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第15話

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その日、百合子が帰った後

青川さんから電話が掛かってきた。


「…もしもし、鈴?」


「もしもし、青川さん?」


なんだか暗い声だった。


「暇ですよ…?どうされました?」


「…話そう。俺の家来て。」

苦しそうな声だったので、すぐに駆けつけた。





鍵が開いていた。

中におそるおそる入ると、ベッドの上で布団にくるまった塊がいた。


「青川さん?…どうされました?」

「鈴… ありがとう。」


むくっと起き上がって私に顔を見せた。


すごく酷い顔をしていた。いつもは爽やかに笑っているのに

けだるさが表れ、顔は青白く、病人のようだった。


笑顔も引きつっている。



私は駆け寄り

「…いったい何があったんですか?」


おずおずと聞いた。





青川さんは怒りのような諦めのような表情をしながらつぶやき始めた。


「俺は、会社に商品としてしかみられていなかった。
俺にとって仕事は夢でもあるし頑張ってきたはずなんだ。
今回の仕事は、新曲を作らなきゃいけなくて、だけど俺は作り出す気がどうしても起きなかったから断ると言ったら猛反発されたから頭にきて、俺に指図するならやめてやる!って言ったんだ。それからというもの、みんなぺこぺこでさ。結局みんな、俺の機嫌をとって会社の金にさせるんだろう。こう、なんだろう。俺を説得させようとか、コミュニケーションを大事にしよう。とか無いのかと思うと、もうどうでもよくなってきて心が荒んできて、仕事も苦しい。歌いたくない。それに、周りの圧がつらい。俺は青川優でい続けなきゃいけない。プレッシャー。いい曲を作り続けることを求め続けられる毎日が…。」


そう言うと、どんどん表情が険しくなって涙が一粒溢れた。


私は、青川さんが泣いた事に一番傷付いた。
私も目に涙を溜めた。




私は、青川さんが心を許してくれる人の中に入れされてもらっている、だから青川さんの許す限り側に付き添って彼の心を助け続けたいと思った。
支えたいと思った。守らなくてはと思った。


私は手をとった


「青川さんは…求め続けられる事は仕方ないと思います。でも、青川さんも本当は普通の人なんです。頑張らなくていいんですよ。自分のペースで頑張れば。でも、やっぱりお仕事は生きる為に必要な事なんです。ドタキャンやブッチはダメですよ。そこをちゃんとこなしていく事で信頼関係が生まれていくんですから。つくっていくんです。辛くなったら私がお話聞きますから。」



そう言って私は微笑みかけた。
私は、青川さんの事が好きだなぁとやっと自覚した。
そばにいれたら、なんて思い始めていた。


青川さんは、出会った頃と同じ様な顔をした。
驚いた様な、嬉しい様な、きょとんとした可愛い顔に戻っていた。




しばらく間をあけると


青川さんは、
私を抱きしめた。


布団を肩から被ったまま


私達は布団に包まれた。


青川さんは彼独特のしゃがれていながら透き通った声で叫ぶようにこう言った。

「鈴がいたから、今、俺は俺を持ち続ける事ができた。君は僕の大切な人だ、恩人だ。君がいたから…。君の事が好きだ。わかっていたんだ。いつからか愛しているって。友達としてじゃ無いんだ。女性として愛している。そう、愛してるんだ。やっと気付いた。鈴、俺のそばにいてほしい。意味が分かる?」


こんなに美しい告白は初めてだった。
こんなに幸せな気持ちになれる事がこの世にあるなんて気付かなかった。
目に見える世界が変わった。
涙が出た。
私は抱きしめ返した。
それが返事の代わりだった。


美しい夢の始まりだった。
天使達に静かに祝福され、見守られる恋だった。
愛される資格を持ち生まれた者同士の優しい愛だった。
純粋な白いベールに包まれていた。
これから2人にはどんな困難が待ち受けているのか。
それでも、愛を分け合い強く生きていくだろう。
何もかもまばゆかった。


青川さんの笑顔は泣き笑いのようで
彼のこんなに幸せそうな笑顔は初めてだった。



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