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雪の大地と氷の剣士
番外編 闇に落ちた行商とヌイ族の娘
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イサムがミケットと出会う遙か昔、ロロルーシェが封印した闇の王が三度目の目覚めを迎え、そして一つの国が滅んだ時代。その国が治めていた土地に、命が惜しい者は決して足を踏み入れる事の無い巨大な森があった。
何故ならその森には、人を狙い牙を剥く魔物が至る所に居り一度足を踏み入れたら最後、二度と森の外には出る事が出来ない。だが、この魔の森に躊躇なく進む馬車がいた。
「父さん本当に大丈夫なの!?」
一頭の馬が帆馬車を引き悠々と森の中を走っている。魔の森と呼ばれているのに関わらず、魔物が一匹も見当たらないのが逆に恐ろしいと少年がその父親に話しかける。
「はっはっはっ! 心配しないで良い、お前は今回が初めてだからな。大丈夫だ! この帆馬車には魔物を寄せ付けない魔法が施されているんだ。そしてこの馬が目的地まで連れて行ってくれる」
「信じられないよ…本当に生きて帰れるの……」
少年の心配など知らないと馬車はひたすら進み続ける。そして森に入り三十分程が経過し、突然視界が眩しく輝く。
「うわっ! なに!」
「そろそろ到着だぞ」
その光で目を瞑っていた少年が、父親の声でゆっくりと目を開ける。
「わぁ! 急に村が出て来た!」
「はっはっは! そうだ! ここが【多尾ヌイ族】の村だ!」
沢山の家が立ち並び、ヌイ族達がごく普通に生活している。変わっているのは通常のヌイ族以上に一人ひとりの尻尾がとても多い。
「魔の森でこんなに平和な村が……凄い…」
「そうだろう! そうだろう! 私も初めて来た時にはお前と同じ様に驚いたもんさ!」
ゆっくりと進む馬車をいつもの事の様に避けていく人々を見ながら、少年の目は輝き胸躍る。
「父さん! ヌイ族なのにどうして尻尾が多いの?」
「どうしてだろうな? ヌイ族の亜種らしいが詳しい事は分からん。ただ彼らは本当に良い人ばかりだ!」
そういう父の話が本当だと直ぐに分かる。人々の顔は笑顔で溢れ、争いなど全く無いと言える。
「よし、ここだ。今から積み荷を降ろすから手伝ってくれ」
「うん!」
行商の親子は一際大きな家に到着すると、さっそく積み荷を降ろし始める。その家から落ち着いた雰囲気のヌイ族の男性が現れる。
「いつもありがとうございます! おや? そちらのお子様は?」
「はっはっは! 私の一人息子【トトス】で御座います。まだ幼いですがこれから私の跡を継いで行商を学ばせたいと思っております」
「そうですか、それは素晴らしい事ですね。私どもは貴方のお蔭で食べ物に飢えずに生活出来ています」
「いえいえ! 貴方が傷つき倒れた私を、助けてくれたお返しをしているだけで御座います」
数年前に森の傍で魔物に襲われて倒れた、行商の男性を助けたヌイ族に感謝してもしきれないと少年の父親は答える。するとそのヌイ族の男性の後ろからひょっこりと顔を出した。とても可愛らしいヌイ族の女の子だ。
「おや? そちらのお子様は貴方様の?」
「そうです、私の娘【ミケット】です。ほらご挨拶なさい」
「はい! 初めまして! ミケットですニャン!」
「はっはっはっ! 可愛らしいお子様ですな! ほらトトス! お前も挨拶しなさい!」
「はっ初めまして! トトスです!」
同じ位のそれも可愛い女の子にトトスはピンと背を伸ばしガチガチに緊張している。
「一丁前に緊張してからに! はっはっは!」
「ははは! 積み降ろしはもう終わりますから、二人で遊んできても良いですよ。 ただし村から外には出ない事!」
「はーい! 分かったニャン! じゃぁ行くニャン!」
「はい! 分かりました!」
尻尾を振りながらミケットはトトスの手を引っ張り走り出した。
「あっちょっと! まって!」
「こっちニャン!」
小さな村だが多くの家が立ち並び、木の上や岩の上など様々な場所にも家がある。
「あんな所にも家がある! 凄いな―!」
「防御障壁の内側に家を建てるから場所が上にしかないニャン! でも、と――――っても住みやすいニャン!」
両手を広げながら楽しそうに飛び跳ねるミケットを見ながら、トトスも嬉しそうに笑う。遊びと言っても家を走り周る程度の事しか出来ないが、それでもトトスにとってはとても有意義な時間だった。
「トトス――! そろそろ帰るぞ―!」
「はい―今行きます―!」
「もう帰るのかニャン…」
寂しそうに尻尾が下がるミケットを見ながらトトスも悲しくなる。
「随分と仲良くなったな、良かった良かった! 今日はこれで帰るが、またトトスを連れて来るからミケットちゃんも少し辛抱してくれれば直ぐに会えるさ!」
「分かったニャン! トトス また遊ぶニャン!」
ミケットは手を振りトトス達を見送った。それから幾度も行商の親子はヌイ族の村を訪れ、ミケットもトトスも次第に大きくなっていく。
ある日の事、村を訪れたトトスが荷卸しを済ませて一息ついている場所に来たミケットに尋ねた。
「ミケット、昔から不思議に思ってたんだが、どうしてミケットは尻尾が一本なのにお前の親はそれ以上あるんだ?」
トトスが唐突にミケットに問いかける。ミケットはう―んと上を向いて考える。
「確か、二十歳過ぎた頃から三本に増えて…それから、年を重ねるごとに五本になって七本になって最後は九本になって言ってたニャン」
「凄いなぁ、じゃぁ増えたら触らしてくれよな!」
「え! それはぁ……にゃふふふふふ」
顔が真っ赤になったミケットは、トントンっと家の屋根に飛び上がり木の上に登った。多尾族の女性達は、尾が増える事で一人前だと言われる。そして将来を誓い合った男性にのみ尾を触らせるのだ、それを知らないトトスは首を傾げながらミケットを見上げている。
そして二人は更に時を重ねて、大人になっていく。愛を誓い合う、あとはミケットが成長し尾が増える事を待つばかりとなっていた。そんなある日の事トトスは、明日は森に荷物を降ろす日だと早めに近くの町へと移動し父親と宿で休んでいた。先に寝ていたトトスが父親の話声が聞こえ目が覚める。
「ん? 親父? 誰と話してるんだ?」
隣の部屋から聞こえ父親の声と聞いた事の無い女性の声に、怪しさを感じゆっくりと気付かれない様に除く。そこには父の上にまたがった黒い服を着た女性がいた。背中をこちらに向けているので顔は分からないが、父と間違いなく体が触れているだろう場所はスカートで隠れて分からない。
「ふふふ、勿論準備出来ておりますよ」
『んふふふ、流石ねぇあそこには私も入れないのよぉ』
艶めかしく父親の首に腕を回し、その女性は口づけを交わしている様だ。声を殺しながらトトスはその場所から動けなくなる。そして衝撃の話を聞く事となる。
『多尾族の尾っぽは魔力を増幅させる良い材料になるのよぉ、あいつ等は殺してもまた増えるからぁあんな場所さっさと壊しても全然大丈夫よぉ』
「はははは…そうですな…あんな奴ら直ぐ増えますから、殺しても大丈夫ですな」
『んふふふ…この玉を井戸に入れなさい。その水を飲んだ者達は徐々に闇に落ちるわぁ、そして勝手に死んでいくぅ。あなたが直接殺すんじゃないのよぉ罪悪感を感じる事は無いわよぉ』
トトスはドッと汗が噴き出す。このままではあの村は死んでしまう、そして父を見ると目の色が無く完全に操られている様だ。トトスはばれない様にゆっくりと移動して窓から外へ飛び出した。
「急いで知らせないと! ミケットが死んでしまう!」
トトスは馬車が止めている場所に走り、繋がれている馬だけに飛び乗り走り出した。村の場所を知っているのは馬だけだし馬車が無いと魔物に襲われる可能性があるが、速度が落ち間に合わないと思ったからだ。
「急げ! 頼む!」
町の外は日が沈み暗くなってきている、しかし朝を待つ事は出来ないので必死に馬にしがみ付き走り続ける。だが不安は的中する、森に入ってから数分後には周囲に魔物のうめき声が聞こえだす。
「ちっ! やはり出たか! だが足を止める訳にはいかない!」
奥に進むほどにうめき声が増えて来る。そして見えない暗闇から突如襲い掛かって来る。
「ぎゃぁ―――! ぐぅうううううう! だが…手綱を放す者か!」
そして、それを皮切りに次々と襲い掛かって来る魔物達。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ! がはっ! ぐぐうううううううう!」
トトスは既に満身創痍である、意識が朦朧とする中でも手綱だけは離していない。そして遂には飛びついた魔物によって馬の頭が潰れ突如振り落とされる。そして、トトスの意識もそこで消えた。
それからどれくらい経ったのだろうか、激痛の中で生きていたと目を開けたトトスは目の前に居るミケットに驚いた。
「……!」
「あ! 気が付いたニャン! 良かった!」
どうやら村に辿り着いた事が出来たようで、目だけを動かすとミケットの家で彼女の膝の上で目を覚ましたらしい。
「……! ……?」
しかし、傷のせいなのか声が全く出せない。
「酷い怪我ニャン……トトスのお父さんが連れて来てくれなければ、魔物に襲われて死んでいたニャン」
「!!」
父親とミケットが言った。その言葉を聞いて涙が溢れだすトトス、間に合わなかったと必死に体を動かそうとするが全く動かない。そして、見上げるミケットの後ろに一人の女性が見える。
『あらあらぁ、まだ生きてたのねぇ。んふふふふ……男女の営みを覗いてた上に告げ口しようとするなんて汚い男ねぇ』
「…! …!」
ミケットの後ろで話す女性にミケットは全く気が付いていない。必死に声を出そうとするが、それでも出来ずただ涙だけが溢れる。
「痛いのかニャン? 可哀想なトトス……ミケも一生懸命看病するニャン!」
『可愛い子ねぇんふふふ、障壁も消えてもう少ししたらこの場所にも魔物達が沢山集まって来るわぁ。その前にこいつらの尾を切り取らないとねぇ。あらぁ?この子はまだ一つなのねぇ』
「トトス、ミケの尾が増えたら初めに触って欲しいニャン! ミケは好きな人を守れる強い女になるニャン!」
頬を染めて気持ちを伝えるミケット、トトスは必死に出ない声で叫び続ける。何故こんな事になったのかと考えても答えはでない。だが、彼女を救いたいと必死にもがく。だが、終わりはすぐそこまで来ていた。
「ミ゛ゲッド! ニゲろ!」
『んふふふ、あらあらぁ中々やるじゃないのぉ声を出せるなんてぇ』
「あなた誰!」
急に後ろから声がして振り返るミケット。闇の女に掛けられた術をトトスが声を発した事で消し去ったようだ。
『バレちゃったわねぇんふふふ、でもお終いよぉ!』
闇の女が手を振ると、ミケットの手足に黒い靄が絡みつき身動きが取れなくなる。トトスは息も絶え絶えに女を睨み叫ぶ。
「なっ何かしてみろ……! お…まえをころ…してやる!」
『あぁ―そうねぇアンタを闇にと思ったけどぉそれじゃぁ面白くないわぁ。そうよぉこの子を闇に引き込んであげるわぁぁんふふふふふ。触れられず他の男に殺される悔しさを味わいながら死になさいぃ』
動けない二人に闇の女はケタケタと笑っている。そこへ虚ろな瞳のトトスの父親がやって来る。
『ノイズ様、全てのヌイ族に闇が行きわたりました。既に尾の回収も始まっております』
『んふふふ、そうぅご苦労様ぁ、褒美にこの女をやるわぁ。この男の前で嬲り殺しなさいぃ』
『有り難き幸せ……』
「やっやめろぉぉぉぉぉぉぉおやじぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
息子の声など聞こえる筈も無く、トトスの父親は拳を握りミケットに殴り掛かる。
「ぎゃう! 痛いニャン! 止めて! 何でこんな事するニャン!」
『………』
父親は涎を垂らしながら、ミケットを殴り続けた。それを笑いながら見つめる闇の女性。
「貴様らぁぁぁぁ殺してやる! 殺してやるぅぅぅぅ!」
トトスの目からは血の涙が流れる、しかし指一つ動かせない体に見ている事しか出来ない。噛み締めた唇は切れてそこからも酷い出血をしている。
ミケットはトトスの父親から殴られ続け、既にぐったりしている。顔は腫れ、可愛かった面影が見当たらない程だ。そして更に現れる闇を纏ったヌイ族の村人達にミケットは生きたまま噛み付かれ、無残に食い千切られていった。
「ミケット……すまない…すまない…」
既に息絶えているミケットに深く詫びるトトスの上にまたがるノイズと呼ばれた闇の女性は、腰を擦りつけながら卑猥に笑う。
『愛しい人が食い殺されて残念だったわねぇ、んふふふ。じゃぁそろそろ、あなたも終わりにしましょ』
ノイズはトトスの胸に手を乗せるとそのままズブズブと手を沈ませる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
そしてそのまま心臓を鷲づかみにして引っ張りだし、ドクンドクンと動いていた心臓が数回動いたのちに止まる。それをポイっとミケットの死体の上に投げると、ミケットの体から湧き上がる闇を集めて自分の中へと入れた。
ノイズは手に付いた血を舐め、笑いながら闇の靄となり消えていく。それと同時に村へと押し寄せる魔物達が高らかに遠吠えを上げ、魔の森にあった平和な村はこの日消えた。
●
メメルメ―を捕獲したイサム達は、麓の町へ移動する為にユキの近くに集まる。その時に隣に来たミケットの尻尾を我慢しきれずにイサムは触れる。
「なっなんだこのフワフワ感は! 高級なソファーどころじゃないぞ!」
思わずイサムはその尻尾に頬ずりしてしまった。それを見た周りの仲間達はドン引きである。
「何してるんですかイサム様!」
「私も触りたい!」
「イサム様…多尾族の尻尾の言い伝え知らないのですか!」
「ん? 言い伝えってなんだ?」
顔を真っ赤にしているミケットが答える。
「多尾族の尻尾に男性が触るのは、求愛の印なのです。結婚を承認すると言う意味です…」
「え! そうなの!? え!」
「イ―サ―ム―! 何してんのよ!」
「そうです! 何してるんですか!」
「だって…普通触るだろ! こんだけフワフワ何だぞ!」
イサムはミケットの尻尾を握り、エリュオンの顔に引っ付ける。
「あっ…気持ちぃぃっじゃなくて!」
「俺は知らなかったから無効だ!」
「イサム、それは駄目にゃん! だって今知ってて触ってるにゃん!」
「あっ! これは!」
パッと手を放すが、ユラユラと揺れる三本の尻尾はイサムの前で絶え間なく揺れている。そして小声で何かを呟いている。
「イサムなら良いにゃん、あの人と同じ匂いがするにゃん……」
「ん? 何か言ったかミケット? 取りあえず早く移動しよう…ほらユキ飛ばしてくれ!」
ミケットはあの日の悲劇を鮮明に思い出した。だが、それは昔の事で今はどうする事も出来ない。でも今は助けてくれる仲間がいるとニンマリと笑ってイサムに抱き付いた。
そして精霊ユキが転移魔法の準備を始めた。
何故ならその森には、人を狙い牙を剥く魔物が至る所に居り一度足を踏み入れたら最後、二度と森の外には出る事が出来ない。だが、この魔の森に躊躇なく進む馬車がいた。
「父さん本当に大丈夫なの!?」
一頭の馬が帆馬車を引き悠々と森の中を走っている。魔の森と呼ばれているのに関わらず、魔物が一匹も見当たらないのが逆に恐ろしいと少年がその父親に話しかける。
「はっはっはっ! 心配しないで良い、お前は今回が初めてだからな。大丈夫だ! この帆馬車には魔物を寄せ付けない魔法が施されているんだ。そしてこの馬が目的地まで連れて行ってくれる」
「信じられないよ…本当に生きて帰れるの……」
少年の心配など知らないと馬車はひたすら進み続ける。そして森に入り三十分程が経過し、突然視界が眩しく輝く。
「うわっ! なに!」
「そろそろ到着だぞ」
その光で目を瞑っていた少年が、父親の声でゆっくりと目を開ける。
「わぁ! 急に村が出て来た!」
「はっはっは! そうだ! ここが【多尾ヌイ族】の村だ!」
沢山の家が立ち並び、ヌイ族達がごく普通に生活している。変わっているのは通常のヌイ族以上に一人ひとりの尻尾がとても多い。
「魔の森でこんなに平和な村が……凄い…」
「そうだろう! そうだろう! 私も初めて来た時にはお前と同じ様に驚いたもんさ!」
ゆっくりと進む馬車をいつもの事の様に避けていく人々を見ながら、少年の目は輝き胸躍る。
「父さん! ヌイ族なのにどうして尻尾が多いの?」
「どうしてだろうな? ヌイ族の亜種らしいが詳しい事は分からん。ただ彼らは本当に良い人ばかりだ!」
そういう父の話が本当だと直ぐに分かる。人々の顔は笑顔で溢れ、争いなど全く無いと言える。
「よし、ここだ。今から積み荷を降ろすから手伝ってくれ」
「うん!」
行商の親子は一際大きな家に到着すると、さっそく積み荷を降ろし始める。その家から落ち着いた雰囲気のヌイ族の男性が現れる。
「いつもありがとうございます! おや? そちらのお子様は?」
「はっはっは! 私の一人息子【トトス】で御座います。まだ幼いですがこれから私の跡を継いで行商を学ばせたいと思っております」
「そうですか、それは素晴らしい事ですね。私どもは貴方のお蔭で食べ物に飢えずに生活出来ています」
「いえいえ! 貴方が傷つき倒れた私を、助けてくれたお返しをしているだけで御座います」
数年前に森の傍で魔物に襲われて倒れた、行商の男性を助けたヌイ族に感謝してもしきれないと少年の父親は答える。するとそのヌイ族の男性の後ろからひょっこりと顔を出した。とても可愛らしいヌイ族の女の子だ。
「おや? そちらのお子様は貴方様の?」
「そうです、私の娘【ミケット】です。ほらご挨拶なさい」
「はい! 初めまして! ミケットですニャン!」
「はっはっはっ! 可愛らしいお子様ですな! ほらトトス! お前も挨拶しなさい!」
「はっ初めまして! トトスです!」
同じ位のそれも可愛い女の子にトトスはピンと背を伸ばしガチガチに緊張している。
「一丁前に緊張してからに! はっはっは!」
「ははは! 積み降ろしはもう終わりますから、二人で遊んできても良いですよ。 ただし村から外には出ない事!」
「はーい! 分かったニャン! じゃぁ行くニャン!」
「はい! 分かりました!」
尻尾を振りながらミケットはトトスの手を引っ張り走り出した。
「あっちょっと! まって!」
「こっちニャン!」
小さな村だが多くの家が立ち並び、木の上や岩の上など様々な場所にも家がある。
「あんな所にも家がある! 凄いな―!」
「防御障壁の内側に家を建てるから場所が上にしかないニャン! でも、と――――っても住みやすいニャン!」
両手を広げながら楽しそうに飛び跳ねるミケットを見ながら、トトスも嬉しそうに笑う。遊びと言っても家を走り周る程度の事しか出来ないが、それでもトトスにとってはとても有意義な時間だった。
「トトス――! そろそろ帰るぞ―!」
「はい―今行きます―!」
「もう帰るのかニャン…」
寂しそうに尻尾が下がるミケットを見ながらトトスも悲しくなる。
「随分と仲良くなったな、良かった良かった! 今日はこれで帰るが、またトトスを連れて来るからミケットちゃんも少し辛抱してくれれば直ぐに会えるさ!」
「分かったニャン! トトス また遊ぶニャン!」
ミケットは手を振りトトス達を見送った。それから幾度も行商の親子はヌイ族の村を訪れ、ミケットもトトスも次第に大きくなっていく。
ある日の事、村を訪れたトトスが荷卸しを済ませて一息ついている場所に来たミケットに尋ねた。
「ミケット、昔から不思議に思ってたんだが、どうしてミケットは尻尾が一本なのにお前の親はそれ以上あるんだ?」
トトスが唐突にミケットに問いかける。ミケットはう―んと上を向いて考える。
「確か、二十歳過ぎた頃から三本に増えて…それから、年を重ねるごとに五本になって七本になって最後は九本になって言ってたニャン」
「凄いなぁ、じゃぁ増えたら触らしてくれよな!」
「え! それはぁ……にゃふふふふふ」
顔が真っ赤になったミケットは、トントンっと家の屋根に飛び上がり木の上に登った。多尾族の女性達は、尾が増える事で一人前だと言われる。そして将来を誓い合った男性にのみ尾を触らせるのだ、それを知らないトトスは首を傾げながらミケットを見上げている。
そして二人は更に時を重ねて、大人になっていく。愛を誓い合う、あとはミケットが成長し尾が増える事を待つばかりとなっていた。そんなある日の事トトスは、明日は森に荷物を降ろす日だと早めに近くの町へと移動し父親と宿で休んでいた。先に寝ていたトトスが父親の話声が聞こえ目が覚める。
「ん? 親父? 誰と話してるんだ?」
隣の部屋から聞こえ父親の声と聞いた事の無い女性の声に、怪しさを感じゆっくりと気付かれない様に除く。そこには父の上にまたがった黒い服を着た女性がいた。背中をこちらに向けているので顔は分からないが、父と間違いなく体が触れているだろう場所はスカートで隠れて分からない。
「ふふふ、勿論準備出来ておりますよ」
『んふふふ、流石ねぇあそこには私も入れないのよぉ』
艶めかしく父親の首に腕を回し、その女性は口づけを交わしている様だ。声を殺しながらトトスはその場所から動けなくなる。そして衝撃の話を聞く事となる。
『多尾族の尾っぽは魔力を増幅させる良い材料になるのよぉ、あいつ等は殺してもまた増えるからぁあんな場所さっさと壊しても全然大丈夫よぉ』
「はははは…そうですな…あんな奴ら直ぐ増えますから、殺しても大丈夫ですな」
『んふふふ…この玉を井戸に入れなさい。その水を飲んだ者達は徐々に闇に落ちるわぁ、そして勝手に死んでいくぅ。あなたが直接殺すんじゃないのよぉ罪悪感を感じる事は無いわよぉ』
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「急いで知らせないと! ミケットが死んでしまう!」
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「急げ! 頼む!」
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「ぎゃぁ―――! ぐぅうううううう! だが…手綱を放す者か!」
そして、それを皮切りに次々と襲い掛かって来る魔物達。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ! がはっ! ぐぐうううううううう!」
トトスは既に満身創痍である、意識が朦朧とする中でも手綱だけは離していない。そして遂には飛びついた魔物によって馬の頭が潰れ突如振り落とされる。そして、トトスの意識もそこで消えた。
それからどれくらい経ったのだろうか、激痛の中で生きていたと目を開けたトトスは目の前に居るミケットに驚いた。
「……!」
「あ! 気が付いたニャン! 良かった!」
どうやら村に辿り着いた事が出来たようで、目だけを動かすとミケットの家で彼女の膝の上で目を覚ましたらしい。
「……! ……?」
しかし、傷のせいなのか声が全く出せない。
「酷い怪我ニャン……トトスのお父さんが連れて来てくれなければ、魔物に襲われて死んでいたニャン」
「!!」
父親とミケットが言った。その言葉を聞いて涙が溢れだすトトス、間に合わなかったと必死に体を動かそうとするが全く動かない。そして、見上げるミケットの後ろに一人の女性が見える。
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「…! …!」
ミケットの後ろで話す女性にミケットは全く気が付いていない。必死に声を出そうとするが、それでも出来ずただ涙だけが溢れる。
「痛いのかニャン? 可哀想なトトス……ミケも一生懸命看病するニャン!」
『可愛い子ねぇんふふふ、障壁も消えてもう少ししたらこの場所にも魔物達が沢山集まって来るわぁ。その前にこいつらの尾を切り取らないとねぇ。あらぁ?この子はまだ一つなのねぇ』
「トトス、ミケの尾が増えたら初めに触って欲しいニャン! ミケは好きな人を守れる強い女になるニャン!」
頬を染めて気持ちを伝えるミケット、トトスは必死に出ない声で叫び続ける。何故こんな事になったのかと考えても答えはでない。だが、彼女を救いたいと必死にもがく。だが、終わりはすぐそこまで来ていた。
「ミ゛ゲッド! ニゲろ!」
『んふふふ、あらあらぁ中々やるじゃないのぉ声を出せるなんてぇ』
「あなた誰!」
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「なっ何かしてみろ……! お…まえをころ…してやる!」
『あぁ―そうねぇアンタを闇にと思ったけどぉそれじゃぁ面白くないわぁ。そうよぉこの子を闇に引き込んであげるわぁぁんふふふふふ。触れられず他の男に殺される悔しさを味わいながら死になさいぃ』
動けない二人に闇の女はケタケタと笑っている。そこへ虚ろな瞳のトトスの父親がやって来る。
『ノイズ様、全てのヌイ族に闇が行きわたりました。既に尾の回収も始まっております』
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『………』
父親は涎を垂らしながら、ミケットを殴り続けた。それを笑いながら見つめる闇の女性。
「貴様らぁぁぁぁ殺してやる! 殺してやるぅぅぅぅ!」
トトスの目からは血の涙が流れる、しかし指一つ動かせない体に見ている事しか出来ない。噛み締めた唇は切れてそこからも酷い出血をしている。
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「ミケット……すまない…すまない…」
既に息絶えているミケットに深く詫びるトトスの上にまたがるノイズと呼ばれた闇の女性は、腰を擦りつけながら卑猥に笑う。
『愛しい人が食い殺されて残念だったわねぇ、んふふふ。じゃぁそろそろ、あなたも終わりにしましょ』
ノイズはトトスの胸に手を乗せるとそのままズブズブと手を沈ませる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
そしてそのまま心臓を鷲づかみにして引っ張りだし、ドクンドクンと動いていた心臓が数回動いたのちに止まる。それをポイっとミケットの死体の上に投げると、ミケットの体から湧き上がる闇を集めて自分の中へと入れた。
ノイズは手に付いた血を舐め、笑いながら闇の靄となり消えていく。それと同時に村へと押し寄せる魔物達が高らかに遠吠えを上げ、魔の森にあった平和な村はこの日消えた。
●
メメルメ―を捕獲したイサム達は、麓の町へ移動する為にユキの近くに集まる。その時に隣に来たミケットの尻尾を我慢しきれずにイサムは触れる。
「なっなんだこのフワフワ感は! 高級なソファーどころじゃないぞ!」
思わずイサムはその尻尾に頬ずりしてしまった。それを見た周りの仲間達はドン引きである。
「何してるんですかイサム様!」
「私も触りたい!」
「イサム様…多尾族の尻尾の言い伝え知らないのですか!」
「ん? 言い伝えってなんだ?」
顔を真っ赤にしているミケットが答える。
「多尾族の尻尾に男性が触るのは、求愛の印なのです。結婚を承認すると言う意味です…」
「え! そうなの!? え!」
「イ―サ―ム―! 何してんのよ!」
「そうです! 何してるんですか!」
「だって…普通触るだろ! こんだけフワフワ何だぞ!」
イサムはミケットの尻尾を握り、エリュオンの顔に引っ付ける。
「あっ…気持ちぃぃっじゃなくて!」
「俺は知らなかったから無効だ!」
「イサム、それは駄目にゃん! だって今知ってて触ってるにゃん!」
「あっ! これは!」
パッと手を放すが、ユラユラと揺れる三本の尻尾はイサムの前で絶え間なく揺れている。そして小声で何かを呟いている。
「イサムなら良いにゃん、あの人と同じ匂いがするにゃん……」
「ん? 何か言ったかミケット? 取りあえず早く移動しよう…ほらユキ飛ばしてくれ!」
ミケットはあの日の悲劇を鮮明に思い出した。だが、それは昔の事で今はどうする事も出来ない。でも今は助けてくれる仲間がいるとニンマリと笑ってイサムに抱き付いた。
そして精霊ユキが転移魔法の準備を始めた。
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