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12「夜の公園の端で今日を跨ぐ~改~」

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【実感を……確かな気持ちを……】

 今日は大学の講義が長くなった。20時を過ぎたころに私は真っ暗になってしまった大学のキャンパスを一人でただただ歩く。

 周りには誰もいない。みんな夜遅くは飲みにでも行っているのだろうか。どうなんだろう。大学になってからは私はあまりにも多くの接点を持ちすぎた。まるで誰がどこで何をしているのかわからない。わかったものではない。

 日々が流れるように過ぎていくと感じるようになったのは、私が大学でまじめに、ただ一人だけまじめに講義を受けている最中だった。みんな私とはどこか違う。なにもかもが違うんだと思うようになったのも丁度そんな時分だったと思う。

 みんな何を目的にして生きているのだろう。何を楽しみに生きているのだろう。そんなこと、高校生のときはふとした時に語り合える距離に私はいた。

 しかし、今ではとうの昔にそんな距離感なぞ、忘れてしまった。私は私の考えていることさえろくに理解できなくなってしまった。大学で彷徨う羊になってしまう人たちを私は高校時代、心底馬鹿にしていたものであったが、まさか、そのストレイシープに自身がなってしまうなんて、夢にも思わなかった。

 夢にも思わなかったんだ。

★★★★★

 はっきりとした実感を持つということは、人生において非常に大切なことだ。私はその実感、なんでもいいから、なにかをリアルに感じるということ、その能力を私は一つを除いてなにもかも完全に失ってしまった。

 この映画のこういうところが面白い。

 あの人のああいうところが本当に好き。

 あの教授のつまらない授業は本当に無価値でみんながかわいそうだ。

 とか。

 こんなものでもいい。

 こんなものでもいいんだ。

 私はこんなものでさえ、素直に心から実感をもって感じることをできない心になってしまったのだ。

 それは本当に自分の気持ちなのか。自分の心からまっすぐに出てきた気持ちなのかと。

 私は私を信じられないのだと思う。

 だから、私は私以外の気持ち。これだけは私の心とは別にあると思える気持ちだけは信じることができる。

 たったそれだけが、もう私の救いとなっていた。心のよすがとなっていた。この気持ちを、この快楽を、一日に一回は感じることがないと、もう私はこの世界のなかで、私という個を保ったまま生きていくことなんて到底かなわないのかもしれない。

 私はこの不明瞭な世界の境界に白いふわふわとした綿毛のような何かを落としながら、今日もたゆたい、彷徨い、かすかではあるが、その足跡を残していくことができている。

 ストレイシープ。

 どこまでも醜くあれ。

 STRAY SHEEP.

 どこまでも泥臭くあれ。


★★★★★


 深夜。

 チェーン店のカフェで執筆をした私は、夜の公園へきた。

 もう日課になっている。

 一日は一つ書くと決めている、私の偽りの心をしたためた文章。

 それに何も期待しているわけではないが、私はその文章を必ず残してから公園であなたと落ち合う。

 渇き。

 のどの痛み。

 なにもかも本当のことかどうかわからない体になってしまった。

 憂い。

 欲望。


「やあ、今日は少しだけ元気な顔をしているね」
「そうかな、私としては実感ないけど」
「……君は本当に実感を大切にしているようだね。こんな世の中に実感を求める方が間違っているというのに」

 公園の端。

 いつもの場所であなたは私を待っていた。

「実感がないとこの世には生きられない。だから私は実感を大切にしている。今はもう一つだけしかないけど」
「性欲による快楽だね」
「もうそれがなくなってしまえば、私は人間である以前に生き物としての実存を失ってしまう」
「君はこの世界に存在したいのかい? どうしても」
「ええ、そうよ。どうしても」
「……始めようか」


 私は今日もあなたと一緒になった。

 あなたのペニスはだんだんと固く勃起していく。

 私は口のなかで、あなたのペニスをころころと左右に転がす。

 その都度に、あなたのペニスは固く、さらに固く、長く、たくましくなっていく。

 その現象は確かに実感としてある。快楽につながる行為は必ず実感として、確かに疑う余地などなく、私の存在を固めてくれる。

 気持ちいいことなど、これよりほかにたくさんあるというのに。

 私はあなたの臭くて、暑くて、とても生物的な生命的な棒に、あなたという性的生き物に、実感という嘘偽りのない気持ちを抱き、発情する。

 23時59分。

 私はあなたの射精を控えたペニスを口から下の性器へと移し、挿入した。

 摩擦を感じる。

 ぬるりとした、確かな摩擦を感じる。

 心地がいい。

 とっても心地がいい。

 私は発情する。

 何回でも何百回でも発情する。

 何度でもいう。発情するんだ。


「うううううっ!!!!!!!!!!!」


 彼の儚い声が漏れる。

 そして今日も。

 24時。ちょうど。

 確かに私は、その境界を公園の淵で、とても精神的な境界のなか。ギリギリのところで乗り越えることができたのだった。


「私もっ、いくっ!!!!!!!!!!!!」

『しゃああああああああああああああああああああああああああああああ』


 私は今日という新しい日に、放物線を描くようにその黄色いおしっこを大地に注いだ。

 公園の端の茂みに、私の確かな印が上書きされた。

 どうやら、まだ私は生きていられるようだった。


「それじゃあ、また」
「うん、また」


 明日は朝の8時から大学の講義がある。

 早く家に帰らなけらば。


「気を付けるんだよ」


 あなたの声が後ろから、かすかに聞こえたが、私は振り向くことなく、その場所を後にした。

 公園の端には、ただ風が吹いているだけだった。

 時刻は確かに私を今日へ運んだらしかった。

 昨日が後ろにひしめいていた……


【完】
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