さな目。背はひょろりと高い。
「ちょっといいかな。アリエス・ベル・ナイトレイって子、このクラスにいるかな」
教室の中に残っている数名に向けてそう言葉を吐く。
(私を呼びに来たの……?)
一瞬ぽかんとして、すぐにその少年に話しかける。
「アリエスは、私ですが。一体なんのご用でしょうか?」
「君だったのか」
私をじっと見て、軽く咳払いをする少年。
「俺は、一応生徒会のメンバーで三年のアトラス・ビアスって言うんだ。あー、生徒会のエリオットとクロノスって知ってるかな。そいつらが、もし時間があれば生徒会室に来て欲しいって」
(アトラス・ビアス……!攻略キャラクターだわ……!)
「時間ならありますけれど……」
私がそう答えると、にかっと笑って「案内するからついて来て」と告げた。
心配するハデスたちも、何故かついて来てしまったけれど。


アトラス・ビアス。
他の攻略キャラクターたち美形すぎて、若干霞んでしまう所もあるが、アトラスも顔が整っている。
とても優しく気遣い屋で、とにかく繊細な性格の持ち主。
植物を育てるのが趣味で、暇を見つけては温室にこもって植物の手入れをしている。
他のキャラクターに比べて、とても素朴なキャラクターなのだ。
華美さはないが、安心して見ていられる人物だ。
アトラスルートにはバッドエンドが存在しない。
ノーマルエンドとハッピーエンドのみで、ノーマルエンドでは、仲の良い友人という関係で終わる。
ハッピーエンドでは、お互いの想いをそれぞれ花を持って、その花言葉で確かめ合い、アトラス宅の庭の温室で植物を一緒に育てていくというものになっている。
このゲームで一番平和で甘酸っぱい青春の様な感じで、安心して進められるルートになっている。



教室を出て、少し離れた所に、二人立っていた。
「アトラス。クロノスたちが呼んでいた女の子はいたのか?」
「ああ。この子だよ」
アトラスの言葉で、少年が私を見る。
「……俺は生徒会のメンバーじゃないんだけど、こいつの付き添いで来たんだ。驚かせて悪いな。ニュクス・ボールドウィンだ。学園内でなにか困った事があれば、俺でもこいつでも、頼ってくれよ」
翡翠色の髪と瞳を持ち、一重で細い目。標準的な体格ではあるが、やや筋肉質で背が高い。
多少体格が良いので、実際の身長よりも大きく見える。
(彼は攻略キャラクターではないはず……。何故神さまの名を……?)
名前について気になったが、そこには突っ込まずに微笑む。
「私は生徒会で書記をしている、二年のガイア・グリフィスです」
無に近い表情で淡々と話す少女。
彼女も攻略キャラクターではないが、生徒会のメンバーを攻略する際に出てきて、様々なアドバイスをくれる役だ。
ゲーム本編でも思ったけれど、見事に無表情。
菖蒲色の髪と薄桃色の瞳で、長い睫毛をいつも伏せている。
背は私とそう変わらないだろうが、とても華奢で、触ったら折れてしまいそうなほど。
美少女だから、無表情なのはもったいないなぁと思う。
きっと笑った顔は素敵なんだろうとそっと想像する。

アトラスたちに連れられて、私たちは生徒会室へとやって来た。
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