蘇生勇者と悠久の魔法使い

杏子餡

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呪われた多尾族と嘆きのセイレン

第101話

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 岸辺からしっかりとした眼差しで見送る魚顔の老人と、不安そうな目で見つめるその息子の姿が徐々に見えなくなった頃、不安など全く感じる事の無い程に硬く真っ直ぐに伸びた氷の道の上をひたすら歩きながらイサムはユキに尋ねる。

「セイレンが妹だと言ってたが、やっぱり人と同じで親から生まれて来るんだよな?」
『ふふ…親ですか…いいえ、私達の様な精霊は自然の中に存在する【魔元素まげんそ】が結晶化して生まれます。そうですね…強いて言えば、その魔元素が親みたいなものでしょうか』
「魔元素が結晶化? 水や火が結晶になって生まれるって事でいいのか?」

 星が誕生し、生物が跋扈ばっこする遥か昔から存在している魔元素、この星の源であり魔素の海から生まれ出て世界に形を成す為の全ての始まりであり命の核となる。
  その魔元素が長い年月をかけ創り上げた広大な大地や巨大な山々、風や雨や炎などの自然と呼ばれるものが意思を持ち、核と言う物質に人とは異なる方法で魔素を蓄え、自然に寄り近い形を保持したままユキやイフリト等の精霊が誕生するらしい。

『はい、ですが姿形は様々です。姿を持たず、人との間に一線を引き全く関わらない者、タイタの様に人と共に暮らし生活を助ける者、そして旅の目的地に居るであろうナイトメアは、元々は力が無い為、人に寄生して魔素を得ています。こいつの場合は人の夢を糧にする者の様です』
「成る程な…まぁ要するに自然の中から生まれた存在って事だな」
『そうですね、そう解釈して貰って良いと思います』
「…イサム…本当に分かったの?  でもセイレンってユキにそっくりだったわよ? 双子だったの?」

 後ろからついて来るエリュオンがユキに尋ねる、その話を仲間達も聞きたそうに見つめている。

『双子…そう思ってくれたなら私も嬉しい。我々は元は一つだったのだから…』
「言い難ければ話すこと無いぞ、人と同じ様に精霊にも色んな事情があるだろうし、それに詳しい話は操られているセイレンを助けてから聞こうか。向こう岸に行く前にもう一仕事しなくちゃいけないみたいだ」

 イサムが全員を静止させる。ユキも気付いているらしく周囲の水面を見渡している。

「どうしたの?  敵?」
「ああ、囲まれてるな…急に現れたのは、感知出来ない河の底から上がって来たか、それとも湧いて出たかだろうな」

 水面にイサム達を囲むように敵が増えていくのを見てユキが提案する。

『河を全て凍らせて倒しますか? その方が早いですし』
「いや他の普通の魚が死んでしまうだろ、やるなら魔物だけ倒したい。エリュオン潜って倒さないか?」
「えー私は水に入るのは嫌よ。この先のバレンルーガで乾かせる保障も無いんだから」
「じゃぁネルタクは?」
「ユキ様と同じ様に周辺を凍らせてはどうですか? どの道剣を振るえば凍りますし」
「…タチュラならどうする?」
「妾なら…」

 ネルタクの意見を却下したイサムが、肩の上に小さくなって座っているタチュラに話しかけた途端、突如数匹の魔物達が勢いよく飛び掛って来る、その姿はフェアリーの国テイルガーデンで襲われたパックと呼ばれた色違いの魔物だった。大きさは約一メートル、平たい体の半分が口で出来ている魔物だが、大きく口を開き飛び掛ったまま、その口が開いたまま仲間達に触れる事無く空中で動きが止まる。

「まだ妾が話してる所ですわ、礼儀がなっておりませんわね」

 冷たく言い放つタチュラが、片手を前に出して軽く握り締めた拳を開いた。すると九十度開いたまま固定されていたパックの口が、ギシギシと音を上げながら閉じるとは逆の方向に力が入っていく。そして抵抗する事も出来ずにその魔物達は耳障りな音を更に大きくさせて折り畳まれていく。

「うぇっタチュラ! もう少し倒し方考えろよ」
「そう言っても襲い掛かってくるこいつらが悪いのですわ」
「じゃぁ水の中でやってくれ、流石に空中で見せられると気持ち悪い」

 河の水を指差して指示するイサムに対してタチュラが首を振る。

「それは無理ですわ。水の中では糸を操れません」

 そう言うタチュラは、目に見える程の糸を水中で泳ぎまわっているパック達に向けて放つ。だが水面に触れた瞬間に力の抜けた糸が水面に浮かびユラユラと揺れている。

「水が駄目なのか…じゃぁどうする? 先に進みながら飛び掛ってくるのを待つか…」
「あのぅ…」
「それとも俺が囮になるか…」
「あのっ!」

 突如大きな声を上げたのは、後ろからついて着てたディアナだった。

「わっ私が、たっ倒します!」
「本当に出来るのディアナ?」
「でっ出来ます! 任せてください!」
「そういや【テントウムシ】以外にもテテルから武器を借りてきてるって言ってたな。よし任せよう!」
「はい!」

 嬉しそうに返事をしたディアナは、展開させた魔法陣の中に両手を入れその中から真っ黒いヘルメットを取り出す。よく見るとすべてが黒ではなく、黄色の縁取りがされ丸い目と細長い触覚が左右対称に取り付けられている。そしてそれを勢い良く被ったディアナはピコピコと動き出した触覚を確認しながら声を上げる。

「来なさい【ゲンゴロウ】!」

 その声に呼応して空間に現れた無数の魔法陣の中から、人の頭より大きく黒く平たい流線型の体系と、横に広げた大きくブラシ状の毛が生えた長く太い後脚の昆虫が飛び出してくる。数にして二十匹程だろうか、まるで品定めをしている様に空中でホバリングしていたが、まるで獲物を見つけたように勢いよくバタつかせていた翅を閉じながら河の中へと飛び込んでいく。

「ディオナ…先に進みながらでも攻撃できるか…?」
「はい勿論ですが、どうされました?」
「いや…その被り物をみて思い出したよ、テテルの【スズメバチ】もそんなのを被って攻撃して、その後の敵がどうなったかもな…」

 遠くを見ながら歩き始めるイサム、その間もディアナが被っているヘルメットの触覚は絶え間なく動いている。それを知らないネルタクが興味津々に尋ねてくる。

「イサムさん、あれは操作系の武器ですか?」
「ああ、ルルルが作った武器だろうな。前にジヴァ山のマグ族達にテテルが使った時は、そうだな…一方的だった気がする。俺が居た世界では存在しない程のサイズの虫だしな…とにかく強い武器だ」
「へぇー…!  うわっ何あれ!」

 曖昧な回答に理解出来なかったネルタクだったが、河の中を見下ろした瞬間に絶句して口元を押さえる。それはまさに食事だった、大きな後脚で水を蹴る事で得る推進力は一瞬で敵を捕らえ、残り四本の脚で逃げられない程にしがみ付きながら躊躇なく貪っている。

「イサムさん見てください! 水の中なのに速すぎて魔物を突き抜けていますよ!」
「いや俺は見ないぞ、それよりもそろそろ向こう岸が見えてきたぞ」

 視線を真っ直ぐ向けたまま歩き続けるイサム、その後ろでエリュオンとディアナが何か話しているが、小声で聞こえなかった為、特に気にする必要は無いなと思っていたが、それに気付いたのかエリュオンが声をかけてきた。

「イサム! 見てみて!」

 そう言って後ろから声をかけるエリュオンの方へ振り向くと、水の中に居たであろう【ゲンゴロウ】を一匹両手で持ち上げてその腹をこちらへ向けている。ギシギシと動く手足と長い触角が黒く光り、イサムの脳裏にアノ生物を連想させた。

「おわっ! 何するんだよ! うわっとととと!」

 驚き飛び退いた拍子にイサムは、氷の道ギリギリで両手を回しながら落ちない様に耐えていたが、引き込まれる様にそのまま河へと落ちてしまう。

「ぷぷぷっあははははは! イサム驚きすぎよ! まさか落ちるなんて! あはははは!」
「ぷくくくっ! 笑っちゃ駄目ですよエリュオン! まさかイサム様ってこういうモノが苦手なのでしょうか」
『貴方達! 私の主様に何するんです! 凍らせますよ!』
「くくっ! そうは言ってもユキ様も顔が笑ってますよ!」

 落ちる前に肩から飛び降りたタチュラが、水面から顔を出したイサムの頭の上に乗り慰める。

「大丈夫ですかご主人様? 妾もアレに似た知り合いが下りますので今度紹介致しますね」
「絶対やめてくれよタチュラ…俺は黒いアイツだけは駄目なんだ! もし紹介したらそいつの命の補償はしないからな!」

 引き上げられたずぶ濡れのイサムが、ムスッとしながら岸に向って歩き出す。河の中に居た魔物達は殲滅したのか呼び寄せた【ゲンゴロウ】が一匹ずつ光の粒に変わり消えていく。

「まったく…緊張感を持ってくれよ…」

 イサムが溜息混じりに愚痴を零しながらも対岸に足をつける。だが和やかだった雰囲気が一変して仲間達の表情が変わる。巨大な壁に囲まれたミウ族の国バレンルーガに足を踏み入れたイサム達だったが、その壁に阻まれて中の様子は全く見えなかった。

「どうする? 壁を登っても良いけどあの膜みたいなのが気になるわね」

 壁に付く様に薄く紫色の膜の様な物が国全体を覆っている。それを見ながらイサムは壁に沿って歩き出した。

「いや入り口を探して入ろう。あの紫色の膜だが今までに見た死者をこの世界に留めていた物に似てる気がする。それに入り口からの方が良いと俺の勘が言ってる」
「分かったわ、じゃぁ行きましょう」

 仲間達もそれに同意して壁に沿って歩き出した。そして岸へ到着してから三十分程歩き足を止める。

「あそこが入り口の様だな、門番はいないか…」
「イサム様、あそこに丘のような物が沢山見えますね」

 マップを確認しても敵が居る様子も無くバレンルーガの入り口の前に立つ、その先には複数の丘の様な物が見えるがそれ以外は紫色の膜の影響もあり見えない。

「今の所は敵の気配は無さそうだが一応みんな気をつけろよ」

 イサムはそう言いながら膜に触れると、そこには何も無かったかのように手がすり抜ける。そして仲間達もそのままついて来るが、中に入って丘を見た瞬間にディアナが嘔吐した。

「うぇぇぇ! なっ何なんですかあれ! 何なんですか! うぇぇぇぇ!」
「大丈夫!? ディオナ!」
「最悪だな…何でこんな事するのか理解出来ない」
『私も同意見です。主様以外の人に興味はありませんが、妹が守る土地での暴挙は許せません』
「それでイサムどうする? 先に生き返らせるの?」
「いやそれが範囲蘇生が出来ない、あの紫の膜が原因かもしれない」

 丘だと思っていたものは大量の死体が積み上げられ出来たものだった。即座にイサムがマップ上に映る死者をターゲットにしたものの蘇生の表示が出ない。

「直接触れて蘇生してみるか、ディアナはコアに戻って俺の中で保管しとくか?」
「うう…いっいえ…行きます! 私は自分の国で同じ事をしてた気がします…あの時は何も感じる事無く生活していました。それが今の私には腹立たしくて我慢できません! 一緒に行きます!」
「ん? 今何か動きましたわね…」

 辛そうだが必死にイサムを見つめるその目の奥には自分自身への怒りと後悔が見える。イサムは頷き立ち上がらせると膝の埃を掃う。
 そんなやり取りとしていると、丘のように積み重なった人の死体が少し動いた気がした。
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