蘇生勇者と悠久の魔法使い

杏子餡

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森の精霊と紅き竜人

第79話

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 浮遊大陸の中央にある家に到着したロロルーシェは、そのまま扉を開き中へと入っていく。その後に続くように、ラルとイシュナが入りそしてノルが入る。それを見ていたイサムも入ろうとした時に突然橙色の髪の女性【メリシュ】が扉の前に塞がり、振り返るとイサムを見る。

「お前は入るな」
《何? 俺が見えるのか?》

 そう言ったイシュナは、それ以上何も言わずにそのまま家の中へと入る。イサムも無視して入ろうと扉をすり抜け様としたが、見えない壁があり家の中に入る事が出来ない。

《何だ? 入れないな?》

 イサムはその見えない壁に手を伸ばしたが、途端に目を閉じる程に眩しく輝き出し視界を奪う。そしていきなり耳に届く喧噪に驚いてゆっくり目を開くと、そこは大勢の兵士達が隊列を組み、様々な武器を持ち並んでいる場所だった。

《おわっ! 急に場所が変わったぞ!》
「久しぶりに現れたなイサム、今迄何処に居たんだ?」
《いや……ロロルーシェの浮遊大陸の家に入ろうとしたら、ここに飛ばされたんだ》
「飛ばされた? あれから一ヵ月も経っているぞ。ちなみにこの場所は大陸の中央で、今から闇に総攻撃をかける」
『また独り言が始まったって事は、謎の存在が現れた訳だね』
『それしかないだろう。今度はどんな助言だイシュナ?』
「いや…それが浮遊大陸からの記憶が無いらしいぞ」

 竜牙と砕竜はイサムの存在が分からない為、少々冷やかす様にイシュナに話しかける。彼女にとって、二刀の冷やかしはいつもの事なので、怒る事も無くそれに答える。だが混乱しているのはイサムである、あれから一ヵ月も経っていると言うイシュナの言葉に、今いる過去の世界はもしかしたら現実では無く夢ではないかと思い始めていた。

《ロロルーシェ達は何処だ? 指揮を執っているんだろ?》
「彼女は闇の王を封じる魔法の準備をしている様だ、私のサポートにはメリシュが付いている」
《メリシュ……あの橙色の女か! あいつ、俺の事が見えてる様だったな…》
「何だと? いや、本人に直接聞いた方が良いか……」

 イシュナは兵士達に指示を出していたメリシュに声を掛ける、すると嬉しそうにメリシュが駆けて来る。

「お呼びですか! イシュナ!」
「ああ、少し聞きたい事があってな。この隣に居る奴がお前にも見えるか?」
「え? 隣ですか……?」

 メリシュは頭を傾げながらイシュナの隣をじっと見つめる。しかし彼女は首を振り何も見えないと答える。

「そうか…忙しい所すまなかったな。作業に戻ってくれ」
「はい! また何かあればお呼びください!」

 そう言い残すと、また嬉しそうに兵士達の場所へ戻っていく。イシュナはイサムを見ると首を横に振る。

「どうやら私にしか見えないらしいな……おかしな事を言って現場を混乱させるなよ。私がおかしいと思われる…」
《そうか……気のせいだったのかもな…すまない…》

 イサムはイシュナに謝るが、実際はメリシュが来た時に確実に目が合っていた。しかし彼女は見えないと嘘を付いた為、イサムもそれに合わせる事にした。もしかしたら、何か意図があるかも知れないと思ったからだ。

《どのみち今の俺には何か出来ると言われても無理だからな……》

 独り言の様なイサムの言葉はイシュナの耳には聞こえなかった様で、メリシュと同様に兵士達へ指示を出して戦闘の準備を急いでいた。

《それでイシュナ、この戦いはまだ始まってないのか? この兵士達はオートマトンなんだろ?》
「何!? どういう意味だ? オートマトンとは何だ?」
《オートマトンの話を聞いて無いのか?  ロロルーシェの仲間達は、コアに命を留めた機械の体を持つ自動人形と呼ばれている者達だ。言っていないと言う事は、教えたくないのか忘れているのかどちらかだな…》
「そうか…人形の話は聞いていないな。命はあるが、体は機械と言う事か」

 それを聞いたイサムが酷く悲しい顔をしている。イシュナは、これからが分かっているイサムに尋ねる。今から始まる戦闘の行く末を。

《これから沢山の兵士が死ぬだろう、この世界では死体を放置するとそのまま魔物に変わる場合がある。だからロロルーシェは、コアと言う物を使ってオートマトンとして再びこの世界に命を留めるんだ》
「それはこの世界で常識なのか? その…命をこの世に留める事が正しい事なのか?」
《それが正しいかは俺にも分からないが、闇の王が存在している限り戦争は繰り返され、多くの人が死ぬのは間違いない。それにコアは、この世に留まる事を望まない命は保管されないからな》
「そうなのか……この世界の理を知るにはまだ時間が足りないが…覚えておこう」

 すると兵士達の動きが慌ただしくなり、遠くの方で爆発音が聞こえる。

「始まったようだな、竜牙と砕竜は力を解放し過ぎるなよ。仲間の兵士達を巻き添えにしたくない」
『戦争なんだもの、多少は仕方ないよ』
『砕竜、そこは分かったと言えばいいのだ。仕方ないと思って戦えば、ただ使われるだけの武器と変わらんぞ』
「竜牙の言う通りだ、砕竜は周りの兵士も守れる様に動く事を命令する」
『はぁい。分かりましたぁ』

 気怠い返事と共にスルスルと鞘から抜き出た砕竜の柄をイシュナが掴む。すると、メリシュが隊列させていた兵士達の場所が突如ざわめきだし、その地面が大きく膨らんでいく。

「メリシュ! 兵達をその膨らみから退かせろ! 私が行く!」

 イシュナはそう叫ぶと、竜牙を抜き駆け出し始める。それと同時に膨れ上がる地面が増え、そこから五体の巨大な黒色の人型の闇が現れる。十メートル程の巨人の両目は黄色く光り、周辺の兵士達を掴み始める。

「ぎゃぁぁ!」
「怯むな! 矢を放て!」

 突如現れた敵に、掴まれた兵士達が次々と宙に舞う。その場所に飛び込んだイシュナが砕竜を横向きに一番と奥の巨人に投げ、竜牙を片手で一番手前の巨人に向ける。

「まとめて倒す! 六の太刀【轍落ちわだちおち】!」

 イシュナが竜牙を向けた巨人の足が急に止まる。黄色の不気味な目がゆっくりと見下ろすと、片足ずつ何かが通り抜けた様な溝に足を取られ、その溝は後方の残り四体も足を取られを動きが止まる。
 そして動きが止まった巨人を投げられた砕竜が襲う。横向きに回転しながら巨人の首を斬り付け、勢いも落とさずに残り四体の首にも同様の傷を付けてそのままイシュナの手に戻る。

「剣技【喉吸雷轟こうすいらいごう】!」

 斬られた五体の首が内側から輝き出し轟音と共に巨人を貫いた雷が空へと昇る。

ガァァァァァァァ!

 断末魔と共に五体の闇の巨人は消滅し、コアのみが残る。それを見ながらメリシュは飛び跳ねながら拍手する。

「凄い! 凄い! イシュナ凄い!」

 だが、飛び跳ねていたメリシュが、急にイサムへと振り返りまた話しかける。

「ここは、イシュナと私の記憶だ。どうやって入り込んだか知らないが、これ以上私達の思い出に土足で留まるなら殺すぞ!」

 そう言い放ったメリシュがイシュナの元へと向かおうとした時に、イサムは驚いた。彼女の頭に人の顔の様な黒い靄が張り付いていたのだ。

《あれは……まさか闇か!?》

 イサムが言葉を発した瞬間に、また闇に覆われ視界を奪われる。



 エルフの森で倒れたイサムをロロの迷宮に連れて帰ったロロルーシェ達は、未だに起きないイサムを毎日交代で看病していた。酷くうなされ噴き出す汗を、ノルは優しくふき取りとる。
 その光景をほんの少しだけ扉を開けて覗く者達が居る。

「お姉様……あの顔……もしや何かイサム様とあったのかしら……」
「ぐぬぬぬぬ……あったら困るのよ……でも、その答えを知っている当人は未だに夢の中だし……」
「早く起きてほしいにゃん……」
「でも、何故起きないのでしょう…外的な要因の虹の靄も消えて無くなったと聞きました…」
「心配です……イサム様…何か起こす方法は無いのでしょうか…」
「お前達! それにメル様まで! 覗きとは感心できませんね」

 イサムの部屋を覗くメル達に声を掛けたのはラルだった。鎧を脱ぎ、薄手の服に七分丈のレギンスとショートパンツを穿いている。見た目には全く人と区別がつかない為、ディオナがその綺麗な姿に少し頬が赤くなる。

「しっー! ラル! 静かにして! エルフの国でイサム様とお姉様との間に何があったか知らない?」
「何がと言われましても…イサム様がノル様をお救いして、成り行きですがコアの所有権がロロ様から移動されたのはお伝えした通りです」
「それは同じコアの私達でも分かるわ。でもあれは恋している目よ!」
「はっはっはっ! いやぁ分かります。彼は強くそして優しい、かく言う私も本気の攻撃をイサム様に破られまして、いづれ交際を申し込みたいと思っております」

 その言葉に一同が息を飲む。あっさりと公言したラルのイサム好き発言に周りの女性達は驚く。

「ま……まさかのラルまで……」
「くぅぅぅぅ! こんな美人にまで手を出すなんて! イサムが起きたらみっちりとかまって貰うわ!」
「え! 独り占めは止めて下さい! その為に交代で看病しているのですから!」
「ずっズルいです! 私もかまって欲しいです!」
「ミケの尻尾にイサムは癒されるにゃん」

 メルとエリュオンにテテルとディオナそしてミケットの五人は、扉の前でより一層騒ぎ出した。それに気が付いたノルが扉を開ける。

「あなた達! 静かにしなさい!」

 びくっと驚く五人が肩を落として大人しくなり、そこへロロルーシェがやって来る。

「ん? 急に静かになったな。イサムが眠り続けている原因が分かったぞ」
「本当ですか! 何だったのですか?」

 ノルはロロルーシェの顔を見て、目を輝かせながら答えを待っている。勿論他の女性達も同じだ。

「まず虹色の靄だが、あれはイサムがあちらの世界のゲームと呼ばれる娯楽の断片だな。イサムがこちらの世界で様々な魔法を使える様に組み込んだ術式が、あの虹色の靄にもある事がルルルの解析で分かった。ニンフは約一月位前に現れたと言っていたが、それはイサムがこちらに来た頃と同じだ。何らかの形であの場所、イシュナが現れた同じ場所に出現したんだろう」

 全員が頷き、更にロロルーシェは話を続ける。

「そして眠り続けている原因だが、恐らくはナイトメアだろう。アイツがイサムに接触している可能性が最も高い」
「精霊ナイトメア……でも何故でしょう? 接触する理由が分かりません。そもそも、この大陸に居るのですか?」
「仮説だが、もしあの虹色の靄がイシュナの記憶などを保有していたとして、それに近づいたイサムに反応して昔の記憶を見せているとする。そのイシュナがナイトメアに取り込まれている、もしくは干渉されている場合は、イサムにも間接的に影響を及ぼすはずだ」
「そんな事があり得るのかしら……」

 エリュオンは腕を組みながら考えているが答えは出ない。それを聞きながらメルが質問する。

「では、一体どこから干渉しているのでしょう? イサム様を起こすにはナイトメアと接触する必要があるのですか?」
「いや、ナイトメアの場所は分からない。直接干渉していないからな……取りあえずはイサムが見ている夢に侵入を試みてみるか……」

 ロロルーシェはそのまま部屋に入り、イサムの寝ているベッドの横に立つ。そして手を広げ目を瞑ると意識を集中させ、イサムの夢の中へ入ろうと模索し始めた。
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