蘇生勇者と悠久の魔法使い

杏子餡

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呪われた多尾族と嘆きのセイレン

番外編 レイモンドの陰と新たなる陰謀 その四

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 晴天の霹靂と言う言葉がこの世界にあるのかは分からない。だが突如起こった巨大な音と光に視界は奪われ、気が付くと大きく消失していた空間に息を呑み佇む男の表情を見れば一目瞭然だった。こんな筈では無かったと言わんばかりの顔で、乱れた着衣を整えながら必死に次の手を考えている。

『何が起こったんだ!? くそっ!  良いか! 何があっても私を守るのが最優先だ!  分かったな!』

 傍に居る二人の女性に言葉を投げ捨てる、直ぐ傍に居るノルとメルを模した人形達に向けて言い放ったのは間違いないだろう。その二体は寝具の上から上半身だけ起き上がらせて無言で頷く。
 その頷きなど確認する事無く、警戒しながらも急いで穴の開いた場所へと向うと、視界を一瞬で奪った巨大な轟音と光は、天井を突き破り更には一層まで突き抜けて民家を偽装していたアジトまでも消滅させている様だった。

『なっ! クソッ! こんな力があの連中にあったとは誤算だった! 二十層は一旦諦めてこの場所を離れるべきだな。お前達!  移動するぞ、さっさと準備をしろ!』

 爪を噛み二人の人形に指示を与え、自身は机の上に散乱している資料や様々な器材を急ぎながら箱へと詰めている。だがそんな時間を与える訳も無く、大きく開いた穴の上から二人の人影が十九層へとゆっくりと下りて来る。そしてその場所を見るなりノルは言葉を漏らした。

「やはりルルルの…ルーシェントの研究施設を利用してたのね。でも随分と様変わりしていますね…それと…」

 巨大な風穴が開いたのに関わらず、その部屋の広さはまだ家が数十件建つのではないかと言える程の広さがある。地に足を付けたノルの目線の先にあるのは、柱の様に立ち並ぶ巨大なガラスの筒。その中には様々な生き物が入れられており、見た事も無い生物も複数いるようだ。そして更にその奥には頑丈な檻と恐らくはまだ生きているだろう人々が収容されているのが見え、それを見て傍に居るソフラが指をさす。

「ノル様、奥の檻の中の人達はまだ生きているようです! それと…筒の中の者達は…非常に趣味が良いとは言えないな…」
「そうね…」

 王家の非常用施設だが何も無ければ意味の無いものだと言って、当時のレイモンド王はロロルーシェの協力の下、試作オートマトン開発を行う研究施設として許可出した。そんな様々な研究が日夜問わずに行われていた場所が、技術というものを私利私欲のみに使われたと思える程、大きく変貌を遂げている。

『ははは!  人食い王女様が平然とこの場所にまで下りて来るとはな! 先程の話が嘘だと思っているのか?』
「…それについては何も言えません…何を出されても疑う事無く食していたのですから…ですがそれが何だと言うのですか?」
「そう! それが何だってんだよ! ノル様を精神的に追い詰めたつもりだろうが、テメェがしている事はもっと腐ってるんじゃねぇのか!」

 ソフラは未だに肩を落としているノルに代わりルゼンの前に立ち腕を組み、低い背を高く見せる様に胸を張り、見下しながら怒鳴る。

『ふふふ…馬鹿を言え、死体を有効活用しているだけだ。それに、オートマトンの製造過程を残念ながら見た事は無いが、私が造る人形達と貴様らの人形達に左程素材に大差は無い!  これは仮定の話だが、あの迷宮で死んだ者達は本当に魔素の海へと還っているのか? 実際はオートマトンの原料として使用しているんじゃないか?』
「だったらなんだ?」
『だったら? ははは! やっぱりな! それじゃぁ私と何も変わらない!  同じじゃないか! 何を偉そうに自分達は正しい事をしている様な言い方をしやがって!』

 ルゼンは両手を大きく広げて大袈裟に鼻で笑う。ロロの大迷宮で死んだ者は、魔素の海へと還る前に一旦迷宮の中央を貫く大きく巨大な柱の中へと吸収される。だがそれは自身が選んだ死に場所であり、故意に殺している訳ではない。寧ろ迷宮で管理を行うオートマトン達は、訪れる冒険者達を陰ながら助け、生存率を上げる努力を日々行っている。

「確かに彼らの魔素を使っているのは間違いない。だけど…いや、分かるよ。研究者は常に自分が正しいと思ってなきゃやってられねぇからな…だがテメェのやってる事と同じだと言われるのは、少しだけだが腹が立つ!」

 ソフラはロロの大迷宮十層で自立型でコアを持たないオートマトンの研究を行っている。ロロが異世界、つまりイサムの世界に飛んだ時に発見した、AIと呼ばれるシステムにインスパイアされて真兎を造り、イサムの世界で、イサムとして活動させていたオートマトン【イラックマ】も彼女が造った。しかし造ったといっても、異世界に直接行った訳ではなく、ロロが造ったオートマトンの外装に、自己意思を持つ圧縮された魔素の塊を送り取り付けてもらったのだが。

『はっ! 何を! 貴様の様な野蛮な女が私の気持ちが分かるだと!? ふざけるのも大概にしろ! …まぁ良い。私は移動させて貰うとする、貴様らの相手はあの人形達がしてやろう』

 顔はこちらに向けたまま、親指を立てて後ろを指すルゼン。それを未だ腕を組んだままのソフラが、満面の笑みで言葉を投げる。

「野蛮ねぇ…人を見た目で判断するなとお前の母親は教えてくれなかったのか?」
『ふん!  母親の記憶などあるわけが無い、私は孤児なんでな。まぁその時にマノイとは知り合ったんだが、中々面白い女だったな』
「そうか…それで、誰がオレの相手をしてくれるって?」
『…ふざけるのも終わりだ。貴様らの相手は私の最高傑作、ノルファンとメルフィがすると言っているんだよ!  さぁ二人とも、彼奴らを斬り刻んで素体の材料にしろ!』

 ルゼンの号令にノルとメルを模した二体の人形達は寝具の横に立ったまま動く気配が無い。振り返りすぐさま傍に寄り確認するが、指先一つ、瞬き一つする事無く一点を見つめている。

『どうしたお前ら! さっさと私の命令を聞かないか!』

 振り上げた拳はメルフィの顔面に直撃する。柔らかな素材で作っているのだろう、その拳は頬を深く押し込み顔を歪ませた。そこで初めてメルフィの目のみがその拳の方向、ルゼンを見つめる。

『何だその反抗的な目は! お前らは私の作った人形だぞ! 私の言う事に従え!』

 再び殴ろうと拳を引き戻し、もう一度同じ場所目掛けて振るおうとした時にある異変が起こる。ルゼンの繰り出した腕を横から別の手が掴んでいる、それに驚き横を見ると更に驚き目を見開いた。

『ワタシノ イモウト ヲ キズツケナイデ』

 横に居て未だに動く事がなかったノルファンが、メルフィに拳が当たる寸前にルゼンの腕を掴んでいる。

『なっ何だとっ! 私に逆らうのか! かかかかぐぅううういででででででで!』

 腕を掴むノルファンが徐々に力を強くしているのだろう。ルゼンの腕は見る見ると赤く変わり、徐々に青く変色していく。そしてそのまま骨の砕かれる音が周囲に響いた。

『ぎゃぁぁぁいいいいい…う、う、うでがぁぁぁぁ! うでがぁぁぁぁぁ!』

 それでも腕を離そうとしないノルファンを、もう片方の手で引き離そうと掴み、必死に彼女を足で蹴り上げる。だが数回蹴った所で、横で見ていたメルフィが彼の脛の部分を掴み、その握力で足の向きが変わる。

『オネイサマ ヲ イジメナイデ』
『ぎぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ! あしがぁぁぁぁあじがぁぁぁぁ!』

 涎と涙と鼻水を垂らしてもがき続けるが、二体が手を離す事は無い。そこにノルとソフラが近付いてくる。

「ははは! 無様だな研究者! 自分の人形に傷つけられる気分はどうだ? てかお前弱すぎだろ?」
「…貴方は人を傷付け過ぎました、自業自得です」

 その言葉を聞きながら必死に血走った目を二人に向ける。

『むぐぐぐぐ! なっ何をじだ! わだじの人形だじに! 何をじだんだ!』

 涎と鼻水を垂らしながら必死に痛みを堪え、ノルとソフラに問い掛ける。だがその顔は悔しいと言うよりも、鋭い目で新たな策を思いついている様な表情をしている。

『ぐふぅふぅふ…はぁはぁ…だ…確かに…ばだじは弱い…が故に、たた対策は…しているのだよぉ!』

 そう叫ぶと徐にズボンのポケットから何かのスイッチを取り出して何やら片手で操作する。するとガラスの様な透明な素材で出来ている筒状の容器が破壊され、その中に閉じ込められていた異形の者達がずるりと地に落ち開放される。

「しっしまった! こいつらが動くのか! のっノル様一旦引きましょう!」
『に…にがすかぁぁぁ! ぼまえだち! こっこの二体とあっあいつらをごろぜぇ!』

 大げさにあたふたしているソフラを冷やかな目でノルは見つめている。ルゼンの号令と共に動き始めた異形の者達、元の種族が分からないものや他種族同士を組み合わせたような者達まで居り、その一体が普通の人より倍ほど長い腕をしならせ、未だにルゼンの腕を掴んでいる二体目掛けて襲い掛かってくる。

『ひゃはぁぁ! やれやれぇ! ざっざとごろじで、早ぐわだじをだずげろぉぉぉぉ!』

 異形の者は身動きしていない二人目掛けて長く伸びた腕を振り下ろす。そしてノルファンが掴んでいたルゼンの腕が勢い良く胴体から離れる。

『あえ? わだじのうで? あがぁぁわだじのうでがぁぁぁ!!』

 足を掴まれたまま、腕が切り離された事で受身を取る事無く強い衝撃が頭部に突き刺さる。大きな音が辺りに響き、腕と頭の痛みにもがくルゼン。

「あらららぁ? 強そうな人形がお前の言う事を聞いてくれないなんて不思議だなぁ」

 白々しく苦しむルゼンを鼻で笑うソフラ、それに憤怒しどうにか反撃しようと考えているようだが、激しい痛みに思考が上手く回っていないようだった。

「あちゃぁ…このままじゃ死んじゃうね、誰か回復魔法をしろよ」

 その言葉を聞くや否やルゼン目掛けて回復魔法が飛ぶ。通常一人二人で行う回復を、数十体の人形達が一気に行う。その結果、千切れた腕が消え、一瞬にして再び再生される。潰れた足もメルフィが掴んでいる手を無理やり押し返し元に戻る。その為、元に戻るはずの折れた足は倍以上に膨らみ、再生された片腕も同じ場所から二本生えている。だが急激な回復により起こった体の異常も、怒りがそれ以上に上回っている為に気がついていないようだ。

『はぁ…はぁ…よくも! よくも私をこんな目に!』
「ぷっ! あ、わりぃな。次のが攻撃が来るぞ」

 先程腕を切り取った人形が、再び繰り出していた腕をしならせて彼の足を次ぎは切り飛ばした。

『ぎぃぃやぁぁぁぁ! あしあしあしがぁぁぁ!』
「ははっ、面白れぇ叫び声だな。だけど、てめぇが殺した人達はもっと苦しんだんじゃないか?」
『うるざいぃぃぃ! ぎざま一体人形どもに何をじたんだ! ぎぎぎぎざま何者だぁぁぁ!』

 足を抱えて転がりながら必死にソフラを睨み続ける。それに対して彼女は両手を頭の後ろに回して片足を組みながらニヤニヤと笑っている。すると先程同様に回復魔法によりルゼンの足はまた元通り以上に再生される。

『がはぁはぁはぁ…なっ何者なんだお前は……! ぎぃぃぃぃ!』

 手足を地につけた状態のルゼンの髪を掴み、彼に作られたノルファンが顔を引き上げた。

「お前が否定した研究者だよバーカ。それも人形専門のな」
『何っ!! だっだからと言って私の人形を操れる答えにはなってはいない!』
「確かにそうだなぁ…だけどオレは人形を操るのが嫌いなんだ。そこは訂正させてくれ」
『なっ何をふざけた事を! さっきから貴様が指示しているんだろうが! ぎゃっ!』

 髪を掴んでいたノルファンがいきなりルゼンの頭を地に叩きつける。

「うわっ痛そうぅ…まぁ自業自得だけどな。はははは!」

 頭を押さえつけられながら強く握る拳は震え、彼の怒りは頂点に達していた。そして顔面を地面に擦り付けながらも必死に口を開く。

『ぶぶっわっ私を誰だと思っている! 貴様の様な奴に私が…! 私が長い年月を掛けて作り上げた人形達がこんなに容易く! 貴様どんな魔術を使いやがった!?』
「魔術!? 聞きましたメル様? ぷぷぷっ! あいつ未だに魔法で操ってるとか言ってますよ!」
「ソフラ、そろそろふざけるのは止めなさい。下の階に向いますよ…」

 冷たいノルの目線は勿論ルゼンへと向けられている。そのまま立ち去る彼女の後ろをソフラ追いつつ、無理やり倒されている男に言葉を投げ捨てる。

「それじゃぁ種明かしだ。私が作った魔導AI【ツクモガミ】は、人形に命…意思を与える事が出来るんだ。人形達に命がが無いと思うなよ、そいつらだって自分達で考え行動する。テメェに今まで苦しめられ、物扱いされた分をこれから長い時間掛けてお前に返すだろうな。勿論死ねばコアが闇の王に帰るだろうから、そうならない様に生かさず殺さずだろうがね…ぷぷぷっ!」
『まっまてぇぇぇぇ!』

 口元を押さえて笑うソフラ、それでも押さえ付けられた頭を無理やり振り解き駆け寄ろうとするが、見えない壁に阻まれる。叩いても壊す事が出来ないその壁の四方に目をやると、白く奇妙な生き物が四隅に貼りついて障壁を張り続けていた。

「そいつらは【クリオネ】って名前でそいつもオレが作ったんだ。テメェが作ったそいつらが満足するまでは決して障壁を消す事は無いから覚悟しろよ。まぁ満足するかは分からねーけどな」
『くそっくそっくそぉぉぉぉぉ!』

 障壁を叩くルゼンの後ろから一体の人形が刃物程に鋭く尖った爪で斬り付ける。

『ぎゃぁぁぁ!』

 飛び散る血飛沫と回復魔法。既に腕が三本と足が三本になり次ぎは背中が大きく隆起して元に原形を失いつつあった。それでも必死に壁を叩き障壁を壊そうとしているのを見て、ノルが横目でルゼンに向って口を開く。

「ばーか」
『!』

 その言葉を最後にルゼンと人形達を囲む障壁は白く濁り、中が一切見えなくなり、そして声すらも聞こえなくなった所で捕まっている人達へと足を進めようとしたその時、ルゼンが急ぎ片付けていた机の横を通り過ぎる。上にはいくつもの研究資料が乱雑に置かれており、内容も様々だったがどれもうんざりするような内容で、ソフラ達にとってはそれ程収穫になるようなものは無かったようだ。

「闇の中では大した奴ではなかったらしいですね、特に重要な物は無さそうです。それでも敵さんは人形達を使って我々との戦いを優位にしようとしていたみたいですが…あっ! ノル様これ見てください! 獣人とミウ族の混血って資料がありますよ! 異種間で子が生まれる事がないのに、どうやってくっ付けたんですかね?」

 人は古代種から分かれ七つの種族となったが、約一万年の歴史の中で違う種族同士では子供が生まれた事がないと言われている。それは自らが選んだ種族が他種族よりも秀でていると命に刻まれている為なのか、はたまた作られた際に仕組まれた呪いなのか未だに謎である。

「でも本当に不思議ですよね、種族が分かれて一万年の間、混血が生まれた事が無いなんて…あぁでも多種多様な形を持つシム族とミウ族は子が生まれるので、あの種族達は同種扱いなんでしょうかね」
「…そうですね…ただもしその混血が事実なら警戒していた方が良さそうですね。互いの能力が合わさる事で得る力は未知数ですから」

 乗るの言葉に頷きながら、ソフラはそのまま資料を掴むとついて来ている白いクリオネの頭に詰め込んでいく。そして捕まっている人達の傍へと向うが、それに気がついた途端に助けを求めるのではなく奥の隅へと逃げるように離れていく。

「あんた達! もう大丈夫だ! ここから出してやるからな!」

 ソフラのその言葉に喜ぶ者は無く、ただノルを見て震えているようだ。ただ一人だけ前に出てきたのは、この国に来た際に話しかけてきた女性だった。

「…あっ貴方はあの…ほっ本物でっでしょうか!? こっここに閉じ込めたのは貴方と同じ顔の女性でしたので…!」
「なるほど、私を模した人形が貴方を連れて行ったのね。だからクリオネ達が反応しなかった…」

 その言葉を遮るように後ろから声が響く。

「そっそうやって油断させてまた誰かを殺す気だろう! 皆気をつけろ!」

 その声を抑える様に叫んだのはソフラだった。掴んだ檻はへし曲がり今にも引き千切れそうになる。

「テメェらぁぁ! 自分らを捕まえた奴とこの方の区別もつかねぇのかよ!」
「止めなさいソフラ! 良いのです。私は下へ向いますから貴方は全員を上に連れて行って下さい」
「しかし! いえ…はい。わかりました…」

 反論しようとしたソフラだったが、ノルの悲しそうな目を見るなり即座に口をつぐんだ。

「それに、怖そうなのがやっとこちらに来ましたので、この方達を更に怖がらせるのはあまり良い事ではないです」
「ふんっ! だれが怖そうだ」

 ゆっくりと現れたのは、力を使い果たした後にソフラに蹴りをくらって動きを封じられていたギラムだった。

「ちっ! 死んでなかったのかよ! 仕方ありませんね、ノル様の指示に従って彼らを上へと連れて行きます」
「さっさと行きやがれ!」

 まだ動くのがやっとのギラムは、苛立ちもそこそこに手をヒラヒラを動かし、ソフラに早くこの場を去れと促す。喧嘩相手が大人しいのはつまらないらしく、そのまま檻の方へと向きなおして先程曲げた部分に力を入れて引き千切る。金属の千切れる音が部屋全体に響き、その檻は十分に人が通れる程の穴が開くと、理解したのか中からようやく捕まっている人達が開いた穴から檻の外へと出て来る。それを確認する事無く、ノルとギラムの二人は最下層がある階段へと向った。

「おいノル姫、何でこの場所に俺様を呼んだんだ? アイツだけで十分だったはずだ」

 ノルの後ろからついて来るギラムが疑問に思っていた事を聞くと、ノルは振り向く事無く最下層へ下りる階段を下りながら言葉を返す。

「それはこれから分かります。それと、国も民も失ったのは貴方も同じです。それと貴方も皇子と呼ばれたいのですか?」
「ちっ! わっぁったよ! 悪かったな!」

 背中を向けている為にギラムからノルの表情は見えないが、彼が珍しく謝ったので少し顔が微笑む。

「ん? それでなんだ…? おい、この先に何があるんだ? いい加減教えろ」

 下りる階段の先から伝わる微かな違和感に、ギラムは少しだけ警戒する。始めてきた場所なのに何故か懐かしくそして恐ろしい何かを感じ取っているようだった。そして階段の終わりが見えた所でノルは立ち止まる。そこには人一人分程が通れるだろう通路を塞ぐ小さな黒い扉が、不気味な光を放ちながら静かに先を塞いでいた。良く見ると扉だとは分かるがそれを開けるドアノブの様なものは無く、レイモンド王国の紋章と人の手が入る程の小さな穴のみが開いている。

「ここがこの場所の最下層になります。ロロ様の魔法で封印してから四千年、誰も開ける事は出来なかった様ですね」
「王国の下にヤバイ物でも封印してたのかよ」

 不敵な笑みを浮かべたノルは、持ってきた風の宝剣を取り出しそれを握ったまま扉の穴に差し込んでいく。その瞬間に「ぐっ」と言う痛みを感じて発するような声を出したノルと共にガチャリと鍵が外れた音が聞こえた。少しだけ苦痛に顔を歪めた彼女がゆっくりと腕を引き抜くと、その腕には真っ赤に染まり流血しているのが即座に分かった。それでも短剣を離さずに握り締めているのをギラムは無言のまま見つめていた。

「開きましたよ、先に進みましょう」

 ギラムは頷く。自身の命をこの世界に留めているコアを所有している女が、封じた扉に施した施錠方法に、恐らくレイモンドの血とそれを証明するアイテムが揃うと開くようにしているのだろうと理解していた。それ程までに貴重な物があるのだと、先を進む女の言葉を聞かずとも自身の体を包む体毛がビリビリと感じていた。
 進むその先は他の階層とは全く別の造りとなっており、所狭しと箱などが積み上げられて一つ一つその中に何が入っているのか書かれている。そして箱だけではなく、本や丸められた大きな紙、剣や鎧等の武器も沢山目に付く。

「ここは当時のレイモンド王国で特に重要視された物を保管していた場所です。中には呪われたものもありますので触れないで下さい」
「それにしては結構な物も置いてあるんじゃないか?」

 彼の言うとおり、争いを望まない王国には不必要な武器が複数棚に掛けられており、その中には大陸中の冒険者が欲しがりそうな価値のあるものまでチラホラ見える。

「元々は隣国から頂いた物や、建国する遥か以前から当時のレイモンドの血筋の者が持っていたそうです。それとロロ様が倉庫代わりに使用していたのですが、王家が滅んだ時に封印を施したんです。もしこの場所が必要になったら、自ずと開く方法が分かるとロロ様は仰っていましたがその通りですね…」

 血は既に止まっているが、ノルの手にはまだ生々しい乾いた血の後と、少しだけ切られたのであろう傷が見える。だがそれを見たのはほんの一時だった、その先に見えたある物を目にしてギラムは、無意識に駆け寄る。そしてその後ろからノルが声を発した。

「やはり活動を再開したようですね」
「おい! 何故これがここにある!?」

 ノルとギラムの目の前に透明な箱の中に納められているある物、それは青白く一定間隔で脈打つ何かの心臓だった。その単一の物体が箱の中で宙に浮き脈を打つ、しかしそれが動いているのをトリックではなく本物であると直感でギラムは感じでいた。

「これはある冒険者が王国に持ち込んだものです。滅んでから果てしない時間が経ったとある国の、空っぽになった宝物殿の中に巣食った魔物の討伐をした冒険者が、魔物を倒す為に放った雷の魔法に反応し少しだけ活動したらしく、その後は通常の石などと同じ様に転がっていたらしいです。不思議だと思った冒険者は、当時レイモンドに滞在していたロロ様に鑑定を依頼した経緯があるようです。ですが…これが何か気がついたロロ様は、冒険者に理由を話したのちに、強い封印を施してこの場所に保管しました」
「なるほどな…だから俺様を呼んだ訳だ…確かに…これは、他の誰にも触れる事は出来ない。触れれば即座にゴミ屑に変わるだろうからな…まぁ活動していればの話だが…」

 目の前にある青白い心臓、それは遥か昔に人と結ばれ、人になろうとした精霊【カプニス】の心臓だった。彼は命が尽きると悟った時に自らの心臓に力を残してこの世を去った、そしてその心臓を受け継ぐもの、心臓に選ばれた者が王となり国を治めてきた。そんな中で、ギラムが王となる時代に異変は起こった、選別の儀と呼ばれる、心臓に触れて次の王を決める大事な儀式の最中に謀反が起こり、そして候補者以外の者が心臓に触れた事でカプニスの心臓の怒りを買い、ギラムを残して国中の者を消し去ってしまった。ただそれは、本当にギラムを選んだのではなく、ただの偶然だったのかもしれない。

「ぎはは…ようやくか…ようやく俺様が選ばれるべき存在だったのか分かるわけだ!」

 心臓に触れる事が出来なかったギラムはあの日生き残った、それは選ばれたのではなくカプニスの血を引いていた為に、雷の耐性が誰よりも強かったからかもしれない。だが国は建国した者の力によって滅び、それを証明する為の心臓も何処かに失われてしまっていた。
 ギラムは生唾を飲み込む仕草をすると透明な箱に手を掛ける、ゆっくりと箱を引き上げると中から言い様の無い強く懐かしい輝きと波動が伝わってくる。

「俺様が触れて、この身が消滅したらお前らも道連れだろうが構わないな?」
「それが無いと分かっているからこの場所に貴方を連れてきたのですが」
「ふんっ! それでも万が一があるだろうが、それでも知った事か! 俺様の為に死ねれば本望だろう…」

 もしかしたらギラムの国の様に心臓が暴走し、この国も消滅するかもしれない。だがノルの全く警戒していない顔を見ると、苛立ちを覚えつつも無駄な緊張が馬鹿らしくなってくる。そしてギラムは意を決し、カプニスの心臓にゆっくりと触れる。ドクンドクンと脈打つ心臓に触れる手の隙間からは絶え間なく光が零れ、ほんの少しだけギラムの手が痺れる。そして触れた場所より波打つように毛が逆立ち、尾っぽの先端がパリパリと音を立てている。

「……あの時、謀反を起こした馬鹿が触れた瞬間の事を良く覚えている。一瞬にして灰になり、そしてそこから無数の光る刃が現れた…いや、刃と化したカプニスの雷いかずちだった…俺様は心臓を見つけるまで、触れるまでは絶対に死なないと決め、今まであの女に従ってきたが…そうか…それで俺様をコアにしたんだな…どうやら次ぎはあの女に借りを返さないと死ねないらしいな…」

 カプニスの心臓は、ギラムを認めたらしくそのまま消える様に彼の中へと消えていった。オートマトンである為に肉体は無いが、恐らくはコアに吸収されたのだろう。

「数百年心臓を探し回ったが、まさか国の宝物殿の中とはな…見つからないはずだ」
「私達の国が滅んでから貴方とロロ様が出会った為、心臓の事を話すのは無駄な事だと思ったのでしょう。それに、もしそれに気がついたとしても扉に施した封印を解く事が出来なかったでしょうし」
「ふんっ! 忌々しい女だぜ! いつか喉元を食い千切ってやる」

 そう言いながらもギラムの声には殺意は無く、寧ろ清々しさをノルは感じていた。

「おい、もう用はないんだろ? さっさと七十層に戻しやがれ、どうせあの女の事だから魔物をその場に固定させて俺様に倒させる気なんだろ?」
「良く分かってるようですね、では上に戻りソフラと共に帰還するようにロロ様に連絡しましょう。あぁその前に役立ちそうな武器は持って行きましょうか」

 そう言うとノルは、部屋の中を暫く歩きながら様々な武器をついて来ている白いクリオネの中へと放り込んで行く。そして一通り見回ったノル達が部屋を出ると、ドアノブのない黒い扉は自然と閉まり鍵が掛かる。それを確認しソフラの待つ一階へと上っていく。そして始めに入ってきた場所まで戻るとすでに建物は消滅して無くなっており、周辺の建物の中に大きな穴が開いている場所と化していた。そんな中、ソフラと共に親子の姿も捉え、ノルに気がついたソフラが駆け寄ってくる。

「おかえりなさいませノル様、捕まっていた者達はこの場所につくなり、各々が逃げるように消えていきましたが、この親子だけはノル様へお礼を言いたいとこの場所に残っておりました」
「そうですか」

 逃げるのも当然だろうとノルが頷く、そこに母親が深々と頭を下げる。

「本当にありがとう御座いました! 夫は見つける事は出来ませんでしたが…娘だけでも助かり、心から感謝致します!」

 母親が泣きながら頭を下げるのを見て、小さな娘も同じ様に頭を下げお礼を言う。

「ありがとう、ございました」
「怖かったでしょう? 助ける事が出来て本当に良かったです」

 ノルが優しく娘の頭を撫でる。一瞬ビクッとしたが、その手のぬくもりを感じたのか、顔を上げた娘は笑顔だった。

「ところでノル様、この馬鹿が放った雷撃であれ程の大きな穴が開いたのに、何故この場所は最小限の被害で済んだのですか? オレの…いえ私の障壁はすぐさま消滅してしまったのに…」
「ふん! テメェの障壁なんざ俺様の足元にも及ばねぇって事だろうよ!」
「んだとコラァ! もういっぺん言ってみろ!」

 にらみ合う二人の間にノルがスッと入る。

「子供の前ですよ、もう少し言葉遣いに気をつけなさいソフラ」
「はっはい…すみません…」
「それで障壁ですが、貴方は雷と判断して魔法障壁を展開したでしょう? 通常ならそれでも良いのですが、あの技は物理攻撃なので魔法障壁だと消し去ってしまうのです」
「えっ!? そうだったんですか!」
「上下に突き出した拳に雷を乗せた技のようです、あれは魔法ではなく技ですので物理障壁で防ぐのが正しいやり方です。ですが貴方が魔性障壁を展開したものですから、咄嗟にその障壁の間に薄い物理障壁を張る事しか出来なかったのです。この場所は始め来た時に物理障壁を展開させて、野蛮な人達を外に逃がさないようにしていた為に、最小限の被害で済んだようです」」

 ノルはここに入る前に両手を叩く仕草をして障壁を展開した。それは周囲に敵対する者が居た場合の威嚇も兼ねていたのだが、ルゼン以外に闇の者は居なかったようだ。だがノルは警戒を解く事無くロロに念話を繋ぐ。

「ロロ様、ルゼンの永劫の隔離とカプニスの心臓をギラムに渡しました」
『そうか、ご苦労だったな。ではその二人を戻そうか』
「はい、それでどの様に転移させますか? 送られた時の箱は消滅してしまったようなのですが…」
『ふむ…ならばソフラの人形を使え、クリオネマザーであれば二人入れて戻しても問題ないだろう』
「了解致しました、直ぐに準備致します」

 念話を切り終えると、ノルは二人に喧嘩になる事は分かった上で伝える。

「二人とも帰還の指示が出ました、マザーの中に入って下さい」
「「は?」」

 珍しく同時に声が聞こえる、そして声を荒げたのはギラムだった。

「おいおい! なんでこいつの人形の中に入らねーと行けないか教えろ! 他にも戻る方法はあるだろうが!」
「それはこっちのセリフだ! オレの大事な人形の中が臭くなる上に毛が散るだろうが!」
「あ゛あ゛!? もういっぺん言ってみろや! テメェの人形の中に入るくらいなら先祖の雷に打たれて死んだ方がましだ!」
「二人とも少し落ち着きなさい」
「テメェの先祖なんぞ、自分で自分の国を滅ぼしたどうしようもない奴だろ? そんな奴の雷に打たれて死ぬなんて間抜けすぎだろう」

 ぶちぃっと音が聞こえ、全身が青く光り輝きだすギラム。一食触発の事態に再び見舞われ、集まってきていた街の人々もざわめきだす。そんな中、二人の間に入るノルも流石に頭に来たようだった。

「マザー! この二人をさっさと取り込んで送り返しなさい!」
「えっちょっ!」
「なに!?」

 クリオネマザーの触手に容赦なく掴まれた二人はそのままマザーの体内に取り込まれる。だがその中から微かに声のみが聞こえる。

「オレにくっ付くんじゃねーよ!」
「それは俺様のセリフだ! お前から先に噛み殺してやる!」
「やってみろよコラァァァァ……」

 その声は少しずつ小さくなり、やがて消えていく。そして役割を終えたと感じたクリオネ達も、マザーの周りに展開した魔法陣に飛び込んで行き、最後にマザーが入った瞬間に消える。その場所には一人になったノルは大きく溜息をつく。

「はぁぁぁ……喧嘩するほど仲が良いと思うのですが…少々疲れましたね…」 

 大きく今日一日の予定が変わったノルの周りには、集まった人でごった返しており、その騒ぎを聞きつけ兵士達までちらほら見える。するとその兵士の一人が騒動の中心に居るノルを見つけると声を上げながら近寄ってくる。

「メル様ではないですか!? 何故この様な場所に居られるのですか!」

 まただ、今日メルに間違えられたのは二回目である。いや、一卵性の双子である以上は間違える事は良くある。だが、自身の知らない土地…知っているが知らない土地で妹に間違えられるのは、ほんの少しだけ嫌な気持ちになる。勿論妹に対しての不満ではなく、その時自分も共にこの国に訪れたかったと言うヤキモチからである。

「私はメルではありません! 姉のノルです! 古の賢者ロロルーシェ・ノーツ様より言伝を預かっています、タダルカス国王への謁見をお願い致します!」
「え!?」

 それを聞いた兵士は、一瞬目を丸くしていたが即座に理解したようで、すぐさま別の兵士に指示を飛ばす。

「申し訳ありません! 直ぐに城へとご案内致します!」
「宜しくお願い致します…」

 ようやくこの国で最初に行う筈だった予定に取り掛かれそうだと安堵しつつ、それでもまた可笑しな事に巻き込まれるんじゃないか、とノルは警戒しながら兵士の後ろをついて行くように城へと向うのであった。
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